クルーテオ城から今まさに飛び立とうとするスカイキャリアとユニスの《エスカリオン》の姿があった。カタパルトに据えられたスカイキャリアにはトリルラン男爵のカタクラフト《ニロケラス》を抱えている。
『スレイン・トロイヤード。貴様がこのトリルランの水先案内人とは』
《エスカリオン》のコックピットのホログラムにトリルランの神経質そうな顔が映った。ユニスはたとえこの男がザーツバルムの食客だとしても気に入らなかった。姫に対する敬意は上辺だけで、その平和路線を気に食わず、地球人の殲滅を唱えていた。
この軽薄で粘着質な声は聴いていて不快だった。
『はっ。クルーテオ卿より仰せつかりました』
スカイキャリアを操るのはクルーテオの部下であるスレイン・トロイヤード。地球生まれの彼はこのクルーテオ城でもその立場は悪いが、アセイラム姫とは親身だった。姫とトロイヤードとの会話はユニスも聞いていた。出自にこだわらない姫にとって地球人であろうと火星人であろうと関係なかった。
『ふん、まあいい。せめて足だけは引っ張ってくれるなよ、
トリルランはそこまで言うと一方的に通信を切った。
「気にするな、スレイン・トロイヤード。貴様は貴様の使命を果たせば良い」
ユニスがそう声をかけると下を向いていたトロイヤードはユニスを見て「はっ」と毅然とした返事をした。ユニスはそれ以上は無用とばかりに通信を切った。
スカイキャリアと《エスカリオン》が飛び立つ。目標は新芦原市。
*
守住三等陸曹は地球連合軍から供出された装甲兵員輸送車に乗り込んでいた。陸自は現在、撤退に向けた準備を進め、埠頭へ装備を移動中だ。守住は先のテロ攻撃で負傷して一線を離れざるを得ず、市内を巡回して逃げ遅れた民間人を回収する輸送車の操縦兼警護に当たっていた。
防衛出動命令下ではただの警護にも防弾チョッキに小銃とフルでの弾倉携行の完全武装でいささか過剰な装備だ。身動きが取り辛いことこの上ない。
地球連合軍は今や守勢に立たされており、人手が足りていない。避難民の世話くらいろくな仕事をしていない自衛隊がしろと言わんばかりに自衛隊に押し付けるだけ押し付けていた。ドライバーすら出す余裕が無い上にまだ予備役でもない高校生までも市民の避難誘導のために協力している有り様だった。
結局、地球連合と名乗っても各国本来の思惑や思想の隔たりで地球連合も一枚岩とは言えないのだ。
「ここです」
芦原高校の生徒会に所属している少女──
「おはよう、伊奈帆」
「おはよう」
少年は声をかけられると無愛想なほどの落ち着いた返事を返す。
「出してください」
「了解……」
自衛隊の癖で後方が確認できない車に乗ると発進の際に周囲に警戒を促すクラクションを鳴らし、守住は輸送車を走り出させた。
『市内巡回03、こちら
ハッチが閉まり、輸送車が走り出すと車両無線機に通信が入る。
「こちら巡回03。送れ」
守住はぶら下げた送受話機を取って応答する。
『巡回03、こちらCP。現在の避難状況を送れ』
「巡回03、予定よりマイナス8。これより埠頭へ前進する。送れ」
『巡回03、CP、了解した。現在連合軍のカタフラクト隊が作戦行動中。至急離脱せよ。送れ』
「巡回03、了解」
網文が運転席に身を乗り出した。
「連合軍のカタフラクト隊が作戦行動中らしい。急いでここを離れるぞ」
「分かりました」
守住はアクセルを踏みぎみで輸送車を走らせる。が、その先の通りに鶯色のカタフラクトが姿を現し、慌ててブレーキを踏む。
「KG-7《アレイオン》……!」
途中で拾った
『あなた達、何やってるの!?ここは避難完了してるはずでしょ!』
振り向いた一機のカタフラクトの外部スピーカーから響いた若い女性の声に網文が食いつき、無線機の送受話機を取る。
「その声、ユキさんですか!?」
『韻子ちゃん!?じゃあもしかして、なお君も……?』
パイロットの素っ頓狂な声が響く。守住は網文から送受話機を取った。
「自衛隊の守住三曹です。この地域に敵が?」
『連合軍、界塚准尉です。相模湾から高熱源体が近づいています。このエリアも交戦想定区域です、引き返してください!』
「しかしフェリー埠頭への経路はこの先です。引き返せません」
『とにかく安全な場所を探して逃げてください。私たちで食い止めますから!』
界塚准尉の焦燥の声に守住も冷や汗を流した。仕方なく、反転する。
「CP、こちら巡回03」
『巡回03、送れ』
「こちら巡回03。フェリー埠頭への経路が連合軍の交戦想定区域に指定され、通行できない。指示を乞う」
『巡回03、火星のカタフラクトが新芦原市に接近している。そこは危険だ。巡回03の判断で安全な場所へ退避せよ』
「巡回03、了解……」
守住は途方に暮れたい気分だった。そんな時、篠原一尉の顔を思い出す。篠原が率いる中隊の周波数は把握していた。守住は無線機本体の周波数を設定する。
「アカギ01、アカギ01、こちら巡回03、送れ」
『こちらアカギ01だ』
呼び掛けると間髪入れずに応答した篠原の頼もしい声に守住は縋り付く思いで状況を説明した。
*
