某日・アンズ環礁沖。
海中は静かだ。耳を澄ましても、海上を往く艦娘達の航行音が、まるで遠い世界の出来事の様に聞こえるだけ。
見渡せば全てが蒼の世界。このまま海色に溶けるような感覚。
時折自身から出る泡だけが、自分を現世に留めおく
すでに何度か交戦したのか、艤装や体のあちこちに傷が生じている。
だが、それを物とせずに黙々と
元々、海中では電波は届きにくいから海上の艦娘達との意志疎通は難しい。
加えて
伏兵による奇襲は潜水艦の
(そろそろでちか・・・)
そう思った瞬間。強烈な音が
深海棲艦側のアクティブソナーが放った
位置がばれたと思って間違いない。
だが、それは逆に相手の位置もバレた事に他ならない。アクティブソナーの構造的欠陥だ。
酸素魚雷はややあってスクリューを始動させると一直線に敵へと海中を飛翔するかのように突き進む。
(そもそも
無論、それを易々許してくれるほど敵も甘くはない。
どこからともなく狙われるという状態は不快極まりない。
海の狙撃手たる潜水艦は、海上艦に取って確実に潰すべき嫌われ者だ。
狙撃手というものはどこの戦場でも忌み嫌われる。
だが、
次々と爆発する爆雷の効果範囲から致命傷だけは貰わないように避けていく。
だが、流石に量が多い。浅いながらも傷が増えていく。
それでも
不意に海上から爆音。何の音かすぐに
恐らく敵が轟沈した音だ。それを示すかのように投下される爆雷の量が減っていく。
味方の海上艦がようやく追いついた。
そして|伊58〈ごーや〉に気を取られている敵艦隊を、味方艦隊が側面からぶった叩いたのだ。
手筈通りとは言えば手筈通り。
しかし、
(少し遅いでち。さて、後は任せたでちよ)
ひとまず浮上しようと伊58は上を見上げる。
ゆらゆらと光が揺れる水面がはっきりと見えた。
伊58《ごーや》は尊い物を見るかのように目を細めてからひとりごちた。
(たまにはオリョール以外もいいものでちね)
◇◇◇
翌日・間宮。
あんみつが置かれたテーブルに一人突っ伏しているのは
いつでも出撃できるようにいつもの水着を来ているが、その上から長めのパーカーを羽織っていた。
「つ、疲れたでち」
浮かんでいる表情は疲労。毎日オリョール任務へと出向いており比較的タフな艦娘の筈だが、流石に今回は堪えたようだ。
「お疲れさまなのです。情報通りの海域だったですね、ごーやさん」
向かいに座るのは電だ。その前には羊羹3切れと煎茶が並べられている。
二人が間宮に居るのは、いわゆるご褒美である。
実際には
電はそのご相伴を預かったに過ぎないが、作戦が佳境に近づきつつ人員調整に疲労が溜まっていたのも確かだ。
最終作戦は制限がないので出し惜しみなしの全力出撃になるだろうから、調整は容易いので、ここらで小休止と相成った。
「まったくなのでち。
ぐったりした
その甘さに、だらしくなく口が緩んだ。
「あぁ、あまいでち・・・」
至福。圧倒的、至福。あんみつ最高。間宮万歳。
その幸せに包まれて
単純だなぁと思いながらも電も羊羹に口を付ける。
しばらく二人は黙々と甘味を口に入れ、英気を養う。
そしてお茶で一服。口から漏れ出るのは
「ふう。幸せなのです。第五作戦も無事終わって残るは第六作戦だけ」
「ホントどうなるかと思ったでち」
と言いつつ達観した表情で
なんだかんだと言っても、終わって一息つくと、それはすべて過去の話だ。
「第五作戦は途中で編成変えたのです?」
「そうでち。最初に投入したのは、金剛、比叡、鈴谷、熊野、加賀、ごーやの通常編成でち」
