「提督、手紙が届いてるわよ」
「ん?あーそこ置いといて」
「そこ、と言われてももう置き場が無いけれど」
呉の鎮守府。
そこで彼女は数十名の艦娘と共に仕事を行っている。
そこ、と手を振る彼女は目元に隈を作り、手入れの行き届いていないぼさぼさの髪を垂らして手元の書類と格闘していた。
全くと、呟いて『提督とまったく同じ顔と声をした』秘書官の矢矧は肩をすくめる。
とはいってもこちらはきちんと髪は後ろで揃えられ、目元にも隈はないが。
「いい加減かたずけましょうよ。私までだらしなく思われるでしょう?」
「んー、そのうちね。それにそれもどうせ今月の作戦目標とかいって任務に当たらせる大本営からの手紙でしょ?」
そんなものやる暇があるのかと矢矧に提督は問いかける。
山のように積み重なった書類達はまだかまだかとその体を揺らし、いまにも崩れ落ちそうになっている。
だから、矢矧から手紙を受け取って、やはり内容が新規任務のお知らせという内容を確認して、ぽいっと無造作に積み上げたら、
大きな音を立てて崩壊をするのは目に見えていた。
「¨¨¨¨」
「¨¨¨¨矢矧」
「残念ね、私これから阿賀野姉と妹達とでお昼なの」
待って、という前に矢矧はひらひらと手を降って執務室から出ていってしまった。
残されたのは椅子に座って固まったままの提督と、部屋中に散らばった書類達。
こういうときに妖精達が居たら、と思うがそれは無理な相談かとため息をついた。
さて、提督がここまで書類を溜め込んでいるのはいくつか理由があった。
それらは特に提督が無能だとか、仕事が遅いといったものではない。
むしろ有能だと言える部類ではあるし、仕事に関しても早くはなくとも遅くもない。あくまでも平均程度。
ならなぜこんな状況になっているかといえば単に彼女は病気で少しの間、鎮守府を抜けていたからだ。
だが、信頼関係が重要な艦娘にとって代用の提督などあるわけもなく、1ヶ月近くの間彼女の机の上には承認待ちの書類が次々と積まれていったのだ。
とはいえ、彼女と矢矧の会話通り、その書類達は大体処理され、残すは提督の趣味になりつつあるファイリングを残すのみとなっていた。
だから別にこのまま捨ててしまってもいいのだけれど。
「片付けるか¨¨¨¨」
ここで捨ててしまうのも勿体無いとついに重い腰をあげたのだった。
そんなときだ、書類の中に埋もれる小さな便箋が見つかった。
なんだろうかと思いながらも、提督はそっとそれをつまみ上げ差出人を確認する。
「阿久津?」
はて、誰だったか¨¨¨¨。
頭をフル回転させて思い出すがどうも記憶にもやがかかる。
とても提督にとって懐かしく感じる名前なのだが。
うぅん¨¨¨¨。
「ああ、そうそう。提督」
「んー?あぁ、矢矧。どうしたの?」
後ろに姉妹を連れた矢矧がひょっこりと執務室の扉から顔だけをだしていた。
「最近演習で、なぜ提督が艦娘をしているのかって別の提督から聞かれるんだけど」
「¨¨¨¨?」
どういうことだろうか、と提督も疑問符を浮かべる。
提督が会議に出席するときに矢矧に間違われることはあっても、その逆はない。
「提督何かしたの?その人、とても信じられない様子だったけど」
「まさか。私はずっとここで¨¨¨¨」
ふと、手元の便箋が、正確には便箋の差出人が気になった。
阿久津昭成。
阿久津¨¨¨¨。
「矢矧、お昼が終わり次第出撃の準備を」
「いいけれど、何かあったの?」
「いや、用事ができてね。ただの演習だよ」
便箋の中身は奇しくも、演習のお誘いだった。
さてどうしたものか。
と少し考えたが
たまには、私も顔を出すよと言うと矢矧はとても驚いていた。
ーー
「本日は演習にお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、お受けいただきありがとうございます」
提督は便箋の差出人をとてもよく知っていた。
忘れていただけだ。いや、本来であれば忘れてはいけないのだ。
ただ、面と向かって話すには、彼女は変わりすぎていた。
「¨¨¨¨萩野、さん」
「お招きいただきありがたいのですが、申し訳ありませんどちら様でしょうか?」
だから彼女は、萩野は失礼だと知りつつも。
煙草から紫煙を立ち上らせ、文字どおり自分の思いと記憶を煙に巻いた。
印象は最悪だろう。
現に阿久津は信じられないと言った顔で萩野を見ている。
