アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

3 / 41
act2 そして戦火の炎は燃え上がる

 新芦原市のメインストリートはいつになく大勢の見物人や報道関係者で溢れ、街はにわかに活気づいていた。

 

 この新芦原市には今日、火星のヴァース帝国からアセイラム・ヴァース・アリューシア第一王女が親善訪問で訪れるのだ。通行規制が敷かれ、民間の車は一切シャットアウトされたメインストリートの沿道に溢れる人々はほとんどが歓迎的で過激な団体も来ておらず、今のところ順調だ。

 

 人々の浮わついた雰囲気とは裏腹、物々しい機動隊員たちがネズミ一匹通さない厳重な警備を行い、制服警官たちが立哨している。歩道のゴミ箱はすべて中身が見えるアクリル板で出来たものと交換され、警察官たちが絶えずパトロールし、不審者不審物が無いかを警戒している。

 

 ビルの屋上には狙撃手が配置され、通りに面する路地のバンや、上空を旋回するヘリには完全武装した特殊強襲部隊(SAT)隊員が乗り込んで待機していた。

 

 警察官だけではない。地球連合軍のUEFの文字が書かれたグレーの戦闘服に身を包んだ兵士や、迷彩服姿の自衛官まで並び、万全の警備態勢を取っている。

 

「やれやれ。こういう人混みは苦手だよ」

 

 迷彩の戦闘服を着こみ、鉄帽(ヘルメット)を被った篠原はぼやきながら、通りに面する狭い路地に停まった軽装甲機動車の助手席に近くの売店で買ってきたコーヒーを持って乗り込んだ。

 

 軽装甲機動車の運転席と助手席の後ろの席に座った二人の自衛官は、運転席と助手席の間のテレビ中継を映したカーナビのモニターに集中している。

 

 警備といっても実弾配当はなく、銃も携行していない。警察はテロを警戒し、機動隊や銃器対策部隊、さらに警視庁からの応援を受けて特殊強襲部隊(SAT)まで総動員している。短機関銃に突撃小銃、狙撃銃、果ては放水銃や催涙ガスなどあらゆる装備を持って警戒の目を走らせていた。それとは裏腹、交通整理名目で出張っている自衛隊は警棒と警笛、大盾、そして信号銃がぎりぎりの装備だ。法に縛られた文民統制の下の自衛隊らしい。

 

『ご覧ください。ただ今、火星の第一王女、アセイラム・ヴァース・アリューシア殿下を乗せたリムジンが姿を──』

 

「あれ、リムジンですか?」

 

 ドライバーの守住(もりずみ)義樹(よしき)三等陸曹が呆れた顔で呟く。ナビの画面には警察の白バイと黒塗りの無骨な警護車輌に先導された、警護車輌並みにごつい白い車が映っていた。

 

「LAVより頑丈だよ。50口径だって抜けない」

 

 篠原の後ろに座った秋山二尉が答える。

 

「つよっ」

 

 守住は画面に釘付けになっていた。そんな装甲車のような武骨なリムジンと周囲の華やかさが浮いて滑稽にも見える。警護車輛の護衛も全員火星の人間で固め、ヴァース帝国側も決して気を許してはいなかった。

 

「ほれ、コーヒーだ」

 

「あ、わざわざすみません」

 

 篠原は秋山と守住にコーヒーを渡すと、共に買ってきたクロワッサンを包む紙袋を開けて一口かじった。

 

「火星のお姫様も大変ですね」

 

 コーヒーをすすった秋山が言った。

 

「命を狙われるのも分かってて和平のために安全な火星から遠路はるばる地球までやってきたんだ。守ってやらないとな」

 

 その言葉に秋山が苦笑した。

 

「篠原一尉を昔から尊敬する一面があります」

 

「突然なんだ」

 

「常に士気旺盛」

 

「あ、分かります」

 

 守住も頷く。

 

「士気旺盛?」

 

「自分たちの仕事道具のカタフラクトも無ければ銃もない。出動根拠も曖昧だから交通整理が名目です。皆、良い顔しませんよ」

 

