ZZが好きです。
前半のギャグだって後半のシリアスだって好きです。
モビルスーツもキャラクターも大好きです。
だからZZのキャラとモビルスーツが出てくるユニコーンも好きです。

そんなわけでZZとユニコーンに共通するあのキャラクターの、
最大の鬱イベントをZZを代表する残念なイケメンが何とかするお話です。
ガンダムシリーズに必須の血沸き肉踊るMSの戦闘シーンがありません……。
登場人物はほぼ二人だけです。
ご了承下さい……。

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マシュマーが何でか生き残った話

深緑を基調とし、所々を黒と赤のアクセントで飾った

攻撃的重モビルスーツ、ドーベン・ウルフは暗闇の宇宙を駆ける。

全身を隙無く武装で覆ったその姿は、ある種異様で、

見る人によっては、純然たる人型である筈のドーベン・ウルフに

その名に恥じぬ獣染みた、ある種の化け物のイメージを与える。

今、その宇宙の孤狼に包囲され有線ハンドで押さえつけれられたザクⅢ改へと

強力な電撃が浴びせられる。

 

「ぬぅぅぅ! 子供だましがぁぁぁぁぁ!!」

 

耐電のリニアシートであることを考慮しても、

ザクⅢ改のパイロット、マシュマー・セロのタフネスは異常だった。

痛みも苦しみも感じぬ素振りでザクⅢ改を操り続ける。

四方のドーベン・ウルフから放たれるメガバズーカランチャー兼用の大出力のビームライフルが、

ザクⅢ改から発せられる光のオーロラに遮られ霧散する。

 

「はっはっはっはっはっ!!!」

 

猛る精神がマシュマーの肉体と機体を包み込んでいく。

ワイヤーを一気に手繰り寄せて、ザクの鋼鉄の掌がドーベン・ウルフの頭を握り潰す。

主君に仇なす敵を一人でも多く地獄へたたき落とす!

マシュマーの思考はただそれだけで埋め尽くされていた。

アクシズの強化人間技術全てを注ぎ込まれた男の限界を超えたパワーが、

目に見えるオーラとなって溢れ出る。

 

「私はやられんぞ……。

 このマシュマー・セロ、己の肉が骨から削ぎとれるまで戦う!」

 

何とかザクを抑えこんでいる残りの3機のドーベン・ウルフへも

有線ハンドを伝ってオカルトの力が食指を伸ばす。

咄嗟にラカン・ダカランが退避を命じるが、

ザクに羽交い絞めにされた一機はどうあがいても逃げようがなかった。

 

「ハマーン様、ばんざぁぁぁぁぁい!!!」

 

ザクから迸る光がどこまでも広がり、瞬間的に全ての人の目とセンサーを眩ませた。

宇宙の真空に轟音が響いた気がすると、

彼と彼が掴んでいたドーベン・ウルフは爆散し、跡形も残らなかった。

 

 

はずであったが、

しかし、機体全体が爆散する前にザクのバックパックが異常をきたして大爆発。

マシュマーのオーラが背部の爆発から守る形となって機体を猛烈な勢いで吹き飛ばした。

と同時にマシュマーは頭を強打し失神する。

振動からパイロットを守るべきエアバックは

ドーベン・ウルフの電撃によって調子を狂わせたらしかった。

グルグルと乱回転しながら戦域から弾かれたザクとドーベン・ウルフ。

マシュマーに捕らえられたスペースウルフ隊員は、

ダメージにより半壊していたコクピットハッチから投げ出されて

不運にもデブリの仲間入りを果たしてしまう。

それとは反対にマシュマーは幸運だった。

機体は損傷していたが爆発はせず、しかもコロニー郡の近くにまで機体は流されていたのだ。

それは、彼が持つ天性の悪運の加護だったのかもしれない。

マシュマーはハッ、となって目覚め

 

「……む! イカンな……私としたが気を失っていたとは。

 …………しかし……どこだここは?

 私は何をしていたのだったかな?

 確か………。

 確か~~~~、えーーと。

 イカン! 全く思い出せん!」

 

過剰なニュータイプ能力の発露と、きりもみ状態の機体内で激しく頭をシェイクしたせいか、

マシュマー・セロの記憶は混乱していた。

 

「ハッ!? そうだ! こんな時は薔薇を………」

 

頭を掻きむしるマシュマーはコクピット内を漂う薔薇を手に取り

それに愛おしそうに頬ずりとスッと口に咥える。

 

「ふ……、やはりこうでなくては。

 あぁ、それにしても私は一体何をしていたんだ!

 ハマーン様! 哀れな迷える子羊をどうかお導き下さい!

 ハマーン様!!

