梅雨明け間近の鎮守府で、提督は一人寂しく執務室で酒を開ける。
グラスに入った氷が溶けてカランと音をたてる。
誰か呼ぼうかと思いはしたが、提督は、萩野は騒がしいのはあまり好まなかった。
どうせ酒が入ると過去話しかしないしと今思い出しても枕に顔を突っ込んでしまいたくなる経験が頭をよぎる。
外を見れば薄暗い雲が海上を染め上げぱらぱらと小雨が降っている。
外洋の方を覗けばどうやらいよいよ本降りになるようで、今出撃中の連中に帰還命令でも出すかと呑気に考えた。
「¨¨¨¨別にいいか」
どちらにせよ間に合いそうにないかと受話器に伸ばした手を引っ込める。
変わりに、ポケットから煙草を取り出して火をつける。
そういえば、あの日もこんな日だったっけ。
どうやら既に酒が回ったようだと自分に呆れつつ笑うが、
まあ一人なら恥も書くまいとそれをやめはしない。
ーー
萩野の夢は船の上で働くことだった。
そんな漠然とした夢だが、理由は定かではなかった。
元々山暮らしだったから海に憧れたのか、それともたまたまみた漁船の番組だったからか。
はたまた、海で溺れていたところを助けてもらったからか。
ひとつ言えるのは魚が好きだからというのはないということだった。
生臭いの嫌いだしと一人ごちる。
と、まぁ、前者3種のどれかなのだろうけども、そんなことはどうでもよかった。
結局萩野は夢を叶えれなかったのが現実で、ああしたらよかった、こうしたらというのは後の祭りであって。
ならば現実を受け止めるしかない。
海上自衛隊、港湾勤務として、萩野は各種整備に当たることになっていた。
出来ることからこつこつと、続けていけば異動があるかもしれないと入隊時に言われて1年。
萩野はひたすら仕事に打ち込んでいた。
休みの日は自主トレはかかさず、酒、タバコの類いは全くなく。
遊びに誘われてもそれを断り続けてついた渾名は鉄の女。
それでも、萩野自身が顔も整っており、スタイルもよいと男受けのよい存在だったためか、手を出すやからは少なくなかったが、そのうちそれも月1程度に収まるようになってきた。
萩野自身煩わしい奴らがよってこなくなってよかったと思う反面同性の同僚からの反応が芳しくなくなったのは痛手だった。
まあ付き合いが悪ければそれは当たり前なのだけども。
その当時はそれが理解できていなかった。
その日も梅雨明け間近の駐屯地で、傘も指さずに小雨の中を立ちすくんでいた。
特に用はない。意味もない。
今日は休みで、傘を指すほどでもないがパラパラと雨が降ってるから自主トレも出来ず、勉強でもしようかと思ったが部屋の中では相部屋の同僚が宴会を開いてばか騒ぎをしている。
この様子では寮内はどこも同じようなものだろう。
かといって外に行く気も宛もなく、そのため何をするでもなくに雨に打たれながら港で海を眺めていた。
「女性がこんな日に傘も指さずに出歩くのは良くないな」
流石に肌寒くなってきた頃。ふと、後ろから声をかけられた。太い、男の声だ。だが気さくで親しみやすそうだと萩野は感じる。感じるだけだが。
「あなたには関係ないでしょ」
と、振り向きもせずに萩野は返す。
「そういうわけにもいかない。風邪なんて引かれた日には」
そこで彼は言葉を切る。
だが、待てども待てども次の言葉は来ない。と考えてここで男が気になっていることにきがついた。
ぶんぶんと頭を降る。いやいやそんなわけない。
まあでも、一度返したんだからきちんと聞かないと失礼かとも気になった。
「日には?」
ので、仕方なく。本当にいやいやだけども仕方なく萩野は振り返りながら聞き返した。
「俺の寝付きが悪い」
「ひっ!?」
眼前に迫った男の顔がそこにあった。
驚いて息が詰まる。そんなことより今おかしな声が出てなかったか?そんな考えとともにとりあえず離れようと脚を一歩後ろに下ろそう、として気がついた。
後ろに足場がない。
それはそうだ、港から海を眺めていてそこから動いてないのだから。
振り向いて一歩でも下がればそこはもう、
突然のことに片足の踏ん張りがきかない。落ちた片足に体重が持っていかれていた。
せいぜいあるはずもない救いの手を求めて右腕を伸ばしたくらいで。
「危ないっ!」
伸ばした右手を捕まれて、引っ張られてなんとか落ちてない片足が地面をつかんだ。
そのままぐっと勢いよく引っ張られて男の胸の中へ。
ぽすんと収まって抱き締められる。
「ごめんごめん、まさかあそこまで驚くとは思ってなかったんだ」
心臓がバクバクと爆発しそうなほどはねあがる。
息は荒く乱れて目元には恐怖でか涙が浮かんでいるのを自覚した。
それとは逆に、大量の酸素に落ち着く脳は冷静に状況を分析する。
抱き締められてるのはわかる。
密着してるのも不本意だがわかる。
男の体に自分の胸が押し付けられて形が変わっているのもわかる。
これらは全て助けてもらった不可抗力だから置いておくとして、いやそもそも原因はこいつか。
とりあえずだ、その片手で尻を触ってるのは許せない。
抱き止めた時のままとはいえ
「黙れっ!変態っ!」
とりあえず全部まとめて乗っけて、渾身の一撃をその頬にぶちかましても問題ないとは思う。
ーー
「提督ー?おーい、起きてんのかー?」
「んぁ¨¨¨¨」
誰かが呼ぶ声に萩野は目を覚ます。いつしか眠ってしまっていたようだ。
外を見ればすっかり晴れてしまった海が夕日を反射して赤く染まっていた。
「おっと、提督いたか。って酒臭っ!?」
「ああ¨¨¨¨摩耶か¨¨¨¨おはよう¨¨¨¨」
「おはようったってもう夕方だぞ。ほらはやく酒と煙草片付ける」
「ついでに摩耶も片付ける¨¨¨¨」
「こんなときに冗談はいらねぇから飯だってよ」
「んー¨¨¨¨摩耶¨¨¨¨」
「んだよ」
「¨¨¨¨あとで昔話したげよっか?」
「お前まだ酔ってるだろ」