アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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act27 本体を叩け

茅ヶ崎沖、クルーテオ伯爵揚陸城

 

 

 スカイキャリアを強奪し、城を脱走したスレインに対し、クルーテオ伯爵は司令部区画であってもところ構わず激昂していた。その様子をオフィーリア・デュクレール子爵が静かに見つめている。司令部要員たちは怒るクルーテオの言葉に肩を竦めんばかりだった。

 

「おのれ!どこまで私を愚弄する気だ!《タルシス》で出る。スカイキャリアの用意を」

 

『待たれよ。クルーテオ卿』

 

 ザーツバルム伯爵の顔がホログラフィックで映し出される。

 

「ザーツバルム卿。なぜ止める?生け捕りを所望したのではないのか」

 

 幾らか怒りを抑えてクルーテオはザーツバルムに問う。そもそも生け捕りにしろなどとザーツバルムが注文をつけてこなければ済んだ話だ。コケにされたクルーテオはザーツバルムにも若干の苛立ちがあった。

 

『追撃に気づいて行き先を変えられては困る。あの者がどこへ行くつもりか知りたい』

 

「どういうことだ?」

 

『貴公はなにゆえあの者が謁見の間を使ったと思われる?』

 

「……、」

 

『もしスパイであれば仲間がいるだろう。案ずるな。我が上から追跡しよう』

 

 ザーツバルムの言葉を聞いていたオフィーリアは静かに司令部区画を出た。

 

 

 

 

 種子島沖合

 

 

 種子島沖合いで戦う《わだつみ》の戦闘情報指揮所(CIC)は突然参戦した火星の戦闘機に対し、困惑していた。

 

「敵の増援……なのか」

 

 艦橋(ブリッジ)から指揮中枢のCICに移っていた秋山が呟く。

 

「しかし攻撃を止めてくれました」

 

 マグバレッジはそう言いながらも希望的観測に過ぎないと内心では自分を責めていた。

 

「通信回線に呼び掛けは?」

 

「ありません」

 

「火星、ヴァースは各軌道騎士がそれぞれ家門を持っていて火星軍として一個の国軍として成り立っているわけではない。連携どころか軍閥としてお互い競い合うように地球での領地拡大を図っている。軍閥同士の仲間割れかもしれない」

 

「警戒は怠るな。《あかぎ》と連絡は取れますか」

 

「《あかぎ》は退避中。戦闘機隊に、火星軍機が我が方に帰順しなければ撃墜しろと言っています」

 

 すでに二機のTF-1戦闘機が加勢した火星軍機に向かっていた。

 

「機関復旧の見込みは?」

 

「機関長は戦死です。機関室は大破。復旧は絶望的です」

 

 ダメコン士官が答える。艦は今、推力を失い波に運命を任せているような状態だった。

 

「民間人だけでも脱出させる準備を整えなければなりませんね……揚陸艇を準備してください」

 

 

 

「邪魔立てをするのはどこの家門の者か!?」

 

 一方でフェミーアン伯爵も水を刺されたことに激昂していた。火星人を怒らすことが得意なスレインへ向けてフェミーアンは我が眷属として()で、名前までつけているロケットパンチを差し向ける。

 

「この地はすでにフェミーアンがとった。わらわの領地だ。勝手は許さぬ。行け!我が眷属たちよ!」

 

 ロケットパンチのロケットエンジンが青白い炎を焚き、急激に加速しながらスカイキャリアに向かう。フェミーアンはすべて《ヘラス》の光学センサーから得る情報でロケットパンチを操っていた。

 

『こちらは日本国航空自衛隊、火星軍機に告ぐ。直ちに武装を解除し、我が方に帰順せよ。さもなくば撃墜する』

 

 スレインは国際緊急周波数からの呼び掛けには答えず、バンクを振った──翼を左右に傾ける機体信号だ。従う意思があることを示している。

 

『火星軍機へ。針路190へ、転進せよ。……待て(スタンバイ)

 

 戦闘機のパイロットの緊張を感じとり、スレインは反応する。《ヘラス》のロケットパンチが旋回し、こちらに向かってくるのが見えた。

 

回避(ブレイク)、ブレイク!!フレアーアウト』

 

 地球軍機は回避の警告を発すると大量の赤外線デコイをばらまきながら回避行動を取るが、ロケットパンチはスレインに向かってきた。

 

「くっ……!」

 

