《デューカリオン》は揚陸城を構成する主要な四枚の葉のような部分の一つに衝突し、乗り上げていた。
『《デューカリオン》!どうして……!?』
『攻撃を受けたようだな』
動揺の中、ユニスは《デューカリオン》の状態を落ち着いて観察していた。
「敵の航空戦力か。注意しろ」
篠原は対空レーダーを使用して警戒を始める。しかしレーダーは依然として敵ECMのジャミングによる影響下にある。各機はすでにユニスの開けた穴に突入しようとしていた。
『
「各機へ。作戦は継続。地上部隊の突入路を確保しろ」
『アカギ01、こちらウミギリ01、送れ』
無線に聞こえてきたのは、アセイラム姫を守る水陸機動団のカタフラクト小隊の小隊長の声だ。
「こちらアカギ01。送れ」
『アカギ01、こちらウミギリ01。ブラボーシエラの墜落を確認。状況送れ』
「ブラボーシエラとはコンタクトが取れず。作戦を継続する。これより施設内を制圧しつつ前進。突入路を確保する。送れ」
『ウミギリ01、了解。作戦を継続する』
その時、無線に雑音交じりの音声が入る。
『ブラボーシエラ・コントロールよりマスタング小隊。聞こえるか?』
『鞠戸大尉!』
韻子が叫ぶ。無線で決められた符丁で交信しない彼らに篠原は思わず項垂れる。
『網文か……』
『《デューカリオン》は?ブリッジのみんなは?ニーナは?カームは?無事ですか!?』
『なんとかな。まあ、無事っつうか……あれだ。俺たちのことは気にせず、先に行けってやつかな』
『韻子……ごめん』
ニーナが謝る。
「全機。作戦は継続中だ。以降の無線は電波管制を行う。フリージアン44、先頭に立て。揚陸城内の敵施設を破壊するぞ」
篠原は無線を遮ると行動を開始する。篠原は穴へと飛び込んだ。揚陸城内はカタフラクトが並んで進めるほど広い通路が広がっている。ユニスが先導をする形で前進する。
『フリージアン44、こちらフリージアン11。援護する』
ユニスをフリージアン小隊の二機の《アレイオン》が援護する。それにマスタング小隊、アカギ小隊、ハルナ小隊の各カタフラクトが続き、揚陸城内を前進した。
『アカギ01、こちらエス01。送れ』
エスとは、SpecialのSのこと。特殊作戦群からの通信だった。
「エス01、こちらアカギ01。送れ」
『揚陸城への侵入を確認。火力支援を要請。ビーコンにて方向を指示する。送れ』
「エス01、こちらアカギ01。了解。ハルナを向かわせる」
篠原はハルナ小隊に無線を繋ぐ。
「ハルナ01。こちらアカギ01。エス01の支援に向かえ」
『ハルナ01、傍受。これより支援に向かう』
秋山の《紫電》が隊形を解く。
『秋山さん、幸運を』
界塚ユキが呼びかけた。
『そちらこそご武運を』
秋山が率いる《紫電》四機が特殊作戦群の支援のために前進した。
*
体内に這い込んだウイルスのごとく、特殊作戦群と第一空挺団、地球連合軍の各隊は揚陸城内で体内から食い破るべく暴れまわっていた。それを阻止するべく、火星軍も全力で抵抗する。
篠原たちは施設を破壊しながら下層部から突入したウミギリ小隊の三機と合流し、態勢を立て直す。戦闘で列機を二機失ったマスタング小隊にウミギリ小隊のアセイラム姫を乗せた一機を編入。マスタング00とし、マスタング00は交戦を避けるため、搭乗員も腕を負傷して本調子ではない界塚ユキ准尉が乗り換える。コールサインも00と01の伊奈帆、02の韻子、03の池城一尉とした。
『《デューカリオン》を攻撃した敵カタフラクトが目撃されてる。対カタフラクト戦闘に備えろ』
篠原が無線に呼びかける。
『前進再行。中枢部のアルドノア・ドライブを目指すぞ』
再びカタフラクト部隊は揚陸城内を進み始める。
「お姫様、よろしくね」
