『こちら、オルデンブルグ・リーダー。マスタング02、援護する!』
そう呼びかけてきたのは、スレインのスカイキャリアを撃墜し、通報を受けて駆け付けた連合軍の《アレイオン》からなる小隊だった。曲射で《ディオスクリア》に対してグレネードランチャーを撃ち込んでくる。しかし弾は《ディオスクリア》の次元バリアに吸い込まれてしまう。
「直撃弾では効果は望めません、やつの足元を狙ってください!」
『了解』
オルデンブルグ小隊はそのまま離れた位置から援護を続ける。
『小賢しい……飛べ。我が眷属よ!』
ザーツバルムが叫び、腕がロケットパンチのごとく放たれる。離れた位置にいたオルデンブルグ小隊にそれは襲い掛かる。
『回避しろ!』
ユニスが叫ぶ。緊急回避したが、《アレイオン》が一機食われて破壊される。さらに拳は戻ってきてオルデンブルグ小隊を襲うが、それは何とか回避に成功した。
さらに拳は伊奈帆とユニスを襲う。その回避に気を取られたユニスに向かってザーツバルムが残った片腕のビームサーベルを振り下ろす。それをユニスは危機一髪で回避したが、大盾を失った。
『くそ……12をやられた!』
「退避して下さい!」
伊奈帆は無線に叫ぶ。一般兵ではザーツバルムを食い止めるのは無理だ。
『やつの武器は厄介だ。屋外で戦うのは愚の骨頂……奴は図体もデカイ。なんとかして屋内に誘い込むぞ』
「了解……!」
*
被弾し、不時着したスカイキャリアから脱出したスレインとエデルリッゾは墜落した《デューカリオン》を見上げていた。ザーツバルムの《ディオスクリア》が撃ち落としたのだろう。
「伯爵……」
そこへ重い足音が近づく。
「スレインさん!」
エデルリッゾが叫んでスレインを気付かせたが、スレインを見下ろした《アレイオン》は突撃銃の銃口を二人に向けていた。咄嗟にエデルリッゾを背中に庇ったが、75mmの砲弾を食らえば跡形もなく消し飛ぶのは目に見えている。
『動くな、両手を頭の上に──』
《アレイオン》の外部スピーカーが呼び掛けたが、そこへ生き残っていた対空砲が発砲し、《アレイオン》を破壊する。なおも対空砲は撃ち続けた。別のカタフラクトが反撃し、頭上を砲弾が飛び交う。
「そこで何をやっている!来い!地球軍が城内に侵入した。守りをかためる!」
駆け寄って来た兵士にスレインとエデルリッゾは連れられた。
「助けてくれたのですか?」
「は?」
「僕は地球人なのに」
「そんなこと、今は関係あるか!お前は敵なのか!?」
そう走りながら問いただされる。しかし答える間もなく、その兵士は背中を撃たれて倒れる。驚いて振り返ると《アレイオン》の操縦士とそれを助けに来た迷彩服の兵士達がこちらに銃を向けていた。スレインはエデルリッゾの手を取り、慌てて逃げる。《紫電》と《ベルクート》がさらに別の方向から進んでくる。
「待て!あれは子供だ、撃つな」
背後で兵士達がそんなことを口にしていたが、スレインの耳には届いていなかった。
*
篠原と樋口は《フェルミ》と戦っていた。敵は磁力を操って攻撃してくる。撃っても近くの金属片を引っぺがして盾にしてしまう。
「くそ、AP弾を使用しろ」
篠原が指示し、二人は徹甲弾を撃ち込む。そこら辺の材料では貫通する。しかし《フェルミ》は今度は砲弾に磁力で干渉し、弾道を捻じ曲げてしまう。
『駄目です!』
反撃とばかりに敵は金属片を凄まじい速度に加速させて飛ばしてきた。大盾で防ぐが、篠原の大盾に金属片が突き刺さった。
「チタニウム合金とセラミック複合材製の盾を貫通しやがった……」
二人はたまらず通路を折れて逃げる。
