彼女等は戦場へと向かう。
装備を確認し、戦うべき相手を見定めて。
効果的な道具を用いて奴等と戦う。
そう、ここは戦場だ。
気を抜けば即座に死人が出る。
それだけはなんとしてでも避けたかった。
彼女、黒花提督は額に浮かぶ汗をぬぐい、相方の自分とよくにた彼女。萩野を横目で様子を確認する。
真剣な眼差しはじっと手元の資料に固定され、まるで親の仇でもみるかのようだ。
「……」
「……」
口数の少ない彼女等は多くを語らない。
ただ二人に共通しているのは誰も死なせはしない。
そのための用意を黒花提督はしたつもりだ。
ぴちょんと水滴が落ちて、図らずともそれが開始の合図となった。
「待ってください!分量!分量をよくみてください!」
「……はい」
ここは戦場。
女の戦場。
いつ上がるともわからないごうごうと燃え上がる火の手に震えながら彼女等は進む。
「それじゃあ始めましょう。クッキー作り」
「よろしくお願いします」
さて、話を少し戻そう。
時刻は13時。日も高くなってそろそろお昼にしようかと考える家庭も多いこの時間に萩野は炎天下を歩く。
海沿いはまだ冷やされた潮風が体の熱を適度に取ってくれており比較的過ごしやすかった。
それでも熱いものは熱いし汗で濡れ張り付いたカッターシャツを引っ張り不快感から逃れようとしながら萩野はとある鎮守府を探していた。
その手には大きなどこぞのみどりのコンビニの袋が下げられている。
「ここか……」
例のごとくと言うべきか。萩野はそこまで人付き合いが良いわけでない。
こうして他人の住居を『私用で』訪ねる事など滅多にない。
だからこそ緊張する。
掌が微かに汗ばみ、持っていた袋が滑り落ちかける。
それを握り直して彼女は玄関へと歩を進める。
今日この時間に来るというのはここの主にあらかじめ伝えておいた。
インターホンをならして深呼吸。
頭のなかで想定したやり取りを反芻して大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「い、いらっしゃい」
ガチャりと音を立て玄関が開き、主人の蕾黒花が姿を表した。
そちらも緊張してるのか舌を噛んだようですぐさま引っ込んでしまった。
扉が半分空いた状態だから入ってもいいだろうか?と思いはしたが入っていいよとも言われてないので萩野はそこで暫し待機する。
「あ、あの。入らないんですか?」
「え、あ、お邪魔します」
そのやり取りが起きるまで約15分。
項垂れるほどの暑さに辟易しながらも萩野はじっと待っていた。
さて、二人の出会いは更に時を遡って2週間前のことだ。
大本営で定期的に行われる会議に出席したのち帰ろうかとしたときに萩野が絡まれたのが原因だ。
まあいつものように男に絡まれていたので適当にあしらっておけば問題なかったのだが今回ばかりは違った。
余談ではあるがつい最近、同じように絡まれて対処不可能になった二人の提督がいるためそろそろ本気で武力行使に移ろうかと考え始めている。
--閑話休題。
で、絡まれた相手というのがやはりというべきか提督だ。
どこの鎮守府の所属かはわからないし興味もなかったが艦娘が制服を着て提督の真似事とはなにごとだと絡んできたのだ。
まあ半分正解みたいなものなのだが、萩野は昔矢矧として所属していた時期がある。
一応軍事機密であって公言もしていないのだが丁度1年ほど前、萩野が提督として復帰した際に艦娘矢矧も配備されるようになった。これがまた萩野が矢矧だった頃のデータを元にしているためかよく似ているので間違えるのも仕方ないのだが、おいそれと公言するわけにもいかずにはぁそうですかと応対していた時に救援に駆けつけたのが黒花提督だった。
その時の他の提督の反応から察するに結構な有名人らしい。それも悪い方面に。
まあそんなこんなで黒花提督とのパイプラインを確立し、所用が出来たためにこうして萩野は訪れていた。
時は戻って冒頭の事件の少し前。
応接室もとい執務室に通された萩野は黒花に進められるがままに煙草に火をつけて人付き合いが苦手なもの同士談笑に花を咲かせることもできず悪戯に煙草だけを消費していた。
話を切り出すタイミングがわからない。
表情を伺ってみても片目を隠した黒花の表情を読むことが難しい。
それは黒花も同じようでたまに目線があっては互いに目をそらす。
黒花からみた萩野も目元に大きな隈を作り割りと目付きが鋭い方の萩野には抵抗がある。
動いたのは互いに数本吸いきって火を消したとき。萩野が動いた。
「今日はお願いがあって……」
お願い。
そう、それが用件だ。
互いに提督である。
黒花が考えたのは演習か、出撃時の援軍か。
どちらにせよその二つであるならばすぐさま断ろうと考えていた。
それは黒花の艦隊の都合でもあるし、萩野のためでもある。
個性が強すぎる艦隊を混ぜるとどうなるかわかったものではない。
「……お菓子作りを教えてください!」
意を決して萩野は頭を下げる。
「……は?」
と、惚けた声を出したのは黒花だ。拍子抜けの願い。
想定の範囲外。
思考の外からの砲撃に完全に頭が止まる。
「その、うちの艦隊と他の艦隊とで競争してMVP取った子には願いをひとつ叶えるとか言っちゃって……そしたら本気にして……その……私が作ったお菓子が食べたいって……」
「いや、いやいや待ってください。お菓子、ですか?」
こくこくと萩野は頭を振る。
「お願いするに当たって手土産も用意してます!」
