ブリッジに
『艦橋、CIC!《あかぎ》のUAVが撃墜されました!敵です!』
艦隊の前方三十マイルをMQ-8ファイアスカウト無人偵察機で警戒させていた。それが落とされたのだ。
「馬鹿な!こんなところにか!?」
「総員対水上、対空戦闘用意!艦載機、発進準備急げ!」
アラートが鳴る。全員急いでブリッジの各所にかけられた救命胴衣を着用し、ヘルメットを被る。制服姿で指揮を執るのは漫画や映画の世界だ。秋山も鉄帽を被り、救命胴衣を着用し、眼鏡を握った。
「レーダーは?」
「アクティブモードで捜索!艦長は!?」
不見咲は鋭い命令口調で声を張る。電波管制でアクティブモードでの捜索を避けていたレーダーが走査を開始する。データリンクによって対空戦闘態勢に入った海自の艦艇からの情報も共有された。
「種子島上空に
「対空警報!」
艦内電話が鳴る。不見咲が受話器を取った。
『何事か』
マグバレッジ艦長はCICに入ったらしい。CICはレーダーやソナー、通信などの他、自艦の状態に関する情報が集約される部署であり、指揮・発令が行われる艦の中枢だ。甲板より露出した
「はっ、前方にて警戒中のUAVが撃墜されました、アンノウン接近。敵機と思われます!」
不見咲が電話に吹き込む。
『右舷よりアンノウン接近!』
『
『右対空戦闘!シースパロー、発射始め』
戦闘中は全艦放送で指揮系統のやり取りが流される。外周の護衛艦からはミサイルが発射され、迎撃が試みられていた。秋山は立ち上がり、眼鏡を持ってそれを探す。
「ミサイル?」
艦橋からこちらに向かってくる飛翔体が見えた。一直線に向かってくる。針路上にいた《しらね》の砲熕火器が弾幕を張って阻止しようとしているが、直撃弾を受けても落ちない。
「なんだあれは……」
見張り員が呻く。
『回避行動、取舵一杯!』
「取舵一杯!」
不見咲が復唱する。
「わ、私?」
操舵についていたニーナは慌てて舵を切る。《わだつみ》の盾になるべく針路に割り込んだ《しらね》の艦橋付近に接触して飛んできたそれは目の前に迫っていた。
「駄目だ、撃ち落とせない!」
「砲熕火器、効果なし!なおも突っ込んでくる!」
《わだつみ》の
「ヤバイぞ!!」
「直撃する!」
見張り員が口々に叫び、不見咲がヘッドセットを全艦放送にして「衝撃に備え!」と怒鳴る。
乗員がニーナと代わろうとしたとき、艦に激震が走った。手すりに掴まらなかった乗員が投げ出され、秋山も吹き飛ばされそうになる。
『被害報告!』
マグバレッジのよく通る声が全艦放送で頭上から響き、乗員たちはいち早く混乱から立ち直る。
『右舷に被弾!機関室、浸水発生!』
『
『負傷者発生!』
矢継ぎ早に報告が飛び込む。
「不発か?」
不見咲が聞いた。ヘッドセットから報告を聞く乗員が振り返った。
「……いえ、これは」
金属の擦れる激しい音が聞こえ、めりめりとひび割れ、引き裂かれる音が足元から響く。ぎょっとして見張り員が艦橋のウィングから身を乗り出して被弾箇所を見ると突き刺さったミサイルのような太い筒型の何かがブースターの青白い炎を噴き、《わだつみ》の船体を離れようとしている。
「な、なんだ!?」
艦体を引きちぎるようにして離れていったそれに向かってなおも弾幕が張られるが、それを意にも介さず飛んでいく。《あかぎ》から発艦した戦闘機がそれを追って飛ぶ。
「火災発生!発火場所、機関室!火災の種類は不明!応急指揮所、ダメコン急げ!」
『こちら機関室!死傷者が出ている!死亡3、重傷2、軽傷2!医療班を!』
『こちら第三機械室!浸水発生!』
機関室の被害は甚大で、主機の回復は絶望的だった。不見咲と顔を見合わせた秋山は《あかぎ》に置かれる護衛隊群指揮所のダイレクトラインの受話器を取った。
