「なぜ救難チームが帰ってきているんですか!避難民の回収は無理でも行方不明者の捜索は出来るはずです!」
フェリー埠頭を守る陸自部隊の指揮所で秋山太一二等陸尉は声を荒らげていた。戦闘用意を解除せず、カタフラクト乗員用の航空用作業服のままヘルメットを抱えた秋山は今まさにカタフラクトを降りたばかりだった。
上官の篠原を含め、地球連合軍のパイロットは行方不明になっている。状況的に戦死と判断された野村三尉と柏木准尉は別としても彼らの捜索は必要だと秋山は信じて疑わなかった。
上官の篠原とは二年前から行動を共にしている。こんなにあっさりと死ぬはずが無いのだ。
「だから言っているだろう、新芦原の市街地一帯は敵に監視されている。救難機にも危険が及ぶんだ」
小林一佐の声には苛立ちが含まれている。
「ですが、せめて無線でも傍受出来れば……」
「くどいぞ、秋山。今のお前の任務はなんだ」
小林が向き直る。その目に見据えられて自然と秋山の姿勢は正される。
「……このフェリー埠頭の防衛です」
秋山は拳を握り締めた。
「率いる部下たちの命をお前は握っているんだ。彼らのことを気にかけている暇はない。任務に集中しろ」
「……了解」
秋山は踵を返すと指揮所の出口へ向かう。
「……大丈夫だ、アイツはそんな簡単にくたばるタマじゃない……」
その背後で呟いた声を聞いて秋山は思い出す。篠原もまた小林の部下だ。その生命を気にかけていないわけではない。
今の状況で篠原ならどうする──?
多分取り乱して上官の元に駆け付けるような真似はせず、部下の生存を信じて任務に最善を尽くすはずだ。
秋山は自分の行いを恥じると整備中のカタクラフトの元へ向かった。《紫電》四機は外部電源支援車から充電を受け、推進剤を補充していた。
唯一帰還した日比谷准尉は水分補給をしながら整備ログを確認し、《雷電》の整備状態を万全にしている。まだ闘志は充分だ。
「敵に動きは?」
「《あかぎ》の無人偵察機が見張っていますが、静かなものです」
荒川三等陸尉が答えた。第3戦術機甲大隊は歩哨を立てて新芦原市内を直接見張っていた。荒川も自ら歩哨に立って帰ってきたところだ。その背中には対カタクラフト用の対物ライフル、M109ペイロードを背負っている。
普通科部隊の対戦車小隊を中心に配備が進むM109ペイロードは25mmの徹甲弾や榴弾、対戦車榴弾などの各種弾薬が使用可能だ。地球カタフラクトのメインカメラを破壊する程度の威力はある。
「敵はレーダーも赤外線センサーの短信波を受けても反応はしない。無敵の盾だが、それを受けても知るすべがないのかもしれないな」
秋山が腕組みしながら昼間に撮影された敵火星カタフラクトの映像を睨んでいると血相を変えた通信手が駆け込んできた。
「何事だ」
「守住三曹からの情報です!明日の反撃に関しての作戦が出ました」
「反撃!」
隊員たちは振り返った。
「明日の明朝、0600作戦開始……敵火星カタフラクトを撃退する……!」
*
エリク・フェドロフ少佐は呆然としていた。目の前の敵は、本当にカタフラクトの一種なのかと疑うほど巨大だった。
《ベルクート》の十倍近い大きさの玉虫色に輝く扁平に潰れた菱形シルエットのそれは口からレーザーブレードを展開し、ホバークラフトのように浮遊し、突進力で次々にこちらを飲み込むように撃破していた。
広大な雪原で地球連合軍部隊はすでに予備の防御陣地まで放棄して撤退する最中にある。撤退支援に駆け付けた部隊が攻撃に加わっていたが、焼け石に水だった。
T-90戦車が125mm滑腔砲を射撃しながら前進する。
「撃て!」
躍進射で急停止したT-90戦車が一斉に撃つ。放たれたAPFSDS弾は全て見事に目標に直撃するが、正面装甲に阻まれ、効果はない。全車が全力で後退しながら反転し、速度を上げるが、そのカタフラクトは地面より三メートルほど浮いて百キロ以上の速度で走り回る。まるで芝刈機のように展開していた大部隊を遮蔽物も何も関係なしにレーザーブレードで刈り取り始めた。
戦車の乗員が全力で後退しながらハッチから顔を出して機銃を撃つ。とにかく撃てば当たるほどの巨体が迫る。
レーザーブレードに戦車や歩兵戦闘車が装甲も関係なく引き裂かれ、乗員は焼かれた。まるで整地するようにそのレーザーブレードは周囲を凪ぎ払う。
Mi-24Vハインド強襲ヘリがロケット弾を上空から叩き込む。つるべ撃ちにされたロケット弾の束が火星カタフラクトを直撃するが効果はない。火星カタフラクトは一度止まるとその首を上げた。その間も射撃が続くが、火星カタフラクトはその口からレーザーを放ってハインドを撃墜し、さらに地上を凪ぎ払う。レーザーを浴びた《アレイオン》が嘘のように引き裂かれて炸裂し、重装甲の戦車も爆発反応装甲の効果もなく破壊される。
「撃て!ヤツを止めるんだ!」
《ズミヤー》や《アレイオン》等のカタフラクト隊も突撃銃を撃って弾幕を張るが、弾は見事に弾き返された。フェドロフの《ベルクート》も射撃しながらスラスターの補助を受けてローラースケートのように進む。
「横合いへ回り込め!」
