青く澄んだどこまでも終わりが見えない空の下。
草原の上で寝そべる群青色(ラピスラズリ)の髪をした少年―――アラン・クロスフォードは瞼を閉じていた。
つい先ほど目を覚ました彼だったが、再び目を瞑り、視界以外の感覚に身を委ねている。
吹き抜ける、暖かく柔らかな風。それらに揺られ、自分の肌をくすぐる草。微かに香る、優しい大地の匂い。
その全てが尊く、また儚い。
第一話
『とある出会い』
アランはゆっくりと目を開き、世界を見上げた。
(………また、あの記憶か)
見ていた遠い日の記憶を思い出して、自然と、右の拳に力が入る。
あれから、何か変わっただろうか。結局、自分の中に受け継がれたコレが変わることはなかった。まるで最初から決まっていたかのように、記憶の闇は着実に、確実に広がりつつある。
「………」
そこまで考え、頭の中の思考を停止した。
でないと、自分まで闇に飲まれそうで、自分を見失いそうだったから。
それだけは、絶対に出来ない。アランは大きく深呼吸をする。
吸って、吐いて。
それを何度か繰り返した所で、よし、と気を引き締め、勢いよく飛び起きた。
すると、
「い゛っ!」
ごん、と鈍い音と共に、情けない声が響いた。
アランは痛みが走る頭を押さえつつ、後ろを振り返ってみる。すると、そこにはパタパタと翼を羽ばたかせている幼竜がいた。
「フェル。何をするんだ。痛いじゃないか」
体調四チェート(約四十センチ)ほどのフェルという名の竜は、陽の光に照らされてより一層輝く白銀の鱗を全身に纏っている。
現在ここジスタートでは様々な色や種類の竜―――火竜・地竜・飛竜・海竜・双頭竜・黒竜―――が存在しているが、フェルの種類ははっきりとは解っていない。一緒にはいるものの、謎が多いのだ。
するとフェルが、金色の一本の角と、同色の凛とした知性深さを湛えた縦長の竜眼を細めて、アランを静かに見つめた。
どうやら、怒っているらしい。
では、なぜ怒っているのだろうか。その答えに至るのは簡単だった。
ぐううううう、と情けない腹の音が鳴り、妙な空腹感が感じられる。日を見れば、とうに傾き昼などとっくに過ぎていた。つまり、自分は昼ごはんの存在すら忘れてここで眠っていたのだと、ようやく気づいた訳で。
だから無論、というべきか、昼ごはんを提供してくれない主にフェルが怒るのも仕方がない事であった。
「……すっかり寝過ごしていたんだな。悪かったよ、フェル。今から食べに行こうか」
その言葉に、嬉しそうに目を輝かせたフェルは羽休めも兼ねてアランの頭の上に乗る。フェルはアランの頭の上がお気に入りであった。
傍にある荷物と長く細いモノが入った袋を背負うと、アランは歩き出す。目指すは今いる場所から一番近い町―――リプナへと。
ジスタートの公国の一つであるレグニーツァの港町リプナへと辿りついた頃には、空は茜色に染められていた。
すっかり子供たちの姿は見えないが、商人や露店の店主は声をはりあげ、通りの隅では吟遊詩人が三弦琴を鳴らしている。夕暮れの、それも仕事終わりの人達が多いこの時分。店の売上を伸ばすチャンスを逃さぬよう、互いに競い合っているのだ。
「……にぎやかだな」
羽織っている黒いマントに付いている頭をすっぽり覆うほどのフードの端を持ち上げつつ、アランはそう呟いた。
リプナは港町という事もあってか、異国との交わりが多い。
人種もそうだが、見たことのない食べ物やまったく読めない文字が目に入り、中には言葉が通じないならと身振り手振りで意思の疎通を行っている者たちもいる。
初めて港町に来た訳ではないが、ここまでさまざまな人々が笑いあっているのを見ると、時々国同士で起きる争い事や小競り合いが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
(人と人が手を取り合うのは、こんなにも簡単なのにな…)
不意に後ろから肩を叩かれる。
「はい、お待たせ!」
振り返ってみると、笑顔を浮かべた女性店主が貝の串焼きを持っていた。アランはそれが自分で注文した物だと思い出し、慌てて代金を手渡す。
感謝の意を伝え、その場から立ち去ると後ろから店主が笑顔を湛えたまま、また来てね、と手を振っていた。
その後、パンに葡萄ジャムが塗られたものや飲み物なども買うと街外れまで行き、近くにあった岩場へと腰をおろす。
「フェル、出てきていいよ」
持っていた荷物をゆっくりと地面に降ろすと、同時にゴソゴソと荷物が動き出す。しばらくすれば中からフェルが顔を出した。
ジスタートでは黒竜と幼竜が重宝されており、昔フェルが街中でうっかり姿を見せた時など大騒ぎになったものだ。さらに、アランが人混みが苦手なのも重なり、今ではこうして人気のない所で食事を取ることが多くなっていた。
嬉しそうに食べるフェルを尻目に、アランもようやく食事へありつく。
それから四半刻ほど経った時だ。
海から潮の香りを伴い一瞬強い風が駆け抜けていく。それにアランは風が流れてきた方へ、不審そうに視線を送る。
(風が騒がしい……?向こうで何か起きているのか?)
