提督と鎮守府と時々艦娘   作:sssn

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サボりと生真面目

日曜日があけて、気だるい月曜日。

その日の鎮守府は珍しく慌ただしかった。

執務室に向かうまで何人もの艦娘がえっさえっさとダンボールやら装備やらを運びながら彼、蜂須賀提督に会釈をしては通りすぎていく。

普段、特に最近であれば大規模作戦前にも関わらず皆が思い思いの場所で談笑や訓練に華を咲かせていたのだけども今日ばかりはそんなもの達は見当たらない。

流石に焦り始めたか?と様子をうかがったがどうやらそういうわけでもなく、今パタタタと駆け足で通りすぎていった駆逐艦は頭に三角巾をしてバケツ(馴染み深い緑ではなく青いポリバケツ)を持っていた。

 

「うーっす、はぎのんサボりに来たぞー」

コンコンと執務室の扉を蜂須賀提督が叩くが反応がなく首をかしげた。

気だるそうな声が返ってくるはずが珍しいことは続くものだとドアノブを掴み回す。

鍵は掛かっていなかった。

「はぎのん?」

顔だけ覗かせて中を見てみるが綺麗に整理された執務室には誰もおらず、主人不在の執務机にはいつものような山積みの書類さえも見当たらない。

「なるほど、鎮守府を間違えたか」

「んなわけないでしょサボり魔。ほんと提督っていうのは良いご身分ね」

ぽんと一人蜂須賀提督は手を打ったが合ってるわよと背後から声がかかる。

背後にいたのはここの鎮守府の主。

もとい、秘書艦の叢雲だった。

特徴的な頭の艤装がないにも関わらず他の艤装をつけてる叢雲がいるのは鎮守府多しといえどもここくらいのものだろう。

その手には近くのコンビニの袋が下げられている。そういえばもうすぐ昼飯時か。

「おう、叢雲。あいつは?」

「残念ながら今週一杯はお休みよ」

「ほー休みか……休み!?あいつがか!?」

「そ、あのあいつが一週間も」

蜂須賀提督が驚くのは無理もない。

自他共に認めるワーカーホリックで24時間365日不眠不休でマグロみたいに働き続けないと死ぬんじゃないかと冗談でも言われてる提督がだ。理由はなんであれ一週間も休む。

「おいおいおいおい、明日に世界が崩壊するよりも冗談きついぞ」

「残念ながらそれが本当なのよね」

と、叢雲は棚からファイルをひとつ取り出して蜂須賀に見せた。

そこには休暇申請書とかかれていて、確かに提督。萩野南月の名前と印鑑が押されていた。

「…………理由は?あいつが休むんだ。何か理由があんだろ」

「それは…………」

叢雲の表情が曇る。

まさかと蜂須賀提督は息を飲む。

いや確かに心当たりはありすぎる。

栄養バランスはガタガタ、煙草は吸うし睡眠時間は週合計10時間あれば多い方の萩野の事だ。

ついに限界が来たのかもしれない。

「……ぷっ。あっはははは!」

突然叢雲が吹き出して大笑いを始めた。

そこでからかわれていたのだと気がついた。

「あー……おかし…………。休ませたのよ私があの馬鹿を」

「心配させんな!本当にどうなったかと思っただろうが!」

「ごめんごめん。あ、そうだついでに頼みがあるんだけど」

と、叢雲は持っていた袋を蜂須賀に押し付けると立ち去ろうとする。

中にはアルミホイルにくるまれた三角形のものと小さなタッパ。それとなぜかマスクと手帳サイズの紙切れが一枚。

その紙切れには叢雲の手書きだろうか。綺麗な直線で地図がかかれていてココと記してある。

「ほんとは私が届けないといけないんだけど急用でね。暇なら持っていって様子見といて」

おい、と引き留める間もなく叢雲は角を曲がって見えなくなった。

伸ばした手が宙を掴む。

「しゃぁねぇなぁ……」

 

乗り掛かった船だ。

それにあいつの自宅にも興味がないと言えば嘘になる。

 

 

 

 

