アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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act11 遭遇

 ユニス・ヒューティアは《エスカリオン》を地上に着陸させるとコックピットを開き、地球の地に降り立った。慣れない地球の重力に逆らって立ち上がると風が吹き上げ、彼女のポニーテールに纏めた栗色の髪をなびかせた。

 

「ここが地球……」

 

 ユニスは静かに呟くと胸を張って深呼吸した。ここが敬愛するアセイラム姫が憧れた地球。確かに美しい星だ。だが、この地に平和のために降り立った無防備な姫殿下は一方的な暴力を向けられ、なすすべなく命を落としたのだ。そう思うと込み上げてくる怒りに任せ、この街を焼き尽くしたいという暴力的な衝動が沸き起こる。

 

 もう一度深呼吸して気持ちを落ち着けたユニスは新芦原市の市街地を歩き出した。綺麗な街並みは先の戦闘の傷跡が刻まれ、ユニスの《エスカリオン》のソニックブームで多くの建物のガラスが砕けている。アセイラム姫を歓迎するために掲げられたヴァースの国旗と日本の国旗が未だに虚しくはためいていた。

 

「ここか……」

 

 テロのあったメインストリートに出るとそこは未だに封鎖されていたが、立入禁止のテープをくぐってユニスは破壊されたリムジンのあった位置に近寄った。

 

 残骸はあらかた撤去されているが、ミサイル攻撃による生々しい跡がクレーターのように残っている。どうして私は彼女を止めなかったのか。もしくはついていてあげることができなかったのか。ユニスは自らの行いをひどく悔いた。

 

「姫殿下……」

 

 知らぬうちに涙腺が緩み、堪えていた涙が溢れそうになる。ユニスは空を見上げて涙を押し留めるとその場を立ち去ろうとした。ここにはもう、何もない。

 

「動くな」

 

 若い男の声が突然、ユニスの耳を突き抜け、心臓が跳ねる。いつの間に後ろを取られていたのか。背後からアスファルトの上に散った砂粒を踏みしめる音が聞こえる。人がいることを一切考慮していなかった自分の不用心さと慢心を今度は悔いることになった。

 

「両手を上げて跪け」

 

 男は短く命じる。規則的な足音、誰かが近づいてきた。

 

「大丈夫、抵抗しなければ危害は加えないわ」

 

 今度は若い女。二人いるのか。だが……

 

 ユニスの腕を取って拘束しようとした女の手首をユニスは掴むとひねり上げる。が、女ももちろん警戒していたようでユニスを突き飛ばして足払いをし、ユニスを地面に叩き付けた。

 

 ユニスは受け身を取りながら倒れ込み、女の膝を蹴りつけた。女が短く悲鳴をあげて転がる中、ユニスは持ち前のバネで跳ね起きる。が、男は間合いを取って短機関銃の銃口をユニスに向けていた。撃たれる──!そう思ったが、ユニスは咄嗟に低い姿勢のまま突進した。男は顔を強張らせて銃を構えたまま硬直している。

 

 男の持つ短機関銃を掴んで男の外側に向かって捻りながら膝蹴りを鳩尾へ叩き込む。

 

 男が呻き、短機関銃を手放した。ユニスはそれを奪うと迷うことなく引き金を引く──

 

 しかし撃発されない。安全装置がかかっている。ユニスが初めて見る短機関銃を操作する前に男の肘打ちがユニスの腹に打ち込まれる。

 

 今度はユニスが呻く番だ。仰け反ったユニスの腕を男は恐ろしい俊敏さで絡めながら背後を取り、絡めた腕を背中で()めてユニスの襟首を掴んで引っ張る。極められた腕はどうもがいても離せなかった。男はそのまま体勢を絞り、ユニスを地面に押し付ける。

 

「くっ……!」

 

「動くな。その腕、へし折るぞ。――大丈夫か、界塚准尉」

 

 言われなくてもユニスに身動きは取れなかった。地球人に地面に組伏せられていることが酷く屈辱的だった。

 

「平気です。すみません」

 

「いや、俺もびっくりしたよ」

 

 男は軽く咳き込んでユニスの腕をそのまま後ろ手に結束バンドで巻き締め、ユニスの腕を拘束する。

「まったく……火星のレディは皆、こんなに気が強いのかい。男どもは大変だな」

 

