茅ヶ崎の地球軍部隊は撤退、クルーテオは茅ヶ崎市を占領下に置いた。さらに洋上より攻撃を仕掛けてきた地球連合軍の第7艦隊と交戦し、これを撃破したが、思わぬ反撃があった。
小癪なことに自衛隊は対戦車地雷や対空地雷を設置して茅ヶ崎より撤退しており、地上部隊の展開を阻んでいた。
先ほども降着適地に兵員輸送機が近づいたところ、対ヘリコプター地雷が音響センサーで作動し、発射された砲弾が輸送機のコックピットに直撃して輸送機が墜落、数十名が死傷したばかりだ。
お陰でクルーテオは司令室を離れられなかった。劣等人種の卑怯な攻撃にクルーテオの苛立ちは頂点に達していた。他の揚陸城は順調に落着地の制圧を進め、さらに領地を拡大しているはずだ。自衛隊の遅滞行動に予想以上の時間を取られている。ブラドの《アルギュレ》も被弾し、整備が必要だった。
「クルーテオ卿、今すぐ新芦原に進軍すべきです。我らが姫の悲運の地に御旗を掲げば、ヴァースの大義はより確固たる物になりましょう」
そう声を上げたのはザーツバルム伯爵の食客としてこの揚陸城に招かれたトリルラン卿だった。侵攻が順調ならクルーテオはもちろんこの言葉に快く賛同したであろう。だが、反撃を企てる輩が再び集まりつつある今は戦力の分散は避けたい。
「うむ……元よりそのつもり。だがまずは、落着地制圧が急務」
クルーテオには焦りがあった。隕石爆撃でも行って周辺都市を焼き付くしてしまえば反撃も収まるだろうが、領地を確保できてもそれが不毛の地となれば役には立たない。
「ならば、クルーテオ卿。ぜひ、このトリルランにお任せを。長らく食客に甘んじた御恩を果たすに、絶好の機会」
「お待ちください、クルーテオ卿」
そこに割って入ってきたのは長身の女騎士、ユニス・ヒューティア男爵だった。
「新芦原市への進軍には私が向かいます。私には姫の死に纏わる仔細を明らかにする責任があります」
ヒューティアの申し出にクルーテオは悩む。貴重な戦力であるヒューティアが離れるのは快く思えない。しかし彼女はクルーテオの部下ではなく、アセイラム姫殿下に仕える騎士だ。クルーテオに止める権限もなければ、姫殿下の朋友であるヒューティアは姫の死について調べる権利がある。
「ふむ……ならばトリルラン。ヒューティア卿と共に新芦原へ向かってもらおう。当地の責任者を拘束し、姫の死に纏わる仔細を明らかにするのだ」
「はっ」
「感謝します」
クルーテオはトリルランの口が釣り上がっていくことに気づいてはいなかった。
*
『緊急速報です。先ほど世界各地の主要都市に火星のヴァース帝国軍による軍事攻撃が行われました。現在、原因不明の通信障害のため、各都市の詳細な被害については不明です─』
新芦原駐屯地作戦指揮所は騒然となっていた。火星ヴァース帝国軍の攻撃で通信インフラを破壊され、妨害電波によって連絡手段を絶たれつつある。新芦原駐屯地もまた方面総監部や陸上総隊との連絡手段を絶たれ、指揮系統から孤立していた。
「新芦原より撤退することが決定した」
「撤退、ですか」
第3戦術機甲大隊大隊長小林一等陸佐の言葉に篠原は繰り返した。
新芦原駐屯地第3戦術機甲大隊の本部隊舎の作戦指揮所は長机とパイプイスが並べられ、タフブックのラップトップや無線機の架台が置かれていたが、部屋には篠原と小林しかいなかった。
防衛出動の命令下、駐屯地は引っ越しに近い騒ぎになっていた。駐屯地に住むいわゆる営内者はすべての私物品を段ボールなどに梱包して実家に送っている。出動に際しては営内を空にして、新しい部隊が使うことに備えるためだ。
新しい部隊とは、増援かもしれないし、もしかしたら損害が出たときの補充部隊かもしれないのだ。
「納得しろとは言わない。だが、敵の戦力は強大だ。現戦力で新芦原市及び近隣地域の防衛は困難と判断された。総隊からの最後の電文では戦力を維持し、集結。反抗作戦に備えるよう命令がなされている」
小林は立ち上がり、窓から街の様子を眺めていた。
「海自の輸送艦《あつみ》が
海上自衛隊が有する他国の強襲揚陸艦に相当する輸送艦《あつみ》は
フェリー埠頭では新芦原市からの疎開のために民間 旅客船やフェリーなどの船舶が集まり、市民を収容していた。
「第3戦術機甲大隊はフェリー埠頭を主防御陣地とし、前哨線を構成、警戒に当たる。第1中隊は北東、第2中隊は南東方面に展開し、対空に対して主に警戒せよ」
