某日・再びカレー洋
眼前の海は凪いで静か。見上げる空は晴れ渡り、快晴そのもの。
眩しい太陽の下、見渡す限りは蒼と白の世界。
聞こえるのは海を渡る風の音だけ。
連合艦隊を組んだ艦娘達が
すでに敵勢力下。敵影は飛ばした偵察機で確認済みだ。
しかし、会敵まではまだ時間はある。
先陣を切る第二艦隊の旗艦である熊野は右手に顎を乗せながら考える。
日焼け止めをもう少し多めに塗っていた方が良かったかしら?
年頃の娘である以上、当然の悩み事だ。
だが、くすりと笑うと思考を切り替えて、僚艦を無線で呼び出す。
「鈴谷、聞こえまして?」
「当然バッチリだよ! 熊野」
飛行甲板の中に水上偵察機を格納していた鈴谷の元気な声が返ってくる。
「そちらの観測結果はどうでして?」
「うん、第一作戦の偵察部隊の報告通りー。やっぱ空母ヲ級2隻を中心に輪形陣」
「こちらの観測だと一隻は改
あまり見かけないが、空母ヲ級の中ではトップクラスの性能を持ち、やっかいな敵だ。
「やばめだねー。やっぱD海域を通る? 鈴谷的にはどっちでもいいけど!」
「そちらは戦艦ル級の改
「こっちには秋月ちゃんと初霜ちゃん居るしー。ねー?」
熊野が言わんとしている事は鈴谷もよく分かっている。
言動はアホっぽいが、どうして頭はよく回る。
戦艦はやはり戦艦であり、一撃を食らえば被害は甚大だ。道中での被害はできるだけ抑えたい。大破したまま進軍などもっての他だ。
幸いにして今回は秋月、初霜が居る。
両名ともに防空装備で固めた駆逐艦であり、すなわち空母を置物にできる可能性のある対空戦闘のプロだ。
特に秋月の防空能力は摩耶に次いで高い。
「はい、艦隊防空はこの秋月にお任せください!」「私も頑張りますわ」
直前まで「見てください、このおにぎりこんなに大きいんですよ」「えぇ、良かったですね」と笑顔でほのぼのなやり取りをしていた駆逐艦の二人が元気に答える。
その返事に熊野は微笑む。
「頼もしい限りですわ。では、このままE海域に突っ込みますわよ。摩耶さん、聞こえてます? それいいですわね?」
今回の第一艦隊の旗艦に問いかけると威勢のいい声が返ってくる。
「あいよ、バッチリ聞こえてるぜ。
「了解。任せましたわ」
とは言え、主力である第一艦隊の護衛が第二艦隊の役目だ。
しかし、摩耶は続けて熊野に言う。
「後、このまま艦隊指揮頼むわ。ごちゃごちゃしたのは苦手なんだよ」
誉められた事ではないが、思い切りがいい。
しかし、第一艦隊の誰かに委譲すればいいのに、こちらに振ってくるのは、誰に委譲するのか考えるのが面倒だからだろう。
妹であり、重巡最強の火力を持つ鳥海。高速戦艦の
むしろ、こんな面子を直情的な摩耶にまとめろというのも無茶な話だ。
「しょうがないですわね。任されましたわ」
くすりと苦笑すると熊野は承諾する。
連合艦隊の旗艦。面倒だが、やりがいのある仕事だ。近頃の
「嬉しいくせにー」
すかさず鈴谷が茶化してきて、熊野は赤面してそっぽを向くが、一つ咳払いして気分を切り替える。
「こほん。それでは全艦に通達いたしますわ。これよりE海域に突入します。敵は空母2、戦艦1、重巡1、駆逐2。加賀さんが艦載機を上げますので、このまま第四警戒序列を維持して艦速を第四戦速に。特に対空監視を密にお願いしますわ」
「おう、了解だ!」「承知しました」「了解ネー」「気合い十分です」「そうね、分かったわ」「
各艦から了承の返事が聞こえてくる。規律はともかく戦意は十分。
「では参りましょう」
熊野は先陣を切るように主機に更なる火をいれ、艦速を上げる。
各艦、続いていく。後方では加賀が矢筒から艦載矢を取り出している。
いよいよ始まる。確かにまだまだ大規模作戦の初めに過ぎない。
だからこそ、こんな所で躓くわけにはいかない。
そんなに熊野の後ろにニヤニヤと笑う鈴谷が付いた。
「旗艦も板に付いてきたじゃん、熊野」
この親友は熊野が気負いすぎないように良いタイミングで茶化してくる。つまりそれは彼女なりの気遣いだ。
それが分かるこそ、熊野は一度、肩から気を抜くと微笑んでみせる。