「ああ、最初、鈴熊で楽が出来ると聞いて提督はガッツポーズしてたのです」
「うちの航巡は鈴熊だけなのでち。2人とも割と早い段階で育成されていたから心強かったでち」
鈴谷熊野のコンビは「ここぞ」で引っ張り出すうちの重巡系のエースのコンビだ。
最近は摩耶鳥海のコンビに抜かれたとは言え、その存在感は馬鹿にならない。
「三隈さんはまだ未着任、最上さんは改装したまま放置ですからね・・・利根姉妹は改装すらしてませんから」
「極端なのでち。ともあれ、金剛、比叡ではいまいち火力不足だったのでち」
高速戦艦は足は速いのだが、低速戦艦に比べて打撃力に欠ける傾向にある。
それは向き不向きの問題で、練度だけでは補いきれないものだ。
「第3で霧島さん、第4で榛名さん、第5で金剛さん、比叡さんと金剛4姉妹を分ける作戦だったのですが、こだわった結果が裏目に出たのです」
提督の悪い癖というべき
つられて伊58もスプーンを無意味に掲げながら苦笑する。
「まぁ、しょうがないのでち。泊地水鬼。腐っても水鬼でち。港湾よりも泊地の方が強いってのもどうかと思うでちが」
今回の
強力な人型の深海棲艦。しかも今回は棲鬼、棲姫を越える水鬼タイプ。
そう大きくないアンズ環礁ではあるが、重要拠点の一つを守る番人に相応しい深海棲艦ではあった。
しかしながらその姿見の写真を見たことがある電はため息を一つ。
「すらっとしてきれいな方だったのです」
それに対し、実際に相対した
確かに綺麗ではあった。あったのだが、なんというか・・・
「ネガティブというかイタイ、イタイワでうるさかったのでち。ただ結構一方的にボコったので、心苦しい気もしたでち」
おどろおどろしい姿見ではあるが、好戦的だったり、厭戦的だったりして、知性を感じさせる人型深海棲艦にあって、「あぁ、こいつ、言葉をしゃべってるけど、「言葉」が通じなさそう」という感想を誰もが持つ狂気をはらんだ深海棲艦だった。
まぁ、どんなやつであっても深海棲艦である以上は艦娘は容赦も慈悲も当然、遠慮もなくボコるのだが。
そして
「と、ともかく、金剛さん、比叡さんが抜けて、最終兵器を一足先に投入だったのですよね?」
話を振り切るように電は腕を広げてみせる。
「でち。戦艦筆頭の長門に、切り札の武蔵の投入だったでち。流石に高火力に高耐久だったでち」
「陸奥さんも高練度だったですが、先に武蔵さんと投入とは思い切ったのです」
うんうんとうなずく電に
「膠着状態に提督が切れただけでち」
「流石に武蔵さんは最終局面が終わると陸奥さんと交代になりましたけどね。でも安定してましたよね」
その問いに
「あまりに安定してたから最終作戦前に磯風捜索隊を結成するぐらいでちからね」
磯風と言えば、駆逐艦では屈指の武勲艦。あの雪風さえも凌ぐ働きをした艦だ。保護したいと思うのが当然だ。
海域解放の任務が終わったと思ったのに、容赦なく当該海域にまた放り込まれた。
言うまでもなく
正直、海域解放より疲れる作業であった。
それを
「そのかいあって、磯風さんが着任なのですよ。しかも矢矧さんも!」
「まさか、第17駆逐隊は谷風が最後になるとは思わなかったでち」
浦風、浜風は着任済みだ。その上、浦風の練度はそこそこある。
「この勢いのまま、最終作戦に突入したいものなのです」
「好きにするといいでち。
甘味を補充してやる気満々の電を前に、お役目ごめんとあくびをする
・・・後日、第六作戦があっさり終わり、またローマ
ごーやはなんだかんだでかわいい。
残り一作戦。