アルドノア・ゼロ──旭日のカタフラクト   作:グロウラー

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act34

《デューカリオン》内部のアルドノア・ドライブの中核にやってきた伊奈帆は起動装置を見つめていた。

 

 そこへアセイラムとエデルリッゾがやってくる。

 

「これがすべてのはじまり。ありがとうございます。伊奈帆さん。私の命を助けてくださったそうですね」

 

 アセイラムの微笑みは直視過ぎるには伊奈帆には眩しすぎた。

 

「いえ。戦争ですから」

 

「伊奈帆さんに助けていただいたのはこれで何度めでしょう」

 

「さあ。助けたつもりはないですし」

 

 伊奈帆は平静に答えた。

 

「えっ?」

 

 アセイラムは戸惑いの声を上げる。

 

「戦争ですから」

 

 伊奈帆はその言葉を繰り返した。

 

「いい人ですね」

 

「えっ?」

 

 今度は伊奈帆が面を食らう。

 

「いい人です。これからも……これからも友だちでいてくれますか?」

 

 アセイラムの言葉を否定するはずがなかった。

 

「はい」とだけ答える。

 

「良かった」

 

 心底嬉しそうに微笑むアセイラム。その顔を伊奈帆はいつまでも記憶にとどめていようと見つめ続けた。

 

 

 *

 

 

 旭川基地内に内閣府が設置した記者会見室。日本の国旗並びに地球連合の旗が掲げられた壇上を背景に世界に向けて発信するアセイラム。

 

「私はヴァース帝国第一皇女、アセイラム・ヴァース・アリューシア。祖国ヴァース帝国及び軌道騎士たちに告げます。この戦争に大義はありません。私は地球連合政府に保護され、無事です。この声明も脅迫されているわけではありません。私はこの不毛なる戦争の即時停戦を私は求めます。地球との和平を結ぶべく、私は交渉を続けます。どうか一刻も早くこの不幸に終止符を……」

 

 ユニスとエデルリッゾは彼女がカメラに向かって語る姿を見守っていた。

 

 

 

 軌道上ザーツバルム城。

 

 

 ザーツバルムに連れられ、手錠をかけられたスレインはカタフラクトデッキにいた。目の前には白いカタフラクトが佇んでいる。

 

「これは……《タルシス》」

 

「クルーテオ城から持ち帰った。あやつには過ぎた機体だ」

 

 ザーツバルムは鼻で笑う。実行犯であるデュクレールは下を見つめていた。

 

「月面基地へのレーザー通信でアセイラム姫殿下の所在が特定された」

 

「なっ」

 

「月面基地は我が同志の管理下にある。姫殿下の声明は誰にも届くことはない。これより敵本拠地にて決戦となる。揚陸城の戦力をもってしても無事では済むまい」

 

 ザーツバルムの合図で控えていたデュクレールがサーベルを抜く。えっ、と驚くスレインに向かってデュクレールはサーベルを振るった。思わず瞑った眼を、ガツンという手首への手応えに開くと手錠が切り離されていた。

 

「父君への義理は果たした。我が軍につくもよし、地球に逃げるもよし。好きにせよ」

 

 ザーツバルムはそう言って背中を向けて歩いていく。

 

 指令室にたどり着いたザーツバルムにオペレーターが報告する。

 

「ザーツバルム様、発進準備すべて整いました」

 

 部下たちの視線がザーツバルムに注がれている。主を信じきった忠実な部下たちは命令を待ち望んでいた。

 

「揚陸城、降下開始。目標、ニホン、アサヒカワ基地!」

 

 ザーツバルムの揚陸城は降下を開始する。

 

 

 

 旭川基地には警報が鳴り響いていた。

 

「軌道上の揚陸城が降下しています!落着地点、ここ旭川基地を中心に半径20キロ以内!」

 

「やつらに講和の意志はないということか。直ちに避難警報発令。迎撃急げ、地上施設は放棄!全員、地下に退避せよ!」

 

「千歳及び地球連合軍に救援を要請しろ!緊急即応部隊を!」

 

 ジオフロント内にもサイレンが鳴り響く。避難民たちは怯え、ジオフロント内での戦闘に備え、ジオフロントというシェルターのさらにシェルターに入る。

 

「まさかここに直接降りてくるとは」

 

 マグバレッジはでたらめな火星人たちの戦術に苛立っていた。

 

 施設内の食堂でトランプをしていた伊奈帆たちは驚いて立ち上がる。

 

「戦争終わるんじゃなかったのかよ?!」

 

 その言葉に誰かが答えることはなく、自衛官たちは持ち場に着くべく走る。

 

 

 

 記者会見室にもすぐ様一報が入った。

 