 ハマーン様……ああハマーン様、ハマーン様……………」

 

怪しげな呪文の詠唱にように敬愛する主の名を連呼しつつ、

マシュマーは腕を組み瞑想にふける。

しかし、

 

「だめだ、な~~~んも思い出せん。

 何とかしてゴットンに連絡を取らねば………。

 しかし、何だこの機体は! ボロボロではないか!

 む!? レーダーに反応だ! コロニーが近いぞ!

 はっはっはっは! いいぞ! 天は我を見捨てず!

 これもハマーン様のご加護か………ありがとうございますハマーン様」

 

数ヶ月分の記憶が消し飛んでいた彼であったが、

ハマーン・カーンへの忠誠だけは消えない。

薔薇に口付けをするとドーベン・ウルフがへばりついた損壊著しいザクで

颯爽と闇夜の宇宙をバーニアを吹かせて駆けようとするが………。

ぼぶん!

という音が機内に響くとザクはへろへろと情けない軌道を描いてコロニーへ接近していく。

とうとう足のスラスターまでガタが来た。

 

「う、うお……! まずいのではないかコレは!?

 私はノーマルスーツを着ていないんだぞ! って、なぁにぃぃ!?

 さ、酸素残量がまずい! う、うおおお!

 頑張れモビルスーツ! 騎士の意地を見せろ! コロニーまであとちょっとだぞ!」

 

ボロボロ腕をクロールさせるという器用な運転をさせるのは流石にアクシズの騎士。

今の彼は、なんだかどうやっても死なない気がする逞しさがあった。

なんとかコロニーに取り付いたが、

 

「ぐぬ…! おのれぇぇ、クロールの無理が祟ったか!」

 

ザクⅢ改のマニピュレータは腕部を酷使したせいか、

アルコール分が不足した中年のようにプルプルしていた。

しかも前面に相変わらずドーベン・ウルフを抱っこしていて、

無理に引剥がそうとしても何かのパーツが絡んでしまったらしく全く取れそうもなかった。

 

「くそ……ハッチが掴めん…………、よしっ、掴んだ! わはは!

 この薔薇の騎士マシュマー・セロ! この程度のハッチに手こずるわけがない!」

 

隔壁内をボテボテと走りそのまま次々と震えるマニピュレータで器用にハッチを開けると

颯爽とコロニー内へ飛び降りるザク。

ズズンッ、という音と共に綺麗な着地を決めるが

ドーベン・ウルフを抱えたままなので数秒の静止の後よたよたと二歩三歩、よろける。

 

「ぬぐ、こなくそ……!

 ふぅ………、見事な着地だったな。

 この程度の難事わけもない。

 む………なんとこれは、コロニー内に救難信号……?

 識別は敵か。 むぅ………、仕方ない!

 助けを求める者をむざむざ見捨てるのは騎士道に反する。

 だが連邦でもエゥーゴでもない敵反応とはどういうわけか。

 まぁいい、いけばわかる!」

 

背面ブースターは完全に死んでしまっている。 滑空移動は出来ない。

反応地点まで、鋼鉄が軋む二本の足で力強く歩いて行くとそこには、

 

「ぬぅ? キュベレイと同型の脱出ポッドか!?

 ハマーン様がここにいらっしゃるのか!?

 いやしかし色が違う!

 ハマーン様のキュベレイは、

 ハマーン様の身と心を象徴するかのように透き通る美しい純白と可憐なピンク……。

 それに引き換えあのポッドの、なんと醜悪な色か!

 しかも識別が敵ということは、これはもう悪い奴の企みに違いない。

 ハマーン様のイメージダウンを狙うとは何と姑息な手段だ………。

 もっともそんな策を弄しても

 ハマーン様の崇高なお姿と人気は僅かな陰りも見せるわけがないが、

 それでも許せん! おのれ成敗してくれる……!」

 

ハマーンの愛機であるキュベレイのことは熟知しているマシュマーは、

ポッドを見ただけでそれが同系統のMSの物と判断できた。

独り言をいいながらザクのモノアイを左右に散らし、遠近を巧みに使い分け周囲を探る。

(あの木の陰………)

ザクⅢ改の優れたセンサーは、しっかりと木の陰から覗く服の一部と思しきモノを捉え、

そしてそれを見逃すマシュマーではなかった。

コンソールを叩きながら瞬間的に武装を把握すると、

ビームライフル、ビームサーベル、ハイドロポンプの項目が赤くなっており、

唯一、頭部バルカン砲だけがグリーンに明滅している。

 

『あ、あーテステス。 私はハマーン様に仕える薔薇の騎士マシュマー・セロである。

 そこの木の陰に隠れる不届き者! いるのはわかっているのだ!

