不時着水した《デューカリオン》
艦内の通路で不時着水の前に会話をしていた伊奈帆とエデルリッゾは『衝撃に備え』の指示で何とか手すりに掴まり、投げ出される九死に一生を得た。
「大丈夫?いったい何が?」
伊奈帆がエデルリッゾの身を案じていると、副長の海野二佐が走ってきた。
「おお、無事か少年」
「はい、いったい何が?」
「アルドノア・ドライブが停止した。艦長はCICで指揮を取られている」
「そんなはずはありません!この船のアルドノアは姫様が起動したのです。姫様が生きている限り、他人が勝手に止めることなどできません」
「生きている限り……あっ」
伊奈帆の表情に緊張が走る。海野もまたまさかと顔を強ばらせた。彼女は今、女性乗員居住区で護衛は張り付いていない。
「セラムさん!」
「え?」
エデルリッゾは伊奈帆の気迫に驚く。
「どこだ?セラムさんは」
*
「被害は?」
マグバレッジはCICで指揮を執っていた。船務長として不見咲と同様の艦のナンバーツーである海野が直接確認に向かっている。
「損傷は軽微。現在、補助動力で稼働中です」
「低空飛行が幸いしました」
「居住区画で負傷者発生」
「艦載機を発進。警戒に当たれ。被害のあった場所は即刻修理。機関室はアルドノア・ドライブを点検。停止した原因を調査。船務長は?」
そこへ海野から通信が入る。
『CIC、こちら女性乗員居住区!負傷者発生!救護班を!』
伊奈帆たちが女性乗員の案内を受けてシャワー室の脱衣所へ飛び込むと着替えていたのかTシャツ姿のライエが床にうずくまっていた。
「大丈夫か?」
「シャワー室から誰か出てきて突き飛ばされた。銃声がしたわ……」
頭をぶつけたらしく、額を押さえたライエを取り合えず残してシャワー室に飛び込んだ伊奈帆たちは壁に飛び散った血飛沫に息を飲んだ。血の痕が床を這っていて、その先に駆け寄ると迷彩服姿の新城が床を這いつくばるようにしてシャワー室の奥へにじり寄っていた。
「あ……」
血に染まり、青白い顔の新城が振り返る。その奥で倒れた人影の姿に伊奈帆は全身から血の気が引くのを感じた。
伊奈帆は素早くアセイラムの横に膝をつき、バイタルチェックを行う。ついてきた海野は新城の怪我を見る。
「賊を、取り逃がしました……」
新城が息も絶え絶えに言う。
「しっかりしろ!──少年、姫殿下は!?」
「呼吸、心拍、共に停止……」
顔に頬を添え、胸の動きを見ながら脈を計った伊奈帆が答える。
「姫様!」
見守るエデルリッゾが悲鳴を上げる。しかし伊奈帆は冷静だった。即死でない限り、助けることが出来る。
「タオルを」
「えっ?」
「除細動機を使う。水をふかないと。早く!」
「は、はい!」
エデルリッゾは慌ててシャワー室を飛び出そうとする。そこへユニスが飛び込んできた。
「怪我人は?」
備え付けのAED等の医療品を持って駆け付けたユニスは事情を知らなかった。広がる惨状に呆気に取られながらも駆け寄ってくる。
「タオルを下さい」
伊奈帆の言葉に奥を見たユニスは立ち尽くした。
「姫……殿下……?姫殿下!!」
「今処置中です。落ち着いて。早くタオルを」
「あ、ああ……!」
伊奈帆の言葉にすっかり気が動転したままのユニスはなんとかタオルなどを渡す。
「君、こっちを手伝ってくれ」
海野に呼ばれ、ユニスは新城の手当てを手伝う。海野は新城から聞き出した情報をCICのマグバレッジに伝えている。
「海野だ。艦内に侵入者あり。二十代の女、髪の色は黒。私服姿、拳銃を奪って逃走している。直ちに保安要員を寄越せ」
