「小賢しい地球人め」
クルーテオが吐き捨てる。茅ヶ崎市の南三キロの沖合に落着したクルーテオ伯爵の揚陸城は無機質な大輪を広げ、展開を完了していた。
クルーテオが人道的な配慮で人工密集地を避けたのではないのは明らかだった。そしてこの想定外の落着だったとはいえ、その衝撃波が生んだ巨大な津波が沿岸部を襲い、多くの人命が失われた。
その感傷にユニスが浸る間も無く、地球軍による反撃が揚陸城に迫っていた。
ユニスは自らの愛機、《エスカリオン》に乗り込み、《アルギュレ》を駆るクルーテオの配下の騎士、ブラドと共にそれを迎え撃ちにかかった。
*
1305時、神奈川県茅ヶ崎市
1021時、内閣総理大臣から発令された防衛出動命令を受けて陸上自衛隊の偵察部隊及び戦車小隊、普通科部隊、そして地対艦ミサイル二個中隊分がここ茅ヶ崎市に集結していた。
これが相模湾に落着した揚陸城迎撃する現在の陸自戦力だった。陸自は揚陸城の降下に備え、戦力を維持するために主要都市部から対空疎開を実施しており、主力の展開にはまだ二時間以上の時間を要した。
「くそ、被災者救援が先だろうが」
90式戦車改の車長席で毒づいた
富田は陸自第一師団の第1戦車大隊に所属する。富田の所属する小隊は即応小隊に指定され、砲塔を外さずに90式戦車を輸送可能な
UH-60JA多用途ヘリが第一師団第1偵察隊の偵察用オートバイ二輛を下ろして車輛斥候に向かってから自衛隊側は待機していた。
空はどんよりと曇り、空気は淀んでいる。射撃に必要なデータ緒元をセンサーで取得したが、湿度は高い。落着の衝撃波で大量の海水が蒸発したせいなのかもしれない。湿度が射撃に与える影響は大きかった。
落着してすぐ開始された火星軍の攻撃の第一波は通信インフラを狙った攻撃だった。海底ケーブルや各地の通信設備をミサイルが襲い、破壊。さらに妨害電波によって通信手段を二重で絶とうとしている。
「この通信障害、なんとかならないのか」
長距離用のHF無線に切り替えると激しい雑音が入ってくる。
「無理です。電子戦機が厚木から向かってます」
そう答えたのは砲手席に座る三宅二等陸曹だ。
「果たして間に合うかな」
そう呟いた富田の視線の先には鶯色の機体色が特徴的な地球連合軍カタクラフト、KG-7《アレイオン》が隊列を組んで前進していた。
地球連合軍は攻撃を開始しようとしている。
──無謀だ。
「連合軍航空隊、攻撃を開始した模様」
「どっちからだ?」
双眼鏡で航空機を探すが、勿論目視外射程からの攻撃だった。無数のミサイルが揚陸城に向かって飛んでいく。
同時弾着を狙い、第6地対艦ミサイル連隊も12式地対艦誘導弾を発射しており、ミサイルが次々に揚陸城に向かっていく。揚陸城から迎撃の対空砲火が無数に上がった。
揚陸城の花弁のように見える部分の縁から大量のミサイルが白い推進煙と共に飛び出してミサイルを撃ち落とす。
「何発かは届いたな」
シールドでもあるのかと思っていた富田には意外だった。とにかく火星の兵器は地球とは桁外れだと、地球連合軍の兵士に比べ、自衛隊には相当誇張されて伝わっている。
まともに戦えるのかと思ったが、戦況は次の瞬間覆される。
白い機体が揚陸城を飛び立ち、航空隊と交戦を開始したのだ。さらにもう一機、カタフラクトを乗せた航空機が飛び立ち、茅ヶ崎市にカタフラクトを投下する。
『来たぞ!』
『撃て!』
投下された火星カタフラクトと先陣をきる連合軍のカタフラクト隊が交戦を開始した。《アレイオン》は75mm突撃銃で弾幕を張る。茅ヶ崎の上空を火線が飛び交った。
「あの白いのは戦闘機?」
ハッチから顔を出した三宅が呟いた。
「火星カタフラクトだ……」
富田は呻いた。
連合軍の三沢基地から駆けつけた十二機のF-35Aステルス戦闘機と八機のF-16C戦闘機が、航空機にも似た敵のカタフラクトと交戦する。しかし、バシッという何かを叩くような轟音が響き渡った直後、瞬く間に二十機のうち七機が撃墜されてしまう。
「見たか」
富田は装甲帽のヘッドセットから伸びるリップマイクを近づけて僚車に呼び掛けた。
