第五護衛隊群の艦隊は航空護衛艦《あかぎ》と多目的輸送艦《あつみ》、強襲揚陸艦《わだつみ》を中心に各艦が一マイル程度の距離をとって輪形陣を組んでいた。外周にいる艦は中心の艦からは視認出来ない距離にいる。
その《わだつみ》の艦内の民間人に開放されている区画に篠原と秋山は向かっていた。
ユニスとアセイラム、それに伊奈帆たちはすぐに見つけることが出来た。背の高いユニスが黒いコートを着て立っているとよく目立つ。
「なんだ、こっちに来たのか」
こちらを認めたユニスが反応した。
「なんだとはご挨拶だな」
篠原が呆れるが、ユニスは思ったような反応を示さなかった。その表情に影が落ちていることに気付いて篠原は逆に戸惑った。
「……その、体は大丈夫なのか」
珍しく心配されて篠原は調子が狂う。
「ただの打撲だ。この通りピンピンしてるよ」
「しぶといやつだ、そのまま寝ていればいいものを」
そう思えば中々ものを言うようになった。そういえばこの女とは殺し合いをした仲なのだった。エスカリオンは《あつみ》に積まれたままだ。相当な不満を持っているが、姫様のためならば諦めがつくのだろう。凄まじい忠義だ。
「お体の調子はいかがですか、篠原さん」
アセイラムが尋ねた。
「お気遣い感謝します……セラムさん。至って健康ですよ」
篠原は天皇陛下と会ったことはないが、尊敬はしている。火星の皇女という存在のアセイラムにこのまま民間人のふりをさせ続ける訳にもいかない。
事情を知る者たちは場所を移動した。秋山は油断ない視線を周囲に巡らせている。
艦内にユキの用意した部屋に入ると一同はイスに座った。
「現在までの状況ですが」
篠原は第五護衛隊群と合流を果たし、当初の予定通り《あつみ》は自衛隊の作戦に参加する旨をアセイラムに伝えた。
「日本の領海までは自衛隊が護衛を。その後は《わだつみ》は単艦で連合軍司令部へ向かうことになります。どうなさいますか、アセイラム姫殿下」
これを逃せば自衛隊の支援はない、自衛隊の支援を受けられる今のうちに正体を明かし、北海道まで向かうべきだと篠原は決断を迫った。
「少し時間を下さい」
アセイラムはユニスとエデルリッゾと話し込んでいる。その様子だとアセイラムは正体を明かす方向に傾いているらしい。エデルリッゾは反対し、ユニスもどちらかというと地球側を信用できない様子だ。
「まぁ、もう少し考える時間も必要でしょう。とにかく乗り込んでおいてこんな部屋に閉じこもって密談をしていたら心象は良くありません。食堂に戻りましょう」
「それもそうですね」
篠原の言葉にユキが賛同し、一同は食堂に向かった。
「歯痒いよ、私は」
ユニスが篠原に向かって呟いた。
「皆同じだ」
篠原は前を向いたまま応じた。「人間誰しも己の力不足を悔やむ。こんなときは特にな」
ユニスは篠原の言葉を聞いて頷いた。敵と味方、火星人と地球人に大した違いはない。
「精一杯足掻くしかないのさ」
「……そうだな」
二人の後ろでは秋山とユキが話していた。
「自分にも弟がいまして。高二で、丁度伊奈帆くんたちと同じ年頃ですね」
「あら、そうだったんですか。でも、こんなことになってしまってとても心配でしょう?」
「そうですね……実は自分の両親は先の災害で亡くなっていて弟は全寮制の高校に通っていたんですが……。まぁ、しぶといやつなんで案外心配はしていません」
秋山は苦笑しながらスマートフォンを見せている。
「似ていますね」
「でしょう。自分よりも全然要領も良くて頭が良いもんだから兄貴としての立場ってもんがね」
「実は私の両親も先の災害で……。私が親の真似事をしながら一緒に生活してきたものですが、やっぱり弟の方が要領も良くなるんでしょうかねぇ」
共通の話題を持った二人は話が弾んでいた。
「ところで、篠原さん」
アセイラムに話しかけられ、篠原は振り返る。
「はい、なんでしょう?」
「帽子や、その襟の花はマークはなんなのでしょうか」
「これは桜です。日本の国花でして、自衛隊でもこの桜をあしらっています。実物は……」
そこまで話しかけて伊奈帆がアセイラムを注視しているのに気付いた。
「……自分は口下手でして。多分伊奈帆くんに聞いた方が早いですね」
「ありがとうございます、サクラというのですね。伊奈帆さん、サクラというのは──」
アセイラムに問われた伊奈帆は淡々と話しているが、適格な説明だ。アセイラムも強い興味を持ったようで嬉しそうに聞いている。彼女は聞き上手だ。
「桜か。軍旗に花をあしらう軍は珍しいな」
ユニスが呟いた。
「俺たちは、国には軍隊という表現では扱われない存在だからな。平和主義の国に軍隊はいらないというよくわからない理論だが……まあ、それも影響して自衛隊は徹底して軍隊を連想させないよう誤魔化している。ただの言葉遊びに過ぎんのにな」
「大丈夫なのか、日本という国は」
「大丈夫じゃないからヴァース帝国に首都を脅かされ、こうして逃げてる」
ユニスはその言葉を自分に対する嫌みなのではかと考えたようだが、篠原にその意図はない。
「国のなかには殺した人間よりも救った人間の数が多いことを誇る者もいるが、実際には法に縛られ、守れなかった者だって多い。法を盾に人を見殺しにしてきた軍隊だ」
ユニスは篠原の顔をじっと見ていた。
