アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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act30 相模湾反攻作戦

 相模湾、クルーテオ城

 

 

 クルーテオ城では未だに苛烈なスレインの拷問が行われていた。

 

「アセイラム姫もさぞや無念であろう。このような劣等民族を信用し、命を落とされるとは……」

 

 そこへ指令室からの通信が入る。

 

『クルーテオ伯爵』

 

「どうした?」

 

『監視中の島から地球軍の艦隊が出港しました。二隻減りましたが、新たな艦が加わっています』

 

 新たな艦の俯瞰映像が映る。巨大な艦影だった。時代遅れの戦艦。しかしそれは空中を浮遊していた。

 

「馬鹿な……アルドノアを持たぬ劣等民族どもがなぜこのような船を……!」

 

 動揺するクルーテオを見てスレインは薄く笑う。それに気付いたクルーテオは怒りの形相で振り返った。

 

「貴様何がおかしい」

 

「いえ、何も……」

 

「もうよい。殺せ」

 

 飽きたとばかりに言ったクルーテオに通信を繋げたままのザーツバルムが焦る。

 

『待たれよ。クルーテオ卿』

 

「誇り高き我ら軌道騎士を愚弄するなど。この地球で灰にしてくれよう」

 

 ザーツバルムは舌打ちと共に通信を切り、モニターからザーツバルムの姿が消える。クルーテオがスレインに向き直ったその時、クルーテオ城に激震が走った。

 

 

 

 

 同時刻、クルーテオ城

 

 

 招かれざる客がクルーテオ城にいた。偵察時と同様、取水設備から潜入した海上自衛隊特殊部隊SBUの襲撃チームは瞬く間にクルーテオ城内に浸透し、各所で突入のタイミングを待っていた。

 

 偵察班を率いていた羽住もまた本隊を先導して潜入し、通路の床下のケーブル構の警報装置を解除しながら音に気を付けて這いずり回り、中枢へ進むハッチの前までたどり着いていた。

 

 エアロックになったハッチの前には火星人の警備要員がいた。アーマーなどの類いは身に付けておらず、青の制服姿だが、腰には鈍く光る拳銃を吊っている。

 

 羽住はHK416カービン銃を握る左手首の内側に着用したプロトレックのダイバーウォッチを確認した。

 

 15秒前……10秒前……5、4、3、2、1──今

 

「ゴー」

 

 小さく骨伝導のヘッドセットに吹き込んだ羽住の言葉と同時にクルーテオ城で爆発が起きた。

 

 事前に各所に仕掛けられたコンポジションC4高性能爆破薬が時限信管によって起爆。主要な通信配線を破壊し、適切な設置によって最大の効力を発揮し、強固な外壁に穴を空けた。巨大なクルーテオ城も動揺する衝撃が生じ、警備要員が驚いて手すりに掴まる。

 

 瞬間、爆発と共に飛び出していたSBU隊員がその男の背後に回り、口を押さえてポリカーボネイト製のナイフを男の胸に突き立てる。

 

 肋骨の隙間から差し入れられたナイフは一突きで心臓に達し、男の顔が驚愕に染まったときにはナイフが捻られ、男は真っ黒のジャンプスーツに身を包み、顔をプロテックヘルメットとバラクラバ、ゴーグルで覆ったSBU隊員を見ることなく、抵抗する間も無く絶命した。

 

 SBU隊員たちは言葉も交わさずに次の者がハッチに取りつき、ハッチのロックを解除する。他の者はカービン銃を構えて周囲を警戒し、ハッチが開くと通路を前進する。

 

 ブシュッという圧縮された空気が狭い穴から漏れ出す一瞬の音が二度、狭い通路に響いた。崩れ落ちた火星軍兵士を跨いで羽住は一挙に通路を進む。

 

 言葉を交わすこともなく、突き当たりの通路で左右に分かれた隊員たちは流れる水がごとく足を止めずに進む。

 

「なんだ、お前た──」

 

 通路の先を歩いていた灰色の制服の男がこちらを振り返って声を上げたが、先頭を進む前方警戒員(ポイントマン)の持つサプレッサー付きのHK416Cの銃口が短く火を噴き、射出された5.56mm亜音速(サブソニック)弾が男の胸を粉砕する。

 

 クルーテオ城上層の司令部区画では爆発を事故か攻撃か特定することに躍起になっていたが、警備要員との連絡が次々に途絶し、各所のカメラがブラックアウトする。

 

