いったい何なんだ、この状況は。
そりゃ確かに、人が多いのは苦手だからとかいい天気なんだからとか屁理屈を並べたのは俺だし、芝生に転がりたぬき寝入りをしたのも俺なら、うっかりそのまま寝入ってしまったのも俺なのだが。
チラッと視線を移すと、そこには安らかな規則正しい寝息を立てているよく知る女性が眠っている。
確かに、全て自分の思い通りにいく人生などつまらないし、困難があった方が面白いとも思う。だが、こんな『予想外』は待ってはいない。いや、もはや予想外を通り越して何がなんだかわからない。
何なんだ本当に。という諦め半分呆れ半分を表現するように一つ息をつくと、人の膝の上でこれまた熟睡している幼竜のフェルの頭を撫でながら、俺は今だ眠り続ける女性―――ジスタート王国の七つある公国の一つレグニーツァを治める、『戦姫』アレクサンドラ・アルシャーヴィンの横顔を眺め続けた。
第二話
『夢見心地』
時は少し遡る。
リプナの港町の道中で出会ったのが縁の始まり。アレクサンドラもといサーシャに乞われて彼女の自宅に訪れる事になったのだが―――。
「……………」
アランは目の前にそびえ立つ公宮を、口を半開きにして見上げていた。
レグニーツァの公都に到着したのが今しがたの事である。賊を捕縛してから、二日が過ぎていた。
礼がしたいからと、サーシャにうまく丸め込まれる形でレグニーツァへと来たわけだが、そこで疑問が生まれる。
公都に入って少し経つものの、先を進むサーシャは一向に止まる気配はない。それどころか今のままの進路では公宮に一直線だ。
待て待て待て、とアランは頭を振る。
公宮へと入れる者は限られている。仕える侍女や侍従、兵士や文官などの役職に就いていれば別に違和感はない。周りにいる三人の兵士はいいだろう。
では、サーシャはどうなのか。
例え貴族や身分の高い出自であろうと、公宮へはそう簡単に出入り出来ない。ならば、公宮に仕えているのではないか。しかしそうなると、兵士を護衛に付けているなど有り得ないに等しい。
うーんと、可能性を消去法で考え抜いた末に一つの『仮説』に至る。
それはこの公宮の主にしてレグニーツァを治める『戦姫(ヴァナディース)』だということ、だ。
およそ三百年前―――。
百年におよぶ争いがあった。
五十を超える部族がこの地の覇権を争う中、『黒竜の化身』を称する男が突如として現れ、我を王として従えば勝利を約束するとした彼の言葉を信じ、七つの部族が従った。
七部族は忠誠の証として各部族の中からもっとも美しく武芸に長けた娘を妻として差し出した。男は七人の妻に『竜具(ヴィラルト)』と呼ばれる武器を与えて、さらに一つの称号を与えた。
それが、『戦姫(ヴァナディース)』である。
その後、男は約束通り数々の戦で勝利をおさめ、この国『ジスタート王国』を確立した―――と、アランは記憶している。
思い返して見れば、可能性はなきにしもあらず。
賊を一蹴して見せた技量は高く、彼女の持つ力の片鱗を見た気がした。それに、持っていた双剣が竜具だったのかと問われればそんな気もしてくる。朱色と金色の刃を持つあの双剣から底知れぬ何かを感じ取っていたのだから。
「さあ、着いたよ」
サーシャの声で我に返るアランは、同時に言葉を失う。見ると、いつの間にか城門の前にまで来ていた。
門をくぐり中に入れば、一度サーシャの姿を見た者は皆恭しく頭を下げ、従僕は彼女を様付けして呼んでいる。
この瞬間、自分の中の『仮説』が『確信』に変わった。
「あれ?言っていなかったかな?」
「………一言も申されてません」
執務室に通されたアランが渋面をつくる背後でフェルはパタパタと翼を羽ばたかせて飛んでいた。狭い空間から解放されたのがよっぽど嬉しいのか、部屋の壁から壁へとひたすら飛びまくっている。