 手を上げて大人しく出てこい。 さもなくば裁きのバルカン砲がくだるぞ!

 当たれば痛いではすまんぞ!』

 

目ぼしい武装を喪失しているらしいザクⅢ改では、頭部バルカンですら貴重だった。

外部スピーカーで堂々と名乗るボロボロのMS。

普通なら愚かな行為だが、これが隠れている者にとっては

(他にも仲間がいるに違いない!)

と思わせたことは僥倖だった。

 

「い、今出て行く! 撃たないでくれ!

 ま、まだ何もしちゃいねぇ! ホントだ!

 許してくれぇ……! か、可愛かったからよ……、つい、で、出来心で!」

 

そう言いながら陰から出てきたのは小汚いノーマルスーツの男で、

彼の片腕には首を羽交い締めにされ、

小さく呻いているパイロットスーツの少女が抱えられていた。

 

『な、なんとぉ!? 貴様! そのような少女に何をするか!』

 

マシュマーの声が荒くなる。

彼はオマヌケであったが、騎士を自称するその精神の気高さは本物であった。

強化され、幾分、自我を損ないながらも根っこの優しさは失われておらず、

今は力の浪費と頭部強打で、強化以前の彼に限りなく近づいていた。

 

『大人は子供を守るものだろうが! 悪い大人の見本め!!

 いつまでその娘に触れているのだお前は! さっさと離れろっ!』

 

今にも踏み潰してきそうなMSの迫力に、男は少女を放ると

ひぃぃぃ、と喚いて下半身を濡らしながら走り去った。

男が見えなくなるまでモノアイは凝視し続け、

男の姿が消えても少しばかり周囲を警戒する。

マシュマーはおまぬけだが、有能でもある。

先ほどの大音量のスピーカーを聞きつけて、何者かが寄ってくるかもと思えたが、

有事にせこせこ動き回るこそ泥は、動いているMSに近づく愚行はしないだろう。

コロニーに接近し侵入できた時点で、このコロニーが混乱状態にあるのは明白で、

火事場泥棒に溢れるのは戦時コロニーの常識でもあった。

少女の安全確保を優先すべしと判断して、ザクのコクピットから昇降ワイヤーで降下すると、

もどかしいと言わんばかりにワイヤーの中程で飛び降り、

 

「お嬢さん、大丈夫ですか!」

 

駆け寄ると、うずくまり喉を抑えながら咳き込む少女を抱え、

背をさすりながら様子を診てやる。

(……うん、これなら大丈夫だろう)

少女のノーマルスーツは小奇麗にピッタリと小柄な隆起を覆っている。

懸念であった強姦の類の痕も見当たらず、締められていた首、

その他の箇所もこれといった外傷はない。

 

「……君は、キュベレイのパイロットなのか?」

 

少し間を置いて、マシュマーに緩く抱えられながら少女は無言で頷いた。

 

「なんということだ。 こんな子供に……、しかも女の子にパイロットをさせるなんて!

 無理矢理戦場に立たすとは言語道断! 大人になるまで待てないのか!

 しかもキュベレイもどきまで作るとはまさしく外道!

 おのれエゥーゴ………! なんて酷い奴らだ!」

 

端正な顔に怒りを浮かべ、存分に感情表現するマシュマーは見ていて飽きない。

そんな彼を虚ろに見ながら少女は、

 

「……違う。 私はネオ・ジオンの………プルトゥエルブ。

 エゥーゴでは……ない」

 

震えた小さい声でそう告げた。

 

「な、なんだと! ネオ・ジオン!? なんと仲間だったのか!

 ………あれ? しかし、私のMSにはしっかり敵と表示されていたような………。

 それに……はて、どうもどこかで君を見た気がする。 どこであったか……」

 

事前に彼女が持っていたデータと、目の前の男は明らかに差異がある。

限界まで強化されたマシュマー・セロは、キャラ・スーンと共にハマーンの最強の懐刀であり、

敵に情けをかけない冷酷なパイロット……。 

プルトゥエルブに入力されたデータはそう告げている。

 

「お前は、なぜ私を助けた……」

 

暗く眼を付したまま、プルトゥエルブが淡々と言う。

だが、言われたマシュマーは眼をパチクリさせて

 

「おかしなことを言う娘だな。

 友軍の、それもこんな幼気な少女を見捨てることなど出来ん。

 私のMSのレーダーに何故か敵反応が出ていたが、ほらあの通りボロボロだからな。

 まぁ多分、故障だったのだろう!

 しかし……いくら我らアクシズが人手不足だからといってなぁ……。

 私は悲しい!