 敵の攻撃、しかも城内への侵入に気付いた司令部区画は一瞬パニックに陥ったが、速やかにエレベーターや隔壁の閉鎖が実施された。しかしそれも遅きに失した対策だった。セキュリティの配線を探り当てたSBUたちが大部分のケーブルを銃撃でズタズタにし、もしくはバイパスした配線からハッキングを行ったからだ。コンピュータウィルスが城内のセキュリティ・ネットワークを機能不全に追い込んだ。

 

「B21、応答ありません!」

 

「下部デッキで火災発生!延焼中!」

 

「これは地球軍の攻撃です!」

 

「隔壁を早く封鎖しろ!」

 

「城内のセキュリティが破られてる!」

 

「くそ、兵を送れ!これ以上の侵入を許すな!」

 

「直ちにクルーテオ様の元へ最寄りの兵を向かわせろ!」

 

 クルーテオ城には更なる脅威が海中より迫っていた。

 

 

 

 水陸機動団偵察大隊の水路潜入仕様《雷電》二個小隊八機が海中より忍び寄り、SBUが爆破したクルーテオ城の下層部から突入した。大穴の空いた隔壁を75mm突撃銃と戦斧(トマホーク)でさらに無理矢理拡げ、侵入路を確保した《雷電》は戦斧を奮って次々に壁を破壊する。

 

 防護壁を戦斧で打ち破り、堂々と突入した《雷電》の一つ目がぎょろりと周囲を睥睨し、駆け付けたクルーテオの兵たちを怯ませる。

 

 対人用の装備しか持たない彼らはそれでも7.7mm突撃銃で応戦を試みたが、《雷電》はセンサーヘッドの側頭部に装備する20mm機関砲で応戦した。毎分二千発の発射速度で放たれた20mm焼夷榴弾の弾幕に、兵たちは塵となって散り、自衛隊の強襲部隊は前進を開始した。それに続き、10名乗りの戦闘偵察強襲用ゴムボート(CRRC)に乗り込んだ陸自部隊が先行する《雷電》のこじ開けた穴に次々に飛び込む。

 

 乗り上げた六隻のCRRCと《雷電》が運んだ人員輸送用コンテナから展開した隊員を含め、一挙に一個中隊の隊員がクルーテオ城に侵入を果たした。水陸機動団に加え、第31普通科連隊と第34普通科連隊から抽出されたレンジャー隊員で編成されたレンジャー中隊の隊員たちは上陸地点を制圧。橋頭堡を確保する。そこへさらに後続のカタフラクト隊などが殺到する。SBUの情報を元にクルーテオ城の制圧を目指して攻撃を開始する。城内の警備要員たちは近接戦闘や射撃に優れるレンジャー部隊に太刀打ちすることは叶わなかった。

 

 上陸を阻止しようとクルーテオ城からの迎撃が始まるが、上陸作戦と同時にF-2A支援戦闘機が放った対レーダーミサイルが再びクルーテオ城のレーダー設備を破壊した。

 

 航空攻撃と共に沖合いに控えていた護衛艦の支援射撃も開始され、5インチ砲と巡航ミサイルがクルーテオ城へ次々に降り注いだ。加えて茅ヶ崎に集結していた陸上自衛隊の部隊も攻撃を開始する。155mm榴弾砲が茅ヶ崎市内に展開した火星軍部隊の陣地を叩く。発射されたMLRSが火星軍の陣地にクラスター爆弾を降らせると、第1師団第1戦術機甲大隊及び富士教導団の歩行戦闘車(カタフラクト)隊、戦車部隊が進軍した。

 

 90式戦車改と10式戦車、そして《紫電》二個中隊が敵を蹴散らし、その後に後詰めの第一師団、第十師団、富士教導団などの混成機械化普通科連隊の89式装甲戦闘車と96式装輪装甲車、機動戦闘車などが続く。それをAH-64D戦闘ヘリ及びAH-1Z戦闘ヘリが援護し、火星軍の陣地に突撃する。圧倒的な火力による打撃を揚陸城と市内の陣地に受けたクルーテオの軍は大混乱に陥った。

 

 クルーテオ城内の人員の半数は非戦闘員だった。迎撃に出た保安要員がなすすべなく倒されると、火力と数に勝る圧倒的な自衛隊の部隊を前に彼らの抵抗は無力だった。自衛隊の降服の呼び掛けに多くの者が応じて降服していった。

 

 駆け込んできた兵士から状況を聞いたクルーテオは驚愕する。

 

