青年提督の艦これな日々   作:汰地宙

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其の二 初出撃

 さて、先日は着任したばかりということもあり、特に電たちを出撃させることはしなかった。

 取り敢えず一日を挨拶回りや翌日の作戦会議などに費やし、そこでお開きとなった。

 

 

 そして翌日、提督―――もとい、速人はベッドからのそりと這い出て伸びをした。

 窓によってカーテンを開けば、丁度朝焼けが昇ってきたところだったのだろう、目の前には茜色に染まる鎮守府が広がっていた。

 その光景にしばし見入ってから、時計を見る。……時刻はちょうどマルゴーサンマル。まぁ、そこそこ早起きと言えるだろう。

 

「……飯でも食うかねぇ……」

 

 誰にともなくつぶやいた速人は、服を脱いで着替えを始めるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 提督の制服を着込んだ速人が足を運んだのは、鎮守府にある食堂だ。

 ここは艦娘と提督が利用する場所で、これから人数が増えることも見越して広めに作ってある。その分、人数が少ない今は少し寂しい気もするが。

 

 まずは注文のための食券を……朝食なので量はあまりいらないと、鮭の塩焼き定食にした。

 

 受け取り口に向かって中の様子を伺うと、既に料理の仕込みを終えたらしい食堂担当の艦娘がいるのが見えた。

 ……どうやら彼女の朝は、速人以上に早いようだ。

 

「間宮さん、注文いいかな?」

「あ、提督。おはようございます」

 

 声に気付いてぱたぱたとかけてきた艦娘……間宮は、先日にも見かけた割烹着姿を見せた。

 相変わらず割烹着姿が似合う人だな、と胸の中で思いつつ、速人は持ってきた食券を差し出す。

 

「食券は、これでいいよな。鮭の塩焼き定食一つ、お願いするよ」

「鮭の塩焼き定食、ですね。わかりました。すぐにご用意します」

 

 笑顔で注文を受けた間宮は厨房の奥に姿を消した。同時に油の音が響き始め、次いで魚の焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。

 

 待つこと約五分ほど、間宮はすぐに注文した定食を持ってきてくれた。

 お盆を差し出す彼女は、やはりいつもの安心感のある笑顔だ。

 

「はい、どうぞ」

「あぁ、ありがとう。昨日食べたメニューもおいしかったし、今日のも楽しみだ」

 

 目の前で暖かな湯気を上げるご飯や味噌汁を見ながら、速人は何となしにそう呟いた。

 先日も電、長良とこの食堂を利用させてもらったわけだが、その食事のおいしさには素で驚かされた。これがいつでも食べられるとなれば仕事も苦にならなくなりそうだと思えるくらいには。

 

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 呟きを聞いた間宮は、言葉の通り本当に嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「……あ、提督! おはようございます!」

 

 速人が一人のんびりと朝食と堪能している時、食堂に快活な声が一つ響いた。

 鮭を咀嚼しながらそちらを見れば、長良がちょうど食堂に来たところだった。

 先日見た出撃用の服とは違い、薄手の涼しげな服を着用している。

 

 先日教えてもらったのだが、彼女は体を鍛えるためにいつも早朝にランニングを行っているらしい。

 ……まぁ鍛えても砲雷撃戦での攻撃力は上昇しないが、それでも体力があるのは重要なことだ。速人もたまに一緒に走らせてもらおうと思っている。

 

 そしてどうやら、彼女はそれを終えて朝食を摂るところらしい。

 

「あぁ、おはよう。……朝から頑張ってるな」

「はい! いつ出撃のご命令が出てもいいように、体は鍛えておかないと!」

 

 速人の言葉に、長良はぐっと拳を握りしめながら眩しい笑顔を返した。それにつられて速人も薄く笑みを浮かべる。全く元気な娘である。速人も見習うべきかもしれない。

 まずはその第一歩そして、長良と一緒に走らせてもらおうか。

 

「今度は俺も一緒に走らせてもらおうかな」

「ほんとですか! なら、走れるときは言ってくださいね! 私はいつでもOKですから!」

 

 その旨を伝えると、長良はぱっと目を輝かせて一歩身を乗り出してきた。何が嬉しいのかはよくわからないが、まぁ嫌がられていないならそれでよし、だ。

 

「ま、それは今度でいいだろう。取り敢えず、朝食をもらってこい」

「はーい!」

 

 お腹が空いたままで話すこともないだろう。促された長良は元気のよい返事と共に間宮の元へと小走りで向かっていった。

 その背をちらりと目で追って、速人は味噌汁を一口啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官、お隣失礼しますね」

「あぁ、いいぞ」

 

 朝食を取ってきた長良は、速人の右隣に腰かけた。

 どうやら彼女の朝食は肉うどん、のようだ。だしの香りに肉の香ばしい香りが何とも食欲を誘う。

 

 昼はそれにしようかなぁ、なんてことを考えながら、漬物を齧った。

 隣では、長良がうどんを一口食べて何とも幸せそうな表情だ。こうして見ると、兵器としての一面を忘れて普通の女の子を見ているような気分になる。

 

