新芦原市郊外、陸上自衛隊新芦原演習場には地球連合軍のカタフラクト、KG-6《スレイプニール》が三機、朝早くからトランスポーターで運び込まれ、陸上自衛隊の支援を受けて新芦原市立芦原高等学校の防衛学の実習が実施されていた。
《スレイプニール》は地球連合軍の中でも型落ちの機体で、今では練習機として主に運用されている。練習機らしく視認性の高いオレンジ色に塗られた機体は所々の塗装が剥げ、年期が入っていた。そんなベテランの機体に未成年の少年少女が乗り込んでいる。
航空用作業服と呼ばれる
砲声が鳴り響く。カタフラクトの標準的な武装の一つである75mm突撃銃だ。歩兵用の突撃銃が主に5.56mmから7.62mm程度なのを考えれば恐ろしい火力である。ちなみに陸自は20mm以上は銃ではなく、砲の部類だ。
突撃銃から吐き出される75mm砲弾の空薬莢が演習場の地面に突き刺さり、初速約1000m/sの砲弾が空気を切り裂く音がこだまする。
安全距離を取っていてもイヤマフをつけて耳を保護している自衛官たちとは裏腹、高校生はいくら防衛学──軍事学の教育と訓練を受けてもやはり高校生だ。ジャージ姿の若い男女が雑談混じりにそれを研修している。
「せめて
その様子を眺めていた第3戦術機甲大隊の整備小隊の隊員がぼやく。その苛立ちは高校生たちの弛んだ態度ではなく、きちんと安全管理をしてほしいという思いからだ。
彼ら高校生は日本人で、ここは日本でも地球連合の主導で行われる高校生(正確には16歳)以上の防衛学履修は日本政府の否応なしに実施され、与野党を問わず問題視されている。国際社会との協調路線をどこまで取るべきか、現政権も試行錯誤していた。
『おーし、パイロット交代~。B班はスタンドに退避』
スピーカーから響くやる気のない教官の声を聞いて真面目に支援する自衛官達は眉根をひそめる。
「ままごとだな」
秋山もそう断じた。昼休みになり、学生たちが引き上げていく。
「なんであの人たち、不機嫌そうなんだ?」
「俺たちのパシりやらされてるからだろ」
「演習場貸してるからって偉そうにしてるよな、戦えないくせに」
列を組んで射撃場から引き上げていく学生達の言葉に秋山が怪訝な顔をして振り返ろうとするのを篠原は肘打ちをして止めた。
「子供の言動にいちいち反応するんじゃない。ガキか」
「すみません」
呑気なもんだ。篠原はため息を吐いた。
学生の中にこちらを観察するような目を向ける少年がいた。無表情ながらもその静かな目で自衛隊の訓練の様子を見つめている。
演習場では擬装された陣地に潜んだ90式戦車改一個小隊四輛と、13式戦術歩行戦闘車《紫電》一個小隊が仮想敵役として演習を行っていた。
火星軍のカタフラクトは、連合軍のカタフラクトと圧倒的な性能の違いがある。それは動力源だ。ガスタービンエンジンや超電導バッテリーの地球カタフラクトに対し、火星カタクラフトはアルドノアと呼ばれる未知の機関を搭載している。そのアルドノアによって機動力・火力・防御力共に圧倒的な性能差がある、と防衛省は分析していた。
120mm滑腔砲の砲声が響く。二足歩行機動を行うカタフラクトは有視界戦闘においてはその性能を発揮するが、どうしても全長が高くなり、その投影面積から遠方からの視認性が高まり、被弾面積は格段に広い。自衛隊はそれを克服するためにカタフラクトを伏せさせて戦わせたり、地形を利用した戦闘、もしくはカタフラクト以外の戦車などの従来の兵器で対抗する独自の戦術を取っていた。
二足歩行兵器を地に這いつくばらせ、泥まみれにして戦わせるのはロマンとはかけ離れていたが、汎用性の高い人型兵器の特性を生かしていた。
「日本はどこと戦う訓練をしているんです?」
静かに少年が篠原に尋ねた。篠原は内心、その問いに思わず心拍数が跳ね上がるような思いをした。地球に未曾有かつ致命的な被害をもたらす結果となった惑星間戦争の結末である“ヘブンズ・フォール”を引き起こした火星人──ヴァース帝国に対する憎悪は未だに根強い。比較的被害が軽微であった日本だけでも犠牲者は百万人を超えるのだ。──その中には篠原の家族や友人も含まれている。
日本国内でもあの災厄をもたらした火星人たちを地球の国々で協力して倒すべきだという主張は決して極端と言えないのだ。そしてその主張の矛先は時として自衛隊にも向けられる。
篠原は少年の目を見た。その目には憎悪や自衛隊に対する侮蔑は無く、純粋な興味のようであった。
自衛隊は在日地球連合軍の仮想敵を担当することが多く、その戦術も対火星カタフラクトよりも対地球カタフラクトに近いところがあり、誤解を招くこともある。
「自衛隊は、日本を守る訓練をしている」
篠原は少年の方は見ずにそう答えた。
篠原視点なので学生の名前は登場しませんが、まぁ誰かはお察しの通りです。