「デュクレール卿は!?彼女はどうした?」

 

 咄嗟に火星騎士としてカタフラクト《フェルミ》を駆る絶大な戦力を持つオフィーリア・デュクレールの助力をクルーテオは望んだ。もはやクルーテオ独りで対処できる攻撃ではなかった。

 

「所在はこの混乱で不明です!」

 

「ええい、なんてことだ……!私の《タルシス》を!小賢しい劣等人種が、まとめて始末してやる」

 

 怒りに燃えたクルーテオが怒鳴っていると再びスレインは薄く笑った。そのスレインにクルーテオは詰め寄る。

 

「答えよ!貴様、何を笑った?何を笑った!?答えよ。《ヘラス》を討ち取ったのは、よもやアルドノアを持った者ではあるまいな?」

 

「姫様の愛した地球を……こんなにした報いです」

 

 スレインは弱々しく言葉を漏らす。

 

「バカな。起動できる者など……地球に降りたヴァースの者はわずか。起動権を持つ者といえば……」

 

 クルーテオの顔面から血の気が引く。

 

「まさか……アセイラム姫」スレインの顔は肯定するまでもないように余裕の表情がわずかにでも戻っていた。

 

「姫は生きておられるのか?言え!姫はご無事なのか?答えぬか!」

 

「ご無事だとどうされるのです?また暗殺するのですか?」

 

「何?」

 

 ドーンと再びクルーテオ城に激震が走る。兵士が急げとばかりに焦りの表情でクルーテオを見た。

 

「トリルラン卿に……命令したのでは?今度こそ殺せと」

 

「貴様!」

 

「生かしておけば 一族郎党逆賊だと」

 

 何かがおかしい。クルーテオはその場を離れられずにスレインの言葉に耳を傾けていた。

 

「貴様……トリルラン卿の最後を見たと申したな?」

 

「ええ。……僕が撃ちました」

 

 その言葉に眉根がぴくりと動く。

 

「では隕石爆撃に巻き込まれたと言うのは……」

 

「次元バリアを装備した《ニロケラス》がですか?」

 

 クルーテオはもはや表情を凍りつかせた。

 

「クルーテオ様、お早く!」

 

 兵士が怒鳴った。

 

「あなたの思い通りにはさせない。姫さまは……あなたの野望を……砕く……」

 

 そこまで言ってスレインは気を失った。

 

「アセイラム姫が……生きておられる……?そんなはずは……まさか」

 

 クルーテオは愕然としていたが、その時、部屋の外で銃声が鳴り響いた。

 

「お下がりください!」

 

 ドアに四人の兵士が短機関銃を構えてクルーテオを庇う。クルーテオも拳銃を握ったとき、ドアが炸裂し、何かが飛び込んできた。ドアから顔を逸らした瞬間、耳を引き裂くような爆発音と部屋を照らし出す閃光が降り注ぎ、中耳が麻痺してその場に膝をついた。頭上で銃声が鳴り響き、その場にいた兵士たちが倒れる。

 

 気がつくとクルーテオと兵士の後ろにいた二人の部下はいつの間にかに拘束されていた。

 

「動くな!」

 

 黒いジャンプスーツに身を包んだ男がクルーテオを床に押し付けて耳元で怒鳴る。

 

「離せ、無礼者!」

 

「黙れ!──この男が指揮官だ。連れていけ!」

 

 男たちは地球軍の特殊部隊だった。顔は目出し帽とゴーグルに覆われ、表情を窺い知ることのできない不気味さがあった。クルーテオは腕にプラスチック製の手錠をかけられ、自決防止の猿ぐつわをされるとその場からすぐに引きずり出される。

 

「答えろ、彼は火星人か!」

 

 背後では尋問室にいたクルーテオの部下の女兵士が後ろ手に拘束され、地球軍の兵士に尋問されていた。吊るされていたスレインが下ろされて床に横たえられる。

 

「くそ、子供だぞ。なんてことを……!」

 

「救難員を呼べ!」

 

 男たちが喚いていた時、突然先程とは違う衝撃がクルーテオ城を襲った。

 

 

 

「なんだ!」

 

 羽住は起き上がりながら怒鳴った。激震は続いている。巨人の足音のようで、しかも城のあちこちが破壊されているらしい爆発音が聞こえる。

 

「敵カタフラクトです!城内にいたカタフラクトが起動した模様!現在交戦中」

 

 宮里が答える。堤三曹と田鹿二曹が担架を組み、意識を失った少年を乗せる。

 

