アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

24 / 41
act22

 ユニスは《エスカリオン》のコックピットで溜め息を吐いた。通信を閉ざし、コックピットから出ると不本意そうな顔をした守住が立っていた。

 

「……なんだ、意外そうな顔だな。やっぱり信じていなかったのだろう」

 

 この機体を無理矢理動かして戦いに馳せ参じようとするのではないかという守住の不安は現実になることはなかった。それを皮肉げに苦笑したユニスに守住も苦笑を返す。

 

「というよりも羨ましい、貴女は自分よりも篠原一尉たちの役に立っていますから」

 

「なに、整備員無くしてカタフラクトは運用できんよ。それより助かった、礼を言うぞ」

 

「礼なんて……むしろこっちが礼を言いたいくらいです」

 

 守住はそう言うとユニスを急かして格納庫区画の外に出た。鹵獲した火星カタフラクトは重要な機密だ。戦闘中で警備が緩かったのが幸いしたが、見つかったら厄介なことになる。

 

「それよりも良いんですか、お仲間を倒すことに協力するなんて」

 

 居住区に気持ち足早で進みながら聞きずらそうに守住が尋ねた。どうも日本人という地球人はヴァース帝国の人間に敵意どころか気遣いを見せるようだ。

 

 ユニスは少し黙ってから答える。

 

「私も、何が正しいのかはよく分からない。だが、ああしなければ姫殿下は勿論、他の民間人の命も危険だった。後悔はしていないよ」

 

 今度こそ守住はユニスに意外そうな表情を向けた。

 

 飛行甲板に出ると脱出(ベイルアウト)した伊奈帆の回収のために飛び立ったMH-60J多用途ヘリが《あつみ》に戻ってくる所だった。

 

 

 *

 

 

《わだつみ》の格納庫には《雷電》四機が収まっていた。無理矢理飛び乗った《雷電》四機を《あつみ》に戻す作業はしばらく後になりそうだ。流石に同じ要領で甲板に着地すれば甲板が傷む。

 

《わだつみ》の食堂では篠原たちは食事を取っていた。食事を取りながら篠原は皆の様子を観察していた。

 

 伊奈帆は同級生に先程の戦闘での功績を讃えられている。単機で飛び出していったことに姉のユキは複雑な気持ちなのだろう。それを見守っていたが、顔色は浮かない。アセイラムは彼らのそばで話を聞きながらエデルリッゾと食事を取っていた。ユニスは炊かれた白い米だけでも食べていけるらしい。がつがつと食べている。

 

 飛び立っていた救難ヘリに回収された伊奈帆は一度《あつみ》に降り、ユニスと共に《わだつみ》に戻ってきていた。

 

 全員の顔色は明るい。火星は休戦を宣言し、再び攻撃してきた敵を退けることが出来たのだ。篠原はアセイラム姫の存在を司令部に報せる時だと食事を取りながら考えていた。

 

「寿命が縮みましたよ。格闘戦を試みるなんて」

 

 向かいに座る秋山が苦笑する。

 

「戦斧対ビームサーベルはきつかったよ。彼が居なきゃ俺も刻まれてたな」

 

 篠原が笑うが、秋山は笑えない様子だ。

 

「笑えないですよ、篠原一尉」

 

 代弁するようにユキが言う。その時、衛星放送の臨時ニュースが流れていたテレビが雑音と共に映らなくなった。再びの海賊放送の兆候に皆が注目する。映った映像には年老いた派手な髪型の男が豪華な演壇に立っていた。アセイラムが息を呑む。

 

『……誠実なる同胞であり、我が愛すべき家族、アセイラム・ヴァース・アリューシアはその死をもって我々に真実を伝えてくれた。その敬虔なる行いによって我々を目覚めさせてくれた。これは正義の行使である。我らの正義を踏みにじり、増長を重ね暴虐を尽くす地球への天罰である。今日、我々ヴァース帝国は地球に対し宣戦布告を行う』

 

 ガタンと音を立てて秋山が身を乗り出した。

 

「宣戦布告!?」

 

「休戦したばっかりじゃないか!」

 

「どういうこと!?」

 

 その場は騒然となった。厨房にいた兵士も食堂まで出てきて唖然としている。

 

 篠原が窺うとアセイラムは口を押さえて驚愕の表情を浮かべていた。

 

「おじいさま……どうして……?」

 

「正式に宣戦布告か。休戦するって話だったのに」

 

 カームが複雑な表情を浮かべる。

 

「ずっと戦争は続いていたんだ」

 

