『連合軍航空隊、壊滅。撤退した模様』
秋山から通信が入る。ここ新芦原市からも遠く離れた空に航空隊と敵カタフラクトの交戦している光や黒煙が見えていた。
「ヤバいな……」
篠原は新芦原市の北区に一個小隊三機を率いて前進していた。守住三曹ら民間人の救出のために持ち場を離れる形となったが、秋山がその場を引き継いでいる。
『アンノウン接近!方位114!
「敵だ。交戦は避けろ。民間人救出を急ぐぞ」
篠原はそう命じると合流地点を目指して駆けた。
*
守住は篠原に指定された合流地点を目指して輸送車を走らせていた。かなり近い距離で爆発音や射撃音が鳴り響いている。
「戦闘が始まったみたいですね」
網文が不安そうに呟く。
「ああ……君たちもライナー(作業用ヘルメット)を被った方が良い」
輸送車にはいわゆる国防色こと
ここで彼らを安心させられるほど、守住は経験抱負なベテラン陸曹ではなかった。
再び正面を見た時、目の前の通りにカタフラクトらしき影が映る。
「またか……!」
守住がブレーキを踏みつけた瞬間、目の前に《アレイオン》が飛び出してきた。
『あなた達!?』
先ほど遭遇した界塚准尉のカタフラクトだ。彼女はまだここを輸送車が彷徨っていたことに一瞬驚くが、その両手に抱えていたものをゆっくりと地上に降ろす。
『その子を乗せてそのまま走って!』
降ろされたのはグレーのパーカーに身をまとった赤い髪の少女だ。高校生の二人組が車輛を下りて少女を連れて戻ってくる。
「一体なにが!?」
『急いで!』
そう言うと彼女のカタフラクトは振り向いていきなり突撃銃を撃ち始める。大量の空薬莢が降り注いできた。
『こちらアカギ01だ!守住、退避しろ!火星カタフラクトが迫ってるぞ!』
そこへ到着したのは陸自迷彩が施された四機のカタフラクト、《雷電》。陸上自衛隊の歩行戦闘車小隊だった。
*
「擲弾指名!」
篠原の号令で陸自カタフラクト小隊の《雷電》は市街地を走りながら突撃銃のアンダーバレルに備えるグレネードランチャーをコッキングし、多目的榴弾を半装填状態から完全装填状態にした。
目の前には一機の連合軍機の《アレイオン》と、それに向かい合った大型の火星カタフラクトがいる。
だるまのようにずんぐりとした体格で脚部は申し分程度に備わる短足な姿で、紫の機体色から、だるまというよりダンゴムシに見える。容積の半分近くを占めているであろう大きな腕を展開しており、一本の角が不気味にそそり立つ複眼の頭部と相俟って、一昔前のロボットアニメの敵役を思わせる不格好さを醸し出している。
「撃て」
篠原の号令で《雷電》四機がグレネードランチャーを整射する。紫色の丸い火星カタフラクトに吸い込まれ、戦車も破壊する弾頭がそのカタフラクトに大ダメージを与えるはずだった。が、四発の多目的榴弾は信管が作動しなかったのか、不思議な光が機体に帯びてそのまま吸い込まれて消えてしまう。同様に日比谷准尉と
「なに!?」
篠原は驚愕しながら75mm突撃銃を連射する。確実な照準で放たれる弾丸がその効果を発揮している様子はない。輸送車のそばにいた界塚准尉の《アレイオン》も同様に弾幕を張ったが、火星カタフラクトは全く意に介さず、のしのしと迫ってくる。
『弾が弾かれた?』
『飲まれてるぞ、弾丸が!』
柏木准尉と野村三尉が悲鳴のような声を上げる。
篠原は驚きながらも左腕の大盾の内側に携帯したグレネードランチャーの次弾を装填し、今度は火星カタクラフトの足元に向かって叩き込んだ。信管は作動し、近くにあった消火栓が吹き飛び、水が吹き上がる。その水もまた紫色のカタクラフトに当たると消えていく。
「弾かれている──いや、消されているのか……?」
いきなりラスボス級の敵じゃないか──!篠原は嘆きたくなるような気持ちを押さえて必死に判断する。
「密集するな、全機間合いを取って攻撃しろ。ヤツには攻撃が通用しない!」
篠原は怒鳴りつつ、散開させる。連合軍機も同様に後退した。その《アレイオン》が通信回線を開く。見知った若い女の顔が映った。
「界塚准尉か!ほかの友軍はどこに!?」
この場にいる五機だけでの対処は無理だ。
『篠原大尉ですか!?隊は私を除いて全滅です!それよりも民間人の保護を!』
全滅という単語に一瞬、絶句する。新芦原に展開した連合軍のカタフラクトは中隊規模だったはずだ。中にはあの鞠戸大尉もいたというのに。
「──分かった。指揮下に入れ。いったん下がるんだ」
『了解!アイツは跳躍します、気を付けてください、大尉』
「一尉だよ!」
篠原は怒鳴ると敵カタクラフトの足を狙った。寸前の地面まで弾着し、アスファルトを吹き飛ばして地面を掘り返していくが、機体に当たると弾は吸い込まれるように消えていく。
『なんなんですか、こいつは!ATフィールドですか!』
野村三尉が悲鳴に近い声を上げる。
「野村、柏木!守住の輸送車を護衛しろ。俺と日比谷でこのダンゴムシ野郎を引き付ける!」