 私達が不甲斐ないばかりに君のような野に咲く一輪の花の如き乙女を

 MSのパイロットにするとは………! すまない……」

 

大げさに項垂れるマシュマー。

そして次の瞬間には、

 

「戦場は怖かったろう!

 まだ少し震えているじゃないか………、くぅ、なんと健気なんだ!

 子供を守り教育して、夢を与えるのが私達大人の仕事だ。

 元気がいい子は将来、ハマーン様のお役に立つ戦力になる!

 だが今はまだいいのだ! さぁこのマシュマー・セロの胸で泣くがいい!」

 

そう言ってプルトゥエルブを抱きしめる。

ロリコンでも何でもない、本当の保護精神から来ている抱擁ではあったし、

急に抱きしめられたプルトゥエルブも、

先に、自分を陵辱しようとした男とはまるで違う優しい温もりに、

(な、なんだこいつは………あったかい……体温が伝わる?

 違う……それだけじゃない。 もっと違う、暖かさが伝わってくる)

やや頬を赤らめて、満更でもなさそうだった。

 

「い、いつまで、抱きついて………」

 

「おお、すまない。

 うん、よしよし。 震えが止まっているな」

 

「ふ、震えてなんて………。

 …ん?

 声……近づいて、くる」

 

「うむ。 下卑た男の声だな。

 多いぞ。

 さっきの男の仲間かもしれんな………どうもこのコロニーの治安は良くない。

 古いコロニーの社会は腐りきっているというハマーン様のお言葉は、

 悲しいかなここでも証明されてしまったな……。

 来いプルトゥエルブ!」

 

小さめの声で、しかし力強く言うとマシュマーは少女の手をぐい、と引っ張る。

プルトゥエルブの華奢な体は、強化されたマシュマーの腕力で一瞬浮かされる。

マシュマーの言葉はプルトゥエルブの服従の刷り込みに作用する。

(……命令………”来い”………マシュマー・セロが、新しいマスター……?)

大人しく付いてきた少女を見てやや安心したが、

視界に映るザクも、そういえばさっきから火花が散っているし、

暴漢達が数を揃えて来たのだとすれば、少女を守りながら戦うのは難しい。

警察などでも非常に厄介だ。 自分達はジオンのパイロットなのだから。

色々な意味でここに逗まるのは危険すぎた。

マシュマーはプルトゥエルブの手を引いてしばらく走ったが、

身体強化の度合いがマシュマーの方が深かったし、

何より、当たり前だが上背が違うので歩幅もかなり違う。

まどろっこしい! そう思ったマシュマーがプルトゥエルブを軽々と持ち上げ、

お姫様抱っこで軽快に走る。

 

「え!?!」

 

「しっかり捕まっていろ! 私は速いぞ! ふはははは!」

 

笑いながら人気のないコロニー市街を駆けていった。

その後、二人して一般家庭と思われる庭先にあったシーツをひったくって、

マントのように深々と身にまといジオンの軍服とノーマルスーツを隠して行動し、

コロニー内に隠れ潜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから2日目 ――

 

やがてこのコロニーに連邦の警備部隊がやってきて、

コロニーのシェルターに避難していた人々らも解放された。

コロニーの治安の悪さは、近くで戦闘があったこと、

そしてジオンのMSが侵入してきたのが原因だったらしい。

しかもそのジオンのMSが三機も放置されていて、

パイロットは未だに見つかっていないというから大変だ。

あの時、プルトゥエルブを強姦する寸前だった男が垂れ込んだのか、

逃亡中のジオンパイロットの一人は美少女という情報まで流れてしまって

なかなか大変だったが、プルトゥエルブが酷い目に合うことはなかった。

寧ろ、マシュマーとの逃亡潜伏生活は結構楽しいと、プルトゥエルブは思った。

どんな過酷な状況でもマシュマーは常に面白おかしい男で、

時に目に見えてくよくよするが、次の瞬間にはポジティブシンキングで持ち直している。

そしてどんな時もプルトゥエルブに辛く当たらない。

 

「か弱き少女を守るは騎士の役目!」

 

などと言って最優先で気にかけてくれる。

満足に調達できない食事も、頬こけてげっそりとした顔でヨダレを垂らしながらも

 

「わ、私はいらん! 腹は膨れている!

 トゥエルブは育ち盛りなんだからしっかり食べなさい」

 

そう言ってプルトゥエルブが食べ終わるまで見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから4日目 ――

 

当コロニーは近隣で戦闘があったドサクサで、結構な数の人がいなくなったり、

逆に素性の怪しい流民等が入り込んでいたりで、潜伏に丁度良く治安が悪い。

二人は、今コロニー内にいる多くの不法入港者の一人として流民区にいた。

二人の格好は軍服でもノーマルスーツでもなく、やはりそこらの留守宅から

黙って永遠に拝借してきた歳相応の服。

 

「よし……昨晩二人で考えた偽名で、本日より通す!