ホワイトボードに貼られた新芦原市の地図上にマグネットが貼られる。
「なお連合軍の一個カタクラフト中隊が埠頭の直接警戒に就く。敵は今のところ、相模湾に落着した揚陸城の戦力のみだ。さすがに北京に落ちた揚陸城からここまでやっては来ないな」
地球連合軍極東方面軍は五分の二近い戦力が中国に集中している。北京は双方の間で激戦が繰り広げられていることだろう。
「相模湾の揚陸城に対しては巡航ミサイルと航空攻撃が引き続き行われているが、効果は薄いようだ。連合軍も洋上より攻撃を仕掛けたが、第7艦隊は三分の一を失い、撤退した。だが、充分敵を引き付けてくれているはずだ」
「敵が新芦原に侵攻する可能性は低いと」
「新芦原市には国際空港などの重要施設が存在する上、彼らの王女が殺害された地点だ。充分攻撃目標となる可能性はある」
篠原はその言葉に不吉な予感を感じた。
作戦指揮所を出ると図ったようなタイミングで秋山がやって来た。
「どうなります?」
「出動だ」
秋山はその言葉に自信満々に頷く。
「相模湾にじゃない。新芦原市内に防御陣地を構成する」
その言葉に秋山は顔色を変えた。
「敵が来るんですか」
「来る可能性が高い」
「最悪だ。増援は?」
「あるわけない。俺たちも撤退するんだよ、ここから」
「まだ敵も来てないのにですか?」
「来てからじゃ遅いからだ」
海上自衛隊や航空自衛隊と違い、陸上自衛隊は基地ではなく、駐屯地だ。これは有事の際、海自と空自は基地を拠点に行動するのに対して陸自は駐屯地から出て、展開した先を拠点にして行動するからだ。
駐屯地を出ることは作戦行動の一環だが、撤退となると話は違ってくる。主力のいない間に予備自衛官などが駐屯地を維持するが、それもないということだ。
「もし敵が来たらたった二個中隊の“モビルスーツ”で応戦するんですね。背後には民間人で背水の陣。最悪だ、マーフィーの法則ですね」
「マーフィーの法則は、起きることは起きるという意味だぞ」
「どっちも同じですよ」
「心配なのは弾薬だ。継戦能力は向上してるといってもまだまだ弾薬の備蓄は充分じゃないからな。補給処がやられるとまともに戦えるのは三ヶ月くらいだ」
「ぞっとしませんね」
秋山と共にカタフラクトの
「“クルマ”の準備は万端ですよ。篠原一尉」
檜山一曹が声をかけてきた。
「助かるよ。俺たちは出動だ」
「やっぱり撤退ですか?」
檜山は装備を運ぶのを手伝う髪の長い自衛官を振り返った。
「予備自衛官か」
「駐屯地から出動するなら彼らは加わりませんからね」
皆、なんとなく事態を察しているようだった。
「成すべきを成そう」
今更ながら第3戦術機甲大隊の編成を解説します。
第3戦術機甲大隊
編成
大隊本部
本部管理中隊
第1中隊
第2中隊
第3中隊(未編成)
第4中隊(未編成)
保有機数
13式戦術歩行戦闘車「紫電」×10機
07式戦術歩行戦闘車「雷電」×10機
各中隊、《紫電》4機、《雷電》4機の2個小隊8機で中隊を編成。本部管理中隊に予備機4機が配備。
篠原は第1中隊第1小隊長で《雷電》を有する第1小隊に、秋山は「紫電」の第2小隊に配属されています。
本部管理中隊に整備小隊、輸送小隊、衛生小隊などがあり、檜山一曹と守住三曹はここに所属。
機甲と銘打ってますが、戦術機甲大隊に職種の縛りはなく、篠原と秋山は普通科職種、前任は空挺団で、連合より供与された《スレイプニール》で編成されたカタフラクトの空挺機甲小隊にいたという裏設定。
10式戦車は開発されてはいますが、対火星カタクラフト戦への戦術転換及び災害復興で国内の橋梁も強化されたことから90式戦車のアップデートと再生産により、一般部隊への配備は見送られています。90式戦車改は10式戦車開発で得た技術がフィードバックされているという設定です。つまりは10式戦車と同等以上の性能を獲得しています。しかし量産効果で1輛辺りの単価も押さえられ、元の90式戦車よりもコストダウン。74式戦車の代替として全国の戦車部隊への配備が進んでいます。
ちなみに90式戦車改(A型)と90式戦車改(B型)の二タイプがあり、B型は主砲が44口径ではなく、長砲身の55口径となっています。
機動戦闘車は開発され、機甲科偵察部隊に配備されています。