 男はそう言いながらユニスを立たせ、ユニスと向かい合った。

 

 短機関銃を構えた野戦用の森林迷彩のフライトスーツを着た二十代の男が厳しい目線でユニスを見下ろしていた。ダークグレーのカタクラフト用のパイロットスーツを着たユニスとそう年も変わらない女がその横で立っている。虜囚の受ける苛烈な拷問の話をユニスは思い出し、思わず喉を鳴らす。

 

 今ほど自分が女であることを悔いたことは無かった。

 

「くっ……殺せ」

 

「火星はもちろん加盟していないが、こっちにはジュネーブ条約というのがあって捕虜は虐待できないんだ」

 

 男は肩を竦めてそう言うと、界塚と呼んだ女にボディチェックを命じた。女がユニスの体を探ろうとする。

 

「地球人が私の体に触れるな」

 

「何が地球人だ。火星人だろうと地球人だろうと同じ人間だ。それとも君らは進化したっていうのかい」

 

「我々はアルドノアの威光を受け継ぎ、地球人とは一線を画す種族だ。地球人と一緒にするな」

 

「自分たちの力で作った技術でもないものが扱えるからって良い気になって調子づいてるだけだろうが。おもちゃを取り上げられたらただの無力な、同じ血の通った人間だよ」

 

 どこかで聞いたことのあるようなニュアンスの言葉が含まれていてユニスはそれ以上反論しなかった。女がユニスの腰の拳銃を回収する。

 

「そもそもなぜこんなところを呑気にほっつき歩いていた?」

 

「貴様たちには関係のない話だ」

 

「おかしな行動をしているよな。ここは敵地だ。地球人を侮りすぎて慢心したのか」

 

「黙れ!貴様……」

 

 そこまで声を荒らげて安い挑発であるということに気付いた。

 

「君はあの白いカタクラフトの搭乗員だな?」

 

「……、」

 

「降りてくるのも見てたんだ。よくもやってくれたな」

 

 ユニスが沈黙していると男が言った。よくもやってくれたな、という言葉に一瞬身構えるが、この二人は復讐してやるぞという気持ちは無いらしい。

 

「命だけは助けてやっただろう」

 

「ほう、あれは慈悲だったのか。あのダンゴムシとは違ってえらく優しいな。あいつは民間人、それも年端もいかない少女をいたぶって追い掛け回してたぞ」

 

「ダンゴムシ……?ニロケラスのことか。ふん、確かに私もあの男と一緒にされたくはないな」

 

 ユニスが言うと男は何かを考え込んでいるようだった。

 

「火星人もやっぱり一枚岩じゃないんだな。あいつは一体どうなってるんだ。なぜ弾が通らない」

 

「利敵行為などしないぞ。確かめたければ自分で確かめることだな」

 

「どうするんです、篠原大尉」

 

「一尉だ、界塚准尉」

 

 篠原なる男は再びユニスを見た。

 

「君を解放してやってもいい。だが条件がある」

 

「篠原一尉?」

 

 界塚は先に話し合っていたわけではないようで驚いている。

 

「なんだ」

 

「民間人の移動を認めてもらいたい」

 

「移動?」

 

「戦闘地域内及び新芦原から脱出する民間人に対し、攻撃を加えないでもらいたい。移動中は双方の戦闘行為及び軍事行動を一時的に停止する」

 

「……民間人だけだな。それについては私もやぶさかではない」

 

 ユニスにとっても無辜の市民が戦闘に巻き込まれるのは避けたかった。それにもし約束を反故にされてもユニスは痛くない話だ。

 

「交渉の余地ありと見ていいな?」

 

「それくらいだったら構わない。私が話を付けよう」

 

 ユニスは二人に連れられて《エスカリオン》のコックピットに登った。

 

「凄い機体だ。カタクラフトが戦闘機並に飛ぶなんてな。撃ってきたのはレールガンか」

 

 男はユニスの愛機の様子を見て呟いている。

 

「余計な場所を触るな」

 

「捕虜が言える立場かい。まあ、そうだな、うっかり変なところを触ると消滅してしまいそうだからやめておくよ」

 

 篠原はそう言うとユニスの両手の拘束を解いた。しかし、短機関銃の銃口を油断無く向けている。

 

