アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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明けましておめでとうございます。


act19

 火星ヴァース帝国。火星に眠る超古代文明の技術を持って地球からの独立を果たした火星の国は、当初こそはその栄華を誇ったが、その成長は停滞していた。

 

 ヴァースの首都に築かれた、まるで要塞のような宮殿は荘厳だが、この火星に漂う空気の中ではそれも虚しい。宮殿内のベッドに一人の年老いた男が体を起こしていた。ベッドの大きさに比して老人の線は弱々しいまでに細く、これまでの数々の苦労で刻まれた皺が年齢よりもさらに男を老けさせていた。

 

 その男の名はレイレガリア・ヴァース・レイヴァース。ヴァース帝国皇帝であった。レイレガリアは今、臣下を呼びつけ、自分の意に反する動きを問いただしていた。

 

「いったいどういうことか。我が孫娘アセイラムが暗殺され、宣戦布告すらないまま地球と戦争。親善大使を手にかければどうなるか分かっているはず。なのに、なぜ……。わしの知らぬところで何が起きておる?」

 

 片膝をつく臣下の騎士がそれに答えた。

 

「暗殺者はテロリストであると聞いています」

 

「では、連合政府に敵意はないのではないか?」

 

 レイレガリアには自分の介在なく始まったこの戦争への苛立ちと、アセイラムのことを知りたいという焦りがあった。

 

「地球に反ヴァース勢力があることは明白。にも関わらず暗殺を許すとは、意図して護衛を怠ったとも考えられます。もしくは連合政府によるテロに見せかけた暗殺の可能性も」

 

「なんのために?」

 

「姫様はアルドノアを呼び覚ます王族の血を引く者。その血筋はヴァースの力そのものであります」

 

 言っていることはもっともであった。アルドノアの起動権と、それを譲渡できるのはレイレガリアの血を引く者だけだ。そしてレイレガリアとその血を引く者は地球にとっての脅威ともなり得る。だが、それもこじつけのようにしか聞こえないほど、軌道騎士たちの動きにレイレガリアは不信感を覚えていた。

 

「解せぬ……連合政府に休戦を申し出よ。そして事実を明らかにせよ」

 

「御意……」

 

 

 *

 

 

 火星カタフラクトを撃退した《あつみ》、《わだつみ》の二隻は太平洋上で避難民のフェリーの護衛に当たっていた海上自衛隊第五護衛隊群とも合流を果たし、臨時で艦隊を編成し、本土から離れるように南下していた。

 

 第五護衛隊群は作戦機を投入して《あつみ》を支援していた旗艦の航空護衛艦《あかぎ》以下、イージス艦《こんごう》と《あしがら》、護衛艦《あきづき》、《しらね》、《たかなみ》、《むらさめ》、《しまかぜ》からなる。それに加えて補給艦《ましゅう》が加わった艦隊だった。

 

 この艦隊の中での唯一の地球連合軍所属である強襲陸艦《わだつみ》には連絡幹部(LO)(リエゾンオフィサー)として一先ず篠原と秋山が出向くこととなった。

 

 今日は二人とも飛行服ではなく、戦闘服に作業帽、弾帯ベルトに拳銃を吊っていた。

 

 UH-1Y多用途ヘリを使って《わだつみ》に移乗した二人を出迎えたのは艦長のダルザナ・マグバレッジ大佐と不見咲(みずさき)カオル中佐、そして界塚ユキ准尉だ。マグバレッジは三十代手前という年齢か。若いが見ればなるほど優秀そうな艦長だ。その隣の不見咲はさらに若い。あまり表情が豊かではないらしい。

 

「《わだつみ》艦長のダルザナ・マグバレッジ大佐です。こちらは副長の不見咲」

 

「第3戦術機甲大隊第2中隊長、篠原海斗一等陸尉です」

 

「同じく秋山二等陸尉です」

 

 お互いに敬礼する。

 

「一尉はあの港での戦闘でも活躍されたそうで」

 

「活躍というほどの事はしておりません。学生と共同連携して辛うじて、という所です」

 

 マグバレッジはその言葉の含みを悟った。

 

「学生を戦わせたことに罪悪感が?」

 

「大人が子供を守るのは当然であり義務です、自分達の不甲斐なさが身に染みています」

 

「日本の軍人は真面目ですね」

 

 マグバレッジが流し目で見た先には制服を着崩した鞠戸大尉がいる。これは自分に対する感想ではなく鞠戸への不満だろう。

 

 マグバレッジに艦内を案内される。《わだつみ》の艦名の通り、この強襲揚陸艦は地球連合極東軍司令部が日本の東亜造船に発注して建造された艦だ。《あつみ》よりも先輩になる。カタフラクト運用が前提の揚陸艦で、独特な装備だった。

 

「《わだつみ》はこれよりロシアのノヴォスタリスク、連合本部を目指します。安全な航路を現在選定中です」

 

「自衛隊は相模湾の揚陸城に対する反撃作戦を準備しています。短い時間ですが、《わだつみ》は邦人を乗せていますので可能な限りの支援を実施します」

 