「樋口、チェーンマインはまだあるな?」
『はい』
「よし、二ブロック後退しろ」
力で押し切れないなら頭を使うしかない。
*
「この中にいて。退避命令がかかれば、カタパルトデッキの脱出艇が使われるはずだ」
スレインはエデルリッゾをエレベータに乗せてカタパルトデッキに向かわせた。彼女は子供だ。地球軍も子供なら撃つまい。しかし自分は火星軍の服を着た兵士だ。地球人も火星人も敵に回す自分は、一体何なのだろうか。
急ぎ、カタフラクトデッキに向かう。まだ《タルシス》が残されているはずだ。城内では激しい戦闘が繰り広げられている。隔壁に向かって地球軍の濃緑色に塗られた一つ目のカタフラクトがトマホークを振るって力任せに打ち壊し、突入路を確保しようとしている。カタフラクトを持たない火星軍の一般兵では地球軍のカタフラクトに太刀打ち出来ない。
戦闘を避けて狭い通路を走っていた時、目の前からライトが照らされた。咄嗟に柱の陰に飛び込む。銃撃が追ってきた。
「投降しなさい!命までは取らないわ」
呼びかけてきた声が想像とまったくかけ離れた同年代らしい少女の声でスレインは戸惑う。拳銃を抜きながらどうするべきか考えていた。
降伏するふりをして手を上げて姿を表すとライトがスレインを強く照らす。ライトを持っていたのは赤い髪の少女だった。何故かスレインには彼女が自分に似た存在であるという根拠のない確信が湧いてきた。
「あなたね、エデルリッゾ……女の子をどこにやったの?彼女は無事でしょうね?」
少女はジャージの上からジャケットとサバイバルベストを携行して、地球軍のPP91ケダール短機関銃を構えている。カタフラクトの搭乗員だったようだ。
「ハンガーデッキの脱出艇の中だ。怪我もない」
「そう……そのまま手を上げて後ろを向きなさい」
幾分か安心したように少女は呟くとスレインに命じた。
「ここを通してくれないか」
「それは出来ない。この先にはカタフラクトがあるでしょう?」
少女は短機関銃をしっかりと据銃して言った。
「僕は行かなければならないんだ。アセイラム姫を助けないと……」
「あなた、何者?」
スレインはその問いには答えない。
「……あなた、地球人?」
「君は……火星人か?」
しばらく二人は見つめ合った。スレインは出来れば強硬手段は使いたくないと思いつつも、上げていた手を慎重に下げつつあった。やがて少女が短機関銃を上方に向けた。
「私達に敵対したら、責任を持って殺すわ」
「……分かった」
少女の言葉とは思えない重みがあった。少女は通路を避けて立ち、道を開ける。スレインは彼女に感謝しながらその脇を走り抜け、カタフラクトデッキに向かった。
《タルシス》に駆け込む。
「補助動力装置スタート。動くか……?」
補助動力により計器モニターは点くが、主機であるアルドノア・ドライブは停止したままだった。
「だめか。アルドノア・ドライブが停止してる。起動権を与えられた人でなければ機体を動かすことはできない。どうすれば……」
そう呟いた時、突然、コックピット内に眩い光が輝く。アルドノア・ドライブが起動する。
「これは……?アルドノアドライブが起動した。どうして?」
スレインは驚愕しながらも《タルシス》を発進させる。
*
《フェルミ》に乗り込んだデュクレールは地球軍の濃緑斑模様の一つ目カタフラクト二機を追っていた。しかし深追いしすぎた。ザーツバルムの元に戻らなくては。
そう思い始めた時だった。右の路地を振り返った先に敵の姿はない。そのまま進もうとした時、壁に何か見覚えのないものが張り付いているのが見えた。
これは……?