「ご安心を。ジオフロントの大深度地下は揚陸城の落着にも耐えます」

 

 自衛官がアセイラムに声をかけるが、何の気休めにもならなかった。エデルリッゾ、そしてユニスはアセイラムの元へと集まる。

 

「姫様……」

 

 不安そうな声をエデルリッゾが上げたとき、爆音と衝撃が旭川基地を襲った。

 

 

 

 落着で舞い上がった煙が収まる前に自衛隊と連合軍は反撃を開始していた。

 

 施設科・工兵部隊がバンカーの入り口を塞ぐものをどけて部隊の進入路を確保すると落着したザーツバルムの揚陸城に対し、バンカーから出てきた99式自走榴弾砲が砲撃。さらに90式戦車とカタフラクト《紫電》、《雷電》と連合軍の《アレイオン》が展開する。

 

「戦闘ヘリも上げろ!急げ、飛ぶ前にやられるぞ!」

 

「榴弾砲の弾薬車は次だ!先に自走砲を出せ」

 

 基地はシェルターから次々に防衛戦力を展開させつつあった。破壊を免れた滑走路からはシェルターから出てきたF-2支援戦闘機が爆装して次々に離陸する。

 

「無駄なことを」

 

「攻撃開始」

 

 揚陸城からミサイルが発射される。それを迎撃するべく、地上に展開したC-RAMやVADSなどの20mm機関砲が掃射され、無数の弾幕が飛び交う。曳光弾の火線が空へと伸び、11式短距離地対空誘導弾も連続発射され、巡航ミサイルを撃ち落とそうとしていた。

 

 ミサイルや機関砲の射撃で撃ち落とされたミサイルもあったが、大半が施設に直撃した。ミサイルは装甲貫通弾頭だった。

 

 ジオフロントよりも地下に存在する旭川基地の作戦運用室では自衛官や在日連合軍兵士たちが慌ただしく走り回っていた。

 

 三階分の高さの余裕のある運用室の中央スクリーンには次々と状況報告が飛び込み、基地全体の図にアラートを示す赤い表示が灯る。

 

「敵ミサイル、着弾。バンカーバスターです!第一層装甲板、穿孔されました!」

 

「6箇所でシールド貫通。残りは一層の装甲の爆発反応装甲で阻んだようです」

 

「敵のミサイルにはドリルでもついてんのか!一層でも50メートルあるんだぞ!」

 

「ジオフロントには指一本触れさせるな。民間人はシェルターに!第一層に歩行戦闘車隊を急行させろ。各階層隔壁閉鎖。ブラストドア閉じろ」

 

「ブラストドア、閉じます」

 

 各階層を繋ぐ対爆防護扉が閉じられる。部隊は緊急展開用のサービストンネルを使って移動する。

 

『基地司令の衣笠だ。自衛隊、地球連合軍の全将兵に達する』

 

 放送が鳴り、兵士たちは走りながらも耳を傾ける。

 

『このジオフロントには一万人を越える無辜の市民が存在し、この基地は日本政府最後の拠点である。火星軍がこの基地を蹂躙すれば避難民だけでなく、我が国の荒廃を左右させよう。各人、死力を尽くして敵を撃退しろ。以上だ』

 

「歩行戦闘車隊、全機発進急げ!」

 

「ニセコ中隊、配置よし」

 

「トカチ中隊、配置よし。中隊長より全車、戦闘に備えろ!」

 

「了解!」

 

 在日連合軍の部隊も自衛隊と共に展開する。レオパルト2戦車と《アレイオン》が第一層の各所に配置についた。

 

 

 

「殲滅せよ!我が僕達たちよ!」

 

 貫徹された穴から進撃したザーツバルムは《ディオスクリア》から分離した自律兵器を放つ。

 

《ディオスクリア》と自律兵器が穴から飛び出し、地球連合軍と自衛隊の混成部隊に襲いかかった。

 

「応戦しろ!」

 

「撃て!」

 

 弾幕が張られる。両者の激突が始まったが、戦いは一方的だった。

 

「弾が弾かれる!」

 

「04、下がれ!後退しろ!」

 

 戦闘の音は第一層全体に響き渡った。

 

「第一層E区画に敵カタフラクト侵入、迎撃部隊と交戦中!」

 

「E区に増援を送れ!ジオフロントだけは必ず守りきれ!避難民の退避を急がせろ!」

 

 

 

 ライエは警務隊に避難させられていた。第一層に突入してきた火星軍機との激しい戦闘が繰り広げられる。目の前の建物に破壊され、蹴散らされた90式戦車が突っ込む。

 

「あかん、こっちは駄目や!他のルートを探すんや!」

 