「こちら《わだつみ》、状況を送れ」
『現在、敵機と交戦中。《わだつみ》は下げさせろ。艦隊で対処する。被害状況を知らせ』
「《わだつみ》は主機停止。航行不能!」
『……主機停止、航行不能、間違いないか』
「その通り。援護を求む」
『了解した。全力で援護する』
その言葉を裏付けるように低空をTF-1高等練習機がすり抜けていった。艦内で即応待機していたフリージアン小隊がエレベーターで飛行甲板への展開を開始する。
*
宗像はTF-1を駆り、飛び回るロケットパンチと交戦していた。巡航ミサイルのごとくロケットパンチが艦隊を襲っている。《わだつみ》が被弾し、沖合い三キロの地点で惰性航行していた。
《しらね》と《むらさめ》、《しまかぜ》が次々にシースパロー対空ミサイルを打ち上げており、海上には海霧のように白煙が漂っている。
発射されたミサイルの引く白煙の方向からロケットパンチが向かってくる。ミサイルなどの直撃を受けてもなお、ロケットパンチは撃墜には至っていなかった。
《あかぎ》を守るイージス艦などは後方に退避しようとしていた。
《わだつみ》を損害に関わらず死守せよとの命令を宗像たちは受けている。損害に関わらずとはすごい言葉を聞いたと宗像は思った。全滅してでも守り通せ。宗像は《わだつみ》にちらりと視線を巡らす。地球連合軍の強襲揚陸艦はすでに黒煙を吐いていた。
『
「FOX2!」
放たれたAAM-5短距離赤外線誘導ミサイルはロケットパンチが発するロケットモーターの熱源を追ってマッハ5まで加速し、旋回する。左側面から近接信管を作動させて充填された装薬を炸裂させ、弾体の破片を叩きつけたが、ロケットパンチはわずかに軌道を剃れて海面に接触するのにとどまった。
「固すぎる!」
『ミサイルがもうありません』
岡部が告げた。元々TF-1は軽量小型の練習機で搭載できる兵装は少ないが、中距離ミサイル二発、短距離ミサイル四発を搭載して飛んだというのに弾薬が底を尽きるほど撃ってもロケットパンチは破壊できなかった。
動きを止めた《わだつみ》をロケットパンチは狙っていた。ロケットパンチの行動半径にも制限があるようで、外洋に離脱する艦隊を追って来なかった。
『このままじゃジリ貧です!どうしますか』
TF-1の後方からロケットパンチが迫ってきた。
「ブレイク!」
旋回し、アフターバーナーを焚いて加速する。眼球が締め付けられるほどのGが体を襲う。
「護衛艦の火砲に狙わせるぞ!《しらね》とコンタクトを取れ!」
急降下して加速し、低空を《しらね》に並走するように飛ぶ。《しまかぜ》と《しらね》が射撃し、5インチ速射砲がロケットパンチを側面から直撃し、ロケットパンチが海面にぶつかって水没する。
「よし、なんとか……」
『
怒声が弾けて咄嗟に操縦桿を切る。TF-1の側方から飛び込んできたロケットパンチが寸前を掠め、衝撃波が機体を襲う。
「くっ!」
横から翼を跳ね上げられたように機体がバランスを崩した。ラダーペダルを蹴りつけ、操縦桿と格闘し、なんとか姿勢を取り戻す。さらに二対のロケットパンチが《わだつみ》に向かっていた。《わだつみ》の飛行甲板にはカタクラフトの搬出が始まっている。
「《わだつみ》に警告しろ!」
外れたロケットパンチの一つが向かってきていた。岡部が警告する間にも宗像は機体を駆ってロケットパンチをかわす。酷く一方的なドッグファイトが続いた。
*
やむを得ず《わだつみ》を残して退避を開始したあつみ型多目的輸送艦《あつみ》の格納庫では即応態勢で待機していた水陸機動団戦術機甲中隊のカタフラクト《雷電》が起動し、準備していた。水陸機動団に配備される《雷電》には水中戦装備が施され、バラスト・タンクやハイドロジェット推進器などを装備していた。