 スレインも回避行動を取る。ロケットパンチに後ろを取られた。機体をバンクさせながら右へ左へとシザーズ機動を取るが、ロケットパンチが迫る。

 

火星人(マーシャン)、針路240、そのまま』

 

 先程から呼び掛けてきた地球軍機のパイロットの指示だ。スレインは咄嗟に指示に従うと機体を真っ直ぐ飛ばした。背後から迫り来るロケットパンチとの距離があっという間に迫る。緊張とGに内臓を潰されそうになっているとロケットパンチの後方に回り込んだ地球軍機が機関砲を射撃した。

 

 毎秒百数発の発射速度で放たれる火線が《ヘラス》のロケットパンチを捉える。数発がエンジンに当たり、ロケットエンジンが黒煙を吹いて速度を見る間に落とし、海に落ちていった。

 

『ロケットエンジンに対する攻撃は有効だ』

 

 その地球軍機に別方向から迫ったロケットパンチが掠める。

 

『しまった……!スタビライザーをやられた』

 

 その地球軍機は回避が間に合わず、被弾していた。みるみるうちに高度を下げていく。援護してくれた名も顔も知れない地球人に親近感を覚えていたスレインはああ……と顔を歪ませる。地球軍機は立て直せず座席を射出させた。

 

 のんびりと見ている場合ではなかった。スレインにも残りのロケットパンチが殺到する。咄嗟にカタクラフトを輸送する際のアームフックを展開し、空気抵抗を増大させて機体を急減速させる。

 

「うわぁ……!」

 

 急減速で失速し、慣性で強烈なGを受けたスレインは思わず叫ぶ。失速で機体が一瞬の間に数百フィートも高度を下げ、否落ちるという表現が正しい速さで高度を落としていく。その真上をロケットパンチが通りすぎた。

 

 だが、失速から機体を立て直す間を与えずにロケットパンチが迫る。速度が足りず回避できない。浅はかな行為だったか……

 

 こちらを握り潰そうと迫るロケットパンチを見て死を悟ったスレインは、しかしまだ死ねない!と心のなかで叫ぶ。

 

 その瞬間、ロケットパンチが炸裂した。

 

「うっ……!」

 

 目の前で炸裂したロケットパンチは失速して海に落ち、スレインは機体を立て直す。

 

 自分を救った攻撃は、全通型の飛行甲板を持つ艦上に展開した地球のオレンジ色のカタフラクトだった。

 

 ──オレンジ色のカタフラクト!

 

 スレインは運命を感じた。

 

 *

 

 その頃、種子島に上陸した陸上自衛隊の部隊は火星カタクラフトを包囲しようとしていた。

 

『合図を待て。敵の“目”を潰し次第、仕掛けるぞ』

 

 山中の声が息を潜める新城に伝わる。普通科隊員たちが対物ライフルで火星カタフラクトのセンサーヘッドの光学カメラと思われる目の部分を狙い、個人携帯型の対戦車火器や迫撃砲を準備していた。

 

 歩行戦闘車(カタフラクト)小隊の《雷電》は森の中に巧妙に偽装して隠れている。新城もまた伏せて反撃のタイミングを待っている。

 

『あれ一機とは限らん。第二小隊は引き続き島内の残敵を捜索しろ』

 

『了解』

 

 新城は心のなかで冗談じゃないと呟いていた。あんな化け物が二機も三機もいてたまるか。

 

『03、ESMであのロケットパンチをコントロールしている電波は探知できないのか』

 

 参番機は頭部のブレードアンテナが他の《雷電》とは異なり、電子偵察特化型の装備を備えた複座型で電子支援手段(ESM)──エレクトリック・サポート・メジャー──で敵の通信波やレーダー波などの各種電波を逆探知し、解析や発信方向の特定などが可能だった。

 

『まだかかります』

 

『急げ』

 

 着実に包囲の輪を狭める陸自部隊に拳を操ることに夢中なフェミーアンは気づいていなかった。

 

 

 

『全然当たらない!』

 

 韻子の泣き言を聞き流しながら伊奈帆はロケットパンチの動向を観察していた。

 

『《ヘラス》の拳の動向に注意しろ。距離を取ったぞ、加速して突っ込んでくる』

 

 鋭い男勝りな女の声が無線に響く。シリエジオなるコールサインを使っているが、伊奈帆にはユニスの声だとすぐに分かった。

 

