美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
魔法科高校の劣等生というライトノベルをぼくは読んだことがなかった。タイトルだけは知っていたし、アニメの宣伝とかでちょくちょく目にする機会はあったものの、本編を読むには至らなかったのである。友達から聞いたにわか知識とあらすじくらいしか知らない。
そのことを、こんなにも後悔する日が来るとは思ってもみなかった。
◆
『柴田 美月』。
それが今世でのぼくの名前だ。
うん、どういうわけかぼくは転生してしまったらしい。記憶が曖昧でどうにも前世での最後がどんなものだったのか分からないが、気がついたらぼくは赤子になっていた。それも女児だ。正直、転生というあり得ない事態に混乱し、女の子として生まれたことへの不安とか驚きとかそういうのはすっかりタイミングを逃してしまったため、意外と簡単に受け入れられた。
それから、数ヵ月が経ち、目も耳もしっかりしてきた頃、ぼくは悟る。
ここ、異世界じゃね?
というのもだ。プカプカとカラフルな光が浮いてたり、人の周りにオーラっぽいものが見えるのだ。たぶん、魔力的なアレだと思ったぼくはここを異世界だと考えた。が、そのわりには電気もあるし、機械もある。単純に剣と魔法のファンタジー世界というわけでもなく、ぼくの前世の世界と、良くあるファンタジー世界の中間みたいな感じかなと予想した。
しかし、一歳になる頃には、それも違うということが判明した。科学に関しては前世の世界より全然進んでいたし、ファンタジー要素も結局は『魔法』という名の科学だったし。どうやらこの世界は前世の世界とは歴史の分岐した世界だったらしい。
そして、五歳になり、神童とかなんとか持て囃されながらスクスクと成長したぼくはインターネットで適当に検索をして遊んでいたのだが、そこでとある学校の記事が目にはいった。国立魔法大学付属第一高校。それが何となく気になったぼくは詳しく調べ……気がついた。魔法科高校の劣等生の世界じゃね?、と。魔法師という言葉にどうも聞き覚えがあるような気がしていたのが、一校というワードでピンときた。転生から五年目にして、ぼくはやっとこの世界が前世の魔法科高校の劣等生の世界であることを知ったのである。
知ったのだが……それで?という話だった。
ぼくが魔法科高校の劣等生について知ってることなんて微々たるもの。話の内容すらあらすじくらいしか知らないのだから、この世界が魔法科高校の劣等生の世界だったとして、何も変わらないのである。
前世のぼくを何千回もフルボッコにする勢いで原作を読んでいなかったことを後悔したものの、先の分かる人生なんて詰まらないじゃない(震え声)と開き直り、もはや魔法とは関わらないことにしたのである。
魔法に関わらなければ、前世よりちょっと科学が進んだ世界に過ぎない。ぼくの家は母親が翻訳家というちょっと変わった職業ではあるものの、魔法とは無縁の極々一般的な家庭だし、ぼくの名前もモブっぽいし、たぶん原作キャラではないだろうから適当に転生チートして今世を謳歌してやるぜ!というわけだ。
とはいえ、既にぼくは魔法的な何かをこの身に宿してしまっている。『霊子放射光過敏症』、カラフルな光が見えてしまうアレだ。オーラ・カット・コーティング・レンズとかいう度の入っていない特殊な眼鏡をかけていないと日常生活にも支障をきたす。これを克服するためにはどうしても魔法を学ぶ必要が出てきそうなのだが気合いでどうにかならないだろうか。
ぼくは霊子放射光過敏症をコントロールできるように、特訓をした。どういうことをしたかと言うと、目に力を込めてひたすらボーッと何かを見るのだ。暇な幼児だからこそできる詰まらな過ぎる特訓だったのだが、その成果はちゃんとあって、何と眼鏡なしでも霊子放射光過敏症をコントロールできるようになったのだ。凄いぞ、ぼく!
この時点でぼくは七歳。小学校一年生になったぼくはサッカーを始めた。
というのもだ。ぼくは前世でサッカーに人生を注いでいたと言っても良いくらいのサッカー少年だったのだ。幼稚園からサッカーを始め、高校三年間も記憶に残っている段階までは続けていた。高校三年の時には全国に行ったし、プロを目指していたくらいだ。自分で言うのも何だけどサッカーに関しては結構凄い奴だったのだ。
そんなぼくは転生チートで小学生時代を無双した。前世、覚えている限りでは高校三年生だったから勉強は超余裕、この体、運動神経も中々に良かったため、サッカーでかなり有名に。
ぼくはハイスペック美月さんとなっていた。
中学校もそんな感じになるんだろう。漠然とそう思っていたが、そうはならなかった。勉強は余裕だった。高校生の頭脳で幼少から勉強してきたこともあり、常に学年二位だったし、前世の中学時代より全然賢くなっただろう。が、サッカーは違った。熱は冷めていない。サッカーは大好きだ。地元の中学ではなく、サッカーの強豪校に態々進学もした。
でも、将来のことを考えてしまう。女子サッカーでプロになってそれで生活できるかと言えば結構難しい。こんなところで、女子に生まれたことがネックになるとは思わなかった。胸も急激に大きくなってきちゃったしね。肩凝って仕方ない。
そんな悩みを抱えていた中学二年、ぼくは彼女に出会ったんだ。
司波深雪。
前世ではテレビの中でさえお御目にかかったことのない正に絶世の美少女。容姿だけでなくその仕草の一つ一つまでもが美しく、世の男共の妄想か世の女性の理想を実体化させたのだと言われても十分信じられてしまう程だった。でもぼくが惹かれたのは容姿より何より、その美しい光だった。サイオンの光が、流れが、今までに見た誰よりも美しい。
描きたいと思った。それがぼくの使命だと思った。
そうしてぼくはサッカーを引退し、絵の世界にのめり込んだ。
「深雪ー!ヌード描かせて!ヌード!」
「なっ美月!ちょっどこ触ってっ……お兄様ぁあー!」
「はぁ…またか」
「げ、達也!やめ…ぎゃあぁあああ!!」
高校は芸術科高校に入学しようと思っている。
霊子放射光過敏症を使ってこの美しい光を描く。それがきっとぼくの使命だから。
次話は明日の0時に投稿します。