美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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今話からしばらく、入学編、達也・深雪サイドです。



第三十七話 妹系黒髪美少女は不満である

「……あら?」

 

 

『IDカードGETだぜ!ぼくはB組だったけど深雪は何組だった?』

 

 

携帯端末に送られてきたメッセージを見て深雪は不満気な声を漏らした。

それは全くの無意識であって、本人は気がついていない。勿論、残念だ、とは思うものの、それだけだ――と深雪は思っている。

だからこそ、周囲の人間は、突如不満そうなオーラを放ち始めた深雪に大慌てである。

大人数で押し掛けて申し訳ない、とか、答辞で疲れているのにごめんなさい、とか、口々に謝られても深雪は混乱するばかりであったが。

 

 

「深雪さん、今大丈夫?」

 

 

そんな深雪を囲む人垣が極々自然と二つに分かれ、そこから深雪の元へやってきたのは生徒会長の真由美だった。深雪は既に何度か真由美と顔を合わせてはいたが、それは事務的なものであって、精々が顔見知り程度の仲である。その真由美の後ろに控えている先輩に関しては、生徒会の人という程度の認識しかなく、名前も知らなかった。

 

 

「兄と待ち合わせておりますので、その後でしたら」

 

「司波くんね、私たちもご一緒しても良いかしら?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

真由美が「司波くん」という明らかに達也と面識のある言い方をしたことに、少々の疑問は感じたものの、深雪の兄である以上、余程複雑な事情でもない限り――司波兄妹にも複雑な事情はあるが――兄は「司波くん」であり、そこにいちいち口を挟むことはしなかった。

 

 

「お兄様、お待たせ致しました」

 

「早かった……ね?」

 

「こんにちは、司波くん。また会いましたね」

 

 

ところが、やはり達也と真由美は知り合いであったらしい。人懐こい笑顔の真由美に対して、無言で頭を下げる達也の様子を見るに、そう親しいわけでもなさそうではあるが、この二人に一体どんな接点があるのだろうかと考えずにはいられない。

ただ、今はそのことよりも兄の傍らに親しげに寄り添っている少女の方が気になるのがブラコンの性だった。

深雪の放つ不穏な気配に、いつの間にか距離を取る真由美。そうした状況判断能力は魔法師として社会に出たとき、大いに役に立つことだろう。

 

 

「お兄様、その方は……?」

 

「こちらは千葉エリカさん、同じクラスなんだ」

 

「そうですか……美月というものがありながら、早速、クラスメイトとデートですか?」

 

 

深雪が自分でも驚くくらい底冷えした声だった。

可愛らしく小首を傾げ、唇には淑女の微笑みを浮かべながらも、目は笑っておらず、そんな声で問いを重ねられ、一体どうしたことかと、達也は一瞬硬直してしまう。

 

社交性に欠けるわけではないが、幼い時分から誉められる機会には事欠かず、その分だけ、妬み・やっかみにさらされることも少なくなく、チヤホヤされることに多少懐疑的、お世辞やお愛想を嫌う傾向がある。

式が終わってからずっと歯の浮くお世辞の十字砲火にさらされて、ストレスがたまっているのかもしれないが、どうにもそれだけではないらしい、というのが達也の勘だった。妹のことを知り尽くしているシスコン故の勘、である。

 

 

「深雪、そういう言い方は失礼だよ?ただお前を待っている間、話をしていただけなんだから」

 

 

達也の勘は当たっていた。

深雪は自分が思っている以上に、美月と同じクラスでないことが不満であったらしい。そして何より、その美月という存在がありながら、他の女と一緒にいる達也が不満だった。

 

 

「誤解されるようなことをするお兄様が悪いのですよ、そういう行動は控えてください」

 

 

いつもの深雪なら、達也から言われた時点で引き下がっていたのだろうが、今日の深雪は頗る機嫌が悪い。

達也が知らない女の子と仲良さ気にしていることが、美月への裏切りのような気がして、酷く気に入らない。達也の隣は、自分が許した者だけにいて欲しい。

そういう感情が、抑えきれなかった。

 

しかし、紹介を受けて名乗りもしないのは、失礼であることも確かだった。

それに、兄が本当にクラスメイトとデートをしていた、とは思っていない。

 

 

「はじめまして、千葉さん。司波深雪です。お兄様同様、よろしくお願いします」

 

「よろしく、あたしのことはエリカでいいわ。貴女のことも深雪って呼ばせてもらってもいい?」

 

「ええ、どうぞ。苗字では、お兄様と区別がつきにくいですものね」

 

 

