八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ5

 

 

 

 人間とは何か。この問いに即答できる者は殆どいないだろう。何故ならば、この問いには数え切れないくらいの解答がある。何秒、何分、何時間かけても正確な解答など用意できない。間違いでもなければ、正解でもない答えの数々……それだけ、この問いには人によって答え方があるのだ。

 

 ある人は綴った。『人間は考える葦である』と。雄大な自然の中では所詮、人間ごとき一本の葦でしかない。それでも、考える葦であるという意味だ。

 

 例えば海。地球上の表面積において七割を占める大海原は、人にとっては広大すぎる自然だが、海からしてみれば人などミジンコと大差無い小さな存在だ。それでも人は知恵を用い、その海を航る術を見出した。小さき無力な存在であるオレ達人間が、自然の中で生きる為に知力でそれを補ったのだ。『人間は考える葦である』この言葉を残した人物は、きっとそういった人の無力さや可能性を伝えたかったのかもしれない。

 

 一つの解答例を終え、今一度君に問おう──人間とは何か。

 

 

「あの、えっと、その……」

 

 

 時刻は十六時三十分。現在真剣な面持ちのまま診察室の椅子に座って足を組み、同じく目の前の椅子に座っている絶賛困惑中のなのはちゃんを見詰めています。オドオドと視線を泳がせる度に黒いリボンで括られたツインテールが動き、オレと視線が合う度に涙目へと変わっていくその姿の何と可愛らしい事か。ああ、出来ればこのままずっと眺めてたい……

 

 泣きそうな顔のなのはちゃんに満足していると、不意に頭の上で風を切る音が。

 

 

「あいたっ!」

 

 

「お兄さん、意味もなく難しい言葉を並べてなのはちゃんを困らせないでください」

 

 

 はい、シャマルによるバインダーの天誅が下されました。ヤバい、何か頭割れてるんじゃないかってくらいジンジンするんだけど……これ物凄く痛いから、良い子は絶対に真似しちゃダメだよ?

 

 痛みに悶えながら若干タンコブが出来た頭の上を擦っていると、涙を浮かべているなのはちゃんの頭をシャマルが撫でています。

 

 

「ごめんね、なのはちゃん。この先生バカだから、可愛い子見ると意地悪したくなっちゃうみたい。これで叩いてもいいわよ?」

 

 

「あ……いえ、大丈夫です。それに叩いたら松先生が痛いから……」

 

 

「優しいのね……ありがとう」

 

 

 遠慮がちに照れた様子で話すなのはちゃんの頭を、穏やかな笑みを浮かべながら撫でているシャマルは何かお母さんみたいだ。その優しい手つきで今も痛みが続いているオレの頭もついでに撫でて……って念話でお願いしたら睨み返されました。なんなのこの扱いの差?(涙

 

 因みに何故なのはちゃんが当クリニックに来ているかというと、昨日の今日でまだ心配だからと桃子さんが診てもらうように言ったらしい。お願いの電話も事前に桃子さんからあったし、なのはちゃんが来ても驚きはしなかったのだが……一つ気になる事がある。それは──

 

 

「すみません、ちょっと席外しちゃって……」

 

 

 ただ今診察室に入ってきた美由希ちゃんの事です。なのはちゃんの同伴という事は分かるんだけど、桃子さんが言っていた『美由希の事をくれぐれもよろしくね』っていうのがいまいちよく分からん。試しに本人に体調はどうか聞いたらすこぶる良好みたいだし……桃子さんは一体何が言いたかったんだろう?

