アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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act32 心に傷を抱えたものたち

 スレインは悪夢を見ていたような気分のまま、意識を覚醒させた。クルーテオに吊るされていたはずだが、腕は拘束されていない。それどころか清潔な服を着ていて、何よりベッドに寝かされていた。どういうことだ?

 

 目を開くと白い清潔な部屋だった。ベッド脇で本を読んでいた男が立ち上がった。

 

「目覚めたか、スレイン・トロイヤード」

 

 威厳はあっても威圧感はない、自然な口調でザーツバルム伯爵が語りかけた。

 

「……ここは?」

 

「私の城だ。もう安全だ。ゆっくり休め」

 

「私は一体……うっ……」体を起こそうとすると激痛があちこちに走った。鞭で打たれた部分がひどく痛むが、丁寧に湿布を貼られていた。「確かクルーテオ伯爵に尋問を……」

 

 そこまで言いかけて、気配を消していたもう一人の存在に気付く。ザーツバルムの横でデュクレール子爵が背中で手を組み、無言で佇んでいた。

 

「案ずることはない。もうあやつは追ってはこれん」

 

「伯爵は亡くなられたのですか……?」

 

 ザーツバルムはその問いには答えなかった。無言のデュクレールも気になった。デュクレールはクルーテオの側の人間では無かったのか?見逃され、今度は連れ帰られ、クルーテオに厳しい拷問を受けた。味方なのか分からない存在にスレインは警戒する。

 

「我はそなたの父君に恩義がある。ゆえにそれに報いる義務がある」

 

「恩義……」

 

「十五年前、開戦の折に我は先兵として地球へ降下した。そこでヘブンズ・フォールに見舞われ、瀕死の重傷を負った。月は割れ、地殻変動が起き救助のあてもない天変地異のさなかで我はそなたの父君、トロイヤード博士に拾われ命を救われたのだ」

 

「父さんが?」

 

「そなたの姫殿下に対する忠誠心、とくと見届けた。暗殺者に悟られぬよう姫殿下の無事を隠し通した忠義は賞賛に値する」

 

「どうして姫のご無事を?」

 

「クルーテオ伯爵は反逆者ではない。むしろ姫殿下に忠誠を誓う真の騎士。そして我こそがアセイラム姫殿下暗殺を企てた反逆者である」

 

 スレインは驚愕のあまり、目を見開く。デュクレールはもの悲しげな表情で床を見つめていた。

 

 

 *

 

 

《デューカリオン》は針路を北東に取り、本州を避けるように太平洋上を飛行していた。すでに艦隊とは離れ、単艦での行動である。

 

 カタフラクトデッキでは搭乗員たちがシミュレーションで訓練を行っていた。

 

「よく周囲を見て。ほら赤外線(IR)も。警戒を怠らない」

 

『はい!』

 

 篠原は整備員と共に《雷電》を点検しながら、ユキやその教え子たちの訓練の様子を見ていた。《あつみ》に搭載されていた《紫電》が予備機として六機、さらに追加で搭載されており、カタフラクトデッキはますます大盛況となっている。

 

『二時の方向に機影3。敵味方識別信号(IFF)応答なし。敵と判断。まもなく有効射程。交戦します』

 

「へぇ、韻子のやつ、けっこうやるなあ」

 

 手すりに寄りかかって見ていたカームが呟いた。

 

「彼女はなかなか良い勘してるわ。カームくんもやる?」

 

「俺、整備員に回されたんですよ」

 

「今のところはね」

 

「それ、空きが出るってことですか?」

 

 起助が聞く。

 

「戦争だからね」

 

 影のある表情とその言葉にカームと起助は顔を見合わせる。

 

「自衛隊もパイロット足りてないみたいだしねぇ」

 

 予備機の《紫電》を見上げて起助が呟いた。そこへライエがやってくる。予備役の兵士補となったため、OD色のパイロットスーツを着ていた。

 

「私にもやらせて」

 

「お。狙撃少女」

 

「でもあなた、教練は受けてないんじゃ?」

 

「ゲームで覚えた」

 

「それってシムカット10?あれってよく出来てるよなあ。俺、実習はいまいちだったけどあれはうまいんだぜ。でもよくそれで実機を操縦できるようになったなあ……あ、」

 

 キャットウォークから見下ろした位置にアセイラムと伊奈帆、そしてエデルリッゾがいた。伊奈帆に連れられて説明を受けているらしい。エデルリッゾがあくびをしているのを見るとつまらない話らしい。

