八神クリニックへようこそ!   作:ナンジェイ

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カルテ8

 

 

 

──争い事は嫌いだ。悲しむ未来が容易に想像できるから。勝者がいれば敗者がいる、そんな事は理屈で分かっていても、やはり悲しいことだ。たとえどんな理由があろうとも、譲れないものがあるとしても、争う事だけはなるべく避けたいと思う。

 

 それが闘いであれば尚の事。痛い思いまでしなければいけないなんて、オレの身体が、心が耐えられない。痛いのは誰だって嫌だ、痛いのが好きだなんて言う奴は余程の異常者だ。例えばこの間とんでもないラインナップの入った包みを送ってきた健助さんみたいな……いや、今のは忘れよう。

 

 闘いではなくても、模擬戦のような事も嫌いだ。一般的に手合わせと呼ばれるそれは、互いの力量差を計る優劣を決める儀式でしかない。実力の拮抗した者同士が互いの力を磨き合う為に行う事もあるが、基本的に痛いのが嫌いなオレは手合わせが苦手だ。昔は士郎さんのお願いで恭也と何度か剣を交えた事もあるが、今ではとてもじゃないが無理だろう。サンドバッグにされる構図が目に見えている。

 

──手合わせは好きだ。互いの力をぶつけ合い、共に切磋琢磨して高みを目指す。実に素晴らしい事だと思う。誰だって強くなりたい、大切な人を守れる力をその手に掴みたくて、ただひたすらに……ん?

 

 

「ん~……今、何時だ?」

 

 

 寝惚けた顔のまま目を擦りながら、ベッドから体を起こして部屋の窓へと視線を向ける。外は夜の帳が下りたまま、近くの台に置いている時計に目をやると時刻は深夜一時ではないか。もう一眠りしよう。

 

 しかし変な夢を見たな。手合わせなんて大嫌いなのに、それを素晴らしい事だと肯定する自分がいた。全く気味の悪いオレもいたもんだ……って、さっきから隣がもぞもぞと動くんだが──

 

 

「ん……兄上、私と手合わせを……」

 

 

 ……あの、どうしてシグナムがベッドインしてるんですかね。頭が寝惚けているから割りと落ち着いてるけど、今一状況が分からないんだが……

 

 一先ずお互い寝間着を着てるから、一夜の過ち的な事は起きていない筈だ。取り敢えずはやて達に顔向けは出来そうなので最悪の事態は避けられる。あとは他の誰かがこの部屋に来る前にシグナムを起こせば万事解決だ。

 

 気持ち良さそうに眠っているところ悪いが、彼女を起こすべく体を揺すった。

 

 

「起きろ、シグナム」

 

 

「ぅん……ん? あ、兄上? 一体、どうして私の部屋に兄上が……」

 

 

「お前がオレの部屋に来てるんだよ。いいから自分のベッドに戻れ」

 

 

 寝惚けた顔のシグナムへ手を貸して、早く起き上がるようにと促す。目を擦りながらも彼女はオレの手を取り、ゆっくりと体を起こした。『どうして兄上の部屋に……』とか呟いてるがオレの方が聞きたいわ、ったく。

 

 暫く寝惚けたままのシグナムを眺めていると、突然彼女が独りでに呟き始めた。

 

 

「そうか、思い出した。確か兄上に手合わせを願いたくてこの部屋へ来たんだった……」

 

 

 大体そんな事だろうと思ったよ。と言うかシグナムがオレに用事があるとしたらそれしかないよ。と言うかまだ諦めてなかったのね貴女。散々断ってるんだからいい加減折れてくれればいいのに。まあ、当然その時オレが起きていたとしても断っているが。

 

 そんでその後どうしたんだ?

 

 

「えっと、部屋に入ったら兄上が寝ていて、また朝来ようと自分の部屋に戻ろうとして……そうだ、丁度いい機会だから以前シャマルが言っていた方法を試す事にしたのだったな」

 

 

「ふむふむ、どんな?」

 

 

「寝ている耳元で『手合わせは素晴らしい』と囁き、暗示をかけて兄上が手合わせを受けてくれるように仕向けよう、と……あ」

 

 

「ほうほう、なるほどなるほど」

 

 

 つまり、暗示でオレの事を手合わせ大好き人間にしようとしたのか……オイコラ、マインドコントロールとはまた医者のオレに随分挑戦的じゃねぇか。

 

 つうか何今更喋っちゃったみたいな顔してんだよお前。この場を苦笑いして誤魔化そうとしてもだーめ、頭に握りこぶしを当てながら舌を出して可愛くドジっ子アピールしたって許さない。最終手段だかなんだか知らんが瞳を潤ませて泣きそうな顔したってもう遅いよ!

 

 いや、おかしいとは思ったんだよ。急に夢の中で手合わせ万歳みたいな思考になってたから。本当目を覚ましてよかった、下手したらマジで暗示にかかっていた可能性もある。

 

 ところでどうでもいい話なんだが、さっきからシグナムがやってるその誤魔化し方なんなの?

 

 

「その、最悪見つかったらこうしろとシャマルが……」

 

 

 ああ、吹き込んだのシャマルだったのね。あいつオレの事絶対嫌いだろ。嫌いじゃなくても邪険に扱い過ぎだろ。そんなに仕事で溜まった鬱憤オレで晴らしたいかね……まあ、そのストレスの殆どはオレが理由かもしれないが。

 

 第一シグナムもシグナムで真面目だからいちいち教わったまま実践してるし。何かちょっと可愛いなって思ったじゃねぇかこのやろう!