 艦橋構造物の影からロケットパンチは襲ってくる気だ。

 

「コントロール。右舷のウェルドックハッチを開けてください」

 

 伊奈帆の要請は通り、艦長の指示でウェルドックのハッチが開く。伊奈帆が《スレイプニール》でハッチに下りると背後には退艦に備えて揚陸艇に乗り込もうとしている避難民の姿があった。その中に護衛に囲まれたアセイラム姫の姿を見た伊奈帆はより射撃に集中する。

 

「口を開けて耳を塞いで!」

 

 伊奈帆は外部スピーカーに声を張るとオールビューモニターに表示したレティクルをロケットパンチに重ねる。

 

……ファイア!

 

 心の中で叫んだ伊奈帆はトリガーを引く。75mm突撃銃、人間サイズなら砲が火を吹く。人と比べても大きな薬莢が排莢され、狭いウェルドック内に砲声が轟く。

 

 一発、二発、三発……背後のアセイラムを気にしない訳ではなかったが、この射撃は彼女たちを守るために行っている。

 

 ロケットパンチに直撃して炸裂した弾の影響でロケットパンチの軌道が反れて並進するロケットパンチに接触する。一基は海面に落ち、もう一基は艦尾をすり抜けていった。

 

「……幾ら攻撃を凌いでも、本体を倒さないと駄目だ」

 

『同感だな』

 

 伊奈帆の言葉に若い男の声が続いた。エレベーターが上昇し、飛行甲板に濃緑色ベースの野戦迷彩が施された《雷電》が展開する。篠原一尉だ。

 

『今、水陸機動団が火星カタフラクトを包囲して攻撃態勢を取っている。あのロケットパンチをこっちに引き付けないと』

 

 火星の攻撃機がこちらに向かうロケットパンチに射撃して再び海に叩き落とすのが見えた。生き残ったTF-1一機がそれを援護している。

 

『シリエジオ、あの火星の戦闘機は?』

 

 篠原が聞いた。

 

『不明だ。なぜフェミーアン伯爵を妨害しているのかは分からないが、油断するなよ』

 

『仲間割れなのか?』

 

『スカイキャリア単機で《ヘラス》と事を構えようとする無謀な火星騎士はいない。推測の域を出ないが、《わだつみ》に乗り込む者の正体を知っているのかもしれないな』

 

 ユニスの声には不安の色もあった。セラムの安否を知っている者がいても、敵か味方か分からなければさらなる脅威を招きかねない。

 

『とにかく《ヘラス》の拳と戦い続けても消耗するだけだ。なんとか打開策を見出ださなくては』

 

『あのロケットパンチを撃破できればな。とにかく艦に攻撃が及ぶのを防がないと』

 

 そんな会話をしながら向かってきたロケットパンチに射撃し、軌道を逸らした。海面に突っ込み、水飛沫が上がる。

 

『せめて敵の攻撃の方向を限定できれば良いのだが……機関は回復しないのか?』

 

『無理だ。機関室は全損している』

 

「それなら……」

 

 伊奈帆の言葉を聞いた一同は絶句した。

 

 

 

 

 スレインもまた苦戦していた。ロケットパンチを撃破するには単機では無理だ。それにあそこに漂う大型艦は四方八方から攻撃を受ける袋叩き状態だ。このままではジリ貧だった。

 

「姫様……」

 

 傷つき黒煙を上げる地球の大型艦を見て思わず呟いたスレインだったが、その大型艦に動きがあった。艦尾からホバークラフト艇が出てくる。そのホバークラフト艇の甲板へあのオレンジ色のカタフラクトが飛び乗った。

 

「何をするつもりだ……?」

 

 出てきたホバークラフトは艦首を掠めるように前進すると、カタフラクトはワイヤーを放ち、艦と艇を繋げる。

 

 彼らはホバークラフトであの大型艦を曳航する気だ。

 

「無茶だ……」

 

 それを黙って見ているフェミーアンではなかった。阻止しようとロケットパンチが大型艦に殺到する。援護機が旋回してロケットパンチを食い止めようとしているが、ミサイルなどの兵装は撃ちきったらしく、近接火器の射程には収められず追い付けない。

 

 大型艦を囲む護衛艦が砲熕火器で迎撃を試みていたが、ロケットパンチは弾幕を意にも介さず突っ込んでいく。

 

 が、突然無線に空電音が鳴り、レーダー画面が真っ白になった。

 