 

「火星人かぁ、俺ら地球人と変わんねえよなあ。言われなきゃわかんねえよ。伊奈帆のやつもひっでえよなあ。姫の正体知ってたのに黙ってやがったんだぜ」

 

「まぁ、なおくんも大人になったってことよ。好きな人を守ろうとしてたのよね」

 

「は?」

 

 それまで順調に訓練をしていた韻子はその言葉を聞いて手元が狂ったのか、撃破判定を受ける。

 

『それどういうことですか?!』

 

「火星のお姫様でしょう?まるで昔話みたいよねぇ。するとなおくんは騎士かな?結婚したらそれこそドラマチックよねぇ」

 

「ほほぉ」

 

「そうなんですか?!そういうことなんですか?!」

 

 韻子はコックピットからもう訓練そっちのけで顔を出している。

 

「そんな気なさそうだけどなあ。笑顔も見せないし、いつもと同じ愛想のない顔してるけど」

 

「全然違うわよ」

 

「そうですか?」

 

「家族なんだから分かるわよ。嬉しい顔、落ち込んでいる顔、嘘ついてる顔。あれは相当入れ込んでる顔ね」

 

「そうかなあ?」

 

「だいたい、あの朴念仁が女の子の話をまともに聞いてること自体おかしいでしょ」

 

「それは確かに!」

 

「あれはあの子の最大の愛情表現なのよ」

 

 韻子はコックピットから慌てて出てくる。

 

「界塚准尉!休憩いいですか」

 

「どうぞ」

 

「俺も!」

 

 カームも韻子に続く。良いのかよ、と見ていた篠原は嘆息する。まだやっぱり子供だ。興味の無さそうなライエだけが残っていた。

 

「シミュレーターいい?」

 

「ええ。もちろん。あなたはいかなくていいの?」

 

 ライエは無言で肯定するようにコックピットに滑り込む。その様子や、海野の言っていたライエに対する言葉が気になり、篠原は注目した。

 

「本当にわかるの?嘘をついてる顔」

 

「まあね。あなたもその顔、嘘をついてるわけだ。火星人でしょ」

 

 ライエの表情が強張る。しかしユキは準備に集中していて気づかなかった。

 

「しかもプリンセスでしょ。そういうハードル、男の子は燃えやすいのよね。でも、あなたにもチャンスあるから諦めずに頑張りなさい。姉としては弟がモテるのは気分がいいし」

 

 楽しそうに語るユキをライエは一瞬呆れた表情で見ると無視してコックピットを閉じた。

 

 

 

 士官室ではマグバレッジと海野、そして不見咲や鞠戸、幕僚らが今後の方針を話し合っていた。

 

「第五護衛隊群を介して確認された26か所の揚陸城落下地点です。しかし、火星騎士は37家門。他にも揚陸城が落着している可能性があります。傾向から見て、都市部には侵略の手がのびている可能性があります。よって、人口密度の低い地域をルートに選び、レーダーを避け、低空飛行することで敵と遭遇する可能性を下げられます」

 

「不見咲くん」

 

「はい」

 

「君がモテない理由を教えましょうか」

 

 海野や他の士官は顔を見合わせた。元《わだつみ》の航海長が、いつものことですと肩を竦める。

 

「は……」

 

「可能性、可能性、可能性……そうやって、安全策ばかり立てているようでは、良い相手とは巡りあえませんよ」

 

「まずは縁を繋げる事が大事かと」

 

「いいでしょう。質には目を瞑っても、着実にゴールしたいという君の作戦に乗りましょう」

 

「ご不満ですか?」

 

「いいえ。実に手堅い作戦だと思いますよ」

 

 マグバレッジはそう言うと士官室を出ていく。取り残された不見咲たちはその背中を見送った。

 

「ご不満ですか……」

 

 不見咲は何が正解だったのだろうかと頭を捻った。

 

 

 

 カタフラクトデッキではライエのシミュレーションが続いていた。

 

『目標撃破』

 

「はい。状況終了。ライエちゃんだっけ?なかなかやるわね。ゲーマー侮りがたし」

 

 篠原はユキの持つタブレット端末を覗いていた。確かにライエはシミュレーションとはいえ、高い成績を残している。シミュレーターゲームしかやってこなくてもここまで練度が高いとなると天性のセンスかもしれない。

 

『難易度を上げて』

 

「あ、今日はこのくらいにしておきましょう」

 