 今日から私はイルムガルト・カザハラで……」

 

「私はマリーダ・カザハラ……」

 

「どう見ても私達は東洋系を祖先として持ってなさそうな顔だが、まぁ大丈夫だろう!

 今どき珍しいことでもないからな。

 問題はそこじゃない。 そこではないのだ……!

 隣に住んでるホームレスっぽいじいさんの目はどうなっている!

 私とプル…じゃなかった、マリーダが夫婦って無理があるぞ! 

 兄妹って伝えたのに!

 どうして『照れるな照れるな隠さんでいい』などというセリフが吐ける!

 見れば分かるだろう、見れば!」

 

マシュマーが端正な顔をコミカルに歪めて憤慨する。

 

「………そんなに嫌がらなくても」

 

プルトゥエルブは少し俯いている。

 

「これでは私の人格、人品、嗜好が疑われる! ああ、お許し下さいハマーン様!

 私は決して幼児愛好者ではございません!

 マシュマーめはハマーン様一筋です! ハマーン様ばんざい! ハマーン様ばんざぁいっ!」

 

「マスターは……マシュマーは……私の事、嫌いですか?

 私といると、迷惑……?」

 

自分の存在が否定された気がして、プルトゥエルブの心に影がさす。

造られた生体人形に過ぎない自分は、マスターに否定されれば存在価値は皆無である。

 

「な、何を言うんだ! そういう問題じゃないの!

 私はプル……じゃなくてマリーダは大好きだ。

 しかし、そういう意味で好きというか、そういうんじゃなくて……。

 そういう意味で好きだったら寧ろ社会道徳的に危ういというか……。

 この薔薇に誓った騎士として終わってしまうのだ!

 あ、あぁ…! 泣くんじゃないプルトゥ…じゃなくてマリーダ!

 えぇい紛らわしい!

 あぁ違うぞ! 君を怒っているのではなくてだな!?」

 

目の前の新たなマスター、マシュマー・セロ。

そう自己内で定義したプルトゥエルブだが、彼に見放されれば自分はどうなるのだろう。

その時のことを考えると、彼女は心の底から孤独と恐怖を感じる。

恐ろしい敵が渦巻いていた、姉妹達が全滅した”あの”戦場で体感した

マスターの喪失、そして姉妹らの慟哭、焦燥、恐怖。

最後に残った自分を見つめる、橙色のMSの緑の一つ目が無表情に見つめてくる。

 

「い、いやだ……いやだよ………マシュマー………捨てないで」

 

連想ゲームのように思い出せてしまって、

泣きたくもないのにマリーダの瞳から涙がこぼれてくる。

 

「捨てない捨てない! 大丈夫だ! 騎士である私が女性を見捨てるものか!」

 

それを見て尚更マシュマーは慌てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから8日目 ――

 

二人は、流民街のさらに辺鄙な所にある掘っ立て長屋の一室に二人は住みついている。

治安は悪く、機能を取り戻した治安当局もあまり近づかない区画で、

顔立ちの整っているプルトゥエルブは、

汚い身形で誤魔化してはいるが少なくない好色の視線に晒されていた。

が、少女の隣には常に身長180cmオーバーのガタイのイイ兄らしき男がいて、

しかも先日、この小柄な美少女に手を出そうとした男がボコボコにのされた為、

もはや近寄ってくる者はいない。

 

「なぁに、こんな汚い部屋に住むのは一時のこと!

 すぐにアクシズの同志達が私達を探しに来てくれる。

 お優しいハマーン様は部下を見捨てはしない。

 それに、私も色々と手をつくしている……

 まぁ1ヶ月以内にはこのコロニーを脱出できるだろう」

 

いつも通り、根拠の無い自信に満たされた不敵な笑みを浮かべている。

(マシュマーは、グレミーの反乱すら忘れてしまっている……。

 あの状況では、もうハマーン・カーンも………。

 マシュマーが、もし……記憶を取り戻したら…私を殺すだろうか)

彼と出会ってまだ1週間程度であったが、

強化人間マシュマー・セロが何らかの理由で記憶に障害を負っているのは確信できた。

優しいマシュマーが記憶を取り戻した時、果たして彼はどうなるのだろう。

朗らかに笑う彼の素顔は、データにある通りの冷酷非情の戦士なのだろうか。

いつか、あのキャラ・スーンの如く剥き出しの殺意で、

ハマーンを裏切ったグレミー側の自分を殺す。

姉妹のように、自分も死ぬ。

それを想像すると、姉妹達の中でも一番の軟弱気質であるプルトゥエルブは、

自然と体が震えてきてどうしようもなくなる。

蒼白な顔色で、震える体を自分の腕で抱きしめる。

カタカタと横で震える少女に気付いたマシュマーは、

 

