萩野には悩みがある。
寝れないとか最近日増しに増えている体重とかそんなことではなくてーーいや後者は十分問題なのだけれども。
萩野にしては珍しく。それはそれはもう明日には矢どころか槍、隕石。
果てには深海棲艦ですら戦いを放棄する。
それほどに珍しいことなのだけれども。
恋に関する悩みである。
とは言っても別に萩野が告白されているわけでもなく、萩野が告白したいわけでもなく。
どちらかと言えば萩野が相談を受ける側なのだが、いかんせんこの女。明本提督は奥手だった。
「どーしたら飴子さんと付き合えるっすかねぇ¨¨¨¨」
「知らないよ、そんなこと」
萩野としては出来る限りの手段は尽くしたつもりだ。
慣れもしないデートプランを作ったり、わざわざ飴子に一日付き合って飴以外の好物や趣味を探ったりしたものだけれども。
結局のところが最後の最後で明本が踏み切れないせいで無駄に終わってしまう。
大体、と萩野は思う。
明本にしても飴子にしても鈍感すぎるのだ。
萩野だって過去、とある男に誘われたときに気がつくまで時間はかかりはしたが。それでも意図には気がついていたのだ。
ところがどうだこの明本は相談された手前。一応雰囲気を確認したりこうすればとか提案するのだが肝心の時になにもしないのだ。
飴子も飴子でそれとなく話題を振ってみるのだがどうやら全く気はがついていない。
「はーぎのーん!飴頂戴!」
バンッ!と勢いよく執務室が開け放たれて、件の雪見飴子が部屋の中に入ってくる。
廊下には申し訳なさそうに手を合わせる萩野の金剛が居たりするが萩野としてももう諦めている。
飴子は一緒にいる明本には目もくれず一直線に萩野にかけよって、当然とばかりに膝の上へ飛び乗る。
ぽふんと後頭部を胸に埋めて萩野に対して上目使いをするのは卑怯だと当の萩野は思う。
明本はと言えば驚嘆の表情を浮かべて萩野と飴子を見ている。
「はいはい」
これが餌付けの成果である。
引き出しにしまいこんだ飴を取り出して包装を解いてあーんと口を開けている飴子にシュート。
美味しそうに顔をほころばせている飴子を見ていると、しぜんに笑みがこぼれる。
「おいしー」
「食べたらあとで歯磨きね」
「ふぁーい」
「ずるい!ずるいっすよ!胸っすか!はぎのんの牛!牛乳!」
黙っていないのは明本だ。
ああもううるさい。
好きで大きくなったわけではないし、現状に対してどうしてこうなったとは萩野も同じことを思っている。
「飴子ちゃん。明本提督と大事な話があるから席はずしてくれるかな?」
「んー、いいよー」
にかっと笑ってぴょんと飛び降りる飴子。すぐに執務室から出て外にいる金剛と手を繋いで何処かへ行った。
「どういう!どういうことっすかあれは!なんではぎのんと飴子がくっついてるんっすか!話が、違うっすよ!」
「ふぅー¨¨¨¨」
明本が詰め寄ってくるが気にせず煙草を吹かす。
明本に関してはもう遠慮もなくなった。居ようが居まいが煙草を吹かして、その煙草はぽいっと執務机に投げおいた。
「わかったっす。はぎのんの真似をすればいいんっすね!」
さの煙草をさっとぶんどって明本は口に加える。
たしか明本は普段吸わなかったはずだが。
「げほっげほっ!?き、きっつい!」
「わかばだ」
予想通り明本は噎せこんだ。
あいにく萩野は今手持ちが心許ない。
故に煙草はいつものキャスターからわかばにダウングレードしている。確かにきついが、吸えればそれでいい萩野にとってはそこまで変わらない。
「貸せ」
だが煙草はもったいない。
明本から今吸ってるのを取り返してそれを吸い始める。
「間接キス¨¨¨¨」
ぽっと明本が顔を赤くするがやはり若いなと一人ごちる。
こういうのには気がつくくせにどうしてああも奥手なのか。
もっと積極的に成らないと。
「はぁー¨¨明本。もっと積極的になったらどう?さっき飴子が来たときにすぐに飴を渡すとかあったでしょ?」
「そんなのできるのはぎのん位っすよ!」
「えー¨¨¨¨そんなに難しい?」
「そうっすよ!お手本見せてくださいっす!」
はぁと、ため息を着いて、さてどうしたものか。
お手本とは言ってもさっきやっていたのが全部なのだが、とりあえず自分の気持ちを伝えるのを見せればいいのか。