 うどんを咀嚼していた長良が、ふと何か思い出したように顔を上げた。

 

「そういえば司令官。今日は、出撃は行うんですか?」

「そうだな、一応、哨戒程度ではあるが行ってもらおうと思う。まだまだ人数は少ない、無茶はできんからな」

 

 長良の疑問に、速人はちょっとした理由も交えて答えた。

 長良は「なるほど……じゃあしっかり食べておかないと」とまたうどんを食べ始めた。

 それを見てちょっと微笑ましいような気分になりながら、速人は空になった食器ののった盆を持って席を立った。

 

 

 

***

 

 

 

 執務室。

 

 速人と電、長良の三人は、段ボール箱を挟んで立っていた。

 速人の前に立つ二人は先日とは違い、その身に彼女らの使う装備……艤装を身に着け、真剣な面持ちで立っていた。

 その前に立つ速人もまた、真剣な表情で口を開く。

 

「さぁ……これから初出撃だ。今から簡単に今回の出撃についての説明を行う」

 

 言い、速人は用意した地図の一点を指差す。

 

「今回はここ……鎮守府近海の哨戒、と言う形の出撃になる。目的は深海棲艦の発見、並びにその撃破だ」

「つまり……今回が私たちの初戦になるんですね」

 

 真剣な表情のまま問いかけてきた長良に「敵がいればな」と返し、速人は改めて二人の表情を見る。

 

 長良も電も、覚悟を決めた真剣な表情だ。その表情からは、不安や恐怖などは全くと言っていいほど見受けられない。

 ……全く持って頼もしい奴等だ、と速人は一度ふっと笑んだ。

 

「それでは、出撃だ。今回お前たちに出す命令は一つだけ、『絶対に無事で帰ってくること』だ! 初出撃、無茶だけはするなよ!」

「「はい!!」」

 

 返答と共に敬礼した二人は、執務室を後にした。

 

「……さて、後は信じて待つだけ、か……」

 

 残された速人は、一度大きな溜め息をついて天井を仰ぎ、最早癖となりつつある苦笑を漏らした。

 

「全く……あいつらより、待ってる俺の方がよっぽど不安だ」

 

 

 

***

 

 

 

 鎮守府近海。

 微風に吹かれて静かに揺れる海の上を、白い波を残しながら進む長良と電。

 

「深海棲艦は、見当たりませんね」

「そうね……このままだと、何もないまま終わっちゃうかも」

 

 移動しながら辺りを見回す二人は、多少拍子抜けしたようにそう言葉を交わした。

 

 彼女らが海域の哨戒を初めて約一時間。未だ敵は影すら見えない。

 戦闘を行うことも覚悟して出撃してきた彼女らからすれば、確かに拍子抜けしてしまうのもわかる。

 

 日頃はおどおどすることの多い電も、今回ばかりは活躍しようと意気込んで出てきただけあって、少し残念だ。

 できるなら、今回活躍して司令官に……。

 

「(……って、私は何を思ってるのですか!?)」

 

 自らの考えたことを再度思い出し、電は一人赤面した。

 一体何を考えているんだ、と頭に浮かんだ考えを振り払うようにぶんぶんと頭を横に振り、そしてはぁと深く溜め息をついた。

 

「電ちゃん!! 避けてっ!?」

 

 突如切羽詰まった声を上げる長良。電はその声を受けて弾かれたように顔を上げた。

 

 目に映るのは、いつの間にか姿を現していた……駆逐イ級と呼ばれる深海棲艦、二隻。

 その砲門から正に、砲撃が、電に。

 

「----ッ!!」

 

 反射。

 

 頭で考える前に体が動いた。足が水面を蹴り、電の体は後方に跳んだ。一瞬遅れ、電を捉え損ねた砲弾が海面を打った。

 水柱が上がる轟音が電の耳朶を打ち、飛び散った白い飛沫が電の肌を打つ。

 

 電は思わず両腕で顔をかばう。未だ飛沫が肌を打つ中腕の隙間から様子を伺うと、また駆逐イ級が電に砲塔を向けているのが目に入った。

 

 ぞわり、と背筋を何か冷たいものが這い上がった。

 目の前で上がった水柱。水柱を上げる程の威力の砲弾が当たれば自らが無事ではいられないことは、明白だった。

 今更のように這い上がってきた恐怖が、電の脚を竦ませる。

 

「こっちよ!!」

 

 長良は横に移動しながら駆逐イ級たちに向けて砲撃を放つ。今は少しでも自分が気を引く。電をやらせはしないと長良は更に砲撃を放つ。

 連続して放たれた砲撃が片方のイ級を捉え、その装甲を砕く。全弾直撃したイ級は断末魔にも似た破砕音を上げながら、海の中へと沈んでいった。

 

「ふぅ……」

 

 敵が一隻減ったことで多少気が抜けた長良は、一度大きく息をついた。その時、一瞬だけだがイ級から注意が逸れた。

 イ級の単眼が怪しく光り、イ級は長良の隙を突いて雷撃を放った。

 

「しまっ……!?」

 