 

 そしてもう一つ疑問が。昨日も何だが、うちのシャマルと美由希ちゃんが診察室で顔を合わせた時に二人して何か言いたげな顔をしていた。不機嫌って程じゃないし、会話もあるみたいだから仲悪いって訳じゃないんだろうけど……

 

 そんな風に一人考え事をしていると、不意に美由希ちゃんが訊ねてきた。

 

 

「あの、松さん。なのはの具合はどうですか?」

 

 

「ああ、熱も下がってるし身体的な異状は特に無いよ。ただ、念のためここ二、三日は体育の授業は見学した方が無難かな」

 

 

「そうですか……なのは、かーさんに学校へ連絡してもらわないとね」

 

 

「うん」

 

 

 なのはちゃんの隣にある椅子に腰掛け、その頭を撫でている美由希ちゃんは立派な姉を出来てるみたいだ。いつの間にか横に戻ってきていたシャマルも、そんな微笑ましい姉妹の光景に笑みをこぼしていた。今日は他に患者も控えていないし、気候も穏やかだからもう昨日のような事ないだろう。このまま四人で少し談笑するのもいいかもしれない。

 

 そう言えば昨日で思い出したが、どうやら昨日は総合病院や他の病院も忙しかったらしい。それでも患者を診れない程手が無かった訳ではないみたいで、総合病院に勤める知り合いにうちの話をしたら驚かれた。何で救急搬送でここにばっかり来たのか……手があったんなら総合病院に連れて行けよ。

 

 

「あ、そう言えば松先生」

 

 

「どうした? それと先生は付けなくていいよ、なのはちゃんは顔馴染みなんだから」

 

 

「えっと、じゃあ……松お兄ちゃんで」

 

 

 懐かしいな、その呼ばれ方。確か翠屋で働いてた頃、なのはちゃんからはそんな風に呼ばれてたっけ。当時は妹がもう一人出来たみたいで嬉しかったが、そう言えばそのせいで恭也と何度も手合わせをするはめになったんだった……あの時はまだオレが勝ててたけど、痛いのは誰でも嫌だよね。シスコンいくない。

 

 当時を思い出して微笑んだり落ち込んでたりしてると、少し戸惑いながらなのはちゃんが聞いてきた。

 

 

「あの……はやてちゃん元気ですか?」

 

 

「はやて? ああ、元気だよ……って、携帯で連絡取り合ってるって聞いてたけど」

 

 

「うん。最近はちょっと忙しかったんだけど、落ち着いたから今度うちに遊びに来てねって約束しました。でも、文字だけだと本当に元気かどうか心配だから……」

 

 

 にゃははと笑うなのはちゃんがかわええ。こんなに可愛い妹を持つ恭也に、段々と煮えたぎるものが……! ただ今のオレが挑んだところで勝てるわけがなく、実力差が開いてしまっていると思われるので実力行使はやむ無く断念。今度忍ちゃんに会ったら恭也が知らない女の子と歩いてたって言ってやろう、そうしよう。

 

 

「はやてちゃんかぁ。松さんがうちに来ていた時以来見てないかも」

 

 

「そう言えば気になってたんですけど……お兄さん高町さんのご家族といつ頃からお知り合いなんですか?」

 

 

「ん? どうだったかな……」

 

 

 高町家との付き合いか……確か当時通っていた道場の師範に誘われて、桃子さんの旦那さんの士郎さんと会ったのが八年前くらいだったか? だとしたら高町家とはそれ以来の付き合いになるな。

 

 そういやぁ師匠は元気なんだろうか。八年前の当時で七十だったから……もう死んでるか。葬式くらい行ってやればよかったな……

 

 死んどらんわっ! って今聞こえた気がしたけど多分空耳だろう。

 

 

「あの時は松さんに憧れてたなぁ、凄く強かったし。今も続けてるんですよね?」

 

 

「いや。たまに体を動かす事はあるけど、刀は殆ど握ってないな。今のオレじゃあ美由希ちゃんに勝てる気しないよ」

 

 

「またまたぁ」

 

 

 冗談言わないでみたいな感じで話す美由希ちゃんだが、実際本当に刀が自室でただの飾りになってるんです。体鈍ってるから全然動けないんです。お願いだから手合わせとか頼むのやめてね。ボロ雑巾になる未来しか見えないから……(震え声

 

 美由希ちゃんがそんな話を切り出さないかと内心ヒヤヒヤしていると、隣にいるシャマルが話を聞いて納得した様子で呟いていた。

 

 

「ああ、なるほど。それでお兄さんの部屋に剣が飾ってあったんですね……でもだったら気を付けた方がいいですよ?」

 

 

「え? 何で?」

 

 