「阿久津昭成。元海上自衛隊所属だよ」
「¨¨¨¨すみません。私、数年前から記憶が飛んでいて¨¨¨¨私も海上自衛隊だったのは覚えているんですが¨¨¨¨」
嘘に嘘を塗りあげていく。いや、半分は本当か。
記憶が戻ったのは最近だった。
だから、尚更、どういう顔をして会えと言うのだ。この人に。
「阿久津司令官。立ち話もこの人に悪いしさ、あっちにいったら?」
阿久津の秘書艦なのだろう、駆逐艦敷波が提案してくれたが、萩野としては早くどこかへ隠れてしまいたかった。
今自分で招いてしまったこととはいえ、
『過去、自分に好意を向けていた異性と記憶を失った設定でどう付き合えというのか』
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
ふと阿久津を見ると敷波の提案にこくりと頷いていた。
あまり無下にするのもおかしとい思い、萩野もそれを了承する。
「それじゃあ二人とも、ごゆっくり」
ちょうど、演習が見える位置に椅子と机が運び込まれて、そこに二人して腰を掛けた。
「¨¨¨¨」
「¨¨¨¨」
会話が始まらない。
暇をもてあました指先はくるくるとライターを弄び始めた。
どうしよう、言ってしまおうか。
嘘をついてましたと。
「じゃあ改めて自己紹介を。私は阿久津昭成。元海上自衛隊で、昔は知り合いだったんだけど」
「萩野未来。元海上自衛隊」
ぶっきらぼうになってしまうが仕方ない。仕方ないんだ。
呼ばれた意味も知ってるし、だからこそ答えることができない。
ありていに言ってしまえば阿久津は萩野が好きだった。
好きというのは過去形ではあるが、それは自衛隊時代の話だ。
別の部署であって、萩野は港湾での勤務。阿久津は海上での勤務でそもそも会うことがなかった。
会ったとしても当時の萩野はワーカーホリックといった方がいい働きようであって、好きなんだというのは気がついてはいたが答えが出る前に互いに事情が出来てしまって除隊してしまった。
「¨¨¨¨やっぱり君は萩野、なんだな」
「¨¨¨¨そうですか?」
「とても矢矧に似てる」
「よく言われます」
正確には矢矧が萩野に似ているのだが。そこはややこしい話だ。機密事項も入ってくる。
「吸っても?」
「どうぞ」
空気に耐えきれない。
萩野は根は真面目だ。
自分で自分を偽れない。
気持ちはすぐに表情へ、行動へ、言動へと移り変わる。
だから、すぐに押し潰されそうになるからこそ彼女は過去に煙草に逃げた。
「この前の大本営での会議で君を見つけてね。随分様子が変わってたから驚いたよ」
「そう、ですか」
「¨¨¨¨調子は、良くなさそうだな」
そういって阿久津はじっと萩野の目を見る。
化粧では隠れきらない目元の隈。
「余り寝れなくて」
「君はそういうところはしっかりしてたはずだけど。いやすまない事情を考えずに」
「¨¨¨¨大丈夫?夢見が悪いだけだから」
毎晩毎晩、夢に見る。
いや、この話は今は関係ないと萩野は少し目元を押さえた。
「不健康なのは提督もでしょ。はいコーヒー」
敷波がカップに黒い液体のはいったカップを持ってきていた。
「えっと、萩野さん、だっけ?コーヒー¨¨¨¨より紅茶とかの方がいいかな?」
「ああ、ありがとう。何でも大丈夫だよ」
とてとてと戻っていく敷波。
そういえばうちには居なかったなと制服を見て思う。
唸る阿久津。
何事かと視線を戻すと親の仇だとでも言わんばかりにコーヒーを睨み付けていた。
「ブラック飲めないんですか?」
「いや、飲めなくはないけれど」
やけに歯切れが悪い。デモなんだか安心する。この人は変わってないんだと。
と、そこに再度敷波が戻ってきた。
「萩野さん。はい紅茶。砂糖はいくつ?」
「調整するから置いといてくれる?」
「はーい。あ、提督には渡さないでね」
と、直接角砂糖の容器を渡してきた。
なぜ?と思わなくはないがまあ大体察せれる。
そんなことよりも紅茶だ。安心できる心地よい匂いが湯気と共に立ち上ぼり鼻腔をくすぐる。
一口だけ飲んで少し砂糖がほしいと容器を開けた。
普通のではなく、模様が入った綺麗な角砂糖。華だったり月だったり。
まあ、飲む分には関係ないかと菊の模様が入った角砂糖をつまみ上げ、紅茶にポトンと落とす。
波紋を起こし、砂糖が落ちて溶けていく。
そこで視線に気づいた。
正面の阿久津だ。
「何か?」
「いや、何でもないよ」