「カウンターショック200ジュール、セット。離れて」
電気ショックが実施され、アセイラムの体が跳ね上がる。心臓マッサージを伊奈帆が始める。
一分間に百回のペースで胸骨圧迫を行う。三十回実施して伊奈帆は気道を確保し、人工呼吸を二回行う。そして胸骨圧迫を繰り返す。
「私がやります!」
いても立ってもいられないエデルリッゾが言う。
「ダメだ。体重が軽い」
伊奈帆は即座にそれを却下する。汗を拭う暇も惜しんで伊奈帆は一心不乱に処置を続けた。
「代わろう」
海野が言うが、伊奈帆は首を振った。交代して処置を中断する時間が惜しい。
「姫殿下……!」
新城の手当てを行うユニスが悲壮な声を上げる。伊奈帆はひたすらに生き返れと念じていた。逝くな!と心のなかで叫ぶ。
再びマウストゥマウスで人工呼吸を行い、胸骨圧迫を行おうとしたときだった。ア セイラムの表情に苦悶が走り、喉をかくように手を動かして息を吹き返した。
「姫様!」
エデルリッゾが叫ぶ。伊奈帆も思わず安堵の表情を浮かべる。
「よかった……大丈夫ですか」
「伊奈帆さん……私は……?」
まだ意識が混濁しているアセイラムが起き上がろうとするのを肩を押さえて止めながら安心させるように落ち着いて声をかける。
「賊に襲われたと……いったい何が?」
「私……。あっ、私は……」
その時、シャワー室に誰かが入ってくる。振り返った海野は目を見開いた。髪を乱した女がライエを羽交い締めにして拳銃を突きつけてこちらに近づいてくる。
女は十代後半から二十代前半で、黒の野暮ったい服装の線の細い眼鏡の女だった。
「武器を捨ててもらおうか」
女はそう言って拳銃を海野に向ける。
「その子を傷つけるな」
「お前たち次第だ」
海野はやむを得ず拳銃を床に置く。
「こっちに蹴れ」
海野が指示に従って拳銃を蹴る。
「そこをどいて姫殿下を渡せ」
「貴様……!」
ユニスが姫たちを守ろうとその女と向き合った。
「誰かと思えば、ヒューティア卿か。ヴァースに仇なす裏切り者め」
女が憎々しげに呟く。
「ヴァースの人間だと……?」
「そこをどけ。アセイラム姫殿下の御命、頂戴する」
女は拳銃を向けてユニスを下がらせようとしたが、ユニスは動かなかった。
「いいのか。この子供を殺すぞ」
女がライエのこめかみに銃口を押し付ける。ライエは苛立たしげな表情を浮かべて女を睨む。
「こんなことをして、生きて帰れると思っているのか」
海野が聞いた。
「元より覚悟の上だ。全ては祖国のため」
女は薄く笑った。
「馬鹿な……ヴァースにために姫殿下を殺すだと」
「お前たちには分からないだろうな」
女は狂喜に染まった顔でユニスに拳銃を向ける。
「やめてください……!」
その時、壁に背を預けていたアセイラムが立ち上がってユニスの前に立つ。
「私以外の者たちに手を出さないでください」
「流石は姫殿下。話が分かる」
女は薄く笑い、銃口をアセイラムに向けた。
「姫殿下!」
「よせ!」
海野が叫ぶ。女の引き金にかかる指に力が入る。思わず、アセイラムは身を固くする。銃声が弾けた。アセイラムが目を向けるとライエが女の手を跳ね上げ、女の鳩尾に肘打ちを入れたところだった。女が身を折った瞬間、ライエは拳銃を掴むと一息に外側にねじ曲げる。引き金にかけていた女の指が鈍い音ともに折れた。
激痛に悲鳴を堪えた女にユニスは飛びかかり、押し倒す。
「放せ!」
海野も女を押さえようとしたとき、保安要員たちがシャワー室に雪崩れ込んできた。ユニスが取り押さえた女を囲んで銃を向ける。
「いかん!舌を噛んだぞ!」
「衛生兵!」