『いいから。続けて』

 

 ユキは強い口調のライエに戸惑いながらもシミュレーションを変更する。

 

「うーん……それじゃ、最近戦った相手を入れてみますか。やってみて。状況開始」

 

『音源探知、10時の方向、間も無く有効射程』

 

 目の前に出てきたのは《ニロケラス》だった。

 

『あっ』

 

 突然、ライエから先程までの冷静さが無くなる。素人に戻ってしまったかのような動きだ。狂ったように突撃銃を連射するライエ。

 

「ライエちゃん、だめよ。次弾を装填して」

 

『うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ──!!』

 

 ライエが悲鳴を上げる。

 

「准尉、中止(アボート)だ、中止しろ」

 

 篠原が口を挟む。

 

「え?あっ、はい」

 

 ユキはシミュレーションを中止しようとするが、ライエは《ニロケラス》に撃破されてシミュレーションは終了する。

 

「状況終了。ごめん、いきなりハードだったか。焦った?」

 

「界塚准尉」

 

 ユキが声の方を振り返ると白衣の耶賀頼がいた。

 

「耶賀頼先生」

 

「このシミュレータープログラムをお借りできますか?」

 

「耶賀頼先生も戦うんですか?」

 

「いやいや、そうじゃなくて……ちょっと治療にね」

 

 そんなやり取りのなか、篠原はラダーを登ってライエをコックピットから出していた。

 

「平気か」

 

 ライエの顔は強張り、まだ肩で息をしている。顔は汗ばみ、髪が額に張り付いていた。

 

「……こっちだ」

 

 篠原は人目につかない奥の通路へライエを連れていく。

 

「新芦原で何があった」

 

「なにも……」

 

 ライエは篠原から目を反らした。嘘をついている。新芦原で彼女はあの《ニロケラス》に執拗に追いかけ回されていた。死ぬほど恐ろしい目にあったはずだ。

 

「誰にも言わん。約束する」

 

「放っておいて」

 

 ライエは篠原を拒絶し、その場から逃げ出す。

 

「放っておいたら良くなるのか、君は」

 

 篠原はライエの背中にそう声をかけたが、ライエは答えなかった。

 

 

 

 一方、鞠戸はドッグタグを見つめて黄昏ていた。種子島で発症したPTSDにより、ドクターストップがかかり、鞠戸は部隊の任務から外されていた。

 

「まったく あの艦長がお前の妹だったとはなあ……ヒュームレイ」

 

 そして禁制のはずの酒を煽る。

 

「どうりで気が強いはずだ……」

 

 

 

 民間人がごった返す食堂でライエは父と共に映った携帯電話に保存された画像を見つめていた。父は呆気なく、遺体も残さずに死んだ。虫けらのように殺された。

 

 その時の光景が何度も蘇ってくる。

 

 目立たないように、贅沢も出来ない生活を堪え忍び、火星に帰る筈だった。豊かとは言えなかったが、それでも父はライエのために尽くしてくれた。学校にも通えず、同年代の友人はいなかった。それでも父と生活できることは何よりの幸せだった。それなのに……

 

「ライエさん」

 

 話しかけられ、ライエは携帯電話を閉じた。

 

「ご一緒してもよろしいですか?」

 

 アセイラムだった。その姿は華やかなドレスではなく、伊奈帆たちと同じ学校の制服になっている。

 

「好きにすれば」

 

 アセイラムはライエのぶっきらぼうな返答にも微笑み、椅子に座る。エデルリッゾは主従の関係からか椅子には座らずに立っている。視界の端に、迷彩服に顔は黒いバラクラバとシューティンググラスで隠した不気味な兵士が見えた。手には小振りな機関拳銃が握られている。アセイラムは四六時中、護衛、否見張られていた。

 

「地球の食事はとてもおいしいですね。ヴァースにはない、とても珍しいものばかり」

 

「それも光学迷彩?」

 

「あ、こちらは伊奈帆さんのお友達のニーナさんが貸してくださいました。ドレス姿で狭い艦内は歩きにくいだろうと」

 

 そこへ子供たちが駆け寄ってきた。《わだつみ》にいた頃からアセイラムやユニスが面倒を見ていた子供たちだ。ライエもなるべく関わらないようにしてきたが、子供の好奇心にはかなわなかった。

 

「お姫様、あげる」

 

 子供たちがアセイラムに渡してきたのは折り鶴だった。

 

「まあ、素敵。地球の鳥の紙細工ですね。ありがとう。大切にします」

 