そう思った瞬間、それが炸裂した。《フェルミ》の機体は吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「なに……?」
右側のカメラが破壊され、画面が砂嵐状態になる。途端に歩いていた通路と、右の通路から濃緑色の一つ目カタフラクトがスラスター全開で突進してきた。トマホークを構えている。
咄嗟に死界に回られるのを恐れ、右側のカタフラクトに磁力操作を使って吹き飛ばす。だが、正面の通路から接近してきたカタフラクトにはそれが間に合わなかった。向けた左腕が、左手の指から手の平に向かってトマホークに貫かれ、腕を破壊される。
「くっ……この……!」
右腕を向けるが、金属片が刺さった盾で体当たりされて再び壁に叩き付けられる。
一つ目の頭部に備わる機関砲が連射され、《フェルミ》の頭部を撃ち抜いていく。咄嗟にスラスター全開で倒れたまま回避する。おかげで足も被弾したが、そこまで大きな被害はなかった。磁力を操って周囲の壁を捻じ曲げて通路を塞ぐ。しかし、一つ目のカタフラクトは体当たりで捻じ曲げ、トマホークを振るって破壊して近づこうとしている。磁力操作でさらに通路を破壊するとデュクレールは逃げに転じた。
自分が追いつめられたのがショックと同時に地球人の強さに驚嘆を覚えていた。慢心していた。とにかくザーツバルムさえ守れば、自分の民には未来がある。デュクレールはさらに足を速めた。
*
特殊作戦群は城内の抵抗を排除しつつ中央制御室を目指していた。すでにクルーテオ城を制圧したことにより、揚陸城内の構造は解明されている。
駆けつけたハルナ小隊の《紫電》が次々に敵装甲車を撃破し、敵を引き付けている間に、霧島一尉は中央制御室へとたどり着いた。
ドアの前で防御陣形を取っていたヴァースの兵達に向かってグレネードランチャーを撃ち込む。榴弾の破片を浴びて兵士達は薙ぎ倒される。
「行け」
「前に出るぞ」
隊員達が曲がり角を出て一挙にドアに緊迫する。
「よし」
ドアに到達した隊員が合図した。
ドアに向かって近づくとドアを破るためにテルミット爆薬を素早く仕掛ける。榴弾の破片を浴びて呻いている兵士達をドアから遠ざけると爆薬を起爆した。ドアが焼き切られ、その瞬間にスタングレネードを叩き込んで隊員達は突入する。
「動くな!」
「両手を頭の上に!」
怒鳴りながら飛び込むと中央制御室内の指令センターのヴァースの兵達は反応すら出来ずに狼狽えている。
よろけながら拳銃を抜いた兵士が素早く射殺されると他の兵士達は降伏した。
「隔壁を全て開けろ。対空砲はオフライン」
*
ユキ達は城の中を進んでいた。ウミギリ小隊とフリージアン小隊がマスタング小隊の直掩についている。T字路に差し掛かったところで、火星軍の歩兵部隊が防衛線を敷いていた。
「はああ……こういう心に来るのは勘弁してほしいんだけどなあっ」
ユキは歩兵相手に撃たねばならないことを愚痴る。
『位置を代われ。俺がやる』
有無を言わさない指示に、ウミギリ小隊の《紫電》がユキと位置を代わると、その《紫電》は頭部に備えた20mm機関砲を浴びせて歩兵部隊を蹴散らす。装甲車が反撃してきたが、スカートアーマーに装備した焼夷グレネードを投げ込むとテルミット爆薬が炸裂し、強烈な熱反応火星軍兵士達が焼き尽くされた。
『ひい……』
韻子はその躊躇の無さに悲鳴を押し殺している。しかし敵はさらに対空砲を装備する装甲車を展開させて攻撃してくる。
『きりがないな』
「管理用通路があります。迂回路です。アルドノアチャンバーへ抜けられます。機材搬入路ではないのでここから先は機体を捨てねばなりませんが」
後席のアセイラムが言った。
「マスタング02」
『了解!』
韻子が叫び返す。
『行ってください!ここは我々が食い止めます』
フリージアン小隊の二機の《アレイオン》がその場に残って敵を引き付ける。
「行くわよ!」
『はい!』
二機は通路を急ぐ。しかし天井を突き破って突然、伊奈帆の《スレイプニール》が降って来た。
『伊奈帆!?』