女スパイは慌てだしくシャワー室から運ばれていく。驚くアセイラムに荒い息のライエは冷たく語りかけた。
「火星人だと打ち明けたから、こんなことになるのよ」
ライエの脇を担架に乗せられて新城が運び出されていく。
「同じ火星人に命を狙われる気分はどう?」
ライエの達観したような物言いにエデルリッゾがアセイラムの前に立つ。
「良いとは……言えませんね」
「貴女が存在を打ち明けたからこんなことが起きた。貴女が地球に来たから戦争が始まった。貴女が来たからお父様が死んだ……」
「言い過ぎだ……」
ユニスがアセイラムとライエの前に立つ。アセイラムは胸に手を当て、怯えた表情をしていた。
「あなたは……」
「私の父は貴女が来たから死んだのよ」
ライエの冷たい眼差しにアセイラムの表情は凍りつく。
「……私は火星人よ」
ライエの言葉にその場にいた者たちの視線が集まる。地球連合軍の兵士たちが腰の拳銃に手をかける。ユニスの表情も驚きに変わった。
やって来た篠原やアセイラムの護衛の隊員たちもその背後にいた。
「新芦原のパレードで貴女を暗殺しようとしたのは私の父。父は地球に住む火星のスパイ。貴女を殺せば、地位と報酬が約束されていた。でも任務を終えると無残に殺された。口封じのために」
そこまで言うとライエは自嘲気味に笑った。
「笑っちゃうわよね。堪え忍んで生きてきたのに、全て無駄だったんだから」
「ライエさん……」
「火星人は信用できない。火星人はみんな敵。私はもう、火星人には戻れない。でも、私は地球人でもない。なのに貴女は火星人だって打ち明けた。火星人なのに地球に居場所が出来て、火星人なのに地球人と仲良しごっこ。それで地球人も火星人も傷ついてる。全部、貴女のせいよ」
淡々と語るライエからアセイラムは顔を背けた。
「やめろ!これは姫殿下のせいでは──」
「じゃあ誰のせいなのよ!」
ユニスに向かってライエは叫ぶ。
「こんな不条理な世界で私は誰を恨めば良いの……?」
「ごめんなさい……」
アセイラムがよろよろと立ち上がる。
「私が……あなたを不幸にしてしまったのですね。私が愚かだったのです」
「平和を願ったつもりでした。 正しいことをしたつもりでした。でも私がわがままを通したに過ぎませんでした。むしろ地球との関係は悪くなってしまった。たくさんの人が死にました。どんなに間違ったことはしていないと思いこんでも現実には大勢の人が……不幸が降りかかって……。あなたにも、あなたのお父様にも……許してほしいとは言いません。でも……ごめんなさい」
ライエの前に座り込むアセイラム姫。
「バカじゃないの。やめてよ……」
ライエの目から涙が伝う。
「なんで……謝れるのよ……。なんで自分が背負おうとするのよ……なんでそんなことを貴女は出来るのよ……同じ火星人なのに……」
ライエの表情は疲れきっていた。
「地球人か火星人かなんて……関係ないじゃないか」
ユニスが口を開いた。ライエが顔を上げる。
「お前に流れている血の色は赤いだろう?火星人の私の血の色は緑か?青か?住む星が違えど地球人も火星人も同じように生きてる。たかが人種なんて価値で私や姫殿下はお前の敵になってしまうのか……?」
「なら私を信じられるの?火星人のスパイで姫の暗殺を企んだというのに」
「少なくとも今は憎み合う敵じゃないはずだ。味方になるかはお前次第だが」
「後悔するかもよ」
ライエの言葉にユニスは苦笑した。
「それはお互い様だ」
*
アセイラムは医務室へ運ばれる。隣の寝台には新城が横たわっていた。
「それは?火星の工芸品ですか」