 アセイラムが微笑むと子供たちは無邪気に喜ぶ。

 

「なかなか良い心がけですよ、平民。ヴァースと地球、和平の暁には皇帝陛下に進言して──」等と高鼻で語り始めたエデルリッゾのことは相手にせず子供たちは折り鶴を渡せたことに満足して走り去る。

 

「きーっ!」

 

 その様子を見ていたライエは耐えきれずに聞く。

 

「どうして?」

 

 その言葉にアセイラムは振り返る。

 

「どうして正体を明かしたの?火星人は敵だと思われてるのに。どうして平気でいられるの?火星人に裏切られたのに」

 

「変よ、貴女」

 

「無礼者!姫様に向かってなんということを!」

 

 エデルリッゾが怒り出すが、その姿はライエには映っていなかった。

 

「仲間だと思ってたのに」

 

 席を立ち、その場からライエは立ち去る。

 

「ちょっと待ちなさい!これだから地球人は……」

 

 エデルリッゾは怒っていたが、アセイラムは複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 

 ライエは酷い気分のままシャワーを浴びていた。

 

 気持ちは揺れ動いていた。父は死んだ。命令に従い、火星の第一皇女を暗殺した。命令は遂行されたはずだった。晴れて祖国に帰れるはずだった。しかし、父は無惨にも火星人に殺された。火星に、ヴァースに忠誠を誓い、人生を捧げていたというのに。

 

 最後の瞬間まで、それが最後の瞬間になるとは理解もできない呆気なさで、遺体も残さず存在を否定されるように消された。

 

 暗殺の対象のアセイラムは生きている。それを殺す筈の父は死んだ。

 

 アセイラムは死んでおらず、それどころか活き活きと敵である筈の地球人に協力して今や火星人と戦っている。

 

 父は使命を果たしたのにも関わらず、もう二度とライエに笑いかけることもない。

 

(変、変、変……変よ、こんなの……どうして……正体を明かしたの?どうして平気でいられるの?どうして、どうして、どうして……どうして、あの人は……どうして、私は……)

 

 ライエはそのままずるずると床に座り込んだ。

 

 

 

 ザーツバルム城。

 

「どうした?食わぬのか?」

 

 並んだ食器に手をつけようとしないスレインを見てザーツバルムが問う。温かく、匂いを漂わせる鮮やかな食事を見てもとてもではないが、スレインの食欲は沸かなかった。

 

「心配するな。毒など入っておらぬ。殺すつもりならとっくに殺している」

 

「伯爵」

 

 スレインは重い口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「なぜそこまでして地球と戦われるのですか?」

 

「領主として領地を広げるために戦うのは領民に対する務めだ」

 

「それだけのために……」

 

「それだけの大義である。これは空を飛ぶ生き物だそうだな」

 

 ザーツバルムはフォークに刺した鳥肉を掲げて尋ねた。

 

「はい。……いえ、これは飛ばない種類の鳥です」

 

「クロレラとオキアミを糧に生きるヴァースの民には想像もつかぬ贅沢。それをことも無げに支援物資として施していた地球人には怒りすら覚える」

 

「これは贅沢品ではありません。宇宙輸送と加工に徹した加工食品です」

 

 そう淡々と答えながら、ああ、ただの食事ですらも彼ら火星人は地球に嫉妬してきたのだなとスレインは改めて重い知らされた。

 

「水と空気に恵まれ、無数の生命がひしめく地球にのみ許された文化だ。祖国ヴァースはアルドノアによって科学文明だけは発達したものの、文化は何も育っておらぬ。この豊かな資源に恵まれた星を手にせぬ理由はない」

 

「でもだからといって、アセイラム姫を利用しなくても」

「もう遅い。戦の幕は切っておとされた。姫殿下には人身御供となっていただく」

 

「姫に罪はありません!」

 

「姫殿下は王族、その生まれ自体が罪。15年前、王族は騎士を焚き付け、地球へ進軍させた。その責は自らの血を以て償ってもらう」

 

 ザーツバルムにナイフを突きつけるスレイン。気付くと控えていたデュクレールが腰のサーベルに手をかけ、音もなくテーブルに近づいていた。

 

「姫を殺さないでください」

 

 デュクレールのプレッシャーにたじろぐまいとスレインは言う。

 

