八神クリニックへようこそ! 作:ナンジェイ
客商売をする上で、宣伝は必須とも言える作業の一つだ。どれ程良い品を揃えようと、良質なサービスを提供できようとも、それを知ってもらわなければ客は集まらない。望み通りの成果を得るには、それ相応の努力が必要になる。まあ、その商売を趣味でやっているというのなら話は別だが。
医者という職業もある種の商売だ。人を助けると言えば聞こえはいいが、患者がいないと収益は得られないし、生活も出来ない。勿論誰もが金儲けの為に医者をしているわけではないが、世間一般的には医者という職業は平均年収が高い。人助けは二の次、高収入に惹き付けられて医者を志す者も多いだろう。たとえ思っていてもそんな事を言う人間はいないだろうが。
となればだ。医者も客商売、宣伝は必要不可欠になる。大きな病院に勤めるならそのネームバリューで必要ないが、開業となるとまた話は別だ。一からのスタートになるため、余程以前勤めていた病院で名を売っていないと患者は来ない。地道な努力は欠かせないし、立地条件なんかも重要になるだろう。近くに住宅街があれば良し、他の医療機関があれば最悪だ。
しかし、うちのクリニックは例外だ。と言うのも、そういった宣伝をせずとも自然に患者が訪れる。近くに総合病院があるという点を踏まえれば最悪のように感じるが、そことも患者の取り合いのような事は起きていない。寧ろ、互いに連携して患者を第一に考える理想的な構図が出来ていたりする。今後も総合病院とは良き付き合いをしたい、看護師の件はまだ諦めてないけど。
そして、だからこそ八神クリニックに宣伝などは必要無いのだが……
「ええやん、引き受けようや!」
家族団欒で食事をする朝の時間。満足顔で玉子焼きを頬張っていると、隣のはやてが目を輝かせながら身を乗り出てきた。他のみんなはその様子に一様に首を傾げ、オレとはやての顔を不思議そうに眺めている。
はやてが話しているのは、朝食を取り始めた直後にオレが会話の話題として上げた内容の事だ。実は先日地元のテレビ局から『街のお医者さん特集』と題して取材をしたいとの連絡があった。どうやら家族紹介のコーナーもあるらしく、断ってもよかったが一先ずみんなの意見も聞いておこうと返事を待ってもらっている。
オレは別段興味なかったのだが、これが話してみたら思ったよりはやての食い付きが良かった。シャマル達の意見も聞かなければいけないが、多分もう決まったも同然だろう。
「私達がテレビに……良いんじゃないでしょうか? テレビに映るのを想像すると、何だか少し照れちゃいますけど」
「アタシは兄貴とはやてがいいなら別にいいぞ」
「私も、主と兄上がよろしいのなら問題ありません」
「よっしゃ、これで決まりや」
それぞれはやてと同じ意見のようで、シャマルを筆頭にヴィータとシグナムからも一通り意見を聞き届けたはやては笑顔でオレの顔を見詰めてくる。いや、オレはどっちでも良かったから別にいいんだけど……あの、はやてさんザフィーラの意見も聞いてあげてね?
はやて達がわいわい撮影に向けて盛り上がる中、床上で皿に盛り付けられたドッグフードを口にするザフィーラと不意に目が合いました。静かに頷くその姿からはどこか哀愁が漂っていた……お前らザフィーラに謝れよ! ザフィーラだって家族だろ!
「あ、そう言えば撮影はクリニックの方でやるんやっけ?」
「ん? あ、ああ……」
「ザフィーラ、悪いけどその間お留守番お願いな?」
「……心得ました」
それはもうにこやかな表情ではやてがトドメをさしたよ。絶対怒っていいところなのに、主の命に忠実なザフィーラさんマジ守護獣。でも守護獣なら主の傍を離れたらいけないような……まあ、突き放したのはやてだし。
あれ? でもそれって要らないって言ってるようなもんじゃ……
「……」
ご、ごめんよザフィーラ! 余計な事考えちゃったオレが悪かったから皿をくわえて立ち去らないで……! どうしよう、女性だらけの空間の中で唯一の仲間のザフィーラの機嫌損ねちゃったよ……仕方無い、ここはお小遣いはたいて高級ドッグフードを買ってこよう、そうしよう。ついでにジャーキーもおまけしちゃうぜ!