「妙な真似をしたら撃つぞ」

 

「通信中はややこしくなるから口を出すな」

 

 それだけ言うと《エスカリオン》を起動した。通信をトリルランに繋ぐ。

 

「トリルラン卿」

 

『なんの要件ですかね、ヒューティア卿』

 

 トリルランは相当苛立っているようだった。

 

「地球軍側から交渉があった。民間人の移送の安全を確約してもらいたいとのことだ」

 

『ヒューティア卿、一体何を言っているのですか。なぜ我々が劣等人種と交渉する必要が?』

 

「非戦闘員の損耗は避けるべきだ」

 

『地球軍側からの接触とは?ヒューティア卿、今どこにいるのです?』

 

 ユニスは渋った。捕虜になったことを伝えても、地球人もろともユニスを始末しかねない男だ。

 

「それについては説明できない」

 

『ヒューティア卿、よもや劣等人種どもに与するおつもりですかな。このトリルランもそれは見過ごせませんなぁ』

 

「そのつもりは毛頭ない。だが、トリルラン卿。我らは騎士だ。その精神に恥じぬ行動をすることだ。もし卿がその精神に反するば私も容赦はしないぞ」

 

 ユニスはそう言うと無線を切って、拳銃を向けていた二人の地球軍兵士を見上げる。

 

「素直に捕虜になったと説明しないのか」

 

「あの男は私が捕虜になったと聞いたら喜んでまとめて始末しに来るだろう」

 

「交渉決裂か」

 

「そのようだな」

 

 ユニスはその銃の引き金が引かれることを覚悟したが、それはなかった。

 

「残念ながら解放はできないな」

 

「ならさっさと殺せば良いだろう」

 

「いや、君はまだ利用価値がありそうだ。悪いが、捕虜になってもらう」

 

 

 

 

 篠原は《エスカリオン》が跪く道路から少し離れた位置にあるデパートの立体駐車場にいた。偶然か運命か、ここはあのパレードにミサイルを撃ち込んだテロリストの車輛があった場所だった。車両が自爆したことで発生した火災で立体駐車場にはゴムなどの化学製品が焼けた臭いが未だに残っている。

 

 今のところ、火星騎士の女は大人しくしているが、いつ何をするのか分からない。時限爆弾を見る様な目でしか見れなかった。

 

 だが、よく見ていると端整な顔立ちだ。栗色のほつれもない髪をポニーテールに纏めており、背丈は界塚と同じくらいで女性にしては身長が高い。界塚と同年代だろうが、雰囲気は彼女の方が大人びていた。

 

 篠原は近くのデパートのバルコニーで双眼鏡を使って紫色の火星カタクラフトの動向を追っていた。あの火星カタクラフトは何かを探しているらしく、街の中を、特に北地区をうろついている。あの周囲には学校があり、守住三曹ら民間人が学校に逃げ込んでいる。日比谷准尉が救援を要請しているが、まだその救援が高校にたどり着いた様子はなかった。

 

 火星カタクラフトに向かって何かが飛んでいくのが見えた。小型の無人機だ。自衛隊の無人機ではない。まさか学校から飛ばして偵察しているのか?火星カタクラフトが腕を奮ってその無人機を消し飛ばす。

 

「一体、どういう原理なんだあれは」

 

 篠原は独り言を呟きながら双眼鏡を下ろした。強力なエネルギーフィールドを体にまとって当たったものを分解しているのかとも推察した。そういえば《雷電》の各種センサーではヤツを探知できなかった。

 

 火星カタクラフトの頭上のあちこちをコマのような黒い物体が浮遊している。火星カタクラフトもまた無人機を使って何かを捜索しているのかもしれない。そうなれば下手な移動はこちらの所在が暴露する恐れがあった。篠原はデパート内に戻った。

 

「界塚准尉、代わってくれ。何かあればこれで」

 

 見張りを篠原は界塚と代わる。双眼鏡を渡し、救難用無線機を叩いた。

 

「分かりました」

 

「今日はここで一夜を明かす。明け方に埠頭へ移動しよう」

 

 篠原はデパート内の服屋から戴いてきたコートを界塚に渡す。界塚は見張りのために出ていった。篠原は家具売り場のソファに座っている火星騎士にも黒いコートを放った。

 