「アルドノアを中心とした封建制度の中で虐げられた民。その貧しく卑しい国が長き歴史ある国を蔑む。なんと愚かしいことか。地球を羨み、地球を妬み、地球を憎むことで民衆を治めていたヴァースが地球を侵略することでしかその大義を保てぬほど病むのも道理。それはそなたの傷がよく知っておるだろう」

 

 憎々しげに語るザーツバルムの言葉にスレインは思わず肩を竦める。

 

「王族が戦を選んだのだ。ヴァースを治めるために。そして、その戦によってヘブンズ・フォールが起き、我が婚約者、オルレインは命を落とした!」

 

 ザーツバルムは燃え上がるような怒りを露にしてナイフを手で掴む。それを見たデュクレールの長い睫が揺れた。

 

「この戦は我が復讐。この戦は我が天命。逆らうなら容赦はせぬ。たとえ、恩人の息子であろうと」

 

 その気迫は本物だった。

 

「もう刺客は放たれた。姫殿下の命はない」

 

 ザーツバルムがデュクレールを横目で見る。デュクレールは暗い目のまま頷いた。

 

「スレイン・トロイヤード、お前の姫殿下への忠誠心は理解している。だが、もう姫殿下亡き未来を考えるべきだ」

 

 その言葉の真意をスレインは理解しかねた。

 

「一体……」

 

「お前が見つけ出したのだ、アセイラム姫殿下を」

 

 スレインはその言葉に血の気が引くのを感じた。自分が敵をアセイラムの元に導いたのか……?その事実にスレインは崩れ落ちた。

 

 *

 

《デューカリオン》艦内。女性乗員の居住区のシャワー室にアセイラムとエデルリッゾは入った。護衛の自衛官もこの居住区までは入ってこない。水陸機動団に所属する新城一尉が護衛として付き添っていた。《わだつみ》に潤沢な水はなく、シャワーも二日に一度しか浴びれなかったが、《デューカリオン》はアルドノア・ドライブにより、そうした生活面も改善されていた。

 

「もっと敵視されるのではと心配しましたが、杞憂でした」

 

「はい。地球の方々が親切で助かりました」

 

 エデルリッゾも頷く。

 

「親切、とは違うでしょう。姫殿下の人柄があっての信頼です」

 

 淡々と付き添う新城がそう言ってシャワー室をチェックする。

 

「あら、あなたは……」

 

 新城が閉まっている個室を見ると虚ろな目で座り込んだライエが見上げてきた。

 

「貴女、大丈夫?」

 

 驚いて新城が膝をついて声をかける。

 

「……、」

 

「ごめんなさい、ちょっとこの子を医務室まで連れていくわ。大丈夫?立てる?」

 

 新城はよろよろと立ち上がったライエを支え、シャワー室の外の脱衣所へ連れていく。

 

 そのライエの様子にアセイラムは不安な眼差しを向けた。

 

「姫様に無礼を働いたことを悔いているのでしょうか……」

 

「いいえ、彼女は……」

 

 ライエは悩んでいる様子だった。きっと心を病んでいる。彼女は共にここまで助け合ってきた友人だ。彼女の力になりたい。

 

「……あっ申し訳ありません。新しいお召し物が……すぐ取って参ります」

 

 エデルリッゾが出ていく。アセイラムは晴れない気持ちのまま、シャワーを浴び始めた。

 

 自分の言動が彼女を悩ませていたのではないかとアセイラムは思い悩む。ライエの様子は不安定だった。その時、カーテンの開く音にアセイラムは気づいた。

 

「あら、早かったですね、エデルリッゾ──」

 

 そこまで言いかけたアセイラムの目の前に立っていたのはエデルリッゾではなかった。掛けられていたネックレスが首にかけられ、引かれる。アセイラムは驚いて咄嗟にネックレスに手をかけるが、首にかかったネックレスは首を一挙で絞め上げる。驚愕の表情のままもがき、必死に抵抗するアセイラム。壁に叩きつけられ、手が離れる。頸動脈を圧迫されれば、ほんの数秒で意識を失う。呼吸を止めることで窒息する前に、脳への血流が止められるからだ。

 

 アセイラムは気を失ってその場に崩れ落ちる。

 

「誰か!」

 

 怒声が弾け、ネックレスを引いていた女は手を放した。拳銃を抜いた新城がシャワー室に飛び込んできた所だった。しかし新城に発砲する暇は与えられなかった。直後、艦の主動力が失われ、推進力と反重力デバイスの機能を失った《デューカリオン》は重力の虜となった。

 

 艦は太平洋の海上に着水した。

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