先ほどの風にまぎれてきた微かな音を思い返し、アランは岩に立掛けておいた長い袋を背負い、一度フェルの頭を撫でて幼竜が理解するのを確認すると駆け出した。
日はもうすでにほとんど沈んでいる。暗くなった山道を月明かりを頼りに突き進んでいく。
(……あれは?)
すると、アランは木々の隙間から人影を見出した。
馬に乗った統一性のある鎧を身につけている兵士たちは三名、彼らはマントを羽織ってフードを深く被った者を守るように周りに配置している。
対するは、見るからに粗暴な雰囲気をまとった不揃いの武装をした男たち。山賊、が二十人ほどで四人を取り囲んでいた。
まさに、多勢に無勢。
この場に居るのが、歴戦の兵士であれば状況も一転しただろう。だが、三人はまだ兵士になって日が浅いのか、表情には焦りの色が浮かびあがり、武器を持つ手は僅かに震えていた。それに加え、大人数を相手に人を庇いながら戦うのだ、彼らには十分すぎるほど荷が重かった。
徐々に詰め寄られていく彼らの距離を確認したアランは舌打ちをする。
出来ることなら関わりたくなかったが、目の前でこれから行われるであろう惨劇を思うとそうも言っていられない。黙って見すごせるほど、薄情者にはなれなかった。
「こんばんは」
緊迫した場に間の抜けた声が割り込む。そんなアランの呼びかけに、リーダー格らしき男が不愉快そうに振り返った。
「すみません、道に迷ってしまいまして…。道を教えて頂けませんか?」
「あぁん?何だよ、お前…ガキか?人に物を頼むなら金目のものを渡せよ。それとも―――」
男が左手を伸ばしてアランの肩を掴み「一緒に遊んでくか?んん?」と脅し文句のように述べる。
周りの男たちもそれを見てニヤニヤと不気味な笑みを浮かべており、完全に油断しているようだ。ふと視線を中央に移せばフードの者がアランを見つめていた。
間違いなかった、フードの中から覗く…黒い瞳。その瞳は心配そうにアランを写し出していた。それを一瞥するとすぐさま男と対峙する。
「そうだね、少し遊ぼうかな。ただし―――」
アランは男の手を取り、背後に手を回すと関節を決める。
「喧嘩でね」
男の関節からみしみしという鈍い音が聞こえ「ぐぁああああああッ」と悲鳴をあげた。
「て、てめぇ!」
取り巻き達の顔色も変わり、たちまち武器を取り始める。剣に槍、斧といった物を男たちが構えるものの、素人同然の構え方。
それぞれの武器は月明かりを反射させてぎらぎらと光る。一度の損傷も手入れも見られない武器特有の薄っぺらい輝き。
大方、武器をちらつかせて奪う、といったやり口だったのだろう。
「ガキのぶんざいで…」
「覚悟できてんだろうな?おぉ!?」
その言葉を聞いた途端。
「ガキ?俺から見たら、君たちの方がよっぽどガキに見えるんだけど……自分たちではどう思う?」
一転。先ほどまでの子供らしい声が消え去り、大人びた冷たい声を男たちへ向けた。最初は思考がついてこなかった男たちだが、次の瞬間そろって顔を真っ赤に染める。
「この……ッ!」
一人の男が突っ込んでくる。
アランは落ち着いた様子で、リーダー格の男の手を掴んだまま首根っこもつかみ、足払いをかけ、突っ込んでくる男へ投げ飛ばす。
「うおっ!」
「ちょっ…おまっ」
運良く突っ込んできた男にぶつかり二人とも木の幹に頭を打ち付け気絶する。そして、次々と押しよせる山賊の波に抗うようにアランは疾走する。
まず一番近くにいた剣を振るう男の懐に潜り込み、掌底を顎に叩き込む。
「ごぁッ」とうめき声を残し、白目をむいて男が倒れる。