普段はあまり人前で姿を見せないようにしているものの、あの後アランを追って飛んできたフェルを見てサーシャは驚いていたがすぐにフェルを受け入れてくれた。むしろフェルがなついてしまうほどだ。
そして、そのサーシャと言えばアランと対面する形でいるのだが、悪びれる様子もなく幼い少女のように可愛らしく首を傾げている。
その仕草は普通の女の子にしか見えない。そんな彼女に『煌炎の朧姫(ファルプラム)』『刃の舞姫(コルティーサ)』といった異名があるとはにわかに信じられないでいた。
戦姫とは皆、こんな女の子たちなのだろうか―――。
不意にサーシャの腰元に帯びている双剣が視界に入る。サーシャはそれに気づいたのか、
「煌炎バルグレン―――『討鬼の双刃』の二つ名を持つ竜具だ。この子たちが気になるのかい?」
愛おしそうに双剣の柄をなでる彼女の顔は優しげな母のようだった。
「いえ、気になるといいますか……何とも不思議だなぁと思いまして」
確かに、かなりの業物に見える。だがそれが、超常なる力を秘めているとはあまり実感がなかった。
(……まあ、人のことは言えないか)
自身の持つ刀を脳裏に浮かべると、目の前のサーシャが不満そうな顔をしているのに気づく。
「な、何ですか…?」
「……何でまた急にそんな言葉遣いなんだい?」
どうやら、アランの態度が気に食わないらしい。公宮に着くまで、くだけた言葉で話していたのだから仕方はないだろうが。
「ですが、アレクサンドラ様はジスタートが誇る戦姫です。俺…自分とは身分が違います」
「そんな事をいったら、僕は誰とも気兼ねなく話せなくなるじゃないか」
サーシャからの指摘を受けたアランが言葉をつまらせていると、先ほどと一転した微笑をたたえたサーシャが言った。
「なら、お願いだ。君は僕の恩人でもあるし、できれば君と友人になりたいとも思っている。だから、今までのように話してくれ」
「そのような訳には――」
言い終わらないうちにサーシャの右手がアランの胸ぐらをがしっと掴んだ。そのまま顔を数センチの距離まで寄せると、
「い・い・か・ら!」
思わぬ不意打ちにドギマギしたアランは思わず頷いてしまう。はっと我に返ったが時すでに遅く、断るに断れなくなった状況に軽く咳払いをする。
「……わかった。公私に支障がない程度にはそうさせてもらうよ」
サーシャはにかっと笑い、飛ぶことに疲れてしまい床で身を丸めていたフェルを抱き上げると話題を本題に移した。
「さて、君へのお礼なんだけど…」
「サーシャ、何度もいうがそれはもういいんだ。君を助けたのは俺の意志で、別に謝礼が欲しかったわけじゃないんだよ」
その言葉に偽りはない。
助けるか助けないか、という選択肢の中から今の現状を選んだのは自分だ。助けたからといって恩きせがましい態度をとるつもりもない。
頑なに首を縦に振らないアランに、サーシャは感心した顔でそうかと呟く。
「けどそれでは、僕の気が済まない。ささやかなことだが、君を食客として迎え入れようと思うんだけどどうかな?」
「どう、と言われてもな……。逆にこんな一介の旅人をいいのか?」
「もちろん。君のような人なら大歓迎さ。それに、これでも僕は人を見る眼はあるつもりだよ」
片眼をパチンっとウインクさせるサーシャに、アランは小首をかしげていた。
「並の武芸者ならあの状況で賊を一人も殺さずに捕らえるのは難しかっただろう」
昨日のことを振り返るようにサーシャは語ると、けど、と黒い双眸にやわらかな感情を湛えてアランを見つめる。
「君はそれをしてみせた。賊を撃退した時の徒手の武術も刀の剣技も目を見張るものがあったけど……何より、見ず知らずの僕たちを助けてくれた。君の人柄を垣間見れた気がしたよ」
「……俺は君が思っているような奴じゃないかもしれないぞ」
「なら、君はあそこで僕たちを見捨てるはずさ。だけどそうしなかった……ううん、正確には『出来なかった』でしょ?」
