八神クリニックへようこそ! 作:ナンジェイ
この世界には、様々な生物が存在している。それぞれ種族別に分類され、そのカテゴリーの一つであるオレ達人間ですら、住んでいる地域や特色によって更に呼び名が違う。昔から人種差別や人権問題など、難題が多い人の在り方だが、今はその話は置いておく事にする。
──化け物。恐ろしい生き物や存在に対して、人間が使う総称である。人では抗いようのない力を持つ存在、おぞましい容姿を持つ生き物、大体対象となるのはその辺りか。
例えば空想上の生物。神話に出てくる幻想種から、巨人や亜人、獣人何てものまでいる。この世には在り得ない存在だが、分かりやすく化け物と定義するならそれらが妥当だろう。いずれも、人のような存在では抗う事のできない強大な生物だからだ。
そして、もしだ。もしそういった存在が身近にいて、我々と共に平然と過ごしていたら……君はどうする?
「あはは……やっぱり変ですよね、こんな質問」
夏真っ盛りに太陽がギラギラと照り付ける午前中。診察室で椅子に腰掛けながら、目の前に座っている紫髪のヘアバンドを着用した少女──月村すずかちゃんが苦笑いをする様子を眺めていた。どうでもいい事なんですが、どうしてこの町には可愛い女の子ばかりなんですかね? いや、オレとしてはウェルカムなんで全くモーマンタイなんですが。
そして、暫くオレがそんなどうでもいい疑問で黙り込んでいると、すずかちゃんが不意に顔をうつむかせた。
「ごめんなさい、先生。困っちゃいますよね」
「ん? ああ、悪い。別にそういう訳じゃないんだ」
落ち込んだ素振りを見せるすずかちゃんに苦笑を漏らし、顔を上げるようにと促す。直後に顔を向けてきた彼女は弱々しく、触れたら砕け散りそうな程の脆さをその表情から感じた。
──月村すずか。小学三年生のこの少女は、オレの知り合いでもある月村忍という女性の妹さんだ。そしてその忍ちゃんの話では、すずかちゃんは先日学校帰りに友達と二人何者かに誘拐されたらしい。その時はオレにも見掛けなかったかという連絡があったが、どうやら後に恭也が助け出したそうで無事に保護されたと聞いた時はホッとしたものだ。幼気な少女を怖い目に遭わせるとか許せん、今度忍ちゃんに犯人の名前聞いて同志を集めた上で成敗しに行かなくては。
少し話はそれたが、すずかちゃんは今日カウンセリングを受けにここへ来ている。総合病院とかの方が専門的な知識を持った人も沢山いるから、そっちに行った方がいいと忍ちゃんには打診したが、オレの方が都合がいいと此方へ向かわせたようだ。何が都合がいいのかさっぱり分からん。略してさぱらんだな……いや、略す必要ないけど。
そして、顔を上げてきたすずかちゃんへ訊ねる。
「確かすずかちゃんの聞きたい事は、『友達が化け物だったら……例えば吸血鬼とかだったらどう思うか』だっけ?」
「……はい」
彼女が先程問い掛けてきた内容を確認し、再び暗い表情を浮かべるその顔を視界に捉える。いや、ビックリしたよ。九才の女の子が真剣な表情でいきなりこんな質問吹っ掛けてきたんだもん。だからちょっと驚いちゃって、さっきは他の人に質問丸投げしようとしちゃったんだ……ごめんね、すずかちゃん。
そんな事は当人に言えるはずもなく。苦し紛れに思い付いた質問を逆に浴びせてみた。
「ところで一つ疑問なんだけど……すずかちゃんは、周りの人達がみんな普通の人間だって思ってる?」
「……え?」
「もしそう思ってるんだったら……それはきっと間違いだよ」
キョトンと顔を呆けさせて此方を見上げてくるすずかちゃんかわええ……っとと、ふざけて問題解決しないまま送り返したら、忍ちゃんになに言われるか分かったもんじゃない。なので少し真剣に話すとしよう。
「例えば目の前に野生のライオンがいます。すずかちゃんはどう感じる?」
「えっと……怖いです」
「そうだね、飛び掛かってきたらと思うと怖いよね。可愛いから抱き付くとか言われたらどうしようと思ってたから安心したよ」
いや、マジでホッとした。どこぞの某動物大好きなおじさんみたいな反応返されたらどうしようかと思った。普通の子で良かった、これで次の質問に移れる。
「では……そのライオンとの間が鉄格子で遮られてたらどうかな?」