ペンダントを見つめていたアセイラムに耶賀頼が訪ねた。
「いえ。地球の御守りだそうです」
そこへマグバレッジと篠原が入ってくる。
「耶賀頼先生。姫殿下の容体は?」
「異常はありません。でも大事をとってしばらく安静にしたほうがいいですね。」
「そうですか。でも、そうも言っていられません」
この艦の主機であるアルドノア・ドライブは停止したままだ。
「大丈夫です。すぐに……」
「姫様……」
エデルリッゾが不安そうに声をかける。その時、新城が目を覚ました。
「艦長……それに……」
「篠原一尉です」
貫頭衣姿の新城が起き上がろうとするのを篠原は制しながら言った。
「あの賊は……」
「火星の暗殺者は自決しました」
「……そうですか。ライエちゃんは……?」
「無事です。怪我ひとつありません」
「良かった……」
新城は心底安堵して胸を撫で下ろす。
「もう少しで旭川に着きます。そうしたらもう少しまともに休めますよ」
耶賀頼が微笑む。
「そうだ、艦長。本当は守秘義務があるんですけどね」
「これは?」
「カルテです。鞠戸大尉の」
*
ザーツバルム城。城内の会議室にザーツバルムとスレイン、そしてデュクレールはいた。スクリーンとなった壁には画像が表示されている。種子島を出た巨大な戦艦。
「スレイン。そなたを回収した種子島からのデータだ。巨大なドッグと造船設備。船を見たな?」
「いいえ……見たのはクルーテオ伯爵の城からです。直接は……」
「この船はアルドノアを持つ。軌道上から偵察した結果、反重力デバイスを使用していることが分かっている。そのアルドノアを起動したのはアセイラム姫殿下か?」
「……」
「姫殿下の身を案じて黙するか。これを知っているか?」
ザーツバルムは画像を切り替える。
「これは」
「《デューカリオン》。重力制御能力を持つ オルレイン子爵のカタフラクトだ」
赤い、円錐形の形状をした禍々しい火星カタフラクトの画像、そして地下で破壊され、朽ちたまま保管された画像だ。
「オルレイン子爵?」
「我が妻となる女性であった」
「あっ……」
ザーツバルムの声色は変わらなかったが、目だけは雄弁に無念な色を見せていた。
「我らは尽力した。皇帝陛下から賜ったアルドノアの力を使い民を統べ、ヴァースの荒れた地を開拓し、領地を拡げ、富を築こうとした。しかし何をしようと我らには限界があった」
「限界?」
「水と空気だ。アルドノアを生んだ古代文明人の時代はまだ水と空気が豊富であった。しかし今のヴァースは真空に近い薄い大気と地下に残ったわずかな水のみ。むしろ薄い大気のせいで常に砂嵐にみまわれる。これではどんなに土地があっても得られる実りはわずか。民が増えれば増えるほど生産が消費に追い付かず困窮していく。あの惑星に住むのは最初から無理があったのだ」
ザーツバルムは画像を切り替えていく。
「しかし二代目皇帝ギルゼリア陛下はアルドノアの力を信奉し、工業力の発展ばかりに力を注がれた。アルドノアを支配する王族の権力を絶対のものとし、民衆の苦しみには耳を傾けられなかった。そして民の募る不満の矛先を地球へと向けられた。ヴァースに対し主権を主張し、独立を阻む遠く離れた星から統治しようとした地球こそが我らの敵であり、苦難の源であるとヴァースの民を扇動されたのだ。 恐ろしいことにその妄言はみなに支持された。自らこそが優秀な民族であり豊かさを握っている劣等民族こそが悪であると。我らは地球侵攻を企て、ハイパーゲートを経由し、月に戦力を結集した。愚かにもそれを正義と信じて。そして先鋒として飛行能力に長けた我が《ディオスクリア》とオルレインの《デューカリオン》が種子島に降下した」