「どうした? 昨日から体調が悪そうだ。

 あ! まさかご飯が足りないか? 食べ足りないのならば遠慮なく言え。

 フッフッフッ、待ってろマリーダ………。

 この兄がすぐに買い出しに行ってきてやるぞ! とうっ!」

 

と元気良くなけなしのキャッシュを握りしめボロ小屋を飛び出そうとするが、

マリーダの思ったよりも強い握力でむんず、と裾を掴まれて

 

「おわっ!?」

 

思い切り転んで床に突っ込んだ。

 

「マシュマー………どこにも、いかないで………一緒に、いてほしい」

 

うつ伏せに倒れるマシュマーの背にすがるようにのしかかって、

幅広い背に顔を埋める。

マシュマーは、う~~む、と唸って首から上を横に向け頬杖をつきなすがままにされてやる。

(余程、心細かったのだなぁ。 無理もない……まだ子供なのにMSパイロットとはな。

 ………子供のパイロット、か。 ジュドー・アーシタ少年は元気であろうか。

 いつか決着をつけ、そして性根を入れ替え、て…………。

 決着を…………。

 ん……、ジュドーに負けて、私は………負け続けて、私は……。

 それから……………。

 なんだ? 頭痛がする……。

 ……些か、不愉快な感覚だ。

 私も体調が悪いのかな? 今日はさっさと寝たほうが良さそうだな………)

その日は、空腹対策も兼ねて二人は早めに就寝した。

マシュマーが、震えるマリーダの背をさすってやると、

やがて震えは止まり規則正しい寝息が聞こえてくる。

少女が深く眠ったのを確認して、マシュマーも意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから11日目 ――

 

二人は今日、MSと脱出ポッドを乗り捨てた現場に来ていた。

現場は既に封鎖されておりMSの周囲には幾重にもイエローテープが張られていて、

やる気のない警官らが見回っていた。

その周辺には、MS撤去作業を見物する何十人もの見物客で人垣ができていた。

その中に、こじんまりとした美少女とスタイルの良い美青年が手をつないで立っている。

小汚い格好をしていなければ衆目を浴びて、話の種になる程度には噂になっただろう。

もっとも、今は誰の目線も集めてはいなかったが。

 

「……モビルスーツ、持ってかれちゃうね」

 

作業用の旧式MSの手で、ゆっくりとクレーン車に吊られていく2機のモビルスーツを見ながら、

マリーダは隣に立つ青年に不安そうに言った。

 

「なぁに、データは消してある。

 特にパイロットの個人情報は念入りに消しておいたからな。

 心配はいらないよマリーダ」

 

言われた青年、マシュマー・セロは

こう見えてもアクシズの軍人教育機関の全課程を優秀な成績で修了したエリートで、

こういった細工もそつなくこなせる。

騎士たらんとする気概が全面に押し出されていて、

しかもそれが空回りしているからマヌケに見えるが、優れた軍人なのだった。

 

「……なんで来たの?」

 

「パイロットにとってモビルスーツは愛馬である。

 騎士として、主君の手足となって戦場を駆け巡った相棒に最後に別れを言いに来たのだ。

 さらばだ、ザクっぽいモビルスーツ……。

 何故か記憶にないがきっと世話になったのだろう。

 そしてザクにへばりついていた新型らしきMSよ……。

 ガルスJの如く、力強さの中にも優美さと気品を失わない良い見た目であった。

 安らかに眠れ……」

 

「………」

 

マリーダの頭脳に冷凍睡眠中に教えこまれた軍事教範に則ると、

非常にナンセンスな思考と行動だが、

彼を見ているマリーダは

(マスターはとても面白くて………、暖かくて安心する)

と思えた。

マリーダは、握っていたマシュマーの手を更に強くキュッ、と握る。

それに気付いたマシュマーも、

マリーダを見ると優しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから15日目 ――

 

朝、マリーダが目覚めるといつも元気なマシュマーの様子がおかしかった。

錆びたパイプ椅子に浅く腰掛け力無く背を丸めていた。

顔色が悪く、目を見開いて床の一点を見つめている。

変装の一環で敢えてボサボサであった暗水色の髪の毛が、

強く掻き毟ったのであろう………乱れきっていた。

 

「マシュ、マー……? どうしたの?」

 