「今日は家族みんなで八神クリニックを宣伝するでー!」
ああもう! だからはやては追い討ちをかけないでよ!?
ーーーーーーーー
「一カメオッケーでーす!」
「二カメにケーブル映ってるよー!」
「おいAD! さっさと巻け!」
「すみません!」
「本番十秒前! 九、八……」
撮影開始のカウントダウンが響く中、クリニックのロビーでシャマルと二人立ち尽くす。目の前には数人のテレビ局関係者、司会進行を行う予定のレポーターの女性は髪型を気にしていた。本番直前の張り詰めた空気が、ロビー一帯に広がっている。
朝の家族会議で取材を受ける事に決まり、その旨を事前に教えてもらっていたテレビ局へ連絡した。直ぐに日程の都合を話し合ったのだが、互いの都合を考えて今日の午後から行いたいという事になり、本日撮影を決行しようという話になった。しかも生放送、急すぎだろ。
そんなこんなで急な話に八神家一同は急いで準備を行く事となり、クリニックの掃除やら片付けをして現在に至る。因みに残りのはやてとヴィータ、シグナムの三人は、それぞれ案内役として別室で待機してもらった。緊張してないといいが……
オレ? 取材の経験あるから大丈夫です、シャマルも普段通りの様子なので問題ないだろう。
「三……二──」
「──テレビの前の皆さんこんにちは。私は今、海鳴市のとある病院に来ています」
カウントダウンの終了とともに、司会進行の女性が喋り出した。どうやら本番が始まったらしい、オレも気を引き締めなければ。
女性がカメラの前で話している途中、ADの人がカンペ片手にいきなり何かを書いて此方へ見せてくる。ん? 何々……社会の窓が全開だと!?
「(何やってるんですかお兄さん……)」
「(すまん、さっきトイレ行った時に閉め忘れた)」
早速テレビで醜態をさらすところだった、ADさんの見事なファインプレーで事なきを得たが。ありがとうADさん、貴方はきっと出世するよ!
いや、待てよ。そう言えばさっきはやてがオレの事を見て笑いをこらえてたが……まさか、あのやろうさっき気付いてたのか!? なんて妹だよ! 兄貴の事笑い者にしようとしやがったな!
「それでは早速、本日おじゃまさせて頂いている八神クリニックの、院長と看護師のお二方にお話を聞いてみましょう!」
我が妹に腹を立てている最中、カメラが此方に向いたと同時に女性が近寄ってきた。よし、はやての件は一先ず置いておこう。今はカメラの前だ、にこやかにしていなければ。
一人冷静に努めていると、歩み寄ってきたレポーターの女性が自己紹介の流れで話を振ってきたので、オレから順に自己紹介をする事に。よし、ここは一発決めて第一印象を良いものにしよう。何より、今後の看護師募集を捗らせる為にも!
「八神クリニック院長、八神松籟です。今日はよろしくお願いします」
「此方こそお願い致します。いや~噂には聞いていたんですけど、これはまた……」
なんかレポーターの女性がジロジロと見てきます。えっと、はにかみながら爽やかな青年風に決めてみたんだが……何か不味かったですか? シャマルからは念話でオーケーもらったんですけど……
暫くすると女性はカメラへ苦笑を漏らしながら謝罪を一言、次に隣へ立っているシャマルにカメラが向いた。
「八神クリニックで看護師をしている、八神シャマルです。お兄さん……八神院長にはいつも頭を抱えさせられています」
「シャマルさんは外国の方でしょうか? それに八神院長がお兄さんとなると……何だか不思議な感じですね。八神院長が年下のように見えます」
あの、シャマルさん? 好感度上げようとしているところに水を差さないでくれませんかね。それとレポーターの女性はとんでもない天然さんらしい、カメラの後ろで控えるアシスタントやプロデューサー達が苦笑いだ。
オ、オレが年下に見えるのはただ単にオレの顔が童顔なだけだから。決してシャマルが老けてるように見える訳じゃないから……だからシャマルさん、お願いだからクラールヴィントしまってね……?(震え声
「さて、それでは最初に八神院長のプロフィールからご覧頂きましょう」
シャマルが発する負のオーラを気にもせず、現場はどんどん進行していきます。アシスタントの人が出してきたボードにはオレの経歴が記されており、それはもう詳細にまとめてあった。仕事早すぎる……テレビ業界ってこんなに高いスキル求められるの?