暑い暑い。

セミの大合唱が鳴り響くこの時期にサボりに来た俺がなぜこんなことをと今更ながら引き受けてしまったことを蜂須賀提督は悔いた。

場所は鎮守府から歩くこと15分。地図上ではただの直線なのだけれども今目の前に見えているのは長い長い坂道だ。両脇に植わった木々がまだ安らぎを与えてくれてはいるが、照り返した日はじりじりと蜂須賀の身を焼いた

ようやくたどり着いたかと思えばそこは昔ながらのワンルームマンション。なお8階建て。

蔦が外壁に絡まりついて所々覗いたコンクリートが中々に年代を感じさせる。

来た道を振り替えると大きく開けた視界。海と陸の境界上に鎮守府が見え、近くには使われなくなって久しい海上自衛隊の基地が見える。

そういえば萩野は元海上自衛隊だと言っていたか。あの様子だとその頃から変わっていないのかと目の前のマンションに住む理由を想像した。

おおむねそれはあっているだろう。

看板には極安の家賃での入居者募集とかかれている。

さてそういえば部屋番号を聞いてなかった。

と思ったが入り口脇の共用ポストが異様な事態になっていた。

端的に言えば新聞が詰まって溢れ落ちている。

ぱっと目についたものを拾い上げてみるとそれは3年前の日付であって。いつから放置してるんだと呆れ返る。

それとマンションの外観を合わせるとまるでここだけが3年前からタイムスリップしたと言っても信じられる。

で、件の部屋番号はとその膨れ上がっている標識をみれば掠れてはいるが油性マジックで確かに萩野とかかれた標識が見つかった。

807号室。

「なるほどな、意外にかわいいな」

と、ぽつりと蜂須賀は呟いた。

さて、部屋番号もわかったことだしと蜂須賀は奥へと進む。

このご時世、エレベーターが着いておらず階段を利用するはめになったのは少し辛い。

 

ぜえはあと息を切らした先に見えたのは今度は長い廊下だ。

それも端から端までの扉の数を数えるとちょうど7。

「訂正。性根悪いだろあいつ……」

階段のない最上階の角部屋だからこそ安かったからなのだが今となってはそれはもう関係ないことか。

ようやくたどり着いた扉の前で、息を整えて呼び鈴を鳴らした。

ジリッ。一瞬だけ音が鳴って離した途端に音は消える。

「…………」

押し続けるやつかと気がつくまで一拍。

とてつもなく自分はものすごいところに来ているのではないかと蜂須賀は不安になる。

改めて今度は一秒ほど押し続けた。

部屋の中からはガサゴソと何やら音が聞こえるから在宅ではあるようだ。

 

「おっすはぎ」

扉が開いてすぐに閉じた。

ガチャリと鍵がかかる音までする。

「いやいや、まてまて」

ドンドンと扉を叩くが反応はない。

「叢雲から届け物持ってきたんだけど?」

「…………」

その言葉にガチャリと今度は鍵が空いて、少しばかり彼女が顔を覗かせた。きちんと誰が来たかわかっているのにも関わらずチェーンをつけている辺りが彼女らしい。

部屋の中が暗いからか、普段から酷い目元の隈がよりいっそう深く見える。

いや、違うか。これが素なのか。

「そこに置いといて。あとで拾っとくから」

抑揚の無い低い声。

その声音からはなんでお前が来てるんだという隠しもしていない本音がひしひしと伝わってくる。

「そうもいかないかな?誰かに持っていかれて怒られるのは俺だし。とりあえずさ、あっついこの炎天下の中、坂上がって階段上がってきたんだ。少し位涼ませてくんない?」

「…………なにもしない?」

「しないしない。誓う」

はぁとわざと聞こえるようなため息が彼女から聞こえると一旦ドアが閉まり、カチャカチャと音が聞こえてきたかと思うとその扉が開け放たれた。

「……上がって」

「んじゃあ、お邪魔します」

明らかに歓迎されては居ないがそれはそれ、これはこれ。

少しばかりの役得。強いていうならば鎮守府で絡んでいた時には見れなかった面白い反応の二つや三つ、四つは貰わないとわりに会わない。

遠慮もせずに蜂須賀は敷居を跨いで、

「!?」

慌てて外に飛び出した。

臭い!煙たい!喉が痛い!暑い!

