美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
一体何者なんだ……(棒)
「一高に進学する!?」
栞と親友の二人は、国立魔法大学付属第三高校に進学することを、もう随分と前から決めていたからだ。
「突然どうしたのじゃ?愛梨が何も考えずにそのような結論に至ったとは考えておらんが、些か急過ぎやせんか?」
話し方が古風で年寄りじみているのに反し、来年には高校生になるというのに随分と小柄な少女、
「貴女達には申し訳ないと思っているわ。でも、もう決めたことなの」
栞は金沢魔法理学研究所に通うため、沓子は家の手伝いをするため、家を離れるわけにはいかない。
そのため、愛梨が一高に進学するからといって、一緒に一高へは進学できないのだ。
しかし愛梨の意思は固い。
栞が愛梨と出会ってからもう二年になるが、この目をしている愛梨の意見を変えるのは不可能に近い。
栞よりも愛梨との付き合いが長い沓子も、それは感じているのか、ふむ、と首を傾げている。
「うむ、一高は東京の八王子だったかの……して、愛梨よ、お主先週、遠征で大会に行っておるの」
ピクリッと愛梨が動いたのは明白だった。
「そ、そうね。勿論優勝したわよ?」
「いやいや、結果は当然知っておる。お主が負けることなど想定しておりゃせん」
友人からの嬉しい言葉に思わず口角が緩みそうになるが、それは沓子の次の一言でぎゅっと引き締められた。
「じゃが、どうもその大会から様子がおかしいような気がしとったんじゃよ」
「そ、そうかしら?私は分からないけど」
様子がおかしい、というのは栞も感じていたことではあった。
時折ボーッと呆けていることがあったり、やたらとため息が多かったりと、些細なことではあったが明白な変化は確かにあったのだ。
「これは一切の根拠のない単なる
沓子の言葉に愛梨はかつてないほどに赤面した。
◆
四十九院家は神道の大家『白川家』に連なる家系だ。代々神道系の古式魔法を受け継いできた由緒ある家系で、実家は神社であり、時折巫女として仕事を手伝っていることもある。
だから、というわけではないのだろうが、沓子には特別な直感のようなものがあり、沓子の直感、所謂、
「ん?どうじゃ?正解であろう?」
そして、沓子自身も己の直感を一つの能力と認識しており、こうした場ではその能力を遺憾なく発揮する。
こうして、少ない判断材料から愛梨を追い詰めていく様子を見るに、魔法師でなく探偵としても大成したに違いないと、栞は確信していた。
「…………貴女に隠し事は無理そうね」
この場合、『自供』という言葉がもっとも相応しいだろうか。
愛梨はついに、白旗をあげた。
沓子のしてやったりという顔が少々悔しくはあったが、これ以上黙っていてはさらに無様を晒しかねないと愛梨は考えたのである。
「
そして愛梨は語り始める。
彼との出会いを、そこであった出来事を。
「なんというか、あれじゃな、愛梨は意外と乙女というかチョロインじゃな」
愛梨から、数十分にわたる物語を聞かされた沓子は開口一番そう、愛梨を称した。
「何なの、チョロインって?」
「ふむ、可愛いという意味じゃよ」
言葉の意味を理解できなかった愛梨は首を傾げたが、沓子がなんでもないような顔でサラッと嘘を教える。
「でもその男一体何者だろう?愛梨の話を聞くと、彼は、武装集団が現れることを予期していたようだし、何より、自分が狙われている、と言っていたのでしょ?」
「ええ、それに実戦に慣れているようだったわ」
栞は愛梨の恋愛云々の前に、その男についての疑問がいくつも浮かんでいた。
愛梨の話では同年代のようだったと言うが、同年代でそこまで戦闘に慣れている人物はそうはいないだろうし、栞の知る限りでは、『クリムゾン・プリンス』こと一条将輝くらいなものだった。
「のう、愛梨よ。わしに隠し事は無理そうなのではなかったのか?」
栞が次なる疑問を口にしようとした時、突然、沓子が何かを確信した様子で、ニヤニヤとした笑みで愛梨にそう問いかけた。
「良いんじゃよ、わしは別に。隠しておきたいというのなら、こちらで勝手に