そこからは想像に難くない。降下した二機のカタフラクトは地球連合軍を簡単に退けた。しかし酷使されたハイパーゲートと宙域での戦闘の余波がハイパーゲートを暴走させた。時空が歪み、月は砕かれ、地球は壊滅的なダメージを受ける。ヘヴンズ・フォールに二人は巻き込まれ、オルレイン子爵は死にザーツバルムも瀕死の重傷を負ってスレインの父に助けられたのだ。
「我は必ずや、オルレインの無念を晴らす」
そう言ってザーツバルムは踵を返し、部屋を出ていく。
「伯爵!ザーツバルム伯爵!」
ザーツバルムを止めようとするスレインには言葉が無かった。復讐なんて馬鹿げている。そんな言葉がザーツバルムに通じるはずがなかった。
デュクレールもまた部屋を出ていこうとする。
「何故です、デュクレール子爵、貴女まで……。貴女は姫殿下に忠誠を誓っていた筈では……」
「……私には勿論、アセイラム姫殿下に恨みはない」
デュクレールはこちらを向かずに応えた。
「しかし私が忠を尽くすのは皇族ではないのだ。私の領地の領民は飢えに苦しんでいる。地球を屈し、我が領地に富をもたらさなければならないのだ」
デュクレールはそう言うとザーツバルムの後を追って出ていく。冷たくドアが閉まった。
北海道、旭川
雪の降り積もる旭川の大地。輸送機や旅客機が離着陸する飛行場を尻目に巨大な戦艦が空中に漂っていた。空港に向かう道路を走る車は路肩に止まり、その姿を呆然と見上げている。
「こちら地球連合軍所属《デューカリオン》。旭川タワー、着陸許可を願う」
『《デューカリオン》へ、こちら旭川タワー。ヘリにて誘導する』
空港に待機していたUH-1Y多用途ヘリが離陸し、《デューカリオン》を誘導する。旭川基地は施設建造のための物資搬入口のハッチが開き、《デューカリオン》を迎え入れた。
「ありゃ、宇宙船か?」
「《大和》じゃない」
「波動砲積んでたらな」
旭川基地の自衛隊員たちも呆然とするばかりだった。
「やっとついたんですね……」
「ああ」
「ここが旭川基地」
建設用の縦穴に無理矢理入ってきた《デューカリオン》を迎え入れるべく、準備されていた基台に《デューカリオン》は着底した。
「これで我々の旅も終わりですね」
「ええ。ひとまずは」
「ひとまずは?」
「もし、このまま船を預かることになれば敵は……」
避難民たちも艦から降りていく。救急車やバスなどが縦穴には到着し、自衛官や救命士に付き添われて乗り込んでいた。
「ここまで来ればもう安全ですね」
耶賀頼がユキに話しかける。
「核攻撃にも耐えられる地下300mのジオフロント。自衛隊や政府施設だけでなく、病院や学校、大学、図書館や研究施設もあります。施設内にはモノレールが整備され、大都市がそのまま一つ、地下に存在するようなシェルターで、すでに一万人を越える人々が生活しているそうです」
上層は格納庫や工廠となっており、さらにその下にドーム型の巨大な地下空間──ジオフロントが広がっていた。
「すげ……」
ジオフロント内には森が広がっていた。ビルや郊外には工場も立ち並び、未だにこのジオフロントは建設途中なのだと分かる。
「ロシアのシェルターには及びませんが、日本もなかなか壮大なものを作ってるでしょう?」
案内役の自衛官が自慢気に離す。篠原も初めて見る施設に見とれていた。
「こんなものを地下に作るのか、地球人は」
思わず呟いたユニスを篠原は小突く。
「……馬鹿、お前はスウェーデン人だろうが」