言い返す言葉が見つからない。苦笑を浮かべたアランは、両手を軽く上げて降参のポーズを取った。
「……お言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん」
こうして当面の間、アランはレグニーツァへ滞在することに決めた。
「そういえば、今日は町の方が賑やかだが何かあったのか?」
大きく開け放たれた窓から眼下の光景を眺めると、城下町の方が騒がしい。城下町から少し離れている公宮にもそれがわかるほどなのだ、よほど活気づいているのだろう。
フェルを撫でていたサーシャは首だけこちらに向けると、応じた。
「ここ最近、豊作と豊漁が重なってね、収穫祭が行われてるんだよ」
「そうなのか」
以前、外を眺め続けるアランを見て、サーシャは何かを思いついたかのようにそうだ、と声を上げる。
「城下町に行かないかい?」
「へ?」
突然の提案にアランは間の抜けた声を出してしまう。
「せっかくだし、城下町の事も案内してあげるよ」
さあ、と言うようにサーシャに手をつかまれてアランはグイグイと引っ張られる。フェルは出掛けるのがわかったのか、嬉しそうに羽ばたくとアランの肩にのった。
「い、いや、いいよ。サーシャだって戦姫の仕事があるだろ?それに、立場上色々と問題もあるはずだ」
仕事はもちろんだが、サーシャは戦姫。他国や彼女をよく思わない者からの暗殺者から狙われる可能性もある。多数の護衛が付けば別だろうが、どう考えても彼女は二人だけで城下へ行こうとしていた。
「大丈夫だよ。上手くやるから」
一体、何が大丈夫なのだ。アランは頭を抱えるが、サーシャは引っ張る手を緩ませることはせずに半ば強引に外へ連れ出していったのであった。
あー、いい天気だ。
そんな事をぼんやりと考えているアランだったが、実際は町で溢れかえる人々の波にのみ込まれていた。現在、彼らは人目を集めている。
先頭を歩くのは黒髪の美しい少女、そして空に浮かぶは白銀の鱗を持つ幼竜、そして少女に手を引かれているのは黒いマントのフードをすっぽりとかぶっている得体の知れない人物。
何ともよくわからない組み合わせに、周囲の人々は不思議そうに視線を向けていた。
そんな状況に、アランは思った。
―――帰りたい、と。
今思えば、公宮を抜け出すのは容易であった。サーシャの行動が的確だったのだ。きっと彼女はお忍びの常習犯に違いない。
さて、何はともあれ城下町に来てしまったのが運の尽き。人が多いのが苦手なアランには人でごった返す町は最悪と呼べる場所でしかなかった。ならば、考えることはただひとつ、どうやってこの場から逃げ去るか、だ。
不意に視界の隅に賑わいをみせる街路から外れた場所の低い丘が映った。
よし決めた、あそこで寝てやる。アランがそう決めた瞬間だった。
「あ、アラン。あれはすごく美味しい………って、アラン?」
一つの露店の前に止まったサーシャは今まで右手にあった温かい感触がないのに気づく。振り返れば、そこにアランの姿はなく周囲を見渡す。すると、
「あ」
細い路地に入っていく黒いマントが僅かに見え、さらに白銀の幼竜がついていくのが見えた。逃げたな、とサーシャは直感するとすぐさまその後を追いかけた。
人混みをかき分けるように進み、細い路地を通ると低い丘を見つける。柔らかな日差しが差し込むそこは、いい場所だと本当に思えた。
そして、その柔らかな芝の斜面に寝転がり、今にも寝てしまいそうなアランの隣にサーシャは腰をおろす。
「ひどいなー。女の子を一人にしてどっか行っちゃうなんて。もしかして人混みが嫌いなのかい?」
サーシャの問いに瞼をほぼ閉じたまま、アランは答えた。
「嫌い、というか苦手なんだ。人が、な……」
「ふぅん」
「それにこんないい天気の日は、昼寝するのが一番だよ」
