―――海上を、白い尾を引いて駆ける影が四つ。
新たなメンバーを迎え、再度編成等を入念に確認した速人は、早速四人を新メンバーによる出撃へと向かわせた。
主な目的は互いの特徴を掴み、互いに連携できるようにしていくこと。同時に個々の練度を高めることも目的の一つと言える。
旗艦―――戦闘を走る妙高が、自らが進む先を鋭く見据える。
前方……距離は二、三百メートルと言ったところだろうか。そのくらいの距離に、敵艦がいるのが見えた。
目視できる限りにいるのは、駆逐イ級二隻、軽巡ホ級一隻、そして重巡リ級一隻。
「みなさん、もうすぐ敵艦隊と接触します。まずは長良さん、電さんが先制をお願いします。阿武隈さんは私と第二波の攻撃を」
「わかりました」
「了解です!」
「わかりました、なのです!」
妙高は素早く指令を飛ばし、他三人もそれに従い素早く行動を起こす。
本日編成されたばかりの艦隊だが、一度歓迎会と言う形で親睦を深めた甲斐があったのか互いを信頼しあい、自らの任に専念している。
「それじゃ……行くよ!」
「なのです!」
長良と電の先制砲撃が、開戦の狼煙のように響き渡った。
***
「完全勝利……よくやったな、みんな」
鎮守府、提督の執務室。
今回の出撃の戦果を聞いた速人は満足げに頷き、自らの前に立つ彼女らに素直な賞賛を送った。
全くの無傷で勝利してきた四人は、ある者は嬉しそうに、ある者は少し恥ずかしそうにと各々の反応を見せた。
その中で、電は誇らしげに胸を張っていた。速人はその誇らしげな電の頭を撫でてやる。
「特に電。今回はMVPも取って、本当によく頑張ったな」
「えへへ……もう失敗なんてしないのです!」
撫でられてご満悦な様子の電は、キラキラと輝いているようにも見える。ご機嫌な電を見て、阿武隈は軽く目を見開く。
「うわ、電ちゃんがすごいキラキラしてる」
「次は私がMVPを取りたいなー」
「……長良さんも撫でてもらいたいの?」
頑張るぞー、と気合を入れる長良に、阿武隈は不思議そうに首を傾げる。
確かこの鎮守府の提督は、まだ着任して間もない提督だったはずだ。初期艦の電、その次の艦の長良も最初の方の艦であるが、この鎮守府にいる時間は新参の阿武隈や妙高とそう変わりはない……そのはずなのだが、その『そう変わらない』間だけでこうも提督に掛ける信頼とは変わるものなのか、と阿武隈は疑問を覚えたのだ。
訊かれた長良は、顎に指を当てて考えると、にこりと笑う。
「ん? んー……そうだね、撫でてもらえなくてもいいけど、もらえたらそれはそれで嬉しいかな?」
「ふーん……そっかぁ……」
そう言う長良の表情に嘘は見られない。きっと彼女は本当に提督の事を信頼しており、尚且つ好意的な感情を―――それが恋愛感情であるかどうかは別として―――抱いているのだろう。
……私ももう少ししたら提督のよさがわかるのかなーと、電を撫でてやりながら優しく笑う提督を見て、阿武隈はそう思った。
その傍ら、二人の話を聞いていた妙高はただただ優しく笑っていた。
***
「ふんふんふ~ん♪」
鎮守府の長い廊下に、楽しげな鼻歌が響く。
鼻歌を歌っているのは、喜色満面、嬉しそうに笑顔を浮かべ、弾むような足取りで歩く電だ。彼女が一歩歩く度、その茶髪が機嫌よく揺れる。
まぁ見てわかる通り―――彼女は今、ご機嫌だった。
今日は、新メンバーを加えて二度目となる出撃が行われた。電は前回のような油断からの失敗は絶対にしないと意気込み、今回の出撃に臨んだ。
なるべく冷静に状況を見て、妙高の指示に従い、時には自分で考え仲間の援護を行う―――そんなことが、調子よく行えた。その結果、今回の出撃ではMVPを取ることができたのだ。
