4月の一番初め、桜が一番綺麗な頃、俺の通っている高校は少しばかりせっかちで、もう新学期が始まろうとしている。
県内でも有数の進学校であるからか、学期間の休みが面白いほどに短く、その癖して宿題が山程出るから俺は疲れ切っていた。
…まぁ、全部は終わらせきれて無いけど、いや、殆ど手付かず。
そのせいか校門前の上り坂がいつもより急に感じる。
この坂の両脇には桜の木が生えていて、見事な薄桃色のアーチをかけている。
入学式の時期になると、桜は殆ど花を落としてしまうから去年は見られなかった。
だから少し新鮮な気分だ。
…あれからもう一年経つのか。
高校最初の一年はあっという間に終わってしまって、高校生になった実感のないまま二年生になった。
もちろん学年が変わる実感もなく、ただ、クラス替えが変わるだけのように思える。
前のクラスでら親友と呼べるほどの仲の奴が2人程出来た。そのためかクラス替えが煩わしい。
なんで、毎年毎年懲りもせずクラスを変えるのか…
いや、人間関係を作る練習なのは分かるけど、一から人と関わるのは面倒臭い。
3年間同じクラスだったなら…
あ、文理選択があるからそれは無理か…
などと、いつものように特に中身の無い考え事に旅していたら、後ろから聞き慣れた声がして引き戻される。
「どしたオムオム、ぼけっとして、また変な妄想か?ドン引きだわぁ…。」
肩を叩かれ振り向くと、朝からやたらとハイテンションな奴がいた。
こいつは、去年のクラスメイトで、親友と呼べる友人の一人の浅田だ。
因みにオムオムとはこいつだけが使う俺のあだ名で、名字が大村だかららしい。
美味しそうなあだ名だ。ケチャップが欲しくなる。
「うるせぇよ朝から、なんか良いことでもあったか?…いや、いつも通りか。」
基本的に浅田はハイテンションだ。
時々クスリでもキメてるんじゃ無いかと思う程に。
もしこいつが薬物関連で捕まったとしてもそこまで驚かないだろうな…
むしろインタビューに、薄々気付いていました、なんて答えるかもしれない。
「なんか酷いことを考えてる顔してるよ?」
…それでいて勘が鋭く、人の考えや空気を読む。
変な奴だ。
「よく分かったな、まぁ、俺は優しいし面倒くさいから何を考えてたかは言わ無いでいておいてやる。感謝しやがれ。」
「アッザス!」
もはやテンプレートの会話、心地良く、懐かしい感じさえした。
春休み中一度も会わなかったからだろうか。
たった1週間強だったと言うのに、やはり毎日会っていたのが、急に会わなくなると寂しいものだ。
「ただ、ちょっとクスリでもやってるんじゃないかな、と思っただけだ。」
「あれ、言わないんじゃ無かったの⁉︎」
浅田は何故か満足そうに笑い、続けた。
「クラス同じだと良いね。」
浅田は少し寂しげに、不安そうに言う。
「それは無いだろうな。」
即否定する。
それもそうだ。
去年は、こいつともう一人倉本の3人で、デタラメに暴れたからな。
授業中の私語に始まり、3人で授業を抜け出してみたり、テストでは点数の欄に綺麗な丸を付けさせた。
ほんと、この学校の生徒に似つかわしくない3人で、自分でも何故ここに受かったのかわからない。
ここまでしてよく留年しなかったな、学校側が進学校のイメージを崩すから留年者を出したくなかったのだろう。
正直、問題児3人組だった自覚はある。
先生方には申し訳ない事をした。
それでも凄く楽しい一年だった。
「去年あれだけ暴れたからな…多分3人で別々のクラスだろうよ。」
「まぁ、当然だよね。」
浅田はヘラヘラと笑い、残念そうに溜息を吐いた。
校門をくぐり昇降口の所まで行くと、少し大きな、古びた掲示板がある。丁度駅のホームの電光掲示板くらいの大きさだ。
その前にうんざりする程の人だかりが出来ていた。
少し遠くから見ると、蜂の巣に蜂が集まってるみたいで気持ち悪いな。
どうしてあんなところに人が集まってるのかと覗き込むと、どうやら新クラス発表の紙が貼り出されているようだ。
「凄い人だね。少ししたら見にいこうか。」
浅田が自動販売機の横に置いてあるゴミ箱に腰掛けながら言った。
「そうだな、あの中に入って行くのはちょっとな…。」
俺はゴミ箱の隣で、壁に体を預けた。
少しすると急に浅田が人ごみに向け指を指す。
どうやら人だかり中から出てきた1人の女子生徒を指差しているようだ。
そいつは俺の幼馴染の坂崎だった。
「オムオムの好きな人だよね?」
浅田がイタズラに笑いながら言い放った。
「ちげぇよ、んな訳あるかよ。ただの幼馴染だ。家が近いだけ。」
なるべく平然を装う。
…本当は違くない。
俺は坂崎の事が好きだ。
