夜の帳の下りた新芦原市の上空を二機のCV-22Jオスプレイティルトローター機が無灯火の並列編隊で飛ぶ。二機は芦原高校を目指していた。
「こちらセイバー16、巡察03聞こえるか」
『アカギを呼びますか?』
「……いや、巡察03と民間人の救出が優先だ」
『了解……』
新芦原市の電力供給はストップしていないが、信号や街灯以外の照明はほとんど無く、真っ暗だった。
「巡察03、こちらセイバー16。感明送れ」
『……こちら巡察03。感明低い、雑多し』
無線に雑音と共に入った声に古川は安堵した。
「こちらセイバー16、了解。現在RVへ向けて飛行中。誘導灯で合図してもらいたい」
『セイバー16、こちら03。市街地に火星カタクラフトがいる。危険だ、引き返せ』
古川は怪訝な表情を浮かべた。
「こちらセイバー16。火星カタクラフトについては市街地北部の市街地に動きを止めている。直ちに収容すれば間に合うはずだ」
『セイバー16、火星カタクラフトは外部カメラのようなものを展開させてこちらを捜索・監視している。引き返されたい』
相手の声は硬い。塚本と顔を見合わせる。これを無視して機と民間人を危険に晒すわけにはいかなかった。
「……了解した。脱出の代替案があれば教えてもらいたい」
『明日の明朝、行動を開始する。火星カタクラフトへの対応についてはこちらに策あり。回収地点は学校の北西、国道のトンネル出口を予定』
「こちらセイバー16。現在我々は“歓迎パーティー”を準備中。実施前に救助を行いたい」
“歓迎パーティー”とは、正確な秘匿暗号ではなかったが、相手もそれを聞いてこれより何が開始されるのか分かるはずだ。
『了解、現在我々が分析した情報をデジタル通信で送信する。司令部に中継頼む』
「16、了解」
デジタル通信により
「16、電文を受領した。帰投する、幸運を」
古川は機首を翻し、帰路についた。塚本が複雑な表情を浮かべるが、古川はそれを無視し、彼らの選択を信じることにした。
*
ユニスは深夜、目を覚ました。篠原と名乗った男と界塚と名乗った女は交代で外の見張りに付きながら休んでいる。今は篠原がクッションの上にあぐらをかき、背中を柱に預けて外套を羽織って眠っていた。捕虜であるユニスの方が厚待遇でソファに寝かされている。
交替のタイミングや時間などを窺っていたユニスは食事中に手に入れたフォークの先を曲げて手錠の鍵穴に突っ込んだ。時折、男の様子を窺うが、男は寝息すら立てずに眠りにくそうな姿勢で
焦る気持ちを押さえてユニスはフォークを動かし続けた。手錠の鍵は単純だ。フォークの先端が引っ掛かりそうで引っ掛からない。一度抜いて曲げた先端を手の力のみで変える。
三度目に突っ込んだとき、手錠がするりと外れた。
よし、と興奮する気持ちを押さえてユニスは時計を見た。まだ界塚は戻ってこないだろう。静かに篠原を窺うが、寝苦しそうな姿勢のまま動かない。
篠原と界塚を倒し、ここを脱出する。そう頭の中で組み立てていた作戦を思い起こしてユニスはしかし──と躊躇う。
無駄な殺生は無用だ。殺さずともこっそり逃げることが出来れば良い。そう判断したユニスは自分の拳銃を取り戻すべく、篠原と界塚の装備が寄せられた柱に近づいた。
篠原のベストに弾倉の抜かれた銀色の拳銃の
「そこまでだ」
再び不意に後ろからかかった声にユニスは手を止めた。振り返ると篠原が起き上がって拳銃を握っていた。
「銃を床に置くんだ」
「断ると言ったら?」
ユニスはわざと挑発するように聞いた。
「撃つ」
「撃てばいい、どうした?憎い火星人だぞ。お前たちの仲間も何人も殺した」
篠原は銃を構えたまま黙っている。
「それとも撃てないのか?日本の軍人は弾を持ってないんだったな。昼間も撃てなかったし、それはこけ脅しなんだろう」
「そうだと思うか?」