 後ろからかかった声に振り返る。

 

「鞠戸大尉」

 

「それを皆で知らないふりしていただけだ。そのじじいの言う通り、あのお姫様が死んで皆の目を覚ましてくれたってことだ」

 

「違います!私はっ……アセイラム姫は争いなんか望んでいません。地球とヴァースの友好の懸け橋になろうとしたのです」

 

「そしてまんまと火種になった。ずっと狙ってたんだよ、やつらは。大手を振って暴れられる大義名分を」

 

 その言葉にユニスが立ち上がり、篠原が止める。

 

「火星人がお姫様を生贄にしたっていうんですか!?」

 

 網文が声を荒らげた。

 

『LO篠原一尉、秋山二尉、CICまで。カタフラクト搭乗員は待機室へ』

 

 艦内放送が鳴り、篠原と秋山は席を立つと戦闘情報指揮所(CIC)へ急いだ。

 

 *

 

 火星からの宣戦布告が成されて一時間で第五護衛隊群には新たな指令がもたらされた。

 

 日本政府は日本の地球連合政府の安全保障条約に加盟、地球連合政府の要請に基づいた自衛隊の活動などが示された特別措置法が施行された。

 

 自衛隊は連合軍と肩を並べて戦うことになった。

 

 陸上総隊からのUHF通信でそのことを知った篠原たちはマグバレッジ艦長らとすぐさま会議を行った。

 

「当初は領海までの護衛でしたが、状況が変わりました。自衛隊は地球連合軍の要請に基づいた行動も実施します。《わだつみ》の護衛が可能です」

 

「本艦の戦力は正直心許ない。自衛隊に本艦の護衛を引き続き要請します」

 

《わだつみ》は先の戦闘で速射砲などを破損、アルダニティ小隊を失った。今やフリージアン小隊と、仮設編成のマスタング小隊が残存戦力だ。

 

「分かりました。こちらとしても自国民の乗る《わだつみ》を単艦で大海原に放り出すつもりはありません。現在幕僚が調整中です」

 

《わだつみ》を護衛することはすでに第五護衛隊群の司令部でも決まっていた。反抗作戦に支障のない限りの戦力として護衛艦をつけたいと司令部も調整している。

 

「助かります」

 

 マグバレッジは頭を下げた。

 

「いえ。当然のことです」

 

 篠原としてもこれは戦争が始まる前から考えなくてはならない問題だという認識だ。日本が中立を唱えようとも火星にとって日本は地球の国のひとつに過ぎない。地球連合に加わらなくても火星にとっては関係ないのだ。

 

「艦内の民間人を会議室へ。予備役と志願兵を募ります」

 

 マグバレッジの言葉に篠原は表情を固くした。

 

 

 *

 

 

 神奈川県茅ヶ崎

 

 

 相模湾にそびえ立ったクルーテオ城。その城内では警報が鳴り響いていた。

 

「63Bブロック、異常ありません!」

 

「63Cブロック、異常ありません!」

 

 オペレーターたちが叫ぶ。城内では警備部の兵士たちが自動小銃や拳銃を持って走り回っていた。

 

「城から逃げた形跡はない!必ず探しだせ!」

 

 憤ったクルーテオは声を張りながら各所からの報告を睨んだ。事の発端はクルーテオの使用人であるスレイン・トロイヤードがクルーテオの謁見の間を使って皇帝にコンタクトをとったことにあった。

 

「やつめ、勝手に謁見の間を使うとは。見つけ次第処刑せよ」

 

 クルーテオの剣幕は、自分の不始末が皇帝に直接達したことだった。名誉にも関わる。おまけにこの地の軍は幾らカタクラフトや戦車などの正面装備を破壊しても、蟻のごとく兵士たちが反撃してくる。領地の確保は一行に進まない。クルーテオの苛立ちは最高潮に達しようとしている。

 

『待たれよ。クルーテオ卿』

 

 そこへ通信が入る。指令室のメインモニターにザーツバルム伯爵の顔が映った。

 

「ザーツバルム卿」

 

『そやつはトロイヤード博士の息子。アルドノアの研究について問いただしたいことがある。生きたままとらえてくれるか』

 

 何を今さら悠長な、とクルーテオは内心で怒りを噛み締めた。

 

 一方、そのスレインはクルーテオ城のエレベーター内で一人の兵士を取り押さえ、拳銃を向けていた。

 

「それでは続きを教えてください。ブラド卿が戦った地球軍の船のことを」

 

 

 *

 

 