『ただの砲じゃないですね。レーザーの類いでもないようだ』
僚車の車長、東山一等陸曹が答える。
「対地攻撃も可能だろう」
『これじゃ豆鉄砲ですよ。高射を呼びましょう』
東山は車長席ハッチに備わるターレットの銃架に乗せたM2重機関銃を叩いた。戦車の対空火器はこれだけだった。
「時間が稼げれば良い……とにかく行くぞ」
富田は装甲帽の上からかけたゴーグルを目の位置に下ろした。美人だが、金にはうるさい女房にせがんで出してもらった貴重な小遣いで買った曇り止めファン付きのバリスティックゴーグルだ。何かにつけて家族のことを思い出すが、今はそれすらも頭から振り払った。
「全車エンジン始動、前進用意。戦闘に備えろ」
各車がエンジンを始動した。
地球連合軍のカタフラクト隊、ハウンド11のパイロット、ジョン・ケンウェイ大尉は列機に前進を命じた。四十機もの《アレイオン》が揚陸城を包囲しつつあった。
「ハウンド11よりハウンド各機。間も無く会敵する。敵の妨害電波が強力だ。ECCM及びレーザー通信併用で対応せよ」
ケンウェイは茅ヶ崎市内に展開した陸上自衛隊を見た。ハルダウンした戦車が潜み、なんと歩兵が対戦車ミサイルを持って走っている。カタクラフトは見えず、旧式な戦車で戦うつもりのようだ。
『自衛隊め、ブリキ缶でどうするつもりだ』
「構うな。目の前の敵に集中しろ」
ケンウェイが命じた時、航空隊よりUHF無線で呼び掛けがあった。
『
「来るぞ。対空戦闘」
ケンウェイが呼び掛けたとき、何かが空から降ってきた。目の前の道路に鮮やかな金属光沢が機体色になった火星カタフラクトが着地する。
「敵だ!ハウンド隊、散開!撃て!」
各機が突撃銃を連射し、縦隊から散開して展開していく。
「ハウンド全機。包囲して撃破しろ、敵は一機だ」
『カイマン中隊は前進を続行する……!』
八機のカタフラクトに袋叩きにされる哀れな火星騎士にケンウェイは同情した。悪く思うな、攻めてきたお前らが悪いんだ──!
が、火星のカタフラクトは青白いビームのサーベルを抜くとそれを振るって砲弾を空中で炸裂させていく。
『何!?』
『空中で弾を撃ち落としてるぞ!』
ケンウェイは光学センサーをIRに切り換えて見た。ビームサーベルは凄まじい高温を発している。触れればアレイオンの装甲などひとたまりもない。
「っち!怯むな、撃て!15、16は後方に迂回して挟撃しろ!」
弾倉の中身が尽き、ケンウェイはビルの影に隠れて素早く弾倉を交換する。
「全機、撃ち続けろ!弾幕を絶やすな、火力で圧倒するんだ!」
再び飛び出して突撃銃を撃とうとしたとき、一瞬にして距離を詰めてきた火星カタフラクトが目の前にいた。
「え……」
それがケンウェイの最後の言葉になった。振るわれたビームサーベルにケンウェイの《アレイオン》は両断され、爆発する。
『中隊長──!』
『野郎!』
中隊長の仇を討とうと二機のカタフラクトが突撃銃を撃つ。火星カタフラクトは一挙で距離を詰めると次々に二機を引き裂いた。
それを皮切りに火星カタフラクトは地球軍のカタフラクト中隊の包囲を次々に食い破っていく。
その勢いを止めることは出来なかった。先行する地球軍カイマン中隊は後方を取られることとなった。
*
「まずいぞ、たった一機のカットに押されてる」
『化け物みたいな強さだ』
東山が呟く。二輛の90式戦車改が茅ヶ崎の市街地を疾走する。津波の押し寄せた茅ヶ崎の街中は一部は冠水し、残骸で溢れていた。
「砲手、
『了解』
三宅は命令に従い、自動装填装置で
90式戦車改は90式戦車をベースに大規模改良を行って配備が進む陸上自衛隊の主力戦車だ。
90式戦車はドイツ・ラインメタル社製の44口径120mm滑腔砲をライセンス生産して装備していたが、90式戦車改は初速や射程が向上した国産の軽量高腔圧砲身の120mm滑腔砲及び、砲身を水平にすることなく装填可能な自動装填装置に換装され、射撃統制装置も最新となり、スラローム射撃も可能で大幅に攻撃性能が強化されている。さらに北海道などに配備される90式戦車改はいわゆるB型で国産の滑腔砲を44口径から55口径に変更して攻撃力と射程を延伸していた。