《わだつみ》が輸送している避難民のほとんどは日本人、もしくは日本国籍を取得した元難民だ。自衛隊が本来守るべき人間を地球連合に任せざるを得ないという矛盾した態勢に自衛官は誰しも不満を持っていた。

 

「医療支援は助かっています。衛生要員が圧倒的に足りていませんでしたから」

 

《わだつみ》の医師免許を持つ人間は新芦原で救出された民間人の耶賀頼氏のみだった。先の港での戦闘での負傷者は病院船としての機能を持つ《あつみ》に移されていた。

 

「複雑な心境のようですね」

 

「ええまあ。我々は政府の方針に従って行動するだけですが、地球連合の枠組みから脱して自国のみを防衛することに傾倒しておきながら肝心な国民を守るという任務をないがしろにする……中々許容するのは難しいですね」

 

 篠原の言葉にマグバレッジは微笑んだ。

 

「軍という組織は理不尽な構造になっていますから。我々としては自衛隊に対して感謝こそすれど不満はありません」

 

「そう言って頂けると助かります」

 

 短い会談を終え、篠原はユキの案内で艦内を真っ直ぐ食堂に向かった。

 

 

 *

 

 

「戦況はいかがかな?クルーテオ伯爵」

 

 ザーツバルム伯爵は通信越しのクルーテオを観察した。あまり顔色は良くない。

 

『地球人どもの抵抗は根強いが、存在は微々たるもの。アセイラム姫の眠る新芦原もすでに我が手中に』

 

 強がっているが、ザーツバルムはクルーテオの現状を知っていた。クルーテオは今、占領した地域を維持するのに一苦労している。

 

「それは大義である。時にトリルラン卿は今いずこに?今も戦地で武勲をあげておるか?」

 

 連絡が取れないトリルランの行方を探るために聞くと予想に反してクルーテオの顔が曇った。

 

『それが……不幸にも戦死された』

 

「戦死?それはまことか?」

 

 思わず動揺してしまった。連絡が取れないのは隕石爆撃まで行わせた自分に対して負い目を感じているのだろうという程度の思いだった。

 

『ああ。無念だ……狼藉者が我が領地に行った隕石爆撃に巻き込まれて』

 

「そのようなことが」

 

──おかしい。爆撃のことは伝えてある。巻き込まれるはずはない。

 

『トリルラン卿は食客として尽くしてくれた。それがこのような別れになるとは』

 

「勇敢な戦士の冥福を祈ろう。それでトリルラン卿の最期を見た者はおるのか?」

 

 

 

 

 話題の当の本人はカタフラクト格納エリアにいた。

 

──どうすればいいんだ?アセイラム姫が無事だと分かったのに、このままではいつか本当に暗殺されてしまう……

 

 スレインは焦っていた。アセイラム姫を狙う存在は強大だ。自分だけでそれに立ち向かえるとは思えなかった。そんな中、帰ってきた《アルギュレ》の側でブラド卿が整備スタッフに声を荒らげていた。

 

「修理急げ!ぐずぐずするな!」

 

《アルギュレ》の頭部は変形している。見れば機体にも幾つもの擦過痕があった。

 

「《アルギュレ》……頭が……」

 

 今回も機体の損傷は激しい戦闘を物語っている。

 

「ご無事で。ブラド卿」

 

「何が無事なものか。我が名誉は地に落ちた」

 

 ブラドはそう吐き捨てる。地球降下後の初戦で《アルギュレ》は片腕を破壊され、しばらく戦線離脱していた。ブラドが戦闘に加入できれば周辺地域の制圧も容易いはずだった。それが今回も敗れて戻ってきた。彼の自尊心は確かに傷つけられただろう。

 

「強い相手だったのですか?」

 

「いいや。オレンジ色の小賢しい奴らが群れていただけだ。ここで何をしている。伯爵についていなくてよいのか」

 

「叱られました。出過ぎたことを言って」

 

「出過ぎたこと?」

 

「私にも出撃させてほしいと」

 

「ハッ、貴様も同じだな」

 

 それを鼻で笑ったブラドは冷めた目でスレインを見る。

 

「え?」

 

「地球人だ。小賢しい。そんなに武勲をあげてとりたててもらいたいか。つまらぬやつめ」

 

「違います!私はただ、姫様のことが……」

 

「フン……つまらぬ」

 

 背を向けてブラドは去っていく。スレインは背後から歩いてくる気配に振り返った。

「デュクレール卿」

 

 オフィーリア・デュクレール子爵。女性にしては背が高く、可憐な口許に切れ長の目の長いまつげが物憂げな影を落としていた。くすんだ赤色の艶のあるセミロングの髪を後ろに流している。冷めたような落ち着いた表情が常の愛想を振る舞うことを知らない若い女だが、騎士としては立派な人間だという噂だけは聞く。

 

 彼女はクルーテオ城の人間ではない。月面基地を守る火星騎士の一人だった。

 