いつもなら真っ先に”おはよう!”と言ってくれる彼が無言であった。

少しだけ怯えるマリーダが、恐る恐るマシュマーに話しかける。

しかしマシュマーは彼女の存在すら気づいていないように反応は無かった。

 

「マシュマー………、どこか具合が……」

 

言いながら、マシュマーの額に手をやろうと近寄ったマリーダの視界に、

クシャクシャに丸められたニュースペーパーが飛び込んでくる。

それ以外にも、乱雑に手酷く破かれた紙片がそこら中に散らばっていた。

マリーダは、それらを手にとって目を通すと、

(…………『アクシズの首魁、ハマーン・カーン戦死。

 悪辣な女テロリストが10日前に起きた

 コア3での局地戦で死亡していたことが明らかになった。

 連邦政府の報道発表によると、

 コア3から高速艇で逃げたしたハマーン・カーンは

 連邦のガンダムに未明、捕捉されたとのこと。

 停船と降伏勧告を拒否し、対人ビームライフルで抵抗したため、激しい銃撃戦の末、射殺。

 稀代の女テロリストは呆気無い最期を』…………っ!)

 

「こ、こんな……! ハマーン・カーンが、こんな最期を遂げるものか!」

 

ハマーンを抹殺対象としてインプットされていたプルトゥエルブでも、

あの気高い宰相がそんな終わり方をするわけがないと理解できる。

思わず口を出た”ハマーン・カーン”という単語に反応して、

 

「………き、きさ、ま」

 

マシュマーがぶつり、ぶつりと途切れた言葉を発する。

と、勢い良く椅子を蹴って立ち上がり、裏手でマリーダを激しくビンタした。

 

「あぅっ!」

 

肉体までも強化された男の一撃に、マリーダの小さな体は弾き飛んで

勢い良くオンボロのテーブルに突っ込んだ。

普通の少女ならばこの時点で失神なり、下手をすれば首の骨をやられて死んでいただろうが、

マリーダは、マシュマーと同じく身体強化を充分に施された強化人間。

頬に大きな痛みを覚えながらも、気を失うことはない。

 

「き、貴様……! 貴様ァァ……! もう一度言ってみろ!

 『ハマーン様の最期』、だと!? ハマーン様が死んだと言うのか!

 そう言いたいのか!! 貴様ァァァァァッ!!」

 

マシュマーの、マリーダを見る瞳は怒りと冷たさに満ちていて、

マリーダの心にダイレクトに殺気が流れこんでくる。

 

「ひっ! あ、あっ……ご、ごめんなさい!! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

起きる前まではあんなに優しかったマスターが、

唐突に、純粋な憎悪と殺気を自分に向けてくることにマリーダは混乱し怯えた。

自分が殺されるかもしれないという恐怖と、そしてそれ以上に、

マシュマー・セロというとぼけた……しかし優しいマスターに敵意を向けられるのが

造られた少女にはとても恐ろしかった。

マシュマーが、一歩、倒れるマリーダへと踏み出す。

 

「あ、あ……あ、ご、ごめんなさ…っ、ま、すたー……ますたー、ますたー…!」

 

少女は震える体で必死に後ずさる。

落ちて割れた食器の破片が手の平にいくつも刺さるが、そんな痛みも傷も気にせず、

ただ怯えていた。

 

「く、くくくく……! ハッハッハッハッハ!!

 何だその様は! グレミー自慢の人形はそんなものか?

 プルシリーズも存外出来損ないなのだな!」

 

フリでもなく本当に忘れていたであろう記憶と凶暴な感情が深層から首をもたげてくる。

彼の安定性の最大の要因はハマーン・カーンという存在への崇拝の精神。

それが、活字媒体から与えられたもので真偽不明なものであっても、

ハマーンの死、という情報は強化人間特有の不安定さに拍車をかけるのに十分だった。

マシュマーが、マリーダの首を片手で掴むとそのまま持ち上げ、

死なぬ程度に締め上げる。

 

「あ、がっ、あ゛っ……ぐぁ……ま、まずだー…

 ごめんなさい、ごめんなさい…ご、めんなさ、い゛」

 

死の恐怖、見放される恐怖、そして頸部が絞まる苦痛。

それらに耐え切れなくなった体が、

下腹部から黄色い体液をちょろちょろと漏れさす。

 

「ふん……ハマーン様に楯突く愚か者め。

 これ以上の無様を晒す前に、このマシュマー・セロが楽にしてやろう」

 

「ごべんなざい…ますたー…! すてないで……わた、しを…、

 すでないで、くだ…さい……ますたー」

 

「む?」

 