「まずあなた方の勇気ある志願に感謝します。これよりあなた方は地球連合軍の兵士として正式な任命を受けます。軍法と軍規を順守し、命令に従って任務を果たす義務が生じます。今まで習ったことを無駄にせず、勇気をもって戦いに赴き、地球の平和と秩序を守る戦士として活躍することを期待します」

 

 ミーティングルームに集まった民間人たちを前にしたマグバレッジの言葉は重みがあった。全面戦争に備え、志願者が募られたのだ。徴兵を実施するほど極東軍の兵員は切羽詰まった訳ではないが、戦力差を優位にできない地球連合軍はこれから追い詰められていくのは目に見えている。惑星間戦争以降、軍事教練の経験がある人間が一人でも多く必要だとの説明に集まった若い志願者は三十人を越えていた。身分証明や素養の確認のための面接と問診が行われ、彼らはこれよりまずは地球連合軍の予備役軍人の候補として任命される。

 

 予備役軍人の候補とは、日本語では予備兵士補とされ、予備役になるための訓練をまだ未修の者のことを示す。彼らは訓練を受けて予備役軍人となり、次に正規軍人として戦う訓練を受けることになるのだ。

 

 突然の開戦で正規軍ですら、練度が低いというのにさらに訓練の必要な予備役、そして予備兵士補が溜まっているという悪循環の中で錬度不足のまま彼らは戦うことになる。

 

 その志願者の中には界塚伊奈帆やカーム・クラフトマン、網文ら高校生たちの姿もあった。篠原はそれを複雑な目で見ていた。

 

「我が艦はこれより種子島基地で補給および修理を行います」

 

 マグバレッジの説明に顔色を変えたのは鞠戸だ。あからさまに動揺している。

 

「その後、ロシアの地球連合本部に向かうことになるでしょう。それでは各員、じ後の行動にかかってください」

 

 ぞろぞろと会議室を出ていく志願者たちの中で伊奈帆ら高校生が篠原と鞠戸の元へ歩いてきた。

 

「どうした?」

 

「篠原一尉、凄くおっかない暗い目をしていますよ」

 

 網文韻子の指摘に篠原は困った顔をする。

 

「学生の身分のお前たちを戦場に立たせることを篠原一尉は嘆いているんだよ」

 

「鞠戸大尉!」

 

 篠原は鞠戸に抗議の声を上げる。

 

「私たちが戦うことに反対ですか?」

 

 不安そうに網文が篠原を見上げて聞いてくる。

 

「……そりゃあとてもじゃないが喜ばしいことじゃない。だが、これは君たちの意思だ。義務感や責任感から君たちは立ち上がった。その意思を否定はしない」

 

 篠原の言葉を鞠戸は意外そうに聞いていた。

 

「だが、肩を並べて戦う以上は子供扱いはしない。カタフラクトに乗るようならしっかりしごいてやるから覚悟しておけ」

 

「ひぇー」

 

 韻子が苦笑する。面白そうに鞠戸は笑った。

 

「自衛隊流の戦技か。俺もご教授願いたいな」

 

「いやいや……」

 

 苦笑する篠原はしかし、熱のこもった目で篠原を見る伊奈帆の存在に気づいていた。この少年は本気で戦うつもりなのだ。

 

「もう……どうして」

 

 それに比べてユキは悲しそうに嘆いていた。

 

「戦争だから……誰かがやらなきゃいけない」

 

 伊奈帆の落ち着いた返事にユキは何も言えず、寂しそうな顔をしていた。

 

「お姉さんが戦っているのに自分は知らん顔決めてただ守ってもらうなんて真似、弟には出来ませんよ」

 

 秋山が言った。伊奈帆は言わなかったが、目は口よりも雄弁だ。

 

「きっと、自分の弟も……」

 

 秋山の遠くを見る視線に篠原は口を結んだ。安否の分からない家族を心配しながら任務に臨む秋山は一切私情を垣間見れさせることなく、これまで任務に当たっている。篠原はそれを敢えて無視した。直視すれば私情を挟みかねない。篠原はまだ完成された指揮官ではないという自覚があった。

 

 

 *

 

 

 神奈川県。相模湾

 

 

 神奈川県に面する相模湾には水深一千メートルを越える相模トラフが存在する。沖合いから一キロも離れると百メートル以上の水深が存在しており、トラフからは多数の海底谷が延びていた。

 