いつからかとか、何故か、なんて聞かれても多分答えられないが、気が付いたら好きになっていた。
幼馴染とは言え、最近はあまり話もしないし、顔も滅多に会わせる事はない。ましてやアニメや漫画みたいに起こしに部屋まで来てくれる事もない。当然か。
それでも何故か、俺はあいつを好きになってしまった。
「本当に?前からそうなんじゃないかって思ってたんだけど。」
まじかよ、どんだけ鋭いんだよこいつ。
本当に人は見た目によらないんだな。
「本当に。別に好きなんかじゃねぇし。そもそも俺、あいつと違うクラスだったし、そんなに話しても無いのに、なんでそんな風に思うんだ?お前もほとんど面識ないだろうに。」
これは素直に気になった。
こいつと居るときに坂崎とは話したことも無いし、いつそんな事を思うタイミングがあったのだろう。
すると浅田は予想斜め上の答えを返してきた。
「勘だよ勘。だって俺あの人と話した事も無いしね。」
恐ろしい勘だな。
勘でここまで当ててくるか?普通。
本当、変な奴だ。
「勘かよ。勘にしてもぶっ飛んでんな。普通もっと知り合いだったり、仲よさげな人を言うだろ。」
良い感じ、凄く普通を装えてる。
俳優とか向いてるのかも。
アカデミー賞狙ってみようかしら。
「でも、そう言う割にさっきから怪しいよ?」
浅田はニヤニヤしながら言ってくる。
からかってるだけなのか、それとも気付いているのか。
前者だな、俺は主演男優賞クラスの演技をしていたし。
「ねーよ。これ以上しつこいと掘るぞ。」
「分かったよ、つまんねーの。」
やっと諦めたか。
なんでこんなに鋭いのか。
バカだからか、野生の勘ってやつか?
「また失礼な事考えてるだろ。」
浅田が立ち上がりながら言う。
「へ?あ、いや、そんな事ねーぞ?」
少し怖くすらなってきた。
「そんな事より掲示板みにいこうよ。」
あくびをして伸びをしながら笑みを浮かべて言ってきた。忙しい奴だな。
「まだそんなに時間経って無いし、人が少なくなったどころか少し増えてるぞ?」
「だからだよ、待ってても人が増えてるし切りないじゃん?行こ?」
浅田は返事を待たずに掲示板に向かって歩き始めた。
その後ろを追うように俺も歩き出した。
…こいつになら本当の事を言っても良いような気はする。
背中を見ながら、ふとそんな事を思った。
だが、何故だかこの事は人に言いたくない。
そんな事も思った。
どうしてだろうか。
別に好きな人を知られたところで、浅田なら人に言いふらす事もしないだろうし、高校生で好きな人がいる事なんて珍しい事でも無い。
だから俺にダメージは無いはずだ。
それに、今までにも好きな人はいたがこんな事を思う事はなかった。
それでも、何故だか言いたく無い、知られたく無い。
いつかヤーヤーヤーの人達が歌ってたな、必ず手に入れたいものは誰にも知られたく無い、だったか?
つまり、それだけ俺は本気なのだろうか。
自分の事なのに他人の事以上にわからない気がした。
人混みの中を無理に割って入っていき、掲示板の前に辿り着いた。
俺は毎年出席番号が早いので、名簿の上の方を横にスライドするように見る。
俺は…2年G組か、自分のクラスも確認確認できたし、後ろに人がアホほどいるので人だかりを抜け、浅田と合流した。
「お前は何組だった?俺はGだ。」
すると浅田は目を大きく見開き驚いたように言った。
「俺もGだった…!」
まさか、去年あれだけの事をしといてまた、同じクラスだと?
あぁ、あれか、問題児を一つのクラスにまとめようって事だな。
何にしても、ついてたな。
また二人同じクラスか…あ。
「そういや、倉本見て無いな。」
すっかり忘れてた。
浅田も忘れてたようで、変な笑いを含んみながら
「また遅刻するんじゃない?」
だと。
影薄いのかな、倉本。かわいそうに。
「初日からよくやるよな、流石は遅刻常習犯。」
2人で倉本の陰口に勤しんでいると、
「いや、流石に初日から遅刻はしねーよ!ちょっと危なかったけど!」
噂をすればなんとやら、倉本が掲示板の方からやって来た。
いや、危なかったのかよ。
「2人は何組だった?因みに俺はDな 。」
楽しそうに聞いてきたが、残念、かわいそうに。
お前一人だけクラス違うな。
「俺はG、んで浅田もGだ。」
「そゆこと。」
俺と浅田は楽しそうに笑いながら言った。
「マジかよ⁉︎なんで俺だけ!ねーわ!」
倉本は分かりやすく膝から崩れ落ちた。
大袈裟に落ち込むこいつは、見ているだけで楽しくなる。
こいつはいちいち動作が大袈裟で見ていて飽きない。
俺は心の中でこいつを一人ブロードウェイと呼んでいる。
そんなこんなで高校の二年目が始まった。