ユキは後席のアセイラムに親しげに話しかけた。
「はい……」
アセイラムは浮かない顔で頷く。《デューカリオン》の墜落を知っているのだ。すでに乗員の中にも近しい年齢で親しくなった者もいるだろう。
「……《デューカリオン》は大丈夫。皆、無事よ」
「……憎い……ですよね」
思いつめたようにアセイラムは呟く。
「皆を……地球をこんなにした……たくさんの人を犠牲にしたヴァースが憎いですよね……」
ユキは返す言葉に迷っていると、無線を聞いていた弟がその言葉に応えた。
『セラムさん。どうすれば戦争が終わるか、知っていますか?」
「それは……平和を願い、憎むことをやめれば……」
『いいえ。戦争は国家間の交渉の手段でしかない。憎まなくても戦争は起こる。どうしても手に入れたい領土・資源・利権、思想や宗教やプライド……それらの目的をめぐって戦争は起こる。だから、その目的が果たされれば戦争は終わる。または、利益に見合わない数の人が死ねば戦争は終わる。怒りも憎しみも、戦争を有利に運ぶための手段でしかない。僕はそんな感情に興味はありません』
「伊奈帆さん……」
『だから僕は火星人だからというだけで憎いとは思わない』
我が弟ながらなんと不器用な男か。ユキは戦闘中だというのにも関わらずつい微笑んでしまった。電波管制中だと言った篠原も私語を咎めてはこなかった。
『そうか?我は地球人というだけで憎いがな』
突然、無線に誰かの声が割り込む。その瞬間、左側面の壁が吹き飛んだ。
「全機、散開!」
各機は素早く密集しないように射撃しながら移動する。
『ヴァース軌道騎士、37家門よりザーツバルム、参上いたしました。御覚悟を。アセイラム姫殿下』
堂々とそう宣言した火星カタフラクトが破壊された壁の向こうに現れる。葉のような構造物の上に立ってこちらに歩いて近づいてきた。
「ザーツバルム伯爵!?」
アセイラムが叫ぶ。
『くそ……《ディオスクリア》か……』
ユニスがそのカタフラクトを見て呻いている。どうやら強敵のようだ。
『暗号通信が!?どうして!?』
敵が無線に割り込んできたことに驚く韻子が叫んでいる。こちらの通信が筒抜けになってしまえば、作戦も瓦解する。
『敵に周波数を乗っ取られた。SFH及びレーザー通信で対応』
篠原が呼びかけ、即座に応戦する。アカギ小隊の全機が弾幕を張った。敵カタフラクトはスラスターを使って火線から素早く逃れる。
『マスタング小隊、作戦を継続。前進しろ』
篠原が命じた。フリージアン小隊も攻撃を開始する。ミサイルを発射し、無反動砲を撃ち込む。
『篠原一尉。ここは自分に任せて行って下さい』
そう呼びかけたのは伊奈帆だった。伊奈帆の《スレイプニール》が通路を出て前に出る。
『馬鹿を――』
「バカなことを言わないで!相手の戦力もわからないのよ!一機じゃ勝てないわ!」
篠原の言葉を遮る様に無線を被せてユキは叫んだ。
『勝つ必要はないよ。足止めできればいい』
「伊奈帆!まさか、盾になるつもりじゃないでしょうね」
『そんな方法じゃ、時間は稼げないよ。早く行って』
『待て。私も協力する。《ディオスクリア》に乗っているのはザーツバルムだ。作戦目標だぞ』
ユニスが言った。
『こいつが……。仕方ない、マスタング小隊は01を、フリージアンは44を残し、作戦を続行。ウミギリ及びフリージアンはマスタング小隊を援護しろ』
伊奈帆を援護するのは篠原とその列機二機、そしてフリージアン44のユニスのみということだ。それでもあの禍々しい機体に立ち向かうには戦力不足を感じる。
「伊奈帆さん!……ご武運を」
後席にアセイラムが思い詰めたような声で言葉をかける。
『はい』