「からかわないで、行きますわよ、鈴谷」
「りょーかい。いっちょ突撃いたしましょうかっ!」
右手を挙げて叫んだ鈴谷の声はどこまでも突き抜けて晴れ上がった空に消えていく。
そして艦娘は戦場に向けて水しぶきを上げ、海原を疾走する。
その先の勝利を信じて。
◇◇◇
明けて翌日。夕方に近い時間。
鎮守府内に設けられた甘味処「間宮」。
その裏手、建物の木陰に設けられた屋根付きのテラスの下にテーブルが設けてある。
和風より洋風を好む艦娘向けのスペースだ。海外艦や金剛姉妹などがよくここで珈琲や紅茶を飲んでいる。
その場所で熊野は1人、紅茶に口を付けながら報告書を読んでいた。
球磨と違って書いたのは熊野自身だ。彼女は駆逐艦に仕事を押しつけたりはしない。
そして提出前に最後の確認と思いながらここに立ち寄っていた。
「こんな所にいたのですか?」
「あら、電さん」
熊野が報告書から声の方へ視線を向けるとそこに電が居た。
「司令がお探しだったのです」
「そう。電さんもお一ついかが?」
提督が探しているという事にまったく動じず、熊野は電に席を勧める。
どのみち、報告書を早く出せという催促なのは、分かり切った話だ。
熊野が勧めたのは、テーブルに載っている菓子缶。熊野のとっておきの焼き菓子だ。
風月堂のゴーフル。サクサクとした薄焼きにした
電は考えるふりをしたが、しかし駆逐艦娘だ。
いくら深海棲艦に勇ましい彼女らであっても、甘い物に勝てる艦娘など居やしない。
「お言葉に甘えて頂くのです」
席に座る電。熊野は他のテーブルを拭いていた伊良湖に目配せすると、伊良湖は心得たと微笑んで、飲み物を用意しに厨房に戻っていく。
「正直、報告書と言われても参りますわ」
「どうしてですか?」
さっそくゴーフルにかぶりついた電が首を傾げる。
熊野は多少、華美な文言になる事はあっても、そこまで書類書きは苦手ではなかったと記憶している。
「書いたは書いたのですが、特段、報告に上げるものなど何もないのですわ」
熊野は肩を竦めると「困った物ですわ」とぬるくなった紅茶に口を付ける。
「あっと言う間に終わりましたものね・・・」
なるほどと電は頷く。
第二作戦までは艦隊の編成に制限がない。
多少の燃費を気にするよりも、練度の高い艦娘で組んだ艦隊で一気に進めてしまう方が良いとの判断でごり押したのだ。
とは言え、武蔵、長門姉妹を出さない当り、出し惜しみ感が中途半端にある。
「正直、当たり前のことを当たり前にやって、当たり前の結果が出た。それでは面白くないですわ」
「熊野さん、報告書は面白おかしく書く物ではないのですよ?」
報告書は物語ではない。だが、熊野は「この私、熊野が提出する報告書なのですから、何か無ければ」と勝手に思っている。
どうしたものかと思う熊野と、いいから司令が待っているので報告書出した方がいいのではと思う電。
そのうち、伊良湖がやってきてラムネを電の前に置いたその時。
「あ、熊野じゃん、こんなとこでサボり?」
熊野が声のある方を向くと相棒とも言うべき鈴谷が立っていた。
ピッと片手を挙げつつ、熊野の座っているテーブルによって来る。
「鈴谷と一緒にしないでくださいまし、今起きたのですか?」
「夜戦明けだしー、鈴谷的にはOKって事で。お、ゴーフルじゃん。伊良湖さーん、鈴谷にも飲み物ー!」
「差し上げるとは言ってないのですが・・・」
「駄目なん?」
ジト目で見やる熊野に、笑顔で返す鈴谷。
数秒そのまま見つめ合い、熊野は「はいはい」と首を振った。
「この熊野、そこまで「みみっちく」はないですわ」
「わーい、あざーっす。いっただきー」
「まったく。困った物ですわ」
ゴーフルにかぶりつきつつ、鈴谷は熊野が手にしたものを目ざとく見破る。
「お、報告書じゃん、鈴谷にも見せてー。鈴谷の大活躍、ばっちし書いてくれた?」
「大活躍も何も圧倒的すぎて誰が活躍したという状況では無かったでしょう」
そう言いながら熊野は手にした報告書を鈴谷の手の届く場所に置いた。
「まーねー。一回、大破撤退があったぐらいだったじゃん」
