星光小夜曲 -Starlight Serenade- 作:ATSW
星の光を纏った少女と、その輝きに心を奪われた少年。二人が出会うとき、一つの恋物語が始まる……。
その夜は満天の星空だった。
その夜空の下、湖畔で幼い少年が笑顔を浮かべて見上げている。
湖面には星の輝きが映り、まるで星の海にいる気分になる。
じっと星空を見上げていた少年が、その両腕を星空に向かって伸ばし、小さな掌を開く。
届かない、ならもっと伸ばせば、あの星を手に取ることができる、そう思って。
その瞳には星の光が映り、小さな宝石のようだ。
そのとき風が吹き、少年は瞳を閉じた。
まるで星の光が、自分の腕の中に舞い降りてきたような感覚。
自分を、そっと抱きしめているかのような。
少年は、その腕の中の輝きを抱きしめようとして――――
――――突然起きた地震で足場を崩され、湖の中へと落ちた。そして浮かび上がろうとした時に、何かの衝撃を受けて気を失う。
だがそれでも、幸運と言えるのかもしれない。なぜなら、その後の地獄を見ずに済んだのだから……。
◇
【闇の書】
本来の名は『夜天の魔導書』。貴重な魔導術式を集めて保管し、後世へと残すための旅するデータベース。かつて改悪を受けたもの。修正も制御もできない防御プログラムが存在したために、破壊と悲しみを生み出すだけの災厄となった存在。
【闇の書の残滓】
『闇の書』に存在していた、今は破壊されている防御プログラムの残滓。『マテリアル』を生み出した存在。
【マテリアル】
『闇の書の残滓』が『砕け得ぬ闇』として復活するため、力を得る手段として、道具として作り上げた存在。
私たちは『マテリアル』。道具でしかない存在。誰からも望まれない存在。絶望しか与えられない存在。そして、その存在を、その生を、祝福されない存在―――
私はマテリアルSこと『
私たちは輪になり、足元を見ています。そこに横たわっている、7歳くらいの幼い、気を失った一人の少年を。まさか、この少年が……。
「……こういう事ですか。これは運命なのでしょうか」
「出会えてよかった! ってやつだね!」
「はしゃぐと消耗が進みますよ」
「我らは生まれたばかり。しかも存在が安定していない」
その為にも、魔力が必要です。なのに、集めることができない。
「早急に魔力を補充する必要がありますね」
「必要っていっても、魔力持ちが足りないんだけど?」
「……オリジナル達は感知できません。この近傍にいないのか、妨害をかけているのでしょうか?」
「妨害は無かろう。我らの存在を知らず、そして自分たちの魔力を隠す慎みなど無い
その通りでしょうね。オリジナルの三人とも、その本質は破壊の力でしかない。ただ、他者を傷つけるしかできない。だから、マテリアルの原型として選ばれた……?
「オリジナル達がいれば、そいつらの魔力で大団えーん! ……だったのに」
「そうですね。でも今、魔力を持つのは、ここにいるこの子だけですね……。あの人だったものたちでは、持っていたとしても、もう関係無いですし……」
この少年の顔には笑みが浮かんでいます。何でしょう、生涯で唯一無二の宝物に出会えたような、邪気の無い、幸せそうな笑顔。
しかし、周りの状況を知ったならば、私たちを憎むのでしょうか……?
「湖の中にいたから大丈夫だったんだ! 運が良いな!」
「本当に良ければこんな事態に出くわすことなどないぞ?」
「むー」
「そうです。溺れていましたし、じっ、人工呼吸をしなければ、治療ができても助からなかったでしょう」
ふと顔を上げると、二人がニヤニヤと笑ってこちらを見ていました。
「「ちゅーっ! ちゅーっ!」」
「うるさいですっ!!」
からかうんじゃありません!
自分の顔が熱い。真っ赤になっている事でしょう。この二人が忌々しいです。
この少年はつい先程、湖の中に魔力反応があることに気付いて救出したのです。そ、それで、私が
「う……」
小さい呻き声に、私たちは注意を少年に戻します。でも、まだ目は覚まさないようですね。
「まあ、治療の術式を蒐集してあったのは不幸中の幸いか」
「でもさ、リンカーコアの傷は治せないから、僕らみんなの維持は無理だって」
そう。彼の『今の』魔力量では私たち三人のうち、一人しか維持できない。
「……『カルネアデスの舟板』しか手段は無いか」
「なにそれ?」
「限られた人数しか生き残れない状況で……、生き延びる為に、同じ立場の相手を殺すことです」
でなければ、皆消滅する。それが悲しい……。
「それって、殺し合うってこと? なんだよ、初めから決まっていた事じゃないか!」
「だがな、今回の件はイレギュラーだ。闇も眠っている。理由は分からんがな」
「三人とも存在できる未来もあった、と言うことですね」
望めば、手に入れられる可能性もあった。なのに……。
「あー! 十分な魔力さえあればーっ!!」
「無い物
そうだったなら、どんなに良かったか。私たちが、その手で殺しあう必要など無かったのですから。
「あー! もー、うるさーい! そんな事は、もーいーだろ!!」
「そうだな、同胞の
「ふふーん! 生き残るのは僕だよっ!」
「それでは、始めましょう……!」
殺し合いを!!