そう言い、アランはサーシャに背を向ける。寝るふりをしておけば、彼女も諦めて一人にしてくれるだろう。そう考えた。
しかし、サーシャは何を考えたのか本気で眠ってしまった自分の隣で、彼女も寝転がり同じように熟睡してしまったというわけだ。
さて。
現在、あれからアランはすぐに起きたものの、サーシャが自然に起きるのを待って半刻ほどが経った。
時刻はまだ正午すぎで、正面に見える大通りでは更に人が混雑している。その為、行き交う人々の遠慮ない視線が増していく。
ある者は驚愕に眼を剥き、ある者はくすくす笑い、ある者は疎ましそうにこちらを見てくる。しかしそれも無理はない。片や静かに寝息を立てて眠る美少女に、片や黒ずくめの怪しい輩である。その組み合わせが並んで昼寝などしていたのなら、片方の当の本人である自分も笑う。
なら、放置していくか。―――否、それは出来ない。
なぜなら、こんな無防備な彼女を置いていって万が一の事が起きない可能性がゼロではないからだ。確かに、ここは街中なのだが、不埒な輩がいないとは限らないし、何より暗殺者などはそんなの関係なしに動く。
そんな事ぐらい、戦姫である彼女が考えなかった訳ではないのだろうが。
「疲れてる……のかな」
アランは小さく呟いた。
眠るサーシャの横顔は年相応…いや、一、二歳若いようにも見える。そんな少女が公国の一つを治める領主なのだ、こちらでは分からない色々な気苦労もあるだろう。
(……何で俺を放っておかなかったんだ?)
自分は彼女の親切心から身勝手な理由で逃げた。屁理屈を並べて優しい彼女を拒絶したりもした。―――それなのに、なぜ彼女は自分を置いて行かなかったのだ。
彼女だって暇ではない。公宮から抜け出すという荒療治はしたものの、多忙な仕事の合間をぬってわざわざアランを城下町へ連れてきてくれたのだ。
だからこそ、勝手な行動をしている自分をサーシャが見放さないのが理解出来なかった。
(考えてもしかたないか……)
ため息を呑み込み、アランは自身のマントを脱ぐと、眠っているサーシャへ掛けてあげる。そして、人の膝の上で熟睡しているフェルをなでつつ、待つことにする。
オレンジ色の夕陽がレグニーツァを照らし出す頃になって、サーシャはもぞもぞと動き出してようやく目を覚ました。どれだけ寝ていたかはわからないが、ここまでくれば最早昼寝どころの話ではない。
「んっ。んん~~~ッ、ふあッ」
間抜けな声を漏らしたあと、寝ぼけている眼をこすりながら上体を起こし、周囲を見渡すとサーシャはアランと眼が合う。
数回瞬きし、きょとんとする彼女に、アランは苦笑を浮かべながら言った。
「おはよう。ずいぶん遅いお目覚めだね、お姫様」
からかうような言葉に、サーシャの眉がわずかにひそめられる。
サーシャは再び右、左、更に右を眺めた後、最後にもう一度隣に座るアランを見て顔を瞬時に真っ赤に染めた。状況の把握が出来たらしい。
口ごもっているサーシャをよそに、アランはフェルを起こすと、自身は反動をつけて立ち上がる。大きく伸びをしたあと―――、
「………お腹減ったな」
「え?」
「お店、サーシャに任せる。だから、ご飯食べに行かないか?」
右手を差し出すアランは夕陽をバックにしているため、表情がはっきりとは見えない。だが、一つだけわかることと言えば―――彼の声音が少し照れくさそうだった事だけ。
「うん。いいよ、任せて」
サーシャは口元を緩めると、アランの手につかまり立ち上がった。
あれ……?
前回ティグル達を出すといっていたような……。
すみません!!次こそは出ます!出してみせます!!
今回は人が苦手な主人公が少しはサーシャと打ち解ければなぁ、と思って書きました。原作が始まる少し前から、という設定なのでよろしくお願いします!
感想やアドバイスなどありましたらぜひお願いします!