「……怖く、ないです。可愛いって安心して見ていられます」
「模範的な回答で嬉しいよ。そう……襲われるリスクを排除すれば、残っているのはライオンに対する見た目の印象だけ。臭いものには蓋をするって考えとはちょっと違うけど、大体そんな感じかな」
野生のライオンは獰猛だ。腹を空かせていれば襲われる可能性だってあるし、動物園でもなければ決して容易に近付けない。野生と言ってもアフリカとか全然向こう側の話だから、日本にいるオレ達はそんな危険は無いんだけどね。
しかし、真に恐ろしいのは野生のライオンなんかじゃなく、柵を設ければ怖くないという、その考えに至った人間という生き物だ。
「人の知恵は凄い。凶暴な生き物でさえ捕らえ、檻の中へ閉じ込める事で襲われるリスクを無くす。あまつさえ、その動物で金儲けなんて考えるんだから、全く末恐ろしささえ感じる」
「あ……」
「君が言っていた吸血鬼は確かに怖いかもしれない、伝え聞く限りじゃ人の記憶さえ改竄出来るって聞いた。だけどね、俗に言う銀が苦手とか、太陽の光が苦手とか、十字架が苦手とか。強い生き物には、何かと弱点があるんだよ……でも、人間には明確な弱点が無い」
空想上の生き物にしてみても、どれだけ強大な力を持っていようと何かしらの弱点があるものだ。対して人間には弱点が無い、この優位差だけはどうあっても覆らない。
そもそも人間にはその身で行える限度がある、だから恐ろしい事などないと感じるかもしれない。だが、人間はそれを余りあって補う事の出来る知恵がある。
「そしてそんな人間が、何かの拍子で理性を無くしたら……どうなると思う?」
「それは……」
九才の女の子にする質問じゃないねこれ、後で忍ちゃんにどやされそうです。すずかちゃんには今日の話は口止めしておかないと……
人間が理性を無くした場合、残っているのはその人が持つ欲だけである。窃盗、強姦、殺人……人が平和に過ごせるようにと自ら定めた秩序に違反した行為、それらを平然と行うようになってしまう。
「人間という生き物はね、みんな俗に言う『化け物予備軍』なんだ。誰もが、何かの拍子で化け物へ変貌する可能性がある。人間って怖いね」
「そ……そんなの極論です!」
諭そうと語っていたら思いっきり叫ばれました。九才児に怒鳴られる大人ってどうなの? なんか悲しくなってきた……
すずかちゃんは自分が大声で叫んだ事に気付いたようで、顔を真っ赤に染めてうつむいてしまった。そして、暫くして少し冷静さを取り戻したのか、再び此方を見上げてくる。
「現実的な脅威は、吸血鬼の方がずっと上で……普通の人なんかじゃ敵わないんです。だから、きっとアリサちゃんも本当は──」
この子は本当に賢い。オレなんかよりも潜在的な能力は上で、感受性も豊かで、だからこそこんな風に悩んでしまうんだろう。周りがどう説得したところで、中々その考えは変わらないはずだ。
だったら、気付いてもらうしかない。
「先生の話を聞いてたか? 人間は普通じゃないって言ったろ」
「……え?」
「君は吸血鬼だ。人間社会の中で普通に暮らして、仲の良い友達もいて……もし、不意にその心を許した友達が包丁で刺してきたら、拳銃をぶっぱなしてきたら……君は何が出来る?」
「っ!? それは……」
何も出来ないはずだ。瞳を伏せた彼女の表情がそれを何より物語っている。吸血鬼だろうと何だろうと、不意に訪れる殺意には決して対抗できない。どれだけ力が相手を上回っていようと、見せてしまった一瞬の隙だけはどうしようもないからだ。
だから彼女には教えてあげなくてはいけない。みんな、おんなじ生き物なんだと。
「それが人間という生き物だ。そして、人間社会に馴染む事で吸血鬼もまた人間になる。結局は、どちらも恐ろしい生き物に変わりはないって事さ」
「っ……そう、なんだ。みんな、一緒なんだ……」
少しだけすずかちゃんの顔が明るくなった気がした。まだまだ本当の悩みを解決出来た訳じゃないが、彼女の心を少しくらいは軽くさせてあげられただろうか。席を外してもらっていたシャマルを呼び出し、彼女の見送りに行ってもらう事にする。
診察室に入ってきたシャマルに手を引かれながら、退室する際にすずかちゃんは言った。
「先生、今日はありがとうございました。お姉ちゃんが先生の所に行きなさいって言ってた訳が、何となく分かりました」