その強気な言葉とは裏腹に篠原の首筋を一筋の汗が伝った。躊躇いかそれとも本当に弾が入っていないのか。だが、篠原はユニスが動き出した時に撃つべきだった。
ユニスは弾倉を拳銃に込めると一挙に篠原へ振り向ける──
「よせ!」
篠原が声を張り上げるが、ユニスは引き金を引いた。乾いた破裂音の残響が屋内に長く尾を引く。篠原は転がるように横飛びして遮蔽物に飛び込んだ。
相手に当たった感触はなかった。ユニスは柱に身を寄せるとすぐさま拳銃を両手で保持して篠原に緊迫する。
「っ!」
それを見た篠原が身を乗り出して拳銃を構えるが、引き金が引かれることは無かった。
ユニスは牽制の弾を篠原の隠れる柱に撃ち込む。ユニスは弾を撃ち込んだのとは反対側に回り込んで銃を向ける。途端に視界を覆う外套が叩きつけられた。振りほどこうとした瞬間、タックルを受けて背後の棚に背中を打ち付ける。
ユニスは外套越しに足払いをして篠原を倒すと顔に蹴りを叩き込んだ。篠原は呻くが、ユニスのその足を掴むとユニスを軽々と振り回して床に投げた。
ユニスが受け身をとって拳銃を構えようと起き上がった瞬間、銃声が響く。ユニスの手に握られた拳銃が弾け飛んだ。
「くっ……!……入ってるじゃないかっ」
ユニスは低く呻きながらなんとか棚の間に飛び込む。
「弾がないなんて言った覚えは無いぞ」
篠原は低い声で言いながら拳銃を構えて間合いを取る。ユニスは視線を巡らし、右手を押さえる。引き金に指をかける前だったのが幸いした。かかっていれば人差し指は折られていただろう。弾の当たったユニスの拳銃は奥に転がっているが、
持ち上げかけた拳銃を拳銃で狙撃のごとく撃ち抜くとは、この男、相当な腕だ。
「……おい、大人しくしろ。君を逃がして再びカタクラフトに乗せるわけにはいかないんだ」
篠原は降伏を呼び掛けている。時間を稼ぎたいこちらとしては好都合だ。ユニスは走り出す。
「止まれ!撃つぞ!」
篠原は天井に向けて一発撃った。ユニスはあとを追ってきた篠原を見てすぐに隣の列に身を翻した。それを見て走ってきた篠原の足音を聞いてユニスは渾身の力を込めて棚に体当たりして反対側に棚を崩した。
「くっ!」
篠原が崩れた棚にぶつかり、なんとか回転して前回り受け身を取り、拳銃を構える。ユニスはその構えられた拳銃を蹴り飛ばし、そのままの勢いで肘内を打ち込む。手でそれを防いだ篠原にユニスは反撃の暇を与えずに次の蹴りを繰り出している。脇腹に爪先を受けた篠原は思わず身を折った。次の蹴りは腕でガードされる。
篠原が反撃に転ずる。次の蹴りを受けてそれを柔の技で返されるのを予期したユニスは蹴りを繰り出し、それを掴んだ篠原の腕を軸に体を自ら捻った。篠原の腕を駆ったユニスは足を絡めて篠原を倒し、腕ひしぎにしようとする。
「うおっ!」
初めて篠原が焦った声を出す。篠原もまた技が決まる前に体を捻ると足を絡めたユニスの腰に右腕を絡めてユニスの足を取ろうとする。
ユニスはその顔に頭突きをしてなんとかそれを防ぐと跳ね起きた。その先に先ほど蹴り飛ばした篠原の銃が転がっている。
それに気付いた篠原も慌てて飛ぶ。それより早く銃を拾ったユニスは銃を拾おうとした篠原にピタリと拳銃を向けた。篠原も動きを止める。
「……形勢逆転だな」
「……そのようだ」
二人は見つめあった。ユニスは冷静を装いながらもこの先どうすれば良いのか分からなかった。さっさと篠原を撃ち、銃声を聞き付けた界塚を倒し、《エスカリオン》を取り戻す。これが自分の取るべき手段だ。しかし……
「……撃つ前に一つだけ聞いておこう。なぜ昼間は撃たなかった」
ユニスは間合いをしっかりと取って反撃を封じ、余裕を持って問う。時間が無いのにどうして私は、という自己嫌悪が脳裏にはあった。
「……撃たなかったんじゃない。撃てなかったんだ」
篠原はユニスを見ながら淡々と言う。
「撃てなかった?」
「実戦を経験したことはない。人をためらい無く撃つには覚悟と心の準備が必要だ」