「なんだ」
「いや、そう卑屈になることもないと思うぞ。法というもの統制のもと、規律を維持できている。我々はどう見える?」
「どうとは?」
「火星騎士たちに法の縛りなどない。力に頼って地球を侵略する姿は……」
食堂では避難民らも食事を取っていた。数は多い。迷彩服姿の篠原たちを見て赤ん坊を抱えた若い母親が声をかけてきた。
「すみません、あなた方は自衛隊ですよね?」
「そうです。どうかされました?」
「この船は地球連合軍司令部のシェルターに向かうと聞いています。我が儘を承知ですが、私は日本に残りたいのですが」
困った顔で篠原を見つめる母親は篠原よりも若い。心情は分かる。他にも不安そうな避難民たちが篠原たちを見ていた。
「残念ですが……我々の艦も戦闘行動中なのです。本土へ民間人を移送できる余裕はありません」
「すみません、無茶を言って」
「いえ。お力になれなくて申し訳ない」
篠原は頭を下げた。席についても浮かない顔ばかりしてしまう。そんな中、各地の被害や戦況を伝えていたテレビが雑音と共に映らなくなる。電波妨害かと疑った時、不鮮明ながら映像が流れた。
「あれは……」
「マーシャンか」
『不毛なる地球の民に告げる……我らが偉大なるヴァース帝国皇帝、レイレガリア・ヴァース・レイヴァース陛下は地球連合政府に対して休戦を布告する……』
「休戦?」
食堂は騒然となった。
「まともに通信できないのに、こんな海賊放送ばっかり」
網文は不満そうに言った。
「ま、とりあえず戦争はおやすみってことか」
篠原は楽観はしていなかった。まだ防衛出動命令下での行動である。有事に変わりはなかった。
「きっと騎士たちの行き過ぎた行動をおじい様がとめようとしているのでしょう」
ユニスとアセイラムが小声でやり取りする。二人はエデルリッゾを伴って外に出ていき、伊奈帆がそれに付いていく。篠原も席を立った。
*
一方でその休戦宣言は軌道騎士たちにも動揺を生んでいた。今しがた自衛隊の航空攻撃を凌いだクルーテオ城では放送を聞いたクルーテオが立ち上がっていた。
「どういうことだ?」
「レイレガリア皇帝が、連合政府に休戦の申し入れをされたとのことです」
「我々の頭を越えて?軌道騎士になんの連絡もなくか。皇帝に進言せねば。謁見の間を使う。月面基地を呼べ」
「はっ」
それを窺っていたスレインも動き出す。
一方でザーツバルムもまた動いていた。
「では、隕石爆撃でやられたのではないのだな?」
長距離通信で光学映像越しに映る《ニロケラス》の姿は無惨だった。穴に落とされてから隕石爆撃によって半分埋められている。著明な穴でなければ危うく発見できなかった。
『はい。《ニノケラス》は戦闘によって破壊され、放棄された模様です』
それを聞いたザーツバルムは面白くなさそうに鼻で息を吐いた。
「フン。行動を調べたい者がいる。引き続きクルーテオ城に潜入、調査せよ」
『はっ』
通信を終えるとザーツバルムは思わず口許を歪めた。思い通りに事が進まないのもまた一興だ。
*
「どちらへいかれるのですか?」
不安そうなエデルリッゾが聞く。アセイラムは篠原たちを振り返った。
「篠原さん、司令部に私の正体を告げます」
「姫様!?」
「そして私の無事をヴァースに伝えてもらいます。そうすればこの戦争は終わります」
「危険です。皇帝陛下に伝わる前に反逆者がきます」
エデルリッゾが反対する。
「そうです、こんな洋上で攻撃を受けたらひとたまりもありません!」
ユニスも反対していた。アセイラムは覚悟の決まった顔でユニスとエデルリッゾを見る。
「だからこそ休戦状態の今が機会なのです」
「あいつらを甘く見ないで」
ライエが口を挟む。
「おとなしく休戦調停を守るようなやつらじゃない。握り潰されるだけ」
篠原も正直、同じ考えだ。宣戦布告なしに人工密集地に質量兵器を落としてくるような連中だ。騎士たちに統制はなく、それぞれが個別の軍隊と見てもいい。中国の軍閥よりも厄介だ。
「しかし、戦争が長引けばそれだけ犠牲者が増えます」
「あなたが死にたいのは勝手だけど、巻き込まないで」
「やめないか」
ユニスがライエを遮る。その時、艦内に警報が鳴り響いた。
『哨戒中の護衛艦より入電、彼我不明の航空機が艦隊に向けて接近!総員、対空戦闘配置!』
「敵襲?今しがた休戦の宣言があったのにか?」
秋山がスピーカーを見上げる。
「秋山はLOで残れ!俺は《あつみ》に戻る」
「分かりました。ヘリをすぐに用意させます」
秋山は先んじて走っていった。篠原も飛行甲板へ向かう。
「待て、私も連れていってくれ」
その時、ユニスが篠原の腕を掴んだ。
「なに?」
「何かあれば《エスカリオン》で出る」
「駄目だ、君は残れ」
「ヴァースのカタクラフトの能力を甘く見るな。強力なカタクラフトならこの艦隊など造作もなく撃破出来るんだぞ」
「だからと言って……」
「頼む!もしお前たちが食い止めきれず姫様が危険に晒されれた時、私が何も出来なかったら……」
ユニスの必死な顔を見て篠原は逡巡する。そんな篠原にアセイラムが頷きかけた。
「……分かった。ただ、本当にいざという時まで出るんじゃないぞ。君だけでなく姫殿下をも危険に晒しかねない」
「分かった」
篠原はユニスを伴い、飛行甲板を目指した。