「ここは危険だ。下層部に退避!急げ!」

 

 担架に乗せた少年と捕虜三人を連れて退避を開始する。担架はいざというとき道を塞がないよう最後尾だ。金髪の貴族風の男は抵抗したが、腕を極めて無理矢理走らせた。

 

「司令部区画に突入した分隊と連絡が途絶えました!敵カタフラクトは上層部を破壊し──」

 

「伏せろ!」

 

 羽住は前を進む金髪貴族と女兵士を突き飛ばして自らも伏せる。天井がメキメキと音を立てて軋むとボルトや溶接部分が引き裂かれ、剥がれ飛んでいった。

 

「なっ……」

 

 見えたのは深紅の火星カタフラクトだった。咄嗟に小銃を構えて撃つが、勿論効果はない。その火星カタフラクトが手のひらをこちらに向けて突き出す。何かの攻撃モーションだ。危機を感じたその時、そのカタフラクトの横合いから一機の《雷電》が飛び出し、戦斧を振るう。

 

 さらにレンジャー小隊の対戦車分隊が01式軽対戦車誘導弾を発射する。

 

「今のうちに逃げるぞ!」

 

「《フェルミ》……!デュクレール卿か!」

 

 転がした拍子に猿轡の外れた金髪貴族が喚くが羽住は部下と共に走らせる。背後の爆発音に振り返ると《雷電》が壁に叩きつけられた所だった。

 

『止まれ』

 

 火星カタフラクトから抑制された女の声が響いた。

 

「止まるな、走れ!」

 

 羽住が叫んだとき、再び火星カタフラクトが手のひらを突き出す。目の前の床材が床下のケーブル構ごと捲れ上がり、道を塞ぐ。

 

「なんだ、アイツ!サイコキネシスか!」

 

 宮里が叫ぶ。金髪の男の顔に余裕が戻っていた。

 

「無駄だ、《フェルミ》から逃げられん。降伏しろ、地球人」

 

『その少年を置いていってもらおう』

 

 火星のカタフラクトから再び声が降る。

 

「子供を見捨てて逃げるわけには行くか!」

 

 田鹿が怒鳴り返す。

 

『愚かな……』

 

 その呟きと共に突然、田鹿や堤が立つ床がメキメキと音を立てて持ち上がった。二人がその場から逃げ出そうとするが、貼り付けられたように動けずにいる。

 

「なっ……」

 

「装備が……!」

 

 二人が慌ててアーマーのクイックリリースハンドルを引き抜いてボディアーマーを脱ぎ、武器や装備を手離すと床に転がった。しかし少年の乗る担架やその周囲に転がっていた武器や破片などの金属片は浮き上がり、火星カタフラクトの掌へと吸い寄せられる。二人が慌てて担架のラッシングベルトを解いて少年を助け出そうとする。

 

「磁力を操っているのか……?」

 

 思わず呻いた羽住は自身の装備も僅かながら引き寄せられていることに気付いた。固定バンドを外して少年を脱出させようとしていた二人に火星カタフラクトはもう一方の手を伸ばす。

 

「危ない!」

 

 二人はカタフラクトの指で、宙に浮いた床材から払い落とされた。なんとか床材に掴まって落とされまいとする二人を無視して火星カタフラクトはその手の中に少年を固定した担架を収めると、ゆっくりと手を下ろし、興味を失ったようにプイとセンサーヘッドの頭を背ける。

 

 浮いていた床材や金属片もその手の動きと共に下ろされる。なすすべなく田鹿と堤も下ろされてしまった。

 

「なっ……デュクレール卿!?」

 

 金髪の男は驚いて叫ぶが、火星カタフラクトはそのまま床を蹴り、揚陸城から飛び出していた。そのまま飛び出したタイミングで飛来した平べったい航空機に飛び乗ると離脱していく。その航空機にはもう一機、白い火星カタフラクトが乗り込んでいる。

 

「私の《タルシス》を……!?まさか、デュクレール卿が……?いや、そんな馬鹿な……」

 

「あの火星カタフラクトに対しての攻撃を禁ずる!あれには子供が乗っている!繰り返す、子供が乗っている!」

 

 うわ言のように見捨てられて膝をついた金髪の男が呟く中、羽住は懸命に無線に怒鳴っていた。二機のF-15J戦闘機が追うも、攻撃できないために自衛隊は火星カタフラクトの逃亡と少年の拉致を許してしまった。

 

 

 

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