クリームのついた指を一なめすると鈴谷は報告書をざっと斜め読みしていく。
「編成ってどうなのでしたっけ?」
問う電に熊野は思い出すように首を傾げる。
「そうですわね。連合艦隊で水上打撃部隊編成。第一が摩耶が旗艦で金剛さん比叡さんにオイゲンに鳥海、そして空母の加賀さん。第二が私、熊野が旗艦に鈴谷、球磨、初霜、秋月、北上でしたわ」
「うん、制空権は加賀さんのみに任せて、敵の艦載機は対空艦で撃ち落す、が編成のコンセプトって提督が言ってたよー」
報告書から目を離さずに鈴谷が声を挟むと、電はなるほどと頷く。
「摩耶さんも初霜さんも改ニで防空仕様に改造。秋月さんは言わずもがな、最初から屈指の防空艦。五十鈴さんを含めれば、うちの防空艦娘勢揃いなのです」
「んー。それに加えて、高速艦でまとめつつ重巡、航巡を多めに配置した、うちでは実験的な編成だったみたいじゃん」
「なるほど資材軽めでかつ強い編成ですわね。確かに今までのうちの鎮守府では考えられない編成ですわね」
熊野はそういうが腐っても連合艦隊なので、「比較的軽め」に過ぎない。
そして別になんて事のない普通の艦隊編成だ。しかしながら熊野の言うとおり、この鎮守府では今まで組まれることはなかった。
「そだね。今までうちの鎮守府は重巡足りてなかったしねー。でも今思えば、火力的には鈴谷と熊野、摩耶は第一。んでさぁ、鳥海、オイゲンを第二にした方が良かったぽくない?」
「まぁ、提督は姉妹艦はなるべく固めて運用したがる方ですから」
電がそう言って苦笑する。どの鎮守府でも艦隊の編成や育成に変な
「でもその他は読み通り、防空艦のお三方が頑張って頂いたお蔭でE海域でのヲ級改との交戦も特段大きな被害はありませんでしたわね」
「はい。水上打撃部隊での
「烈風601が二小隊居るのはホント心強いよねー」
「前回、雲龍さんをお迎えできるように頑張った甲斐があったというものですわ」
前回の渾作戦の報酬で非常に強力な艦載機である「烈風601隊」は一つは手に入れていたし、雲龍がもう一つを持ってきたので2小隊分ある。
それを制空最強と名高い加賀に装備させれば、強いのは当然と言えば当然だ。
しかしながら、揃えるのは苦難の道だった。
「雲龍さんの件は思い出したくない思い出なのです」
「一度諦めてからのぽろっと着任だったもんねー」
「みんな疲れ切った顔をしておりましたわね」
渾作戦の最中、
ただ、よほどの雪風鎮守府でもない限り、どの鎮守府でも一つは転がっているだろう悲劇に過ぎないのだが。
そして『雲龍の悲劇』と言っても甲勲章が得られなかっただけで雲龍の着任は辛うじて何とかなっている。
ただ、
「そんな事よりさー。春雨ちゃんが着任したよね」
鈴谷が当時の思い出を振り払うように話題を変えると電は嬉しそうに頷いた。
「はいなのです。まさか初っぱなからのご登場とは誰も思わなかったのです」
「今回、必ず着任させると息巻いていたのにあっさりですわ」
熊野はそう言ってくすりと笑う。それこそ
「駆逐艦は高波ちゃんを含めて残り3人ってとこ?」
「はい。それと葛城さんが着任なのです!」
電が嬉しそうに答える。正規空母が増えるのは良い事だ。
しかしながら、熊野は渋い顔をする。
「雲龍型揃い踏みですわね。でもうちの場合、天城さんが前回からほったらかしみたいですけど・・・」
「育成艦が多すぎるのです」
「まぁ、少ないよりマシじゃん」
そう言って鈴谷は何でもないように笑うと熊野と電も苦笑いながらそれに同意した。
「さて、それではこの報告書を出しにまいりましょうか」
「あ、お供するのです」
「いってらー。鈴谷はもう少しゆっくりしてるー」
「ではゴーフルの缶、部屋に戻しておいてくださいな」
と言って熊野は席を立つ。
そろそろ日が傾く時間になっていたが、もちろん熊野は急いで提督室に向かったりはしなかった。
無論、怒られた。
もちろん熊野が気にするわけも無かったが。
鈴熊は正義!
ともかく何か色々と遅筆で申し訳ないです。
次のイベント開始日である8月10日までに完成・・・は無理っぽいです。