それだけでももうとても嬉しかったが―――本当に嬉しかったのはその後だ。
鎮守府に帰還し、提督に今回の出撃の戦果を報告した時。
その時、提督に頭を撫でてもらえたのだ。しかも、褒めてもらいながら。
「~~~っ!」
その時のことを思い出すと、胸の内からまたむず痒いような嬉しさが込み上げてくる。
頭に置かれ、優しく動かされる提督の手の感触。ちょっと嬉しそうな声音で褒めてくれる、提督の表情。それらを思い出すだけで、電は身もだえするくらい幸せだった。
廊下を歩きながらちょっとだらしない嬉しそうな表情を浮かべていた電は、ふとその表情を引っ込め、ある疑問を抱く。
「……何で、こんなに嬉しいんだろう……?」
それは、さっきまで感じていた嬉しさに対する疑問。
あの込み上げてくる嬉しさは、一体なんで起きるんだろう。電は、思わず考え込む。
「うーん…………」
あれこれと考えを巡らせるが、ぴたりとはまる答えが浮かばない。まるで迷宮の中に迷い込んでしまったようだ。
先程までとは打って変わって、うんうんと唸りながら若干厳しい表情で廊下を歩く電。
何なんだろう……と必死で考える中、ふと頭の中に提督の顔が浮かんできて―――どきりと、一度心臓が大きく跳ねた。
「え? え? あれ?」
今のは、と思った瞬間、その心臓の動悸は消えてなくなっていた。……なんだったんだろう、今のは。
何で提督の顔を思い浮かべた時、あんなふうに……?
「……わからないのです」
更に疑問が深まったのを感じながら、電は自室に向かって歩いていく。
電の自室。
寮のような内装の部屋に備え付けられている二段ベッド……その下の段で寝転がりながら、電はまだ悩んでいた。
「なんで……司令官のことを考えたら、どきどきしたのです……?」
わからない、と電は枕を抱き寄せて顔をむぎゅっと埋める。
ちょっと息苦しさを感じるくらい強く枕を抱きしめて、嘆息。
「……もう一回、整理してみるのです」
とにかく、ただ悩むだけじゃ埒が明かないと、電は今日の事を思い返してみる。
まず、出撃して、MVPを取ったこと。……これはとても嬉しいことだったが、提督云々には関係がないはず。
それとも、失敗しなくてよかったこと? ……それも関係ない。
では……その後提督に撫でられたこと? ……その時の状況を、提督の笑顔を頭に思い浮かべて―――どきり、と。
「っ!!」
まただ。
また、あの動悸が。
今度は、提督の表情を頭の中にずっと思い浮かべておく。……優しげで、その中に電がMVPを取ったことを喜ぶような喜色がちょっと見える笑顔。
それを鮮明に思い浮かべていると、動悸は治まることなく寧ろどんどんと激しくなっていく。枕に埋める顔には熱が籠もり、むず痒さが芯から湧き上がってくる。
「これ……一体何なのです……?」
熱い顔の熱を冷ますこともできず、電は熱い顔を―――傍から見れば真っ赤になっている顔を―――枕に埋め、考える。
提督の事を考えると、動悸が早くなる。
提督の事を考えると、何だかむず痒くなる。
提督の事を考えると、何故か元気になれて、笑顔はもっと見たいと思って、そして―――、
考えて、電ははっとした。
はっとして、更に顔が熱くなった。
「も、もしかして……」
もしかして。
もしかして、自分は。
提督のことが―――、
「~~~ッ!?」
辿り着き、気づいた―――気づいてしまった自らの感情。
電は恥ずかしさで声なき悲鳴を上げながら、脚をじたばた動かし悶える。
駆逐艦、電。
どうやら彼女は、早くも『恋』の味を、覚えたらしい―――。