それに対して伊奈帆は、アセイラムを励ますように力強く返事をする。背後で心からアセイラムが伊奈帆の無事を祈っていた。
「行くわよ」
『はい!』
*
マスタング小隊は前進を継続した。敵に追わせまいと篠原たちは《ディオスクリア》と呼ばれる火星カタフラクトに対峙していた。
「全軍に告ぐ、全軍に告ぐ。タンゴ・ゼータ捕捉!繰り返す、タンゴ・ゼータ捕捉!支援可能な隊はデータリンクに加入せよ!」
『こちらオルデンブルグ小隊。支援可能。急行する』
「オルデンブルグ、曲射火器による支援射撃を」
『了解した。位置につく」
篠原が指揮を取る中、《ディオスクリア》からの通信が入る。
『蛮勇だな、地球の兵士よ。だが容赦はせぬ!』
『ミサイルだ、来るぞ!』
ユニスが警告した瞬間、《ディオスクリア》が両肩に備わるランチャーからミサイルを斉射した。無数のミサイルが向かってくる。
「迎撃しろ!チャフ・フレア発射!」
《雷電》と《紫電》各機がチャフ・フレアを発射し、頭部の機関砲を連射してミサイルを迎撃しながら回避する。その中、伊奈帆は巧みに機体を操ってミサイル攻撃を回避していた。
『誘導弾は敵のジャミングで無力化されます。無誘導ロケット弾で攻撃を』
伊奈帆が呼びかけた。
「了解……各機、回避しつつ散開。タンゴ・ゼータを包囲しろ!」
篠原は敵カタフラクトの発する
『全機、聞け。奴は今まで交戦した《ニロケラス》、《アルギュレ》、《ヘラス》の母体となった機体だ』
ユニスが叫ぶ。
「つまり……なんだ!?」
『つまり、最強の盾、矛、そして拳を持つ強力な機体ということだ。油断するな』
「そりゃあ……贅沢な機体だな」
しかし包囲が完成しつつあった。各機が射撃し、弾幕を張る。
『いい気になるな、地球人……!アルドノアの輝きを』
何か無線に喚いているが、構わず撃ち続ける。
*
ライエは戦闘中に偶然合流した自衛隊と地球連合軍のカタフラクト隊と共闘していた。揚陸城制圧に向けて戦場は旭川基地から揚陸城へと移ろうとしていた。そんな中、ライエ達の前にはビームサーベルを装備した黒に赤いラインの入った火星カタフラクト二機が立ち塞がっていた。
発射される砲弾をビームサーベルで薙ぎ払って火星カタフラクトが近づいてくる。
『ダメだ、下がれ!』
ライエの前にいた《雷電》一機が両断されて爆発する。その破片がライエの奪った《紫電》に叩き付けられ、センサーヘッドの一部が損傷した。直ちに予備カメラに切り替えた時、火星カタフラクトが目の前に迫っていた。ライエを守ろうと一機の《ベルクート》がその間に割り込んだ時、その火星カタフラクトの動きが止まり、突然飛び立つ。
「なに……?」
ともかくライエと他のパイロット達は命拾いをするのだった。
*
『我に力を!』
目の前の黒い火星カタフラクト、《ディオスクリア》が飛び立ち、変形を始める。
「させるか!全機、火力を集中!今がチャンスだ、叩き落とせ!」
変形すれば、《ディオスクリア》がさらに強くなるのは目に見えている。激しい攻撃が変形態勢に入った《ディオスクリア》を襲う。
『卑劣な……!』
攻撃を受けるザーツバルムが吐き捨てる。変形と合体を妨害されたザーツバルムは四周から攻撃を受け、身動きできなくなった。
「お前が言えたことか。ここで落ちろ……!」
篠原は突撃銃を弾が尽き、砲身が過熱するまで撃ち続ける。AP弾を《ディオスクリア》は弾くが、数発は貫通して穴を穿っている。誰かが発射するHE弾も炸裂し、《ディオスクリア》は大きく姿勢を崩した。
『ザーツバルム伯爵、助太刀します』
そこに冷たい女の声が響く。新たに現れたのは、種子島で火星軍戦闘機を連れ去った火星カタフラクト。朱色の機体だ。
『あれは……!?』
「新手だ、警戒しろ!」
『《フェルミ》だと……』