背後から槍の突きを繰り出す男もいたが、短調かつ遅い。避けるのは困難ではなく槍を持つ男の手に手刀を落とすだけで、男はいとも容易く槍を地面に落とした。
そして、首筋に手刀を振り下ろす。前のめりに倒れた男を見下ろし、気絶したのを確認する。
(ひるまない、か……)
アランは迫りくる山賊たちを見つめ、それから、何かが入っている背中の袋の紐を緩める。中には黒塗りの鞘に収められた剣―――刀が収められていた。
袋から出すと同時に鞘を払い、ほとんど漆黒に近い色の刃がぎらりと光る。
次の瞬間、周囲を染める漆黒の閃光。爆発にも似た衝撃音。
突然の事に反射的に瞼を閉じていた兵士たちはゆっくりと開けると、目の前の光景に呆然と眼を見開いたまま硬直する。
先ほどまで山賊で埋めつくされたその場所には、アラン一人が立っている。二十人近くいた男たちは彼の周りで力なく転がるのみだった。
「ふう……」
大きく一つ息をついて、刀を鞘に収める。すると、
「危ないところを助けてもらってありがとう」
現れたのは、被っていたフードを脱いだ一人の女の子。
彼女は夜空を連想させる色の髪は肩のあたりで切りそろえ、漆黒の、強い意志のこもった瞳は真っ直ぐアランを見つめていた。
「もっと早くに僕が出れば良かったんだけど……兵士たちがいたからね」
苦笑を浮かべながらそういう彼女の後ろでは、兵士たちが申し訳なさそうにしている。つまり、彼女は彼らに守られていた訳ではなく、止められていた、ということらしい。
「俺はかまいませんが……夜道は危ないですよ」
アランは少し困惑していた。
護衛を付けていたというのなら、王族…あるいは貴族筋の娘の可能性がある。ではなぜ、日の暮れたこんな場所に馬車ではなく馬に乗っているのか。
その考えている僅かな合間に―――。
木々の間から微かな殺気を感じ取る。直後、すさまじい速度の矢が放たれた。アランが対応するために動き出そうとすると、それより速く女性がアランを庇うように矢の軌道上に立つ。
女性は、マントの下から覗く腰元の左右に帯びた双剣を音もなく、抜き放つと矢を切り落とす。
そして、間髪入れずに矢が飛んできた場所から人影が飛び出した。男の手には、新たな矢が構えられおり、その先端を女性へと向ける。だがそれを、焦る仕草も見せずに軽々と避けると、彼女も飛び上がり男を地面に叩きつけた。それきり男は動かない。
アランは地面に着地する女性をよそに、今までの一連の動きにぽかーん、としていた。女性は双剣を収めると、アランに近づいて声をかける。
「すまないのだけど……賊の捕縛を手伝ってもらえないかな?こうも人が多かったら四人だけだと少し不便で―――」
そう言いかけて、女性は何かに気づいたように「あ」と声を漏らす。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。僕はアレクサンドラ・アルシャーヴィン。サーシャと呼んでくれ」
サーシャが右手を差し出す。アランは礼儀として、自身のフードを取る。
「アラン・クロスフォードです。―――旅をしているしがない旅人です」
そう名乗ると彼女からの手を受けとり、そっと握り返した。
本日、連続投稿!
初めなのでね、投稿しちゃいました。
もう大体の方が分かっちゃったかと思いますが、そうです。作者はサーシャが大好きなんです。ええ、本当に。
原作ではサーシャは……。ですから、救済したいんです。
もちろん、他の戦姫やティグルも大好きですよ!次話には出せるように(出せるかな?)頑張ります!