 そこに潜んだ潜水艦より発進した海上自衛隊特殊舟艇部隊、SBUはクルーテオ伯爵の揚陸城を目指し、30メートルほどの水深を静粛性の高い高速ジェット式水中スクーターで進んでいた。呼吸排気から二酸化炭素を取り除き、酸素を補って再利用するため、排気が出ない循環式呼吸装置(リブリーザー)を装備したSBUの水中破壊工作員(フロッグマン)四名のリーダーである羽住朋之一等海尉は敵地に潜入後の行動を頭の中で再び整理していた。

 

 与えられた任務は特殊偵察(SR)。可能であれば敵揚陸城に水中から潜入できるか、または水中からの破壊工作が可能かどうかという偵察まで行う。敵に接触する可能性の高い行動だ。

 

 火星カタフラクトの能力は非常に高く、正面からでは地球軍側のカタフラクトでは相手にならない。ならば搭乗員に乗り込まれる前に機体を破壊するか生身の火星騎士を倒す方がまだ現実味がある。

 

 発進地点から進んだ距離や針路、海流などを計算し直し、針路を修正する。間も無く敵揚陸城だった。

 

 揚陸城攻撃に当たっては陸路からの攻撃部隊と水中からの襲撃部隊、空中からの強襲部隊の三方面同時攻撃が予定されていた。

 

 水中からの襲撃に当たっては水陸両用戦用のバラスト・タンクやハイドロジェット推進器などの水中用装備を装備する陸上自衛隊水陸機動団の雷電が投入される予定だ。

 

 やがて四人は揚陸城に到着した。

 

 海底は未だにひどく濁っている。落着の衝撃で海底の環境は大きく変わっていた。発生した津波が巻き込んだ瓦礫などと浮遊している。だが、潜入には好都合だ。

 

 揚陸城からは水を汲み上げるためのホースのような配管がぶら下がっている。原子炉のようなとんでもない機関であるアルドノア・ドライブを有する揚陸城は海水を真水に変えて飲料水にすることなど造作もないのだろう。

 

 水中スクーターに錨代わりのログコイルを取り付けて沈めておく。四人はその配管付近から海面に向かった。海面に静かに顔を出すと思わず息を飲んだ。巨大な揚陸城は高さは有に一千メートルを越えている。今は花びらのような構造物を幹から広げていた。

 

 本当に宇宙人が侵略に来たのだなとその光景を見た羽住は改めて実感したのだった。

 

 ハッチなどからは侵入できそうにない。元々宇宙にあったものだ。気密性は抜群だろう。となると地球に降りてから展開した部分からの侵入が現実的だ。

 

 瀬尾春永二等海尉はロープをハーネスに装備し、取水管の中に侵入した。取水管は乗用車が入る程度の太さで水の流れは速いが、急ではない。緩やかに海水を汲み上げ、必要な分だけ真水にしているようで反対側では放水されている。

 

 対敵用のセンサーやトラップの類いが無いことを確実にチェックしながら瀬尾は進み、中腹まで来てぞっとした。三十メートルも先でポンプ用のプロペラシャフトが回転している。このまま行けばひき肉だ。

 

 ロープを引く合図を出そうかと考えたが、そのプロペラシャフト付近に点検口を見つけた。あそこへいくしかない。取水管の壁に張り付くと水の流れでずるずると点検口に近づいていった。ロープを慎重に緊張させながら点検口までたどり着く。幸いなことに開閉ハンドルが備わっている。

 

 瀬尾はロープのカラビナをハンドルにかけるとロープをたどって出口に戻った。

 

 羽住たちは周辺警戒に当たっている。瀬尾と合流した羽住たちは脱出用のロープを固定し、再び取水管へと入った。

 

 全員が水中銃を抜く。装弾数20発のハンドガン型の水中銃で、射程は短いが精度と信頼性は高い。

 

 敵と遭遇しても海に戻れれば逃げ切れる自信があった。点検扉にセンサーなどが無いことを確認し、ハンドルを回す。

 

 ハンドルを回して取水管の水圧でドアが一挙に開くことを想定したが、点検扉はあっさりと外側に開いた。その先も水で満たされている。取水管から水槽へ宮里麻樹二等海曹から先んじて侵入する。それに瀬尾が続き、羽住も侵入する。

 

 水槽は薄暗いが、光が上方にある。扉を閉めて慎重に浮上し、水面に静かに顔を出す。作業用の仮で取り付けられたライトが設置され、工具や資材が並ぶ。どうやら破損があって排水作業が行われていたようだ。

 

 羽住は運が味方してくれていると内心で思った。作業用の足場を登ってからシーリングされた銃納からHK416アサルトライフルを取り出す。素早く弾を込めて構えると他の隊員と共に揚陸城内へと進んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。