ユニスが呻く。機体の自動識別システムが敵を識別する。相模湾で他の自衛隊とも交戦している火星カタフラクトだった。
新たに接近する《フェルミ》に対して弾幕を張るが、《フェルミ》は揚陸城の残骸を浮遊させて盾にする。
「なんだ……アイツの能力は……!?」
『気を付けろ、奴は磁力を操るぞ!』
『その声、まさかヒューティア卿ですか……』
それに反応した《フェルミ》の操縦者が落ち着いた声で尋ねてくる。
「答えるな。目標はタンゴ・ゼーターだ。マスタング01とアカギは目標に集中しろ」
『貴方達の相手は私ですよ』
そう呼びかけてきた《フェルミ》が腕を向ける。その瞬間、センサーが狂ったような数値を突然示し始めた。
「なっ……」
さらに《ディオスクリア》を攻撃する日比谷の乗る《雷電》が宙に浮く。次の瞬間、目にも止まらぬ速度で《雷電》が横に吹き飛んでいき、揚陸城の壁に叩き付けられて大破した。さらにもう一機、樋口二尉の機体が浮いていく。
『しょ、小隊長ッ!!』
『《フェルミ》を撃て!磁力操作を妨害するんだ!』
ユニスが《フェルミ》に対して突撃銃を撃つと《フェルミ》は残骸を浮かせて再び盾にした。その瞬間、樋口の機体に対する磁力の干渉が止まり、樋口機は床に足を付けた。
「マズイぞ……」
『《ディオスクリア》見参!』
その間にザーツバルムの《ディオスクリア》も変形を終えていた。
「まだやってたのか、このびっくりドッキリメカは」
敵前での変形にこだわる敵に苛立ち混じりの呆れ声で呟きながら、あのチャンスで仕留めきれなかったことを篠原は心の底から悔やんでいた。
『冗談じゃないですよ、二機相手はヤバいです!とくにあの赤い奴は……!』
樋口二尉が叫ぶ。
「くそ……伊奈帆、俺があの赤いのを引き付ける。ユニスと協力して
篠原は無線に呼びかけると《フェルミ》に対して突撃銃を撃ちながら城内に後退する。
『二手に分けるつもりですか……。まあ、乗ってあげましょう』
そう言って《フェルミ》が付いてくる。篠原と樋口は揚陸城内を駆け抜けた。
*
残されたユニスと伊奈帆はザーツバルムの《ディオスクリア》と交戦を始めた。
伊奈帆が突撃銃を撃つと、その弾丸が機体に吸い込まれていく。
「弾丸が……」
『次元バリア、攻撃は無効だ』
ユニスが言った。
『次元バリア、アクティベート。エネルギージョイント接続。フィールドジェネレーター始動。ブレードフィールド展開。抜刀……!』
巨大な腕からさらに長い青白く光るビームサーベルを伸ばし、《ディオスクリア》が振るう。一薙ぎで凄まじい威力が生まれ、寸前で回避した。砂ぼこりが周囲を包む。
『ブレードフィールドも厄介だが……それぞれの能力を持った敵を個々に対処してきたお前ならやれるはずだ……私は背後に回って隙を窺う』
「了解」
伊奈帆はユニスと共闘し、《ディオスクリア》と戦う。
*
そんな中、スレインは途中で見つけたエデルリッゾを連れてスカイキャリアに乗り込んでいた。目の前で飛び去った謎の戦艦にアセイラムが乗り込んでいるとエデルリッゾから聞いたスレインは戦艦を追っていたのだ。
「姫様……」
エデルリッゾは不安な中、操縦席の後ろで呟く。目の前にまるで座礁したように巨大な戦艦が揚陸城に乗り上げている。
「あの船に姫様が……今――」
突然、機体の周りを曳光弾が通り過ぎる。揚陸城に上陸した連合軍のカタフラクトが対空射撃を行っていた。機体に衝撃が走る
「きゃあ!」
エデルリッゾが悲鳴を上げる。エンジンを被弾していた。高度が保てない。
「掴まって!」
スレインは機体を制御し、なんとか不時着に持ち込もうとする。大丈夫だ、落とされるのは初めてではない。
そんな皮肉を心の中で呟きながらスレインは操縦悍と必死に格闘した。