主兵装の突撃銃も特殊だ。ソ連のAPS水中銃をカタクラフト用にしたような58mm水中突撃銃を装備し、機雷などの敷設能力、除去能力も有する。また背部には武装をシーリングするケースや、兵員を輸送するコンテナを装備できた。
一個小隊四機の水中戦仕様《雷電》がウェルドッグから進水し、潜行するとジェット推進器を使用して種子島を目指した。さらに《あつみ》からはインテグレーター無人偵察機が飛び立つ。並走する《あかぎ》からもTF-1とF-35Jステルス戦闘機が発艦し、警戒を開始した。
種子島に向かっていた《雷電》四機は岸に近づくと一番機は浮上してセンサーを使用して索敵する。上陸地点周辺の安全を確認した一番機は浅瀬に足をつけ、カタフラクトには相応しくない匍匐の要領で海岸へと上陸を果たした。
クマデのような鉤爪型のクローを収納し、58mm水中突撃銃を構えた一番機のパイロット、
『ウミボウズ全機、こちら
上陸した小隊長の山中三佐はウミボウズの符丁が与えられた新城たち第1小隊に呼び掛けながらケースから75mm突撃銃を取り出し、兵員輸送用コンテナを背中から下ろした。小型の潜水艦に似たそれから水陸機動団戦闘偵察中隊の完全武装した偵察隊員たちが降りてくる。
偵察隊員たちの主武装は89式小銃とM109ペイロード対物ライフルだ。他にも対カタクラフト用に84mm無反動砲M4などを持っている。ブッシュハットを被り、顔をドーランで塗った精兵たちは素早く林内に消えていった。
「
それを見ながら新城も水中戦装備を解き、シーリングされたケースから突撃銃を抜き、装填するとケースに張り付いた大盾を左腕に取り付ける。
新城は今年24歳になる若手だが、すでに一等陸尉という階級にあった。職種は施設科で、PKOなどの任務でも重視されつつあったカタフラクトを学ぶために教育課程に進んだのだが、施設科の元いた原隊には帰れず、まさかの実戦部隊である水陸機動団に配属された。
しかし彼女の性に合っていたのか、水陸機動団での任務で彼女は自らの頭角を表し、今では精強水陸機動団の中でもさらに精鋭の偵察隊員としてカタフラクトを操縦していた。
やがて林内を抜けるとかつての道に出た。舗装もされなくなり荒れ果てた道路沿いに進む。しばらく進み、打ち上げ施設の方向を目指していたとき、頭上を何かが通過し、木々が波打ち木の葉が舞う。
「なんだ?」
『敵機だ、姿勢を低くしろ』
山中三佐が呼び掛け、新城は左の斜面に身を寄せる。HMD越しに戦術ディスプレイを操作し、《あかぎ》の飛ばした無人偵察機からの映像を戦術データリンクで共有し、確認する。
「ロケットパンチ?」
思わず呟いたそれは的を射た表現だ。握られた拳とロケットのついた前腕が飛んでいる。ブレスレットのようになっている手首の部分が回転し、恐ろしい速度で飛んでいる。
『01、こちら03!火星カタフラクトを確認した!座標は……』
三番機の石走准尉が怒鳴る。一キロほど離れた丘の上に火星カタフラクトの姿があった。思わず息を飲む。
『ウミボウズ、こちら01。隠密機動!全機散開。包囲するぞ。02より前へ!』
各機は展開し、地形に沿って移動を開始する。
新城はフライトグローブ下の手が汗ばむのを感じた。やはりグローブは必須だ。汗で操縦桿が滑りかねない。
新城は漂う緊張感に心の中ではある種のスリルを感じ、興奮し始めていることを自覚した。
──これがコンバット・ハイか?
新城は日頃の訓練通り、整備員を泣かせるような泥にまみれながら《雷電》を前進させた。