『了解!』
二機は輸送車を追って走り出す。
「日比谷、俺たちで奴を止めるぞ。輸送車に近づけるな!足元を狙え!」
篠原は火星カタクラフトの足元に向かってグレネードランチャーを叩き込む。炸裂したグレネードとアスファルトの破片が敵カタクラフトを叩くが、その破片も消える。
「どうなってる……」
日比谷の撃った躑弾が地下に走る水道管まで吹き飛ばした。地面が崩れ、陥没する。瞬間、紫色の火星カタクラフトがその巨体からは想像もつかないジャンプをした。
「そっちに行ったぞ!」
着地した敵カタクラフトは輸送車の目の前に一瞬にして迫っていた。
『やらせるか!』
その前に柏木が立ちはだかり、75mm突撃銃をありったけ連射して砲弾を叩きつける。が、砲弾は当たった形跡も無く、ただ消えていく。
『なんなんだ、こいつは!』
弾が切れた突撃銃を敵カタフラクトに叩きつけた柏木はハンドガンを抜くと至近距離から発射する。叩きつけられたカタフラクト用突撃銃は跳ね返ること無く、消えた。
『柏木!』
叫んだ時にはその火星カタフラクトは巨大な腕を奮っていた。咄嗟に柏木は左腕の大盾を構えて防ごうとするが、まるで豆腐を切るようにあっさりと《雷電》の機体の上半身が大盾ごと断ち切られる。
嘘のように断ち切られた上半身は消滅していた。
『野郎!』
野村三尉が射撃し、大盾に収納するトマホーク型の
「駄目だ、野村!」
野村が火星カタクラフトの背後からトマホークを横薙ぎに奮った。そのトマホークが腕部分ごと消え去る。
『なっ……』
火星カタクラフトは振り向きざまに再び巨大な腕を奮った。野村の雷電が両足を断ち切られて地面に転がったところを火星カタクラフトはさらに腕を振り下ろしてとどめを刺す。野村は悲鳴をあげる暇すらなかった。
「くそ……!」
あのカタクラフトには現状では敵わない。
「スモークディスチャージャー!煙幕に紛れて撤退するぞ!」
肩部の煙弾発射機から発煙弾を発射する。投射された発煙弾が空中で炸裂し、ダークグレーの煙幕が敵カタクラフトを包んだ。篠原はIRセンサーを起動する。
「熱が無い?」
IRセンサーは火星カタフラクトを捉えられなかった。しかし逆に反応の無いシルエットで火星カタフラクトの姿がはっきりと分かるほどだ。火星カタクラフトは煙幕を張られた直後から動きが止まっている。三機は直ちに離脱を開始した。
「守住、応答しろ」
『こちら守住です』
「現在地は?」
『トンネルに退避しました。芦原高校から二百メートルほど離れた位置です』
「よくやった。救援を要請する。高校まで向かえるな?そこで救助を待て」
篠原はそこまで一気に言い切るとレーダーの警告音に背後を振り返った。白い巨大な翼を持ったカタフラクトがこちらに向かってきていた。
「くそ、新手か……日比谷、弾薬を寄越せ!」
一方で紫色のカタフラクトは煙の中をうろついていた。煙幕の効果もすぐに切れるだろう。
『小隊長、何を?』
「ここは任せろ。界塚准尉と共にフェリー埠頭へ離脱しろ」
『しかし……!』
「命令だ。秋山の指揮下に入るんだ」
『……了解』
渋々と言った態で日比谷は弾倉を渡すと撤退を開始する。しかし界塚准尉は納得しなかった。
『あそこにはなお君が……!いえ、弟がいるんです!』
「必ず助けます。だから行ってください」
篠原が怒鳴った時、空を飛ぶ火星カタフラクトが何かを放った。撃ってきたことを認識する前に界塚准尉の《アレイオン》が両足を引き裂かれて大破する。
「界塚准尉!大丈夫か!」
『ぶ、無事です!脱出します!』
コックピットへの着弾は免れたらしい。空飛ぶ白い敵カタフラクトは悠々と旋回し、攻撃アプローチを取っている。
「っち!」
篠原は75mm突撃銃を撃って弾幕を張る。対空射撃の曳光弾が掠めるが、白い敵カタクラフトは低空を飛んで煙幕を薙ぎ払ってしまう。
「これ以上、仲間はやらせんぞ!」
離脱する日比谷と被弾した界塚を守るためにも篠原は粘らねばならない。敵がこちらに機首を向けた。背中の毛が逆立つような悪寒を覚え、咄嗟に飛び退る。自分のいた虚空を何かが切り裂き、地面が炸裂した。
「ただの砲弾じゃないな」
篠原は再び弾幕を張る。その時、真横に迫っていた紫色のカタフラクトに篠原は気づいていなかった。腕が奮われ、真横にあったビルごと篠原の《雷電》の腰部が抉られる。
「しまっ……!」
《雷電》が倒れ込み、衝撃でコンソールのエアバックが作動する。篠原はハーネスを解くと急いでハッチを開き、機体を飛び出した。
ビルを消し去りながら姿を現した紫色の火星カタフラクトが篠原の《雷電》をそのまま抉り、消し去っていく。咄嗟に近くのビルの中に逃げ込んだ篠原は荒い息を整える。紫色のカタフラクトは《雷電》を消し去ってしまうと気が済んだのか、どこかへ歩いていった。
肩でしていた息がようやく整い、篠原はヘルメットを脱ぎ去って汗を拭う。今になって、どっと疲れが押し寄せてきた。