「なんだ!?」

 

 地球軍の電子戦妨害(ジャミング)だった。半自律飛行のロケットパンチが母機からの電波管制を失い、一斉に引き返す。

 

「なに……」

 

 スレインが戸惑う中、ホバークラフトは艦をゆっくりだが、確実に艦を島へと曳航していた。

 

 

 

 電子戦妨害(ECM)は航空護衛艦と共に離脱したイージス艦と上陸したカタフラクト部隊から行われていた。しかし高出力のジャミングは持続する時間が短い。敵のロケットパンチが混乱するのは僅かな時間だ。それまでになんとかしなくてはならない。

 

《わだつみ》の錨にエクステンショナルアンカーを打ち込んで揚陸艇とを繋ぎ、曳航していたが、揚陸艇の機関とアンカー強度からして速度は発揮できない。

 

 しかし、思わぬ援護があった。《わだつみ》の艦尾に砲塔などを破壊されて損傷し、満身創痍の護衛艦《しらね》が突っ込んだのだ。《しらね》の艦首は潰れ、波をかき分ける舳先は大きく変形したが、《しらね》は蒸気タービンエンジンの出しうる推力で《わだつみ》を押していた。

 

『無茶苦茶だ……!』

 

 アカギ小隊二番機の日比谷が呻いた。《しらね》の艦首は無惨にも潰れていたが、老体に鞭を打って押し続けている。

 

『無茶苦茶だが……骨のある連中だな』

 

 ユニスが薄く笑いながら言った。

 

「これなら……」

 

 希望が見えてきた。《わだつみ》は敵の攻撃方向が絞れる岸に近づいていた。島から伸びる波消壁までの距離を確認した伊奈帆はスラスターと安定翼をチェックする。

 

 波消壁に揚陸艇が最接近したタイミングを見計らって伊奈帆はスラスターと脚部の安定翼で滑走し、波消壁に辛うじてたどり着く。接地と同時に素早く前進を開始した。

 

『伊奈帆!?』

 

 韻子が悲鳴のような声で叫ぶ。

 

『戻れ!一人で何処にいくつもりだ!……ッチ、02(マルニイ)、続くぞ!03(マルサン)04(マルヨン)は残れ!』

 

02(マルニイ)、了解!』

 

 篠原が声を張り、《わだつみ》の飛行甲板を蹴って飛んだ。それに日比谷の《雷電》が続く。

 

『マスタング11(ワンワン)、私たちも行くわよ!』

 

『え、ええ!?』

 

 戸惑う韻子を連れて姉が飛び出してくる。飛び出したカタフラクトたちは波消壁を伝って岸へ向かう。

 

『なお君、どういうつもり!?』

 

 姉が咎める。

 

「ユキ姉こそ、艦の護衛はいいの?」

 

『あんたねぇ……』

 

『屁理屈を言うんじゃない。お前はもっと連携を学べ!《わだつみ》にはフリージアン小隊と、うちの二機が残ってる。敵の攻撃をこっちに引き付けるぞ』

 

《わだつみ》の艦上にはフリージアン小隊の残存機と篠原たちアカギ小隊の二機が護衛についていた。

 

 敵の攻撃をこちらに引き付けるためにも踏ん張らねばならない。

 

 伊奈帆はウェルドックで見たセラムの顔を思い出す。男の見せどころだ。

 

 

 

 同時刻、茅ヶ崎。クルーテオ伯爵揚陸城

 

 

 クルーテオ伯爵の揚陸城の偵察を終えた海上自衛隊特殊部隊の羽住一尉は破壊工作も済ませ、母艦の潜水艦《けんりゅう》へ一度撤収しようとしていた。潜入間、敵と接触することなく、完全にステルスを保って任務を終えることが出来るのは僥倖だった。

 

 途中、施設内では別の騒動があったらしく、警備要員がごっそりと下部デッキからいなくなったタイミングがあったこともあり、潜入は非常にうまくいった。敵機が離陸したフライトデッキの位置なども特定している。

 

 羽住は攻撃作戦成功を祈った。母艦に向かう最中の海中で羽住の暗視ゴーグルに黒い影が映った。ぎょっとして注視するとその姿は近づくにつれ、一つ目の巨人になっていく。

 

 すでに水路潜入用の《雷電》が投入され、低深度まで潜入していたのだ。

 

 作戦開始まで四十八時間を切っていた。

 

 

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