「そうですよ。自分も同乗してるのが篠原一尉や秋山二尉じゃなくて後輩の陸士とかならきっと愚痴言ってます」

 

「部下に愚痴は言うなよ」

 

 篠原は苦笑しながら照れ隠しした。褒められることには慣れていない。

 

「あ、鞠戸(まりと)大尉」

 

 唐突に、狭い軽装甲機動車の車窓から外を見ていた秋山が呟き、軽装甲機動車から降りて、歩道に駆け寄っていく。

 

「まったく、職務中だぞ」

 

 ぼやきながらも篠原も軽装甲機動車を降りて人混みの中にいる秋山を見つけた。

 

 地球連合軍の士官と話している。弾薬受領に駐屯地にやってきた男女だ。今日も制服姿だった。

 

「あ、篠原一尉。こちら連合軍の鞠戸大尉と界塚准尉です」

 

「どうも」

 

 秋山の紹介に篠原が敬礼すると二人も答礼した。

 

「鞠戸孝一郎です」

 

 無精髭の生えた篠原と同じくらいの背丈(180以上)で、制服のネクタイも緩んだどことなくだらしなく見える男が名乗る。

 

「界塚ユキ准尉です」

 

 鞠戸とは対照的に生真面目そうな若い女が朗らかな笑みを浮かべて手を差し出す。よく手入れされた艶のある黒髪を腰近くまで伸ばし、背は170近く脚が長いモデル体型だ。愛想が良く、社交的でどんな人からでも第一印象は良いだろう。篠原も快く握手に応じた。

 

「この二人もカタフラクトドライバーだそうですよ。昨日の訓練支援で知り合いまして」

 

「“大尉”もカタフラクトのパイロットだそうですね」

 

 界塚に言われ、「“一尉”です」と訂正し、肯定する。

 

「いやぁ、自衛隊の方が実戦的な訓練をしていて、今度研修に行きたいと思ってるんですよ」

 

 鞠戸が言った。在日連合軍兵士は自衛隊を侮る傾向が強いが、この男は同じ日本人ということもあり、違うようだ。

 

「実戦的だなんて。連合軍のようなバックアップが無いから出せる知恵を絞ってギリギリな戦術を取っているようなものです。そちらに比べたら世知辛いですよ」

 

「私たちだってそうです。年端も行かないような子供たちに戦争に備えた訓練をしている」

 

 界塚が罪悪感を含んだ声で言う。

 

「まあまあ。辛気くさい話しはそれくらいにして」

 

 秋山が慌ててその場の空気を変えようとした。沿道の人々から歓声が上がる。リムジンが近づいてきたようだ。

 

「お、来ましたね」

 

 秋山が言い、四人は振り返る。篠原がリムジンを見ようと顔を上げた時、空から車列に向かって白い煙を引きながら一直線に飛んで来る黒い影を見た。

 

「誘導弾……?」

 

 その光景に一瞬、理解が追いつかず、篠原が呟いた時、爆発音が鳴り響いた。咄嗟に鞠戸が界塚の頭をつかんで無理矢理伏せさせている。幸い押し寄せた爆発の余波は僅かな爆風だけだったが、攻撃は止んでいなかった。

 

 テロ攻撃だ……!標的は間違いなく火星の姫君。やらせるか──!

 

「車に乗れ!」

 

 篠原は考えるよりも先に走り出していた。鞠戸と界塚に構っている暇はなかった。

 

 秋山と共に軽装甲機動車に飛び乗ると「出せ!」と一声で守住に軽装甲機動車を発進させた。

 

「あぶない、どいて!」

 

 鞠戸と界塚が軽装甲機動車の進路上の歩道にいた民間人を退避させる。

 

「どうするんです!」

 

 軽装甲機動車はクラクションを鳴らして鞠戸と界塚が確保した歩道を走り抜け、道路に飛び出した。その背後で界塚が「篠原大尉」と叫んでいたが、勿論篠原や秋山には聞こえていない。警察無線には声が飛び交っている。

 

『ミサイル攻撃だ!VIP退避急げ!』

 

『こちら現場本部(ゲンポン)、発射地点を特定されたい!』

 