「ブラドの《アルギュレ》が破れたと聞きました」

 

「はい、デュクレール卿。地球軍のカタクラフトに撃退されたと……」

 

「地球の人間たちも中々楽しませてくれるようですね」

 

 デュクレールのため息混じりの言葉にスレインは彼女の考えを図りかねた。デュクレールと接することはほとんどない。彼女は一人を好んでいる。故に穏健派か強硬派なのかも分からなかった。だが、スレインを地球人と邪険に扱うこともない。

 

「出撃なさるのですか」

 

「それも考えてはいます。この城の周りは相変わらず賑やかですからね。少しばかりは世話になる伯爵に恩を返しておかないと」

 

 デュクレールは少し疲れた表情を見せた。

 

「その……もし出撃なさるのでしたらヒューティア卿を探していただきたいのです」

 

「ヒューティア卿を?」

 

 興味深そうにデュクレールはスレインを見る。その蒼い瞳に見つめられ、スレインは緊張を強いられた。

 

「共に出撃したトリルラン卿は戦死し、ヒューティア卿も新芦原で行方が分からなくなっているのです」

 

「……そう、ヒューティア卿に限って責任をとって姫の眠る地で自害しようなどとは考えないでしょうが……彼女の行く宛に心当たりは?」

 

 一考してくれたデュクレールにスレインは安堵した。

 

「分かりません。ただ、地球人を追っていた兆候がありました」

 

「地球人を追っていた?あの人に限って復讐する気ではないでしょうに……特定の人間を追っていた?」

 

「はい」

 

「……そう。まぁ機会があれば探してみましょう。貴方は勝手な行動を取らないほうが身のためです、スレイン」

 

 デュクレールはもう一度ブラドのアルギュレを見るとスレインの横を通ってブラドの去った方向へ歩いていった。最後の言葉、自分を気遣ったのか……?

 

 スレインは素直にそれを厚意だとは受けとれず、不審な目でその背中を見つめてしまった。

 

 

 *

 

 

 アセイラム姫と侍女のエデルリッゾ、そしてユニスは《わだつみ》の艦内のラウンジにいた。元々一個連隊ほどの兵力を輸送可能な《わだつみ》は艦を運用する乗員も足りず、避難民の数の方がやや多いくらいだ。艦内では子供が走り回ったりとよく言えば賑やか、悪く言えば騒がしく、ユニスはアセイラム姫をこのような雑踏の中に紛れ込ませなくてはならない自分を責めていた。

 

「ユニスも座って休んだ方が」

 

 アセイラムが立ちっぱなしで周囲に不審な動きがないか警戒するユニスを案じて声をかけた。

 

「しかし……」

 

「大丈夫ですよ」

 

 アセイラムは微笑み、ユニスは逡巡しながらイスに座った。そこに老婆が近づいてきた。ユニスはぱっと立ち上がるとそれを制止しようとする。

 

「お嬢さんたち、そんなに距離を置かなくても大丈夫よ」

 

 親しみやすい、人を安心させる笑みを浮かべた老婆にユニスは拍子抜けした。

 

「困っているときはお互い様。ね」

 

「はい。ご配慮、ありがとうございます」

 

 アセイラムが笑顔で応じる。テーブルへ案内され、エデルリッゾも強張って警戒した表情だ。

 

「ココアよ、飲む?」

 

「その格好、寒くない?娘のコートがあるわよ」

 

 構われているのは主に若いエデルリッゾだ。アセイラムにもお茶やお茶菓子が振る舞われている。避難民の多くは女子供だ。ユニスとそう年の離れていない女が大切そうに赤子を抱いている。幼い赤子の瞳がユニスを映し、嬉しそうに手を伸ばすのを見て、ユニスも幾分か気持ちが楽になった。

 

「抱いてみる?この子ったら人懐っこくって」

 

 長い黒髪を後ろでまとめた二十代半ばの女性がユニスに声をかけた。

 

「え、いや……私は……」

 

「ふふ……この子ったら父親のことは警戒して泣く癖に他人には興味津々なのよ。滅多に会えないお父さんがいつも可哀想だったわ」

 

 女性はころころと優しい笑顔を見せた。ユニスも釣られて苦笑する。

 

「はぁ……父親にまだ馴れていないのですね」

 

「お父さんは軍人だから滅多に家に帰れなくてね。今はどうしていることやら……」

 

 そこまで言って急に女の顔が曇る。ユニスは女の急変に戸惑った。

 

「ごめんなさいね」

 

 女は戸惑ったユニスに謝った。なぜ……と思う間も無く、別の女が横から現れる。

 

「彼女、両親もヘブンズフォールで亡くなられていて、旦那さんに先立たれでもしたらと思うと不安なのよ」

 

 女の友人だろうか。同じく子連れの若い女が戸惑うユニスに耳打ちし、その女の肩を抱いて慰める。

 

 ユニスは地球人たちの人間らしさを垣間見て、どう手を差し伸べたら良いのか分からない不安感を覚えた。

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