それを企図した迂回行動を取る中隊に火星カタフラクトは伸ばした巨大なロブスターの腕のようなクローアームを振るう。まとめて刈られ、爆発四散した。乗員たちの絶望の絶叫が無線に響いた。
「全機間合いを取れ!近づくな!」
そうは言っても火星カタフラクトにこちらを逃がす意思など無かった。
「地を這う憐れな地球人どもよ、無駄なことはやめて素直に擂り潰されるのを待てば良いものを……」
ラズミー子爵はカタフラクト、《ヴォルティス》を駆りながら嘲笑を浮かべていた。
《ヴォルティス》の前にはいかなる地球人の攻撃も無意味だった。衝角を兼ねた正面装甲は火星の超超合金装甲を使っており、いかなる攻撃も無意味だ。そしてその重量を支える大出力のアルドノア・ドライブにより、高い運動性能を持つ。
「我が領地の肥料となれ」
《ヴォルティス》が加速を開始する。地球人たちの悲鳴や絶望が手に取るように伝わってきた。地球連合軍のカタフラクトが後退しようとする。
「ははは!いいぞ、地虫たちよ!」
その背後から襲いかかるとカタフラクトは引き裂かれ、正面装甲に叩きつけられたあと、地面に転がっていった。
『あんなの、一体どうしろと!?』
『無理だ!第5小隊、後退!』
フェドロフは焦っていた。このままでは戦線が崩壊する。この祖国があんな怪物に蹂躙される。それだけは防がなくてはならない。
「ラトロフ、航空支援を要請しろ!」
『了解。現在爆撃隊が待機中』
爆撃機か……残念ながら我がロシアの爆撃機に精密爆撃の精度は期待できない。しかしここで敵から離れてしまえば敵はさらに前進してくるだろう。
「……全機、散開しつつ包囲行動を取れ。爆撃隊に空爆要請」
『了解!』
二つ返事が帰ってくることに部下の忠誠心を感じた。なんとしてと止めなくてはならない。敵はすでに大隊規模の部隊と遭遇してそれを撃破している。ここを抜かれると無防備な補給基地が存在し、さらにその後方には航空基地、そして連合軍司令部が存在した。
「……撃て!」
75mm弾が火星カタフラクトの正面装甲を叩いて弾かれる。弾かれた曳光弾があらぬ方向に飛び散る。
『ケードル51、爆撃要請に呼応。これより爆撃を開始する。交戦中の全機は直ちに離隔距離を……』
Tu-22M爆撃機の四機編隊だ。爆弾倉の扉を開き、爆弾がばらまかれた。
「離れろ!」
一斉に逃げるカタフラクトのうち、正面にいた《アレイオン》や《ズミヤー》が刈られる中、無数の爆弾が降り注いだ。着発信管で、地上に落ちるや否や爆弾は装薬を爆発させ、一発一発が強烈な威力を生む。地面は抉られ、高く舞い上げられた土くれが連鎖する爆発で地上に落ちる前にさらに吹き散らかされる。砕かれた岩や木片が凶悪な破片となって周囲に飛散した。その中心にいた巨大火星カタクラフトも爆炎に包まれる。が、その爆弾は自軍をも襲った。
BMP-3歩兵戦闘車の小隊が爆弾に吹き飛ばされ、その場の兵士たちの命をも奪う。さらにブレードに薙ぎ倒され、大破したカタフラクトの乗員たちも止めを刺された。
爆撃が収まった時、戦場には砂塵が霧のように立ち込め、死屍累々と地球連合軍の残骸が横たわり、その中心で火星カタフラクトが動きを止めていた。
「畜生、まだ生きてやがるのか」
火星カタフラクトはホバー能力を失っていたが、ビームサーベルは健在だ。クローアームを使って移動しようと試みていた。
「馬鹿な……仲間ごと爆撃するだと……!何処まで恥さらしなんだ、地虫め!」
ラズミー子爵は罵りながらなんとか離脱を試みる。強力な爆撃でメインモニターは半分死んでいた。そんな中、カタフラクトがこちらを包囲しようと展開していく。
「カスどもが……目障りだ、我の視界から消えろ!」
その叫びは届くこともなく、カタフラクトたちが攻撃を始める。
「砲兵部隊に座標を指示しろ!ラトロフ!」
しかしラトロフからの応答はなかった。まさか──とは思ったが、今は感傷に浸る時間はない。
後方の砲兵部隊に要請した砲迫射撃が始まり、残存部隊は集結して態勢を立て直す。
「奴の後背に回り込め!」
カタフラクト隊は持ち前の機動性で敵の装甲の薄い背後に回り、射撃する。フェドロフも《ベルクート》を回り込ませ、75mm突撃銃を連射し、あらんかぎりの弾を叩き込む。
火星カタフラクトの機体で爆発が起き、部品が弾け飛ぶ。そこへ砲弾が降り注いだ。
カタフラクトはもがいていた。なんとか逃げようとクローアームで前へ進んでいる。逃がすまいとフェドロフは撃ち続けた。やがて弾丸が切れる。砲迫射撃が止み、煙が晴れるとそこには背中を食い破られたロブスターのような有り様になった火星カタフラクトの残骸が転がっていた。
火星カタフラクトを撃破したことを知り、兵士たちは沸き起こる。だが、積み重ねられた屍の存在をフェドロフは無視できなかった。
軌道騎士一人を倒すのにこちらは千からなる被害を受けたのだ。
──ラトロフを探さなくては。奴には妻も子供もいる。ここで散った多くの兵士たちが誰かの息子であり、夫であり、父であった。
しかし、救難部隊は到着しなかった。ハバロフスクに新たな揚陸城が降下したとの通信が入ったのはそれから三十分後だった。