 

 

「今直ぐに自分の部屋へ戻ったら聞かなかった事にしてやる」

 

 

「も……申し訳ありませんでしたっ!」

 

 

 眉毛を吊り上げながら言ったら慌ててシグナムが部屋を出ていきました。自分の立場を分かっているようで関心関心、その代わり時代劇の録画していたやつは全部消すけど。少しは反省してもらわないとな。

 

 と言ってもそこまでするのも可哀想だから、ディスクに焼き付けて保管しておくか。充分反省したあとに見せてやろう。

 

 

「さて、もう一眠りするか」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 人には得手不得手というものがある。何か得意な事があれば、苦手な事だってあるのは当たり前だ。例外として一通りの事をこなせるというのも中にはいるが、そういった人は俗に器用貧乏と呼ばれる。全てが一定の水準を充たしている反面、これといって突出した能力が無い事が多い。それでも普通の生活ならそっちの方が便利ではあるが。

 

 オレはどちらかというと、得手不得手がはっきりした部類だ。学生時代は運動も勉強も得意だったし、憧れの先輩だなんて後輩達からも慕われていた。八神に出来ない事は無いだろうとまで言われた事だってある。

 

 しかし、完璧な人間なんてものはこの世にいるはずもなく。オレには生きる上で致命的な能力の欠陥があった。

 

 

「よし、出来た!」

 

 

 早朝、家族のみんなが起きる前に、オレは台所で一人満足げに声を上げる。朝早くから一体何をしているかだって? そりゃあ台所でやるっていったら料理しかないだろう。

 

 いつもは妹のはやてとシャマルが作ってくれる食事だが、たまにはこうして兄貴らしいところを見せてやりたいので普段やらない料理に挑戦してみた。個人的には上手く出来たと思う。特にこの味噌汁なんかはやてに負けず劣らずの出来だという自信がある。

 

 

「あれ、何かいい匂いがしますね」

 

 

「ほんまやね、何の匂いやろ?」

 

 

 そして丁度いいところにシャマルとはやてが起きてきた。匂いに誘われたのか、足音が段々と近付いてくる。

 

 朝食を作るつもりでいたのだろうが、台所に足を踏み入れて驚くがいい。そして、オレの気遣いに涙を流して感謝をするがいい!

 

 

「あれ、お兄さんそこで何してるんですか?」

 

 

「何って、台所でやる事と言ったら料理しかないだろ? 今日の朝食はオレのスペシャル料理だ」

 

 

 スペシャルって言っても、品は味噌汁と焼き魚の定番なんですけどね。定番ってとても大事だと思う、栄養素的な面も考えての事だ。日本人の朝食と言ったら味噌汁と焼き魚だろう。

 

 やはり予想通りの反応で、シャマルは感心したように驚いている。あの顔はきっとオレの事を見直している、今日から仕事場での扱いが優しくなる事を願いたい。

 

 そして肝心の我が妹。ハッハッハ、こちらもやはり感激して驚いて……

 

 

「な……何勝手にしてんねん!」

 

 

 何故か突然怒鳴られた。驚くにしてもちょっと攻撃的な反応すぎやしませんかねこれ? いや、どう考えてもはやて怒ってるよね。

 

 一体何処に怒られる要素が……そんな風に一人首を傾げていると、はやてが慌てた様子でフライパンの中にある焼き魚へ箸を刺した。

 

 

「うわ、外側焦げとるのに中生焼けやんか……火力強すぎ」

 

 

「う……」

 

 

「おまけにこっちの味噌汁は……」

 

 

 さっそく焼き魚にダメ出しをされました。嘘、結構いい感じで焼けたつもりだったのに……火力マックスで焼き時間一分だったのがいけなかったのかな?

 

 続いてはやてはスプーンで味噌汁を一掬いして、それを口に含むと突如目を見開きました。お、これって美味しくて逆に驚いてる感じ? いや~、これ作るの結構苦労したんだよ。

 

 

「な、何混ぜたんや! 香りは味噌やけど味めちゃくちゃやで!」

 

 

 あれ? 渾身の力作が思わぬ不評、一体何処で何を間違ったんだろう……隠し味のマヨネーズがいけなかったのか? それともケチャップ? それともお好み焼きのソース? それとも……

 

 

「も、もうええ。それ以上何が入っとるんか聞きとうないわ……私とシャマルで作り直すから引っ込んどき」

 

 

「うぅ……はい」

 

 

 全力でダメ出しを食らったあとに退場処分を命じられました。てっきりオレの気遣いに感謝感激雨あられな展開だと思ってたのに……どうしてこうなった(涙

 

 一人涙を拭いながらリビングへ向かおうとしていると、今まで苦笑いをしていたシャマルがふとオレの手を握ってくれた。

 

 

「お兄さんが頑張ってくれた事は、はやてちゃんも私も分かってますから。今度一緒に私とお料理勉強しましょう、ね?」

 

 

「シャ、シャマルぅ~!」

 

 

 シャマルの優しさに思わず抱き付いてしまった。ごめんねシャマル、昨晩はオレの事絶対嫌いだろなんて思っちゃって。そんな事は無かった、シャマルはいつでもオレの味方だったんだ……!

 

 シャマルの事大好きだよ!

 

 

「ふふ……私もですよ、お兄さん」

 

 

 泣いた。若干照れくさそうに笑顔を浮かべるシャマルに思わず号泣した。何度拭っても流れる涙が止まりません。アカンはこれ……惚れてまうやろー!

 

 シャマルに背中を擦られながら、リビングのソファーへ腰を下ろす。不意に視界に入ったテレビの天気予報をよく見たら、オレの涙を表すかのように大雨だった。

 

 

 




シャマルが料理教えてくれる展開があったって良いじゃない。
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