クスリと笑みをこぼし、すずかちゃんは診察室をあとにした。最後の笑みは九才児とは思えない艶やかさで、少しドキッとしてしまったオレは悪くないと思う。
そしてシャマルが次の患者を呼び出す中、デスクの上で頬杖をつきながらふと思った。
「何ですずかちゃんはあんな質問をしたんだ?」
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今日もまたいつも通り仕事を終え、八神家へ帰宅しました。玄関でシグナムと繰り広げる王と従者の会話はお約束、でも今日のは少し元気がなかったけど。
……え? そう言えばこの間のシグナムとの模擬戦フラグはどうなったかだって? ええ丁重に断りましたとも、シグナムが泣くくらい思いっきり断りましたよ! そのお陰ではやてが最近口聞いてくれません、どうしてこうなった。
そんな理不尽な先日の一件をリビングのソファーで胡座をかきながら思い返していると、不意に携帯の着信音が鳴り響きました。
「はい、こちら八神」
≪松さん? 忍です≫
「おお、忍ちゃんか。どうしたんだ?」
突然訪れた忍ちゃんからの電話。まあ、大方今日のすずかちゃんの一件だろうけどね、悩みも少しは解決したっぽいからお礼でも言うのかな? どうぞどうぞ、お礼はいつでも受け付けますよ。
≪松さんはうちの妹を人間不信にするつもりですか≫
何故か怒られました。結構親身になって相談に乗ったつもりだったのに、この評価はあんまりではなかろうか。いや、確かに人間って怖いねって終始言ってた記憶があるけど。
一人冷や汗を流していると、オレの焦っている様子が伝わったのか。忍ちゃんがクスリと笑い声をこぼした。
≪冗談ですよ。今日はすずかが本当にお世話になりました、松さんの所へ向かわせて正解でした≫
「それなんだよ。そう言えば、忍ちゃんはどうしてすずかちゃんをこっちに寄越したんだ?」
≪え? もしかして松さん自分で言ってて分かってないんですか?≫
いや、まあ。ある程度は分かってるつもりだけど。前からの顔馴染みだし、知り合いの所へ行かせた方が何かと安心できるって考えも分かるけどさ。
オレが言うのもなんだけど、忍ちゃんの家くらい財力あったら、ぶっちゃけ総合病院とか大きな医療機関の方がもっとよく診察してもらえると思うよ?
「君の家系は特殊なんだから、それを有効に使った方がいいんじゃないか?」
≪なんだ、やっぱり分かってるんじゃないですか……だから松さんの所へ行かせたんですよ≫
「え? どういう事?」
≪またしらばっくれて……今度改めてお礼に伺わせてもらいますから、そのつもりで≫
そして忍ちゃんは電話を切りました。いや、だからって一体何がだからなのかマジで分からないんですが……って電話切られたからもう確認しようが無いけど。まあ、別にいいか。
特にその事を気にする訳でもなく、携帯を横に置き、リモコンを手に取ってテレビをつける。すると不意に足の上に重みが……
「えへへ、ここはアタシの特等席なんだ」
そう言って笑顔を咲かせながら足の上に座ってくるヴィータかわえええええ……! おっと、可愛すぎて思わず顔がだらしのない事になるところだった。もう遅い? バカな!?
などとふざけていると、台所で夕飯の準備をしているはやてとシャマルの所からシグナムが駆け寄って来ました。え? シャマルに料理させていいのかって? 誰がいつシャマルが料理を出来ないと言った?
「あの、兄上……」
「えっと……何?」
「その、私と……熱い夜を過ごしませんか?」
何故か急にシグナムが顔を真っ赤にしながらしおらしく床に座り始めました。あの、貴女薄着だから前屈みになると困るんですが。シャツとの間にとんでもない双丘が顔を覗かせてるんですが……
……ハッ!? 一瞬理性吹き飛びそうだったじゃねぇか……どうせ熱い夜とか言って手合わせしようって流れだろ! 魂胆見え見えだからな!
「いえ、丁重にお断りします」
「うぅ……」
断った後、 今頃自分のやった事に気付いたのかシグナムが涙目で見詰めてきます。そんな目をしたって嫌なもんは嫌なの! 兎に角嫌なの!
それとどうしてそこではやてとシャマルは舌打ちしてるんですかねぇ……