栞は愛梨の赤面して悔しそうにしている顔を見て、沓子がだんだん楽しくなってきていることをあっさりと看破した。
愛梨のこんな表情は中々見られるものではないし、まして、自分達三人の間で恋愛話があがることも今までなかったのだ。
初めての恋バナ、それも、対象が愛梨ともなれば、楽しくなってしまうのも無理はないだろう。
追い詰められている愛梨としては堪ったものではないが。
「好いた男のことを、分からないままで済ましておく愛梨ではなかろう?」
「うう、そうよ!調べたわよ!」
ついに限界の来た愛梨が相変わらずの赤い顔で白状した。
「名前も教えてくれなかったから苦労したわ。こんなことで一色家の力を使うわけにも行かないし」
自らの家に誇りを持っている愛梨は家の力を自分の想い人のことを調べるために使おうとは思わなかった。
「名前は司波達也、私たちと同級生で一高の受験を控えている……正直、分かったのはこれだけね」
「ほお、それだけとはいえ、良く調べられたものじゃ」
実際、一度会っただけの名前も知らない人物を捜索するというのは極めて難しい。
一個人の力でそこまで調べられたのなら上出来といえるだろう。
「リーブル・エペーの大会の時、近隣の中学校の選手に聞いて回ったら、当たりを引けたのよ」
「ほお、そいつは凄い」
少年、司波達也が、愛梨のように、観光やその他の目的でそこにいた、という可能性も十分にある中、愛梨がたまたま声をかけた選手の中学校に通っている生徒だったというのは、凄い偶然だろう。
「彼、校内では有名人みたいで、特徴を言ったらすぐに分かったわ。なんでも、成績は飛び抜けて優秀、スポーツは何をやらせても一流で、テストでは入学以来、一度も学年一位の座を奪われたことがないのだとか」
「そいつは凄いな」
奇しくも、先程と同じ反応になってしまったのは、単純に感心し、出てきた言葉がそれだったからなのだろう。
「そんな彼がどうして武装集団に狙われるようなことに?」
聞く限り、極めて優秀な人間ではあるようだが、『
そんな彼が実戦に慣れているというのはどうにも不自然だし、武装集団に狙われるような状況もおかしい。
「彼が何故、実戦になれているのかは分からないけど……後から分かったのは、あの日、近くで武装集団によるテロ活動があったらしいということよ」
この情報は一色家からもたらされたものだ。
娘のいたすぐ近くで、そんなことがあったと分かれば心配するのが親であり、この情報は家に帰ってすぐに愛梨の耳に入った。
「公にはなっていないから詳しいことまでは調べられなかったけど、
魔法師と、そうでない者の間には社会的に確執があり、こうして、魔法師絡みの事件が隠蔽されることは少なくない。
「その武装集団の残党があの時の連中だったのではないか、というのが愛梨の考えなわけね」
「ええ、彼はその武装集団にあの路地で遭遇、私と出会ったときにはもう戦闘中だったのではないかしら?」
筋は通っている。
少なくとも、その武装集団が
事件に巻き込まれ、武装集団と交戦しているところに、愛梨が来れば、狙われているのは自分、と言うかもしれないし、この場を離れるよう促すだろう。
「物騒な話はもう良いではないか。そういうことは大人に任せておけば良い。わしらは女子中学生らしく恋バナの続きでもしようではないか」
一人称が「わし」である少女に、「女子中学生らしく」と諭されたことに違和感を拭いきれないが、確かに、結論の出そうにないことについてあれこれ話し合うよりは有意義に思えた。
「もう私の話は良いんじゃない?」
少なくとも愛梨以外の二人にとっては。
(;´∀`)沓子「愛梨が一人暮らしはちと厳しいと思うのじゃが……」
( ̄ω ̄;)栞「そうだね、やっぱり家政婦さんを雇った方が……」
(*`Д´)ノ 愛梨「二人とも私を甘くみすぎよ!一人暮らしくらいできるわっ」
( ̄▽ ̄;)沓子「(不安じゃな~……)」
( ̄▽ ̄;)栞「(不安だな~……)」
◆
こうして一人、一高に進学した愛梨さん。
次話からまた入学編に戻りますので、愛梨さんの活躍にご期待ください!