「シグナムが目をキラキラさせてお兄さんの部屋の剣を見てたので……お兄さんがそれ使えると知ったら何を言い出すかすぐに想像できますから」

 

 

 ……え? それってもしかしてだけど……シグナムってバトルでジャンキーなあれなの? 剣で語り合うとか言っちゃう痛い子なの? 剣士って自称してたけど本当に剣士だったの? レヴァンティンってもの本の西洋剣だったのか…… 

 

 あれだ、もうこの話は墓場にまで持っていくしかないね。だって手合わせとか疲れるし、そもそもまともに動けるかすら怪しいし、第一痛いの嫌だし。シグナムは健助さん追い返してくれたらそれでいいです。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 その日の夜。美由希ちゃんとの話でという訳ではないが、久々に体を動かしたくなって自室に飾ってある刀を手に取った。柄の感触は懐かしく、刃渡り八十センチ弱のその太刀は昔より重く感じたが、その重さすらも心地良く感じる。

 

 リビングでお笑い番組を観ながら談笑中のはやて達に気付かれないよう、足音を立てずに家の庭へ躍り出た。夏の夜に響き渡る蝉の鳴き声を背景に、太刀を鞘から抜いて両手持ちに切り替える。半身の姿勢で刀身の先を正面へ向け、静かに太刀を顔横に構えた。

 

 ……夜中に刀を構えるとか、もしかしてオレって残念な子なのか。

 

 

「──ッ!」

 

 

 雑念を払うべく息を一つ漏らし、直後に流れるような動作で剣撃を繰り出す。袈裟斬り、逆袈裟、反転してから横一閃。間髪入れずに握りを変えて同様の連撃を再度繰り返した。太刀は風を斬り、剣圧は周囲の草木を揺らし、最後の一閃で拍手が鳴り響き……あれ?

 

 

「ふふ……素敵な剣舞でした、お兄さん」

 

 

「何だ、シャマルか……いたのなら声を掛けてくれ、全く人が悪い」

 

 

「ごめんなさい。お兄さんが余りに真剣だったので、つい見惚れちゃいました」

 

 

 悪戯な笑みを浮かべながら、シャマルが傍に近寄ってくる。絶対夜中に刀振り回して痛い奴とか笑われると思ってたから、なんかホッとしたよ。

 

 太刀を鞘に納め、良かったと一人安堵の息をこぼす。しかし、次にシャマルの告げた言葉がその安心をすぐに掻き消した。

 

 

「でも、見てたのは私だけじゃないみたいですよ?」

 

 

「え──」

 

 

 額に冷や汗が滲んだ。まさかと思って周囲を見渡してみる。ザフィーラはいつの間にか庭にいたけどまぁ問題ない。問題なのは、リビングの窓のカーテンの隙間からこちらを見詰める六つの目である。

 

 冷や汗の量が一気に増えた。どうしよう、みんなテレビに夢中だと思ってたから完全に油断してたよ。ま、まあ。向こうもオレが庭にいた事に今気付いたっていう可能性もあるから……と僅かな望みを抱きつつ、はやて達が窓を開く様子を眺める。

 

 

「兄貴、今のスッゲーかっこ良かった!」

 

 

「兄ちゃんがそれ使ってるとこ久しぶりにみたなぁ」

 

 

 ですよね、見てましたよね。胸に飛び付いてきたヴィータは天使のような笑顔で見上げてきます。ああ、ヴィータかわええ……はやてはまぁ、元々知ってるから問題ないし。

 

 その、寧ろ問題なのは──

 

 

「兄上、今のは……!」

 

 

 キラキラと目を輝かせながらシグナムが駆け寄ってきました。端から見たらその姿はすっごく可愛いんだけど……何でだろう、全然嬉しくない。

 

 でもその理由はすぐに分かりました。思い出したのは、夕方のクリニックで高町姉妹と談笑中にシャマルか話していた内容。

 

 

『シグナムが目をキラキラさせてお兄さんの部屋の剣を見てたので……お兄さんがそれ使えると知ったら何を言い出すかすぐに想像できますから』

 

 

 ……ヤバい、見られた(白目

 

 

 

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