次の瞬間、マシュマーはマリーダの首を放し、

さっきまで怒気が嘘のように霧散して、辺りを見回し始める。

 

「が、ガはっ! はぁっ、はっ、ごほっ!」

 

突然放され尻もちを突いたマリーダの臀部が、

自分が垂れ流した体液でじっとり濡れてしまったが、

今の彼女にはそんなことを気にする余裕もない。

 

「マリーダ……マリーダの声が聞こえた……。

 マリーダ? 怯えているのか、マリーダ?」

 

マシュマーが屈んで、優しくマリーダの肩に手を置く。

 

「どうした。 こんな怯えて……何があったのだ!」

 

未だ息荒く、体が竦んで動けぬ少女は、

自分を見つめるマスターの瞳が、昨日まで優しさを取り戻していることに心底安心した。

 

「あ、あぁ……ま、ますたー! マスター! ごめんなさい、ごめんなさい!

 もうしませんから…! 私を捨てないで!」

 

思わずマシュマーに抱きつく。

今の今まで自分の首をへし折ろうとしていたマスターに、

彼女は力一杯抱きついた。

マシュマーも、彼女を優しく抱き返してやると

 

「ど、どうしたんだマリーダ。 もうしないって、何を?」

 

訳も分からず、よしよしと背中をさすってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 出会ってから17日目 ――

 

コロニー内で放送されているマイナー放送局が、事変を告げる。

数日前に回収されたMS2機とポッドを載せた輸送船が、

グラナダへ向け出立した途端、アクシズ残党に急襲されたらしい。

そして、その残党は当コロニーを囲んでいるとのこと。

 

「う、うわぁぁ! モ、モビルスーツが入ってきたぞ! ジオンの襲撃だ!」

 

「軍は何やってんだよ! 戦争は終わったんじゃなかったのかよ!」

 

普段、威勢のよいスラム街の暴漢共も、大多数が慌てふためいてシェルター向けて駆け出し、

一部の者は火事場泥棒に精を出し始める。

当コロニーの警備部隊はジムⅡを中心として編成された隊でジムⅢは少ない。

この時点で連邦の軍備にかける情熱の無さは察することが出来る。

やる気のある連中の多くがエゥーゴとティターンズに流出して、

しかも殆どがグリプス戦役で失われた。

”搾りかす”というのが連邦の現状である。

しかしそれでも頑張る連中はいるし、MSパイロットは己の命が掛かっているので必死だ。

だが、無情にもネオ・ジオンの紅いMSに、赤子の手を捻るが如くジムⅡはコクピットだけを

ビームサーベルで串刺しにされていく。

そんな襲撃の最中、放送を聞いた時からマシュマーはマリーダの手を引いて駆けていた。

 

「ど、どこに行くの、マシュマー!」

 

「迎えが来た! アクシズに帰れるぞ。

 ハマーン様、今あなたの騎士マシュマー・セロが参ります!」

 

「え……、マ、マシュマー? ハマーン…様…は」

 

そこでマリーダは口をつぐんだ。

言えばマシュマーが恐くなる。

言えばマシュマーに嫌われる。

そしてその恐怖とはやや毛色の違う恐れも彼女の中に生まれる。

いや、前々から察していたことではあったが、それがいよいよ確信めいたものになった。

マシュマー・セロは、もう正常ではない。

データにあった通り、過度の強化を施された

いつ爆発するか分からない爆弾のような強化人間。

安定した戦力を目指したとされるプルシリーズとは違う、

極めて危険なハイエンド・ヒューマン。

そうと理解できても、

 

「マスター……、私……ずっとついていきたい」

 

自分を、忌まわしき強姦魔から寸前に救い出してくれた。

一緒に、民家からシーツを盗んだ。 一緒に服も盗んだ。

二人で少ないご飯を分けあって食べた。

二人で一緒に夜遅くまで起きて名前を考えた。

戦い以外の記憶と経験をくれたこの男から離れたくないと、強く想う。

 

「はははは、何を言っているんだマリーダよ! 君も来るんだよ!

 一緒にアクシズに還ろう!」

 

マシュマーとマリーダの足が止まる。

上空から緩やかに滑空してくるリゲルグが彼らにモノアイの視線を送ってくると、

数十m離れた大交差点に重音を響かせて着地する。

 

『マシュマー・セロ! やはり生きていたな。

 危うくMIAにする所だったぞ』

 

ハスキー気味の、気の強さを滲ませた女の声がリゲルグから聞こえる。

紅いMSを見つめるマシュマー・セロの笑みは、

マリーダに馴染み深い優しいものではなかった。

決してこの手を放すまいと、少女は彼の手を強く握った。

 



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