と、萩野は持っていたコンビニの袋を二つ机の上に置く。
片方には小麦粉や卵や牛乳が。
もう片方には見知ったパッケージ。
ラッキーストライク赤マル。キャスター。セッタにホープピースわかばまで揃えてある。
それらが一箱ではなく2カートンずつ。
そう黒花には見覚えがある。というかこれらすべてが黒花の艦隊が吸ってる煙草ではないか。よくよく見ればご丁寧にもタール数までドンピシャだ。
そこはかとなく困り顔でいる萩野が少し末恐ろしく感じると共にプライバシーが破られてるかのような違和感も感じる。
「いやいや、こんなの受け取れません!」
「お願いします」
「ああ、もう、そうじゃなくて!教えます!教えますよでもこんなにも貰えませんよ!」
二人してキョトンとする。
暫しの沈黙が流れたあとに緊張の糸が切れたのか萩野がぐでぇ、とソファーの背もたれに体を預けた。そして跳ね起きて、
「いえいえ、貰ってください」
「貰えません」
再び押し付けあい。
向かい合ったテーブルの上で煙草達があっちへいったりこっちへいったり。
最終的には騒動を察した黒花の艦娘達が押し掛けて、それに無理矢理萩野が煙草を押し付けてその騒動は終了となった。
そして再三飛んだ時間は現在。
黒花は萩野の実力を垣間見た。
お菓子作りは初めてと聞いて簡単なクッキーを選んだつもりだった。
見誤っていた。その腕を。
簡単な料理くらいはできると踏んでいた。
「」
「」
そこは戦場。死屍累々。
よくある話で洗剤を入れたり砂糖と塩を間違えた。等がなかったのが救いか。
少なくとも今現在食べることができるものは出来た。二人してつまんで、艦娘達にも食べてもらい満足がいけるものは出来た。
だがしかし、そこまでの道程は筆舌に尽くしがたい。
卵を割れば力加減を知らないのかそのまま殻ごと投入してしまったりそもそも割れなかったりひどければぐしゃりとプラスチックのボウルが宙を舞った。
生地を作ろうとすれば萩野が持ち前の大雑把さをご丁寧にも披露し適当分量によりボウルから溢れたりその度に最初からやり直しになった。
そしてやり直すこと幾度か。
少なくとも人間一人の指の個数を越えた頃ようやく完成した。
時刻は日付が回って午前一時。
ゆうに10時間を越える製作時間のクッキーは
「「普通」」
可もなく不可もなく。当たり障りのないプレーン味が出来上がっていた。
流石に黒花も疲れたし、夜も遅いから作業は明日にと言おうとしたが萩野は黙々とラッピングの作業に移っている。
料理と違って萩野の手は淀見なく動きクッキーを小分けに包んでいく。
思い出されるのは目元の隈だ。
大方ずっと寝ていないのは予想がついた。
「なんでクッキーごときで頑張るんだ?」
「んー?まあどうせ帰ってもみんな寝てるしねー。それに作るよって約束したし」
度重なるアクシデントを乗り越え、二人とも気がついたときには敬語をやめていた。それが当然だと思っていたし、何も言わない。
「皆か……。なあ、南月はうちの艦隊を見てどう思う?」
「どうって、戦力のバランスとして?それとも仲間として?」
「いや、怖いってよく言われるからな」
「あー……まあ見てくれは怖いね確かにね」
まあその感想は当然だと黒花は思う。殆どが爪弾きにされたか落第の烙印を押されてやさぐれた者達だ。
正直なところを言えばなんども萩野には冷たい視線が突き刺さっていた。
それは外部の人間だからだろう。
「でもそれは私がとやかく言う問題じゃないでしょ。んーそうだなぁ……良い艦隊だと思うよ。提督と艦娘との信頼関係も出来上がってるし。昔落第者だった私からのお墨付きをどうぞ」
萩野がぽいっとなにかを放り、慌ててそれを黒花は落とさないようにキャッチする。
くしゃっと乾いた音と共に手の中に落ちたのはさっきまで萩野がラッピングしていたクッキーだ。
落下の衝撃でせっかく綺麗に作った円形がまっぷたつに割れてしまっている。
「料理してるときもそうだったけど、ほんとに大雑把だな」
「はっはっ。食べれば関係ないさ」
そう笑うと萩野はすとんと黒花の横に座る。
ここは台所だけども適当な瓶でも灰皿代わりに二人は並んで煙草に火をつける。
二人して煙を吸い込んでふぅーと詰まっていた息を吐く。
「私は羨ましいよ?黒花の艦隊がさ」
「怖いと言われるのがか?」
「まさか。それにこんな隈作ってこんな目付きしてたら私も怖いって言われたことはままあるさ」
「違いないな 」
「結局、どう思われようが自分が良ければ良いんだっていうね」
でもと黒花は言葉を濁す。
言うべきか言わないべきか。
顔をうかがうと晒された片目がキョロキョロと辺りを見渡している。
「ただ、その……こんなナリでうちの艦隊もあんなのだから怖いって言われてな……そ、その……友達が……」
「?」
恥ずかしそうに言う黒花。
しかしそれが萩野には理解できない。
キョトンとした顔で彼女をじっと見る。
「……くっ、あははは!」
そして理解して堰を切ったかのように笑いだした。
慌てたのは黒花だ。
突然笑いだした萩野は何が面白いのか目元に大粒の涙を浮かべている。
「あー……ごめんごめん。いや……ふふっ。そっかー友達が居ないかー」
「わかってはいたけど他人に言われると辛いぞ」
「いやークッキーじゃわからなかったかー」
すっと萩野は黒花に向き直り、手を差し出した。
数秒かけて黒花は意図を理解した。
それと同時にこの人はこうなんで真顔でそんなこと言うのかと思う。
「よろしく黒花」
「よろしく南月」