 冬制服に弾帯をして半長靴を履いた甲武装になっていた中年の警務隊員が叫ぶ。取り巻きの若い警務隊員が車両を取りに走る。

 

 その時、ライエの目には整備工場が映った。整備を終えて胸のコックピットを開いた《紫電》が一機、寝かせられている。

 

「待って!あのカットに!」

 

「駄目や、お嬢ちゃん!危険すぎる!」

 

 警務隊員はライエの肩を掴んで進ませようとするがライエは咄嗟に振りほどく。

 

「このままじゃ、皆やられてしまうわ!」

 

「駄目や。それでも行ったらあかん!」

 

 年配の警務隊員は整備工場に走ろうとするライエの前に立ち塞がる。

 

「どうして!?私が火星人だからってそんなに信用できないの!?」

 

「火星人も木星人もあるかいな!お嬢ちゃんはまだ子供やないか!」

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃ……ない!」

 

 ライエは警務隊員を突き飛ばして《紫電》に向かう。

 

「行ったらあかん!待て!」

 

 尻餅をついた警務隊員が追ってくる。その背後に破壊された《アレイオン》の残骸が飛んできた。

 

「ちゃんと返すわ」

 

「こら、そういう問題やない!待て!アホ!待たんか!」

 

 自衛官が喚くが、ライエはコックピットを閉じて機体を起動させる。HMD付きのヘルメットを被り、射出座席にハーネスで体を固定し、操縦桿を握った。

 

 心配してくれてありがとう、うるさいおっさん。眼下で喚いている警務隊員を見ながらライエは心のなかで呟いた。

 

 

 

 火星軍の輸送兼爆撃機の《スカイスレイ》が着陸し、抱えてきたコンテナを下ろす。コンテナのランプドアが開くと、無反動砲を搭載した装甲車が展開し、それに続いて百名単位の完全武装した火星兵士たちが降りてくる。

 

「全員突撃!アセイラム姫殿下を捜索し、発見次第、撃て!」

 

「見つけ次第、射殺して構わん!」

 

 防御態勢を取っていた自衛隊・地球連合軍のカタフラクトはザーツバルムに蹴散らされていたが、自衛隊・地球連合軍は懸命に応戦する。装輪の16式機動戦闘車が駆け付け、105mm砲で射撃し、普通科隊員を援護した。砲撃を受けた火星軍の装甲車が爆散し、周囲の兵士もなぎ倒す。

 

 反撃の無反動砲が16式機動戦闘車に殺到する。うち一発が直撃し、空間装甲板がへしゃげ、右側面のセンサーを破壊された16式機動戦闘車はよろよろと後退する。普通科もお返しに小銃てき弾を撃ち込んで無反動砲手たちを倒すと背を向けずに応戦しながら後退した。

 

 

 

 記者会見室のアセイラムとエデルリッゾ、ユニス。周囲を護衛の水陸機動団(マリーン)偵察大隊情報小隊(レコンズ)が囲み、移送の準備をしている。

 

「姫殿下、揚陸城が基地に落着しました」

 

 民間人を装ってアセイラム姫の世話役を担当していたユニスが報告した。

 

「姫様、ここは危険です。お早く移動を」

 

「暗殺は偽りだと話したのにどうして、まだ……」

 

「姫殿下……」

 

「やはり始めから戦が目的。暗殺はただの言い訳。私の命など初めからどうでもよかったのですね……」

 

「そんなことありません!姫様はヴァース帝国の大切な……」

 

「では何故ここが攻撃を受けているのですか!」

 

 つい声を荒らげるアセイラムにエデルリッゾは驚き、何も言えなくなる。

「殿下……」

 

 ユニスも歯痒い気持ちで立ち尽くす。

 

「ごめんなさい」

 

 アセイラムは自分の稚拙さを恥じた。怒りをぶつけるのはこのどこまでも従順で優しい侍女ではないのだ。

 

「いえ」

 

「もう軌道騎士の愚行を止める者はいないのですか。もう私に出来ることはないのですか」

 

 アセイラムは自分の無力さを噛み締めていた。

 

「姫様……」

 

「殿下」

 

 護衛を務める自衛官の一人が声をかけた。彼はずっとヘルメットを被ってバラクラバとシューティンググラスで顔を隠し、表情を見せなかったが、バラクラバと首に巻いたシュマグを顎の下までずらした。まだ若さの溢れる青年だった。

 

「生き残ればチャンスはあります。諦めないでください」

 

「そうです。姫殿下。この戦争を止めなくては……」

 

 ユニスに諭され、挫けそうになる意思をアセイラムは思い出す。

 

「生き残らなくては……」

 

 

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