『至急至急!こちら警ら41、発射地点はメインストリートを基点に南南西の方向!ミサイル、二射、三射、続いて発射された!』

 

『ゲンポン、こちらクロタカ!発射地点確認!南南西のデパート、立体駐車場からだ!これよりSATを降下させ、制圧する!』

 

『クロタカ、直ちに降下し、制圧せよ!』

 

 警察の緊急対応班がすぐさまVIPを脱出させるための非常用の予備経路を開け、白バイが車列を誘導しようとしたが、リムジンを運転する火星人のドライバーはそれに従う余裕はなかった。リムジンと警護車輌はそのままメインストリートを加速し、突っ走っていく。

 

 最初の爆発で、五トンの軽装甲機動車よりも重い重装甲の警護車輌が横転していた。その威力に唖然としながらも守住はリムジンを追ってアクセルペダルを踏みつける。

 

──一体誰がこんなテロを?ミサイルで火星皇女爆殺とは派手過ぎる。こんなことが実行可能な過激派が国内にいるのか……!?

 

 篠原は動揺したが、とにかく今は任務だけを考えることにした。不足事態が起きれば警察の指揮下に入って事態対処に当たることになっていたが、その(いとま)は無さそうだ。

 

『VIP退避経路への誘導失敗!』

 

『陸自の装甲車が追いかけている。盾になってでも守り抜け!』

 

『発射地点立体駐車場で爆発あり!制圧部隊が現在降下完了し、確認中!』

 

 無線に飛び交う声も一向に好転の兆しはない。

 

 秋山が機関銃手(ガナー)用のハッチを開けて身を乗り出した。

 

「ミサイルが来ます……!」

 

「煙弾を使おう、あれはATM(対戦車ミサイル)だ」

 

 篠原は天井に備わる発煙弾発射ボタンに指を添えた。軽装甲機動車には四連装発煙弾発射機が左右に一基ずつ備わっている。

 

「了解、──うわっ!」

 

 目の前でもう一輛、警護車輛が攻撃を受けた。警護車輛のドライバーが操縦を誤り、軽装甲機動車に向かって突っ込んでくる。

 

「避けろ!」

 

 咄嗟に警護車輛をかわして爆煙を突き抜けると目の前には白いリムジンが走っていた。警護車輛は残っていない。

 

「リムジンは無事だ!」

 

「護衛がやられました!」

 

 秋山が叫ぶ。警察車輛も離され、ついてくる警護車輛は無い。篠原たちの乗る軽装甲機動車の後方を慌てて飛び出したパトカーや陸自の96式装輪装甲車が追ってくる。

 

「ミサイル、六時方向!」

 

「リムジンを煙覆する。守住、全速だ!」

 

 軽装甲機動車のディーゼルエンジンが高く唸り、加速する。リムジンに限りなく近づいた瞬間、篠原は発煙弾発射のボタンにかけた指に力を込める。

 

「煙弾発射!」

 空中に飛び出した煙弾が弾け、煙幕が形成される。対IR効果も発揮する煙幕だ。赤外線誘導や赤外線画像誘導の対戦車ミサイルなら目標を見失うはず──

 

 そう思った瞬間、煙幕を突き破り、リムジンを見失ったミサイルが軽装甲機動車の左真横に着弾した。

 

 砕けたアスファルトと爆風に煽られて、軽装甲機動車が横転する。一瞬、意識を失ったと思った時にはシートベルトに吊られてぶら下がっていた。車は操縦席側が地面になって横倒しになっていた。

 

「やられた」

 

 口の中が切れ、血を吐き出した篠原は呻きながら車内を見た。守住は額から血を流して意識を失っていたが、息はあった。

 

「一尉、リムジンは……?」

 

 後ろでひっくり返ったまま秋山が聞いた。篠原はなんとかドアを開けて顔を出してリムジンの行方を追った。歩道橋の手前でリムジンが大破、炎上し黒煙を上げていた。辺りではサイレンが鳴り響き、原形を留めていないリムジンに警察官や消防士が駆け寄るのが見えた。

 

「畜生」

 

 篠原の沈黙に事の結末を悟った秋山が呻くように呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。