それに続いてザーツバルムの《ディオスクリア》が悠々と降下してくる。
『アセイラム姫殿下。お命頂戴致します』
勝ち誇ったザーツバルムの声が響く。
「ザーツバルム伯爵……」
アセイラムが苦々しく呟く。そこへ伊奈帆の現れた穴からザーツバルムを追って一つ目のカタフラクトが飛び込んできた。ユニスの《紫電》だ。脚部を破壊されている。
『退避しろ。敵う相手じゃない……!』
『ユニスさん……!』
韻子が呼び掛ける。
『この!』
『撃て!』
ウミギリの《紫電》三機を加えた五機は突撃銃を連射する。しかし砲弾は《ディオスクリア》の機体に吸い込まれていく。
『あいつもバリアを!?』
『韻子……逃げて』
いつになく弱々し気な伊奈帆が無線で呼びかける。
『伊奈帆!』
『いいから、早く』
『そんな!置いてなんか……』
『いいから、走って』
『バカ言わないで!』
そんな問答を続けていてもザーツバルムは待ってはくれない。腕をこちらに向けてくる。
『避けて!』
ロケットパンチが飛翔してくる。韻子は避けるが、両腕を破壊された。ウミギリ小隊の池城が乗る《アレイオン》も背部を削られて大破する。
「韻子ちゃん!池城一尉!」
思わずユキは叫び、飛んでくる拳に向かって弾幕を張る。しかし拳は砲弾を弾きながら通路の中で反転し、再び向かってくる。その時、倒れていた伊奈帆の《スレイプニール》がハンドガンを撃った。
《ディオスクリア》本体が被弾し、爆発が起きる。
『やっぱり……。腕を外す時は、バリアを解除する必要があるんだ。腕のスラスターがバリアと干渉するからだ』
『何?もしかして私、囮?』
「そういうことか!」
ユキも《ディオスクリア》に向かって突撃銃を連射する。HE弾は《ディオスクリア》を直撃し、炸裂する。堪らず《ディオスクリア》は腕を回収する前にバリアを張ろうとする。しかし、さらに追い打ちをかけるようにバリアを張ろうとする《ディオスクリア》を伊奈帆は攻撃する。
『バリアには隙間が必要だ。エネルギーフィールドを展開する瞬間を見逃さなければそれは容易に発見できる』
「飛ばした腕を遠隔操作するアンテナ!」
伊奈帆がアンテナを撃ち抜いたことで腕は床に落ち、滑っていく。
『小賢しいマネを!』
「なおくん、逃げて!」
『いや……むしろ近づいてくるのを待ってた』
伊奈帆はパージしたコンフォーマルアシストのミサイルランチャーをHE弾で撃って誘爆させ、爆発を起こす。《ディオスクリア》は足元を掬われる形で転がり、倒れる。《ディオスクリア》はバリアを解除せざるを得なかった。
『おのれ!』
『そして、接地面にバリアは張れない』
伊奈帆は突撃銃を手に取ると《ディオスクリア》を見下ろし、ほぼゼロ距離で構える。
『こ、この……』
伊奈帆は躊躇わずに撃つ。
*
《タルシス》に乗り込んでいたスレインの耳にもザーツバルムの悲鳴は届いていた。
「ザーツバルム伯爵!」
スレインが呼びかけるが、ザーツバルムは応答しない。鉢合わせした地球軍のカタフラクトが撃って来る。スレインはそれを回避しながら突き進む。
「当たらない!」
「なんなんだ、あの動きは!?まるで弾丸の軌道を読んでいるように正確に……!」
「ライブラリに該当なし!今の機体のデータを記録します」
「他の部隊にも警告を出せ。中枢に向かったぞ」
*
ユキと韻子、そしてアセイラムは機体を降り、通路を進もうとしていた。ウミギリ小隊の《紫電》二機が残ってユキ達を追わせまいと立ち塞がり、破壊された機から降りたユニスと池城一尉が短機関銃を持って駆け寄ってくる。
「ユニス、怪我は?」
「私は大丈夫です。姫殿下、お早く」
「伊奈帆も!」
『いや……』
韻子が振り返って呼びかけるが、《ディオスクリア》は満身創痍ながらもまだ立ち上がろうとしていた。ユニスがカタフラクトを降りてこちらに走ってくる。
『先に行って。すぐに追いつく』
「案内してください」
「あ……はい!」
ユキの言葉に戦いの行く末に気を取られていたアセイラムは振り返る。そしてもう一度、伊奈帆を振り返るとその無事を祈り、走り出す。
「こちらへ!」
*
『……くっ……地球人め……!』