と言いつつもその視線は萩野の手元にある角砂糖に釘付けになっている。
「ダメ、なんでしょ?」
「¨¨¨¨はい」
渋めの顔立ちをしてる阿久津がしょんぼりとしてるのはなんだかギャップがある。少しだけかわいいと思ってしまうがたしか阿久津は年上だ。
「¨¨¨¨いつもは何個入れてるの」
彼は口では答えずすっと左手を開いてきた。
5個か¨¨¨¨それでも多いけれども。
だがそれは違った。十分多いのだけれども。
そこに右手の指を2本添える。
つまり7。
「¨¨¨¨」
言葉がでない。
7。7か。
ラッキーセブンとはいうがここまで不吉な7を見たことがない。
普通のコーヒーカップに角砂糖が7。
固まっているとはいえ、そもそも角砂糖の方が体積が多い。
コーヒー(砂糖水)ではないかこれでは。
いや砂糖水もそこまで砂糖を入れるものでもないから水砂糖と言うべきか。
「失礼だけど糖尿は」
「まだ!まだ違うから!まだ糖尿じゃないから!」
余りの剣幕に呆れると言うよりかは笑ってしまう。
だが、紅茶に手を伸ばしてもじっと見られるのは少々気になる。
「一個、だけですよ」
そっと1つ角砂糖を取り出してー矢が掘ってあるーそっとコーヒーに入れる。
当然ながら、コーヒーにはスプーンをつけてない辺りが敷波はしっかりしているとは思う。
だが萩野の紅茶にはかき混ぜるようにスプーンをつけている。
目立たない服の裏地で拭き取って、長い髪が入らないように手で押さえながら、机の上に体を乗り出してくるくるとかき混ぜた。
ふと、目と目があった。
そこでようやく至近距離まで近づいてることに気がつく。
「ご、ごめんなさい!」
あわてて体を引いて距離を離す。
「いや、こちらこそわざわざ混ぜてもらって」
違う、そっちじゃない。
だが阿久津の興味は萩野よりもコーヒーの方に向いている。
少しだけ自信をなくした。
意識をしたのは自分だけかと内心恥ずかしい。
「¨¨¨¨変わったな」
「私が?それとも阿久津?私としては実感はないけれど」
「二人ともだよ。一人は喫煙、一人は極度の甘党」
「¨¨¨¨」
「あと、お互い笑うようにはなった」
「そう?」
「萩野は、俺の知ってる萩野は仕事一筋だったからな」
「そう¨¨¨¨だったかな¨¨¨¨私は覚えてないから」
「ごめん」
「¨¨¨¨気にしないで」
¨¨¨¨
ーー
「お疲れさま」
二人で演習を終え、ぼろぼろになった艦娘を迎えて今日は終わり。
すっかり日も水平線の向こう側へと落ちようとしている。
泊まっていけばいいのにと敷波は言っていたが鎮守府に残した他の艦娘が心配だと断った。
その時にこそっと提督はフリーだよと教えてきたが、正直なところ今さらだなとは思う。
あれが恋と言えるのかどうかはわからないが、そうだとしたならばそれは私が忘れたときには既に終わっている。
「久しぶりに話をして疲れたよ」
ぐったりとしながらもしっかりと車のハンドルを握って萩野は言う。
後部座席にはすっかり眠ってしまった駆逐艦達がすぅすぅと可愛らしく寝息を立てていた。
「で、どうだったの?久しぶりの再会は」
助手席に座った矢矧が問いかける。
「どうもこうもないよ」
「だと思ったわ」
「そりゃ、ね」
数回食事をして、ただの同僚で。
特にそれ以外に思うことはなかった。
「わかるでしょ?『私』なら」
「そうね。『私』もそうするわ」
まあでも、たまにならこういうのも悪くはない。
後ろを振り向けば、鎮守府の正面で艦隊総出で手を降る彼らの姿。
「¨¨¨¨さようなら」
誰にも聞こえないように、開いた窓にその言葉は吸い込まれて真っ赤に染まった海へと吸い込まれていった。
ーーーー
「ねぇねぇ提督、引き留めなくてもよかったの?」
「引き留めたら砂糖を返してくれるのか?」
「それはないね」
「じゃあいいよ」
「ねぇ、本当は?」
「¨¨¨¨元々夢だったんだ。それでいいよ。砂糖みたいに溶けて消えて、飲み込んでしまった方がいい」
「¨¨¨¨」
「¨¨¨¨」
「提督。今日は砂糖、入れてもいいよ」
「本当か!早く飲もう!」
「やっぱり駄目ー!」
萩野提督と阿久津提督(猿渡ごしき)の再会ネタ
敷波の口調がわからなかった
反省はしている
阿久津提督は渋くて甘党というギャップがいいと思いましたまる
ので、書いたわけですがやっぱり難しい¨¨¨¨でも書きます
ネタさえうかべば続きも書きます
可能であれば他の提督も書いてみたいと思いますまる