またC4Iや車長用照準装置などハンターキラー能力が強化され、楔型のモジュール装甲を追加して防御面でも強化されている。性能的には同じ西側の第3世代戦車の中ではトップクラスで、10式戦車と同じく第3.5世代戦車に分類される。しかし火星カタフラクトの火力を考えると鎧袖一触、装甲など紙に等しい。
「ヒシャ全車、こちらヒシャ
富田はリップマイクを押さえながら声を張る。水浸しの街は砂煙を巻き上げずに済むので位置の秘匿が容易なのは助かった。目出し帽とゴーグルで顔を覆った富田は車長席のハッチから半身を乗り出して指揮していた。車内の戦術ディスプレイを操作して自己位置やネットワークに加入する味方が表示された地図上に経路指定をオーバーレイする。
C4Iによりリアルタイムで情報が共有されることによって90式戦車改は非常に高度な戦闘が可能となった。
『了解』
『
『
やがて分散地点の十字路が見えてきた。すでに全車は前進経路の指示を受けていた。
「
『了解、幸運を』
同じくハッチから顔を出す東山が敬礼し、富田も答礼する。二輛は分かれた。
「操縦手、速度を保て」
『了解。目の前に残骸、揺れますよ』
流されてきた建材や車などが目の前には転がっていた。90式戦車は自慢の不整地走破能力を遺憾なく発揮したが、乗員は内臓を揺さぶられた。富田は車長席のハッチにしがみついて堪える。
『こちら03、目標捕捉。射撃適地を発見した。ハルダウンして狙撃する』
戦術ディスプレイの地図上に敵の位置が表示された。03車がレーザーを照射して正確な距離を測定する。
『了解、04は03を支援する』
『急げ、UEFは劣勢だ。──また撃破されたぞ!』
その時、聞き慣れた砲声が響いた。55口径120mm滑腔砲の射撃音だった。
『命中!このまま監視する』
『04、発射』
砲声が響き渡る。射撃効果を03車が観測し、04車は03車の位置を特定されないように射撃を続ける。それぞれの車長の連携は素晴らしかった。
ユニス・ヒューティアは茅ヶ崎上空にいた。《エスカリオン》は音速高機動飛行能力と腰部に、超音速で弾体を射出可能なレールガンを備える。
二機編隊の地球軍戦闘機がユニスを追っていた。目の前を飛ぶ戦闘機にレールガンを撃ち込んで叩き落とすと、機体を跳ね上げるようにして背中の翼を立て、一気に急減速した。
「なに!?」
地球連合軍のパイロットはその驚異的な機動に驚愕する。
『サンダー11、チェック・シックス!』
追い抜いてしまった二機の戦闘機が無防備な背中を向ける。ユニスは急減速によってかかる大Gをものともせず、失速して落ちる前に機体を立て直し、戦闘機に襲いかかった。
単発のステルス戦闘機、恐らく格闘戦闘には向いていないのだろう。だが、果敢に挑んでくる地球軍パイロットに敬意を表し、ユニスは全力で戦った。
レールガンがエンジンごと胴体を撃ち抜き、コックピットを残して四散する。パイロットが座席を射出したのを見て思わず溜めていた息を吐いた。
地球人にしろ火星人にしろ、元をたどれば同じなのだ。アセイラム姫に繰り返し言われたことを唐突に思い出した。
『この虫けらどもが!』
突然苛立ったブラドの声が聞こえ、ユニスは地上を見た。ブラドの《アルギュレ》が地球軍に囲まれている。ブラドは地球のカタフラクトを次々に屠っていたが、どういうことか押さえ込まれているようだ。
『劣等人種がっ!調子に乗るな!』
ブラドは冷静さを失っている。ユニスは歯噛みした。
「ブラド卿、助太刀いたす」
『助太刀は無用!』
援護はブラドに拒絶された。その時、《エスカリオン》が新たな機影の接近を知らせてきた。今まで戦っていた戦闘機よりも速い。
「何機来ようと同じだ、まだ分からないのか!」
百里基地を飛び立った航空自衛隊の戦闘機部隊がユニスに挑みかかった。
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