「夜はもっと冷える。よく着こんでおけ」

 

「そう言うなら拘束を解いてくれないか」

 

 篠原はその言葉には答えず、食品売り場から回収してきた食料を用意した。界塚がすでに携帯コンロでお湯を沸かしていて魔法瓶に入っていたお湯を使ってコーヒーを淹れる。

 

「ほれ」

 

「なんだこれは」

 

「コーヒーを知らないのか。苦いからな、砂糖とミルクはいるか」

 

「そんな濁った液体を飲むのか、地球人は」

 

 カップの中で漂うコーヒーを見て女は目を細める。

 

「お茶でも良いぞ」

 

 緑茶のペットボトルを置く。

 

「だから両手を縛っておいてどうしろと?」

 

「飲ませてやろうか」

 

「そんな屈辱……」

 

「冗談だ」

 

 そんな反発する反応が少し面白くてからかいたくなる。片腕を柱にかけた鎖に拘束し、利き腕はフリーにしてやると喉が渇いていたのか、寒さからかコーヒーを口にした。

 

「むっ」

 

 口に含んだ途端、顔をしかめる。

 

「苦いだろう。ほれ」

 

 篠原は思わず美人のとるリアクションに笑みを浮かべてしまった。砂糖とミルクを注いでマドラーでかき混ぜてやる。

 

「どうぞ、お嬢様。まだ名前を聞いていなかったな」

 

「ふん。お前たちに明かす名などない」

 

 そう言ってコーヒーをすすり、甘くなったことに感動したのか目を丸くする。意外と表情豊かだ。

 

「そうか、ヒューティア卿」

 

「なっ……!?」

 

「無線でしゃべってただろう。自分は陸上自衛隊に所属する篠原海斗一等陸尉だ」

 

「……、」

 

 ヒューティアは黙ってしまった。篠原は気にせずクロワッサンの包みを開き、自分のコーヒーを淹れる。

 

「ほれ」

 

 ヒューティアに五個入りのバターロールの袋を渡す。

 

「地球人の施しなど受けない」

 

「勝手にしろ。俺は腹が減ってるんだ」

 

 篠原はクロワッサンを千切ってよく噛んで咀嚼する。今日は好物のクロワッサンも喉を通すのがやっとだ。ヒューティアはバターロールを見つめたまま固まっていた。

 

「毒は入ってないぞ」

 

 ヒューティアにクロワッサンを投げるとヒューティアはそれをキャッチし、しばらく見つめてやがて口にした。口が何回か動くとヒューティアは俯く。

 

「どうした」

 

「いや……地球の食べ物を口にするのは初めてだ」

 

 そう言えば火星の台所事情は厳しく、オキアミやクロレラがそれを支えていると聞く。そう思うと少し美味い飯を振舞ってやりたくなった。

 

 篠原は食料品売り場に戻って卵やタマネギ、肉、エビ等と調味料にフライパンなどを回収すると家具売り場に戻った。ヒューティアはその間に一応手錠を壊そうとしていたようだが、気にしない。携帯コンロを使って調理を始めた。

 

「何をしている」

 

「料理だ。炒飯だよ」

 

 火力が少々不足だが、贅沢は言えない。目の前で炒飯の匂いが漂うとあの気の強いヒューティアもそれに釘付けになっていた。

 

「ほれ」

 

 皿に盛りつけてスプーンを添えて出してやると、今度こそヒューティアの喉が食欲で鳴った。躊躇しながらもスプーンを取り、口に運び始める。一口、二口、ゆっくりと咀嚼する。

 

 さすが貴族階級の騎士というところか、片手を拘束されていても上品に食べる。半分ほど食べたところでヒューティアは俯いたまま言った。

 

「……ユニスだ」

 

「うん?」

 

「私の名だ。ユニス・ヒューティア男爵」

 

 篠原はヒューティアを見つめた。本当に食事で懐柔できるとは思わなかった。篠原がぽかんとした顔でヒューティアを見ているとヒューティアも気まずくなったようで食事に集中し、スプーンを動かし続けた。篠原も野暮なことは言わなかった。

 




女騎士に「くっころ」言わせるお題完遂。

ユニスは多分チョロイン。
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