「私だって実戦経験などない。だが、私は躊躇なく撃てるぞ」
「敵兵を撃つことになる最悪の時の覚悟なら出来ていた。ただ女子供が敵にいるかもしれないってことを忘れていただけだ」
篠原は顔を歪めた。ユニスは篠原の様子を見て逆に胸が傷んだ。この男は兵士だ。それは間違いない。だが、同時に人を傷つけることを恐れる人間でもある。これが悪辣非道な地球人の姿なのか。一瞬、篠原へ共感しそうになったユニスは、この男は敵だ、と気持ちを振り払った。
「ふん、創造力の欠けた己の未熟さが仇となったな」
「……撃つなら撃て。だが、界塚は撃つな。早くしないと彼女が来るぞ」
「命令できる立場にあると思っているのか。素直に命乞いをした方が身のためだぞ、地球人」
ユニスは篠原の物言いに腹を立てた。自分の命なれど粗末にする人間は嫌いだった。
「生憎だが。降伏する訓練は受けていないんでな」
肩を竦めて見せた篠原にユニスに突如激情が沸き起こった。
「姫殿下には命乞いをする暇すら与えられなかった!」
篠原は激昂したユニスを見て息を呑んだ。
「姫殿下はこんな戦争、望んでなんかいなかったんだ!それをどうして貴様たち地球人は!なぜ姫殿下の気持ちを踏みにじった!?」
「俺は……」
「お前たちの望んだ戦争だ!お前たちの気が済むまで付き合ってやる」
ユニスは叫ぶと引き金にかけた指に力を込めて引き金の遊びを殺した。篠原はユニスから目を反らした。
「俺は……守れなかった……」
篠原は消え入りそうな声を漏らす。
「なに……?」
「俺は……あの場にいたんだ。警備に当たっていた。助けたかった……。だが……」
篠原は拳を握り締めていた。ユニスには心当たりがあった。地球の報道機関が流していた動画の中にはテロが始まってすぐ軍の装甲車がリムジンに突進し、煙弾を放ってミサイルを防ごうとしたシーンがあった。装甲車は外れたミサイルに吹き飛ばされ、アセイラム姫殿下の乗るリムジンには無情なミサイルが直撃した。
「あの装甲車に乗っていたのか、お前は」
「……、」
篠原は苦しそうな顔をして目で肯定した。その時、界塚が拳銃を持ってフロアに飛び込んできた。ユニスは振り返る。
「よせ!」
篠原が叫ぶ。どちらに向けて言ったのか分からなかったが、ユニスは驚いた表情の界塚へ拳銃を向けようと向き直る。拳銃を構えた界塚が逡巡から口を引き締め、覚悟を決めた目の色に変わる。
──間に合わない、撃たれる。
ユニスが拳銃にかけた指を引き絞りかけたその時、横合いから突き飛ばされて床に転がった。銃声が鳴る。そのまま上からねじ伏せられ、引き金枠内に篠原の指が絡み、銃を完全に押さえられた。
「篠原大尉!」
界塚が悲鳴を上げて駆け寄ってきた。ユニスは抵抗できたが、驚いて声も出せなかった。篠原の頬から血が伝う。危険を犯してまで界塚の銃線に飛び込んだのは界塚を守ろうとしたのか、それとも……
「一尉だよ、界塚准尉。大丈夫だ、当たっていない」
篠原の膝がユニスの膝裏に当てられて押さえられる。
「……もう終わりだ」
「離せ。もう分かった、大人しくする」
ユニスは力を緩めて篠原に押さえられた拳銃を手放した。篠原は拳銃を奪うとユニスの手を掴んで界塚から渡されたプラスチックの手錠をかける。
界塚は厳しい表情でユニスを見ながらソファに座らせた。
篠原はそれを見ると拳銃を握ってソファに腰掛け、ため息を吐いている。ぐったりとした篠原は格闘のせいではない疲労で疲れきっていた。その背中は自らを責め、後悔する男の背だった。ユニスは初めて地球人に対して興味を抱いた。
ヴァース帝国が主要都市を瞬く間に占領しているんですが、一騎当千の火星カタクラフトが強いのは良いとしてもそれだけで街を幾つも支配下に置くって、どういうことなんですかね。一期の最後ら辺に連合本部で地上戦やってますけど、ステイギスみたいな一般兵用の量産型火星カタクラフトもあるんでしょうか。