「……失礼」
二人は小声でやりとりする。
「あのライエって子はどうなったんだ」
「一応警務隊に事情聴取を受ける。安心しろ、待遇は良い」
*
ライエは警務隊のよく喋る制服の中年の男と上層の施設にいた。特に手錠をかけられる訳でもなく、与えられた紺色のジャージを着ていた。施設内は暖房が聞いておらず肌寒い。
「いやー最近は地下に詰め込まれてるせいか、いざこざも絶えへんからなぁ。忙しくて敵わんわ。むさいおっさん相手にすんのも飽き飽きしとったんや」
男はにこにこと笑いかけながら隊員食堂から届いたカツ丼を机に置く。持ってきたベリーショートの部下の女性自衛官は呆れた様子だった。
「ええか、尋問ゆーてもこないなべっぴんさんに詰めよってあれせいこれせいなんて言わんから安心してや。まぁ、面接やと思うて気楽に話してくれればええねん。嬢ちゃんが悪いことした訳やあらへんから」
男は自分のペースで話続けていてライエは戸惑っていた。これから自分はどんな目に遇うのだろうかと緊張した気持ちを返してほしい。
「ほらほら、冷めんうちに食わんと」
そう言って男は自分の分のカツ丼を食べる。
「しげさん、カツ丼出すタイミングおかしいでしょう。大体なんで自分の分まで用意させてるんですか」
「別に取り調べの一貫で食わしとるんやなか。本当に昼飯や」
「それなら取調室じゃなくて食堂行ってくださいよ」
「もう、細かいこと言わんといて」
目の前の呑気な自衛官たちにライエは戸惑う一方だった。しかし目の前で湯気を上げるカツ丼の魅力には勝てなかった。思わず箸をとって合掌し、いただく。あまりの美味しさに思わず目が潤む。
「これやこれ。うまい」
「ライエちゃんも食べきれなかったら残しても良いからね。このおっさんがなんかセクハラ発言してきたら呼んで」
女自衛官はそう言って部屋を出ていく。ここには味方はいる。そして少なくとも敵はいない。ライエはこの殺風景ながらも安心できる空間にまだ戸惑うことしか出来なかった。
*
「でっか~!」
伊奈帆たちはジオフロントまでエレベーターで降りていた。エレベーターは一分近く下り続けているが、まだ最下層に着かない。ここは自衛隊の軍事工厰に当たる区画で、民間の企業の技術者や自衛官たちが入り交じって仕事をしていて、カタフラクトを始め、数々の兵器が組み立てられたり、整備を受けていた。
「おっ、あれ新型か?」
起助が手すりに身を乗り出して見下ろす。日本の新型機だろうか。《雷電》や《紫電》とは異なる形状のカタフラクトが歩いている。
「すげぇ。《紫電》だって《アレイオン》より新しいのに、その次かよ」
カームは感嘆半分呆れ半分で呟く。
「戦争だからねぇ。軍備競争は激しいんじゃないの?」
起助は純粋な興味で、新型機を写真に納めていた。
「なあ伊奈帆。《アレイオン》どころか《雷電》とか《紫電》がごろごろしてるのに無理して《スレイプニール》使わなくてもいいんじゃね?」
カームはタブレットから眼を離さない伊奈帆に聞いた。
「慣れてるから」
「それだけ?」
起助が呆れた声を出す。
「今まで戦った相手、装甲が厚くても役に立たないし」
「伊奈帆が良いなら良いんだけどさあ」
「もういいんじゃない?あとはもうプロの兵隊さんにまかせて……ねえ?」
韻子はニーナに話題を振る。
「うん」
「念には念をだよ」
そう言う伊奈帆のタブレットをカームと起助は覗いた。《スレイプニール》に装備可能なオプションのデータだった。
「コンフォーマルパワーアシストねえ」
伊奈帆はまだ戦いが終わると楽観していなかった。