呻くザーツバルムと対峙した伊奈帆は腕でウミギリ小隊を制すと突撃銃を置いて滑らせた。拳で勝負だとばかりの挑発。プライドの強い火星騎士なら頭に血が昇るはずだ。
『貴様……!』
その声から察するに案の定だった。
一直線に突っ込んでくる。それを軽くいなして回避し、ワイヤーガンを背後に打ち込んで引き倒す。
『この……!』
ザーツバルムが振り返る間に伊奈帆はコンフォーマルアシストのアームパーツを装着しなおす。
『分かるまい……貴様らには!』
ザーツバルムが吠え、再び向かってくる。
『植えつけられた地球人への羨望と憎しみがいつまでも我らの魂を濁らせ続け、人としての生き方を奪った。豊かな地で漫然と生きるものに、我らの思いは分かりはすまい!憎しみを植えつけられた恨み、それに気づいたときの虚しさ、愛する者を守れなかった無念!分かりはすまい!』
突っ込んできた《ディオスクリア》と組みあう。センサーヘッドを破壊されるが、コンフォーマルアシスト付きのアッパーをコックピットの存在する胸に叩き込む。
『ぐおあああッ!』
本当に人を殴っているような絶叫が無線を通して響く。そこへ白い機体が飛び込んでくる。
『新手だ!』
ウミギリ小隊が射撃する。
*
城内の防衛部隊と戦いながらユニス達は進んでいた。戦闘に特化したユニスは先頭を走って距離を詰める。味方であるはずの同胞に向かってサブマシンガンを撃ちながら、追い付いたユキから手榴弾を受け取り、ピンを引き抜いて放る。
「行け!」
ユニスが弾幕を張る間にユキと韻子、アセイラム姫殿下が通路を走り抜ける。
「援護する!行け!」
池城が怒鳴った。ユニスは頷き、その池城の援護を受けて通路を走り抜けた。
別の方向からもザーツバルムの兵が出てきて韻子とユキが応戦している。目の前にはアルドノアチャンバーに通じるハッチがあった。
池城の呻き声が聞こえた。銃撃の中、角から一瞬顔を出して振り返ると撃たれた池城が血まみれになって倒れていた。
「姫殿下!ここは私たちが食い止めます!」
「は……」
「早く!」
ユキが叫ぶ。通路でも銃弾が爆ぜた。アセイラム姫殿下がアルドノアチャンバーの中に消え、ユニスはハッチを閉じる。
「左の敵を押さえに戻る。死んでも敵を通すな」
「そのつもりよ……!」
ユキが力強く頷く。良い仲間を得た。ユニスはここで死んでも後悔は無いと思いながら銃を撃ち、走り抜ける。
*
伊奈帆は決着を着けようとしていた。新手の白いカタフラクトには《紫電》二機が対応している。
「オプティカルシーカー、ダウン。補助センサーの信号をメインモニターへ。ライトアーム動力可。レフトアーム」
「我は……憎む全てを倒し、憎しみの連鎖を……絶つ!」
『伯爵!』
新手の操縦手が叫び、真っ直ぐ突っ込んでくる。二機の《紫電》が蹴散らされ、伊奈帆は強烈な衝撃と共に壁を突き破った。
*
揚陸城のアルドノアドライブが止まっている。まさかザーツバルム伯爵が?
スレインはオレンジ色の機体ごと壁を突き破ったアルドノア・チャンバー内を見回しながら機体を降りた。
「伯爵……」
思わずスレインは伯爵の安否を思い、呟いた。
「伊奈帆さん!大丈夫ですか?伊奈帆さん!」
その時、声が上がる。誰かが横倒しになったオレンジ色のカタフラクトに声をかけている。その声を聞き、その姿を見てスレインは思わず息を飲んだ。見間違うことはない。ずっと探してきたアセイラム姫殿下、その人だった。
「アセイラム姫……!」
スレインはアセイラムの無事に思わず安堵する。アセイラムはそのカタフラクトの搭乗員に夢中でスレインには気付いていなかった。
「伊奈帆さん!」
「セラムさん……」
「伊奈帆さん……よかった。揚陸城のアルドノア・ドライブは停止しました。作戦は成功です。私たちも脱出しましょう」
「すみません……よく見えない。目に血が入って……」
「ここですよ。伊奈帆さん。私はここにいます。」
アセイラムは伊奈帆の手をとって慈しみのある顔で微笑む。ドーンという爆発音が聞こえ、スレインは背後を振り返った。まだ戦闘は続いている。ここも安全ではない。早く姫を安全な場所へ……そう思ったとき、背後にいたザーツバルムの姿が目に入った。そしてその手に握られている拳銃も。