これを準備したであろうADさんに尊敬の眼差しを向けていると、プロフィールも殆ど紹介されていた。
「そして、八神少年の運命を分けた日……六年前の出来事からは、再現VTRと共に八神院長本人から話をお聞きしたいと思います」
いつの間にかそこまで進んでたのか。まあ、それ以前は両親が死んじまった事以外変わった事は無かったしな。と言うか再現VTRとか用意してたのか……あんたらオレが取材断らない前提で話進めてたんだね。なんだ、ADさん尊敬してちょっと損したじゃないか。
現場に用意している液晶画面に再現VTRが映し出され、その映像と共に当時の心境やらを語る事になった。あんまりしんみりした話は好きじゃないんだが、これも引き受けた以上こなすしかない。適当にやり過ごそう……
──オレが医者になって、はやての足を治してやる……絶対にな。だからもう泣くな──
──ひっぐ……うん……にいちゃん、絶対やで?──
──約束だ──
──えへへ……にいちゃん大好き!──
やだ何この映像、演技凄すぎてめっちゃ感動するやん……って、あれミコトちゃんじゃん! あの子子役だったのか……それにしても──
「(か、関西弁のミコトちゃんかわええ……!)」
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「今でも決意は変わりません、妹の足は必ずオレが治すつもりです。ですから、この放送を観てくれている皆さんが、少しでも妹の病状が良くなるように祈って下されば幸いです。その想いはきっと、オレ達の力になりますから」
映像も無事に終わり、最後にカメラへ向かって一言締め括った。いやー、自分で言うのもなんだけど中々泣ける再現VTRだった……俳優さんって凄いね。実は本当のところ看護師さん達とキャッキャウフフしたかったなんて理由、この空気じゃとても言えない。
最後の台詞もADさんがお願いしますって懇願しながらカンペ向けてくるから仕方なく言ったけど……大変だね、ADさんも。そういった演出もしなくちゃいけないなんて……オレにテレビ業界は無理です。
「ふええぇぇぇん!」
……何故か突然レポーターの女性が号泣し始めました。えっと、その、ADさんにお願いされて言っただけなんだけど……そんなにオレの台詞気持ち悪かったですかね?(涙
もう絶対ADさんの指示には従わないよ……これ以上好感度下げられてたまるか! 一人号泣して舞台裏へ連れていかれるレポーターさんとADさんを交互に涙目で見ながら、代わりに司会進行を任されたので院内を案内していく事に。
先ずは、はやてとヴィータが待つ診察室へ。念話で向かう事を伝え、心の準備をしてもらう。返ってきたはやての声が若干涙ぐんでいたのはよく分からないが……別にいいか。
「ここが診察室になります。私が患者さんの悩みや相談に乗る場所であり、一日で一番長い時間を過ごす所ですね」
当たり障りのない言葉を列べながら扉をスライドさせ、はやてとヴィータがいるであろう診察室が映し出される。はやては元々大人びているし、ヴィータも聞き分けの良い子だから大人しくしてくれているだろう。
……そう思っていた。
「ひっぐ……バカ兄ちゃん、こんな時にあんな台詞言うなんて反則や……」
「あ、兄貴! はやてが急に泣き出して、痛いところも無いみたいなのに……!?」
えっと……何があったの?
「な、なんでもあらへん!」
「いや、なんでもない事ないだろ──」
「こっち来んな!」
「あいたっ!」
バインダーが飛んできました……痛い(涙