その身を血で染めながら、頭の片隅で考えます。
……やはり私たちは、
◇
……何があったんだろう? 星空を見ていたら、いきなり……。
「うっ……」
「気が付きました?」
体がすごく痛い。でも我慢して、目を開ける。
僕の上に、黒い服を着た女の子。黒いから夜空と見分けがつかなくて、だから星に包まれているような、綺麗な……。
「女神様?」
「はい?」
女神様は、目を丸くしてなんだか慌てていたけど、咳払いをして僕に笑いかけた。
「私は女神ではありませんよ」
「僕、聞いたよ?」
『この湖には星に憧れる精霊たちが一杯いて、水面に星を映して輝かせる。そして星空の綺麗な夜に、精霊たちに招待された星の女神が湖に降りてくる』
「この湖に伝わる伝説だって。やっぱり本当だったんだ」
「そんな……」
なぜかあちこち遠くを見ている。可愛い。
「そっ、それよりも。貴方にお願いがあるのです」
「お願い?」
「はい。私の主になって欲しいのです」
「主ってなに?」
「私をそばに置く者、でしょうか」
「本当に? いいの? 僕はずっと願ってたんだ。あなたのような女神様に、一生そばにいて欲しいって」
そう。ずっと願っていた。綺麗な星空を見上げる度に、ずっと。……あれ? 顔が真っ赤だ。
「……はい。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
良かった……。怒った訳じゃなかったんだ。でも『不束者』って。今の台詞の意味知っているのかな?
「ところで、主って何をするの?」
「とりあえずは、私に魔力を供給して欲しいのです」
「『魔力を供給』って?」
「……私の体は魔力でできています。それが無くなると、私は消滅……この世から消えます」
「それは絶対駄目!」
彼女がいなくなる!? 冗談じゃない!
「ですから、私と契約して主になっていただければ、主の魔力で維持……ずっといることができます」
「うん、よくわかった。主になるから!」
「では、契約をしましょう」
「どうやるの?」
「魔力供給が必要ですので、使い魔契約を基にした魔法陣で行います」
足元に丸い光の絵ができた。すごいな、さすがは女神様。
「ここに立ってください。それで魔力を供給するラインを繋げられます」
「うん、わかった」
二人で手を繋いで光の中に立った。ふと悪戯心が沸き起こる。
「こういうとき、何か言うのかな?」
「何かとは?」
「えーっと。『病めるときも、健やかなるときも』」
「あっ、あの! それは神父が言う言葉ですから!」
いきなり慌て出す女神様。意味を知ってるのか~。じゃあ、さっきのも?
「じゃあ、なんて言うの?」
「……それは、もっと大人になってから、二人で言いましょうね?」
「約束だよ?」
言質はとった。絶対だからね?
「!! でっでは始めましょう!」
そう言って目を閉じる。顔は真っ赤だけど。可愛い。
「なんか、さっき寝ている時、こんな感じだったね」
「そっ、そうですか?」
何故かさっきよりも顔が赤くなった。何かあったのかな?
「それで、誓いのキスをする?」
「かっ、からかわないでください!」
慌てる彼女に、つい笑ってしまう。
「……7歳くらいですよね? 随分子供らしくないような気がしますけど」
「早熟だってよく言われるよ?」
「それで済ませられない気がするんですが……」
「そう言われても、本当に7年しか生きていないんだけど」
なんでみんな信じないんだろう?
「それが信じられないのですよ……。契約、できました。大丈夫そうですね」
「よかった……」
ふと、何かの気配を感じた。何かが語りかけようとしている……?
~~~~~~、~~~~。
「……うん、分かった。誓うよ!」
「どうしたのですか?」
「うん? あ、夜空と風に話しかけられた気がしたんだ」
そう。この夜空そのもののような何か。風と…雷?を意味する何か。その二つに。
「夜空と風?」
「うん。『一生を添い遂げ、幸せにすると誓えるか?』『絶対、守るんだぞ!』って」
「……そうですか」
嬉しそうに笑う彼女に、僕も嬉しくなる。
気が付くと、彼女の両手が僕の頬に添えられて、真っ赤な彼女の顔が、近づいて……思わず目を閉じる。
暗闇の中、彼女だけを感じる。彼女の温もりを。唇の、柔らかく、甘い感触を……。
◇
幼い主の言葉に嬉しくなりました。いつか再会できた時、彼女たちに礼を言いましょう。
そして『誓えるか』ですか……、主のさっきの言葉を思い出します。
主の頬に両手を添えて……、顔が熱いです。
これは儀式。これから先を、二人がずっと一緒にいる為の……。
「……誓います。一生、貴方とともに……います」
私も誓います。守ります。ありがとう、私の家族たち。
こうして、星の光を纏った少女と、その輝きに心を奪われた少年が出会った。
この出会いは偶然か、必然か。
しかし、二人には関係の無いことだった。
お互いに、世界で、そして生涯で最も大切な存在と巡り会えたのだから。