「伯爵!」
スレインが叫んだ瞬間、銃声が弾けた。銃口の先にいたのはパイロットを気遣っていたアセイラムだった。
瞬間的に頭が白熱し、スレインは咄嗟に地を蹴っていた。アセイラムはパイロットを身を呈して守ろうとよろけながらも立ち上がる。
再び銃声が響く。スレインは胸に激痛を覚えてその場に膝を着く。射線に飛び込んだスレインの胸を拳銃弾が直撃していた。
「す、スレイン……?」
アセイラムはそう言葉を漏らしながら力尽き、機体に倒れかかって崩れ落ちる。
「……スレイン、馬鹿な真似を……」
ザーツバルムはスレインに憐れみの目を向けるが、すぐさま倒れたアセイラムに銃を向け直す。
よせ、やめてくれ……
スレインは心の中で悲鳴を上げていた。それでも体には力が全く入らない。
「お待ち下さい、伯爵!」
そのザーツバルムを止めたのは、遅れてやってきたオフィーリア・デュクレール男爵だった。
「止めるな、デュクレール卿」
「伯爵。アセイラム姫殿下はまだ利用価値があります。殺すべきではありません。生かしておくべきです」
「そんなことは分かっている」
「伯爵。彼女を殺しても皇帝が。伯爵の悲願を達成するには、ここは堪えてください」
その時、大破したオレンジ色の《スレイプニール》のコックピットから崩れ落ちるようにパイロットが降りてきた。スレインは体を動かせず、目だけでそれを追っていた。まだ若い。自分と同年代の少年だ。頭から血を流し、満身創痍の体を引きずり、アセイラムに覆い被さるようにして盾になりながら、手をついてザーツバルムを振り返る。
銃声が鳴り響き、パイロットは頭から仰け反り、倒れる。スレインはその様子を遠退く意識の中、見ていた。
「ッチ……分かった。そうとなればここを離れなくては。《フェルミ》は?」
地球連合軍のパイロットに苛立ちをぶつけたザーツバルムは拳銃をホルスターに収めながらデュクレールに聞く。
「機体に問題はありません」
そこへ誰かが飛び込んでくる。若い女。地球軍のフライトスーツを着ている。
「動くな」
「これは……まさかヒューティア卿か。我らを裏切り、地球人についたか」
「私は姫殿下に忠誠を誓っている。ヴァースを裏切った訳ではない。裏切り者はお前達だ」
「ヒューティア卿。その忠誠を誓うアセイラム姫殿下を救いたいなら協力を」
デュクレールの言葉にユニスは後ろを振り返る。血の海の中に沈んだ伊奈帆とアセイラムの姿を見て、ユニスの顔は青ざめた。
「姫殿下!伊奈帆君!」
ユニスは二人の下に駆け寄る。
「姫殿下!しっかりしてください!」
「ヒューティア卿。手遅れになりますよ」
目の前で血の気を失っていくアセイラム。ユニスに選択肢は無かった。
篠原は一人、城の中を走っていた。城内の電源は失われ、抵抗は止んだようだった。作戦の望成目標は達成したらしい。それでもあの赤い火星カタフラクトを仕留められなかったことを後悔しながら中枢に向かう。
その時、何者かが破壊された中枢部から出てくるのが見えた。地球軍ではない。
「動くな!」
篠原はMP7A1短機関銃を向けて怒鳴る。振り返った二人組の人影の中の一人、冷たい美しさを纏った女が抱えているものを見て篠原は言葉を失った。アセイラム姫殿下だった。血の気を失い、意識はない。
「まさか……」
「先へ行って下さい」
さらに裂け目から出てきた女が二人に声をかける。それは地球連合軍のフライトスーツを着たユニスだった。
「ユニス?」
思わず名前を呼ぶとユニスは表情を消したまま振り返る。銃声が鳴り響き、篠原は驚愕のまま崩れ落ちる。
「すまない」
一言、言葉を残してユニスは去っていく。篠原はそれを止めることが出来なかった。
*
戦闘は双方に大きな損害をもたらしたものの、揚陸城のアルドノア・ドライブが停止したことにより、地球連合軍の勝利に終わった。しかし、自衛隊はザーツバルム伯爵の排除に失敗し、また最重要要人であるアセイラム・ヴァース・アリューシア第一皇女を失った。