ユニスの駆る《エスカリオン》が自機に接近する航空目標があることを警告音で知らせてきた。
「一時の方向より複数の機影が接近。敵機と思われる」
ユニスはトロイヤードとトリルランに伝える。
『わざわざ犬死するために現れたか。よろしい、まずは見せしめだ』
ユニスは整った眉をピクリと吊り上げた。この男は自身の残忍な本性を隠すつもりも無いらしい。
──騎士の風上にも置けない男め。
「いえ、トリルラン卿の手を煩わせるまでもありません。この場は私が引き受けましょう」
ユニスはそう言うと返事を待たずに《エスカリオン》を加速させた。正々堂々と騎士らしく戦う気概の無い男にユニスは戦わせたくなかった。
『ふん。カスどもの始末は任せましたよ、ヒューティア卿。このトリルランは先に新芦原市へ向かいます』
一度、不快な表情を浮かべたトリルランだったが、何か考えがあるらしい。思っていたより素直に従った。その時、大量のミサイルが接近してきた。
「来たな」
ユニスは速度を上げる。音速の三倍まで《エスカリオン》は軽々と加速する性能があった。レールガンを使って数基のミサイルを迎撃すると残りのミサイルを連れて回避行動を取った。
*
『ミサイル、命中せず!』
『
『くそ、あの飛行型カタクラフトだ……!』
地球連合軍極東方面軍戦術航空団第545戦術飛行隊のF-22A戦闘機八機編隊は《エスカリオン》を迎え撃った。編隊長を務めるエドワード・マクファーレン大尉は元アメリカ空軍のトップガンだった。
「機動性能が段違いだ。このラプターを上回るとは……」
推力がまず圧倒的なのだ。地球軍の戦闘機の中ではトップクラスの推力を誇るF119ターボファンエンジン二発を載せているというのに、ダッシュ力も最高速度も違う。
茅ヶ崎での空戦で地球連合軍のF-35戦闘機は次々に撃ち落とされ、元々格闘戦能力が高いF-16戦闘機も敵わなかったと報告があったが、想像をはるかに越えていた。
「あれがアルドノアか……!」
マクファーレンは必死に火星カタクラフトの後方に食らいつこうとした。
機体は白く、頭部はバイザーのようになっていて背中から展開した六枚の羽からなる翼に腕を添わしている。背中と脚部に備えるエンジンからは青白い光が出ていて、脇に黒い筒を抱えていた。
HUD内に表示された
「フォックス2!」
赤外線誘導ミサイルの発射をコールして操縦桿に備わるレリーズボタンを押し込むと、ウェポンベイが開き、AIM-9Xサイドワインダーミサイルが飛び出し、ガラガラヘビのごとくスパイラルを描きながら火星カタフラクトへと突進した。AIM-9Xは
しかし火星カタフラクトは速度を落とすことなく、小回りの旋回を決めてサイドワインダーを振り切りにかかった。
「今だ、ライガー22、23!上方を占位して押さえつけろ。25は続け!」
ミサイルの回避機動を取っていた火星カタフラクトは二機のF-22に頭を押さえつけられる形になった。マクファーレンとライガー25がその後方から迫る。
と、いきなり火星カタフラクトは機首を跳ね上げ、上方の二機に襲い掛かった。光の矢が放たれ、二機は主翼やエンジンを撃ち抜かれて墜落する。
「脱出しろ、アルミュロ、キム!」
『23、イジェクト!』
『イジェクションシートが……!ベ、ベイルアウト出来ない!!うわああ』
ライガー22のパイロット、キム中尉が断末魔の悲鳴を上げる。キムのF-22は燃料に引火し、爆発四散する。
『キム──ッ!』
「くそ……!」
嘆いている暇を火星カタフラクトは与えてくれなかった。さらに二機が被弾し、一機が直撃を受けてそのまま火球に包まれた。
『隊長──!!』
「アレクセイ!!」
部下が散っていく。その光景にマクファーレンは胸が張り裂けそうだった。さらに25番機がミサイルを放つが、これも回避され、25番機の後方に火星カタフラクトが回り込む。
「ブレイク、ブレイク!」
『フレアーアウト!』
25番機はフレアを撒きながら急旋回して回避しようとする。
援護しようとマクファーレンは火星カタフラクトの後を追い、咄嗟にバルカンを撃った。M61A2が毎分数千発の発射速度で20mm弾を撃ち出す。
火星カタフラクトはそれをかわしながら急旋回し、25番機の背後を取った。瞬間、25番機が被弾する。
「ロビンソン!」
25番機は胴体部を砲弾の直撃でへし折られて空中で爆発する前に四散して散っていく。胴体から泣き別れしたコックピットのキャノピーが飛び、パイロットが座席を射出させた。
『マクファーレン大尉!あいつには攻撃が当たりません!』
『大尉、指示を!』
残ったのはマクファーレンを含む三機だけだった。火星カタクラフトは獲物を狙う猛禽類のように旋回し、こちらに機首を向けようとしている。
燃料計、残弾などを見ても、現状を打破することは出来そうに無い。連合軍の航空戦力の増援はこれ以上は望めなかった。
「……撤退する!」
マクファーレンはそう叫び、機首を翻す。背後から獰猛な獣が迫ってくるような恐怖が肩をそびやかせたが、幸いにも火星カタフラクトの追撃は無かった。