兎に角様々な情報が味覚と嗅覚と痛覚で玉突きの交通事故を引き起こしていた。

あまりの刺激に思わず涙が出てくる。

振り替えると普段からずぼらな萩野は首をかしげて惜しげもなくその白い四肢を露出させて玄関先に立っていた。

違うそこじゃないと蜂須賀は頭を振る。

「なんだその煙は!」

「ああ、煙草」

いやまさか、もうもうと玄関から漏れ出てくるこの煙が全て副流煙かと信じられない光景に能が考えるのをやめた。

そのためのマスクかと気がついたのは後のことで、蜂須賀は覚悟を決めて部屋の中に飛び込んだ。

 

--

「あー…………ひっでぇ…………」

窓という窓を全開に開け放ち、台所もバスルームもトイレも使える換気扇は全て作動させてようやく蜂須賀は一息ついていた。

一方の萩野と言えば部屋のすみ、クローゼットの前でぼーっと立ち尽くして蜂須賀の様子を眺めていただけだ。

くんくんと蜂須賀が自分の服を嗅いでみたがもう汗だか煙草だか臭いが混ざりあってもうよくわからない。

よくこれで生活できるもんだと部屋を見渡して、

「あれ、意外と部屋が片付いてるな」

「じろじろ見るな」

物がないことに気がついた。

テレビとかそう言った類いがないことは元より予測済みだった。

しかし今見渡した限りではごみとか下世話な話が脱ぎ散らかしたものが散乱していると思っていたがあるものと言えば黒い布を掛けられ目隠しされた四角いなにかと机と書類が詰まった本棚くらいか。

部屋自体はさっき換気するときに確認したが、ワンフロアの台所と風呂トイレ別のよくあるタイプのものだ。だから実は他の部屋はごみだらけというわけでもない。ならば、

「……」

「こっちを見るな」

「いや意外だなって」

しかし、こうみるとほんとに萩野はスタイルはいいのだと再認識する。

普段は着込んでいるからわからないがタンクトップにホットパンツという出で立ちだと否が応でもその凹凸は目に入る。

提督業で鈍っているのかと思ってはいたがそうでもないことに驚くが、

「E……いやF、Gか……?」

「死ね!」

ぽつりと呟くと萩野が顔を真っ赤にして殴りかかってきた。

だが遅い。

いや、いつものスピードと比べてキレがない。

伸ばされた拳を受け止めると今度は中段蹴り。

これも見える。拳を掴んだ逆の手で止めてひょいと持ち上げると身長差でか軽々と軸足が浮いてそのまま押し倒した。

みるみるうちに赤は青へ。

表情が一気に強張っていく。

「なんもしないって言ったでしょはぎのん」

からかうのは楽しいが別に怯えた表情が見たいわけではない。

ぱっとすぐに解放して部屋の隅へと移動する。

「入れなきゃよかった……」

「今さら遅いなぁ」

 

はっはっと笑うがさて、元々は倒したあとにクローゼットの中でも拝見しようかと思っていたがこの様子だと開けない方が良さそうだと蜂須賀は判断する。

「で、俺が聞きたいのはなんで片付いてるかとかじゃなくてな。体調は大丈夫なのか?」

「……なんで答えないといけない」

「なんで、って言われてもなぁ。これでも心配なんだよ?休みだって割にはいつもより隈が酷いし。どうせ食べてないんじゃないの?」

「…………」

こくりと萩野は頷く。

「だろうな」

ほれと蜂須賀は叢雲からの届け物を押し付けるように渡した。

中身はおにぎりと簡単なおかずか。

そんなもんだと思っていたら案の定だ。ごみのひとつも落ちてなく、ふと机の上を見ると参考書と共にノートが一冊開かれてびっしりと何かが図解付きで書き記されているところを見ると休みだというのに勉強しているようだ。

確かに勉強も休みにすることのひとつだとは思うのだけれども少しは本当に気分転換でもしないと意味がないのではないだろうかと蜂須賀は考える。

「……何か?」

「いいや?」

萩野は萩野でもしゃもしゃと小動物か何かのようにおにぎりをもって少しまた少しとゆっくり食べている。時折睨むように蜂須賀のことを見てはまたおにぎりに視線を落として

「お茶でも入れようか?」

「…………」

萩野はふるふる、と首を横に振る。

少し租借してはかじり、飲み込んではかじり。

普段スピード飯を飲みこみながら書類と格闘してる姿とは対照的だ。

普段からこうゆっくりとするべきなのだ。

まあ心配はなさそうだが度気になったものは二度三度とその度に心配事を増やして戻ってくる。

「はぎのん」

「はぎのん言うな」

「はぎのん」

「言うな」

「はーぎのーん」

「…………何だ」

 