だがこの馬鹿(明本)が真似できるとは思えない。というか絶対にできないのは以前のセッティングでわかっている。
「¨¨¨¨キスはしたことある?」
「飴子とっすか?それはないっすね!」
「そういうことじゃ¨¨¨¨いやいいや」
この鈍感。と胸のうちで一人怒鳴って。萩野は立ち上がる。
肩を掴み、明本をじっと見る。
可愛らしい顔立ちをしてる。
それこそ飴子と並んで歩けば髪質も背丈も似合いだろう。
だからこそ女同士とはいえ明本が望む関係にも萩野は応援したいし、なんとかしてはやりたい。
だが、さっきも伸べた通り明本は奥手だ。これができるとは到底思えないが、もう荒療治でもなんでもいい。
明本が飴子とくっつけば飴子が萩野の方に来ることもないだろう。正直飴子に好かれるのも疲れるのだ。
ゆっくりと過ごしたい。
「んうっ!?」
だからキスをした。
突然の、本当に突然のことに明本は固まる。
みるみるうちに顔が真っ赤になっていくのは見ていて楽しいが、今はそんなことより。
一度離してもう一度。今度はソフトではなくディープの方で。
息を吸い込もうと口を開いたときを狙ったから、唇の間に舌を捩じ込むのは容易だった。
舌を絡ませて、肩に置いていた手を背中に回して、逃げようとする明本を止める。
少なくとも明本は飴子一筋ではあるが、萩野自身にも一定の好感はあるように感じていた。
まあここで嫌われようとも特にダメージはないのだけども。
なんだか胸がチクリと痛むが煙草でも吸いすぎたかなと無視する。
口を離すと真っ赤にして膝から崩れ落ちそうな明本がいる。
しっかりと支えて耳元でそっと囁く。
「¨¨¨¨明本」
「な、なんっすか!いきなり、その、き、キスなんて!」
「どう思った?」
「¨¨¨¨悪い気はしないっすよ¨¨¨¨」
「そう?私は明本も好きだよ」
「うぇっっ!?お、おかしいっすよ!?どうしたんっすか!?」
「うるさいこのにぶちん」
はぁ、と何度目かのため息を着いて、
「明本に足りないのはこういう積極性だよ。別にこういうことをしろという訳じゃなくて何かが欲しいなら何かを捨てる覚悟がいるんだよ。飴子に嫌われたくないというのもわかるけどもそれじゃあ前に進まない」
「うぅ¨¨¨¨その、わかんないっすよ、やっぱり」
「私は今、明本に嫌われてもいいと思ってる。けどその分自分の気持ちをきちんと明本に伝えたよ」
まあ、嘘だが。
「¨¨¨¨わ、わかんないんでも、もう、一回、その」
「¨¨¨¨続きは飴子としなさい」
明本の提案を無下にして、ソファに座らせて、萩野は定位置の執務机に座ってふぅと煙草をふかす。
「当たって砕けろ。慰めるくらいはしてやる」
「はぎのん!」
「ほら、早く行っておいで。ちょうど飴子も来ていることだし」
「い、いやでも、その、雰囲気とか」
「いいから行け!雰囲気はもう自分で作れ!振り向かせてみろ明本!」
びくっと体を震わせて、口許を押さえながら明本は飛び出す。
これでようやく役目も終わりかと萩野は一人ごちる。
名残惜しい気もするけども、あいにく誰かを好きになって一緒にいたいと言う願望はまだ萩野にはない。
だからこそ明本が羨ましいのだけれども。今は成功を祈ろう。
ーー
後日談
結果はまだ聞いてはいないけども、実際にやったのかは知らないけども少なくとも二人で歩いてるのを見ることはできた。
どことなく明本はの動きがぎこちないのは見ていて少し笑ってしまった。
声に気がついたのか明本が萩野を見た瞬間に顔を赤くして背けたのがかわいかった。
「これでよかったの?」
「何が」
書類整理を手伝ってくれている加賀が言う。
「明本提督」
「明本提督とは何でもないよ」
「そう、でも、こんな写真があるのだけれど」
「ん?」
思わず目を疑った。そこに写っているのは萩野と明本のキスシーンか。
窓の外から望遠レンズでも使って撮影したのか、はっきりと二人の諸事が鮮明に写し出されている。
自分の顔が赤くなったり青くなったりするのが手に取るようにわかる。
「どういうことか説明してもらえるかしら」
「青葉ぁぁ!」
ここまでやって!こんなのを飴子に見られるわけには行かない!
まだまだ萩野が紛争しなくては行けないようだ。