 完全に隙を突かれた長良は、先程の電よろしく咄嗟に飛び退くことでなんとか直撃を免れようとした。

 魚雷の爆発で上がった水柱で、長良の姿が見えなくなる。

 

「長良さんっ!!!」

 

 長良の姿が水飛沫で隠れたのを目にした電が、悲痛な声を上げる。

 

 電はきゅっと両手を握りしめ、駆逐イ級をきっと睨みつける。

 同時に手に持った12.7cm連装砲をイ級に向けて照準する。

 

 一度長良に助けてもらったのに。目の前でやられるかもしれない長良を見ていることなんてできない。

 そう強く思えば、いつの間にか恐怖も震えも消えていた。

 

 

「電の本気を、見るのです!!」

 

 

 砲撃。同時に雷撃を放つ。

 

 爆音と共に、水飛沫が散った。

 

 

 

***

 

 

 

 電と長良が出撃してから数時間後。

 速人は波止場で落ち着かない表情で海を眺めていた。

 

「……遅い。一体何があった……?」

 

 まさか、と嫌な想像が頭に浮かび、それをぶんぶんと頭を振ってかき消す。

 そんなはずがない。鎮守府近海には強い敵は出ないし、初出撃とはいえ重傷を負って帰ってくることはないだろう。

 

 一度俯き重々しい息をついたところで速人は顔を上げてまた海を見る。

 

 ……遠くに、人影が見えた。

 

「あれは……!!」

 

 持っていた双眼鏡を取り出し、その方向に向ける。

 少々丸く制限されて拡大された視界に、今度ははっきりと二人の姿が見えた。

 

「帰って、きたか……」

 

 思わず安堵の息をつきながら、もう少し彼女たちの様子を詳しく見る。

 

 電は多少服が濡れているように見えるが特に損傷はなく、長良も服の一部が少し損傷している程度で目立った損傷はないようだ。

 無事。どうやら交戦はしたようだが対して問題はなかったようだ。

 

 初出撃。

 

 無事に帰ってきた二人を見て、速人は再度安堵の息をつくのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「第一艦隊、ただいま帰還しました!」

「帰還しました、なのです」

「あぁ、お疲れ」

 

 執務室。

 速人の向かいに立つ二人は、敬礼と共にそう報告した。

 一度頷き、速人は手元の簡単な出撃の報告書に目を向ける。

 

 電、損傷なし。

 長良、被害軽微。

 

 敵深海棲艦、駆逐イ級二隻を撃沈。

 

 これが今回の出撃の戦果だった。初めての出撃にしては上々の戦果と言えるだろう。

 速人は満足げに頷き、報告書を段ボールの上に置いた。

 

「それじゃ、一応だが長良は装備の点検をしてもらってこい。多少とはいえ傷ついただろ」

「了解しました!」

 

 長良は「失礼しました!」と元気に言って執務室から出て行った。

 そして執務室には、速人と電の二人が残った。

 

 表情のすぐれない電を見て、速人はいつものように苦笑を零す。

 

「……電」

「……はい」

 

 声をかけると、やはり電は沈んだ声で俯いたまま答えた。

 それを見てまた一つ苦笑した速人は、電の前に歩み寄って膝をついた。

 

「お前、今日頑張ったってな。敵を一隻沈めたそうじゃないか。長良が言っていたぞ」

「……」

 

 せめて少しでも機嫌が戻らないか、と淡い期待を籠めつつ速人は電の戦果を褒めるが、やはり電は沈んだ表情のまま何も答えない。速人はまたも苦笑を零す。

 

「どうした? ……戦果を挙げて無事に帰ってこれたんだ。よかったじゃないか」

「……でも……」

 

 再度言葉を掛ければ、電はか細い声で答えた。

 心なしか震えているようにも聞こえる声で、電は続ける。

 

「……でも、電は油断していて……長良さんに助けられてなかったら、今頃……」

「……沈んでいた、か?」

「……っ」

 

 速人が代わりに続ければ、電は一度肩をびくりと跳ねさせた。……どうやら当たっていたらしい。

 

 きっと電は、怖いのだろう。

 自分が沈みかけたこともあるし、目の前で敵の艦が沈んだのを見たのもあるだろう。きっと敵が沈み行く姿に、自らを重ねてしまったのだろう。

 

 電の頭に手を当て、そっと撫でる。

 微かに震えているようにも見えるその小さな姿に、語りかける。

 

「今回失敗したなら、次につなげろ。いつまでも後悔しなくていい」

「……っ、く」

「……怖いなら素直にそう言って吐き出せ。遠慮なんかするな。俺ができるのはそれくらいなんだ、頼れ。な?」

「は、いっ……」

 

 電はまた俯いた。その頬を、暖かな滴が流れ落ちていく。

 速人はまた、そっと電の頭を撫でた。

 

 




あっれー、おっかしいなー?
当初はこんなシリアスっぽい回になるはずじゃなかったのになー?

まぁこんなシリアス成分はたまにしか入れないつもりでございますので、「ほのぼのじゃねーじゃねーか!」と言わずにどうか温かく見守ってやってください。
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