「普段の休みもずっと勉強?」

「そうだけど、悪い?」

「その服装で?」

「そう」

「遊びにとかは」

「行かない」

ふぅむと蜂須賀は唸って腕を組む。

ちょうどいいしと煙草を加えて火をつけると同じように萩野も吸い始めた。

二人してぷかぷかと何を話すわけでもなく紫煙を曇らせてどうしたものかと思案する。

「よし、サボろう」

萩野が再び勉強の続きを行おうとしていたから蜂須賀はその腕をつかんで引っ張りあげた。

きょとんと驚き半分恐れ半分の表情で萩野は

「私に触るな」

と威嚇をするがいつものような暴力は飛んでこない。

「サボりだサボり。そんな勉強とか仕事とかしがらみも全部捨てちまえ」

「いや、それは」

「はい決定ーというか上官命令ー。さぼれ、俺についてこい」

 

子供かと萩野は返すがため息をついて化粧だけさせてくれと蜂須賀に頼んでいた。

日は少し傾き始めた午後3時。

図らずしもデートが始まる。

 

 

 

「とはいっても行くところなんてなんにもないけどな」

適度な距離をとって二人はならんで歩く。

階段を降りて坂を下って、結局鎮守府近くの港まで足を運んでいた。

というよりかは蜂須賀も街中のことをよく知らない。

主要施設は知ってはいるが上手い定食屋とか穴場の駄菓子屋とか

どう考えても萩野が興味なさそうなワードしか出てこない。

そんなところを連れ回してもなぁと思って出てきたのは結局ここだった。

やはり紫煙を曇らせてぼーっと海の方を見る。

ちょうど帰還したであろう艦娘達が二人に気がついて遠くで手を振っていた。

「羨ましい」

ぽつりと萩野が呟いた。

それは潮風に流して海に溶かしてしまってもよかったけども、

「何が?」

思わず聞いていた。

よくよく考えれば萩野のことはよく知らない。

男嫌いで本来であれば近づいただけで威嚇してくる、生真面目で常にエンジンが入りっぱなし。

それくらいの認識だった。

だからそういう羨望を口にできるとは思ってもいなかった。

「皆が。私も同じように戦えたら」

ぎりっと歯を食い縛る音が聞こえる。皆というのは艦娘か。

だがそれは無理だ。提督は人間で。つまり彼女も人間で。

そもそもの土台が違う。

「違う。私は人間じゃない」

とんっと軽やかに飛び上がる。

突然の奇行に蜂須賀はただただ驚くしかない。

何故今こいつは飛び込んだ。

手を伸ばすがそれでは到底届かない距離に彼女はいる。

「萩野!」

思わず声を荒げる。身投げかと思ってしまってもそれはしかたがないことだ。

「私は艦娘だ」

海面に彼女は立っていた。

艤装もなしに。

いつの間にか後頭部でぼさぼさの髪を纏めて、不恰好なポニーテールにしていた。

蜂須賀はそいつを知っている。

『萩野』ではなくその艦娘を知っていた。

「既に体を壊して戦えなくなったスクラップだ」

自傷気味に笑う彼女が痛々しい。

戦えなくなって、彼女は自分の存在に意味を見いだせなくなっていた。

だからがむしゃらに全部忘れようと働いていたのかと納得した。

それと共に怒りがわいてくる。

少なくともそこにいる自分をスクラップと呼ぶ馬鹿に対してか。

「いやお前はスクラップじゃない。なんにも使えないただの産業廃棄物だ」

不器用すぎるんだ。手の抜き方も知らない。

だからなんにも再利用もできない。確かに提督としては動けるようになっているだろうが、万が一の時に倒れてしまうような不安定な偶像には誰もついていきたくない。

我ながら面倒なことに首を突っ込んだものだとため息が出る。

「早く上がってこい。嫌だと言っても無理矢理連れ回してでもお前に最高のサボりを与えてやる」

 

ガス抜き位なら幾らでもやってやる。

 

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