深雪がおしとやかな笑顔で自己紹介をすれば、エリカは初対面にしては随分とフレンドリーに挨拶を返した。

馴れ馴れしさと、紙一重の砕けた態度は、お世辞とお愛想にウンザリしていた深雪には、好ましかった。

 

 

「深雪。生徒会の方々の用は済んだのか?まだだったら、適当に時間を潰しているぞ?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 

達也への回答は深雪からではなく、真由美から返された。

すっかり打ち解けた様子の深雪とエリカに、若干、置いてきぼり感を感じていた達也だったが、だからというわけではなく、深雪の後方に控える生徒会メンバーと思わしき二人を何時までも待たせておくのはまずいのではないか、という達也の気遣いだったのだが、どうやらそれは必要なかったらしい。

 

 

「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん、詳しいお話はまた、日を改めて」

 

 

真由美は笑顔で軽く会釈をして講堂を出て行こうとした。元々、今日は挨拶だけのつもりだったからだ。

 

 

「しかし会長、それでは予定が……」

 

「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?」

 

 

真由美の中では、今日は挨拶だけをして、後日また改めて、話をしようと思っていたのだが、生徒会副会長・服部はそうではなかったらしい。

毎年の恒例で新入生総代を務めた一年生を、生徒会の役員に誘うことになっているのだが、その話をするにはもっときちんとした場でするべき、というのが真由美の考えだったが、服部は少しでも早く用件を済ませてしまいたいようだった。

仕事を後に回しているようで、嫌だったのだろう。

真由美は服部のそういう真面目で固いところは、嫌いではないが、大体の場合、短所として働いているような気がした。

 

今回の場合、何の約束もなしに声をかけたのはこちらで、急ぐ予定でもないのだから、無理に深雪を引き止める必要はない。

 

真由美は、尚も食い下がる気配を見せる服部を目で制して、深雪に、そして達也に、意味有りげな微笑みを向けた。

 

 

 

「それでは深雪さん、今日はこれで。司波君もいずれまた、ゆっくりと……」

 

 

再び会釈して、今度こそ立ち去る真由美の背後に続く服部は振り返ると、舌打ちの聞こえてきそうな表情で達也を睨んだ。

責任転嫁というか、単なる八つ当たりであって、達也には一切の落ち度はないのだが、生徒会役員の上級生の不興を買ってしまったのは間違いなかった。

 

 

「……さて、帰ろうか」

 

 

しかし達也は何らいつもと変わりない様子で、そう二人に声をかけた。

残念なことに達也は、この程度で一々クヨクヨできるような順風人生を辿って来た訳ではない。まだ十六年弱だが、その程度のネガティブな強さを身につけるだけの人生経験は有している達也だった。

 

 

「……すみません、お兄様。わたしの所為で、お兄様の心証を」

 

「お前が謝ることじゃないさ」

 

 

深雪が落ち込んでいると見るや否や、達也はポン、と妹の頭に手を置き、そのまま髪を梳くように撫でる。

すると、深雪の沈んでいた表情が陶然の色を帯び、達也の思惑通り、深雪は元気を取り戻した。

 

 

傍で見ていたエリカは顔をひきつらせながらも、この少々危ない兄妹に見えなくもない光景について、初対面の遠慮もあって、何も言わなかった。いや、言えなかった。

 

 

「せっかくですから、お茶でも飲んでいきませんか?」

 

「いいね、賛成! 美味しいケーキ屋さんがあるらしいんだ」

 

 

少し気恥ずかしそうにしながら、深雪がそう提案すれば、さっきまで微妙な表情をしていたエリカの顔が綻んだ。

 

 

「あっ、エリカごめんなさい、誘っておいて何なのだけど、一人友人を待たないといけないのよ」

 

「そうなの?あたしは全然構わないわよ」

 

 

深雪には、クラスが違うと分かってさぞ落ち込んでいるであろう、美月の姿がありありと浮かんでいた。

今日は元々、一緒に帰る予定になっている。

少しくらいなら慰めてあげるのも吝かではない。

 

 

「ああ、その必要はないぞ。美月から『友人が出来たから、その娘とホームルームに行く。先帰ってて』と連絡があった」

 

「えっ?」

 

 

深雪は一瞬呆けた後、自分でも不思議なくらい苛立っているのが分かった。

それは、達也から携帯端末の画面、美月からのメールを見せられて、さらに加速する。

 

画面に表示されている美月からのメールは、達也が口にしたのと、全く同じ文字の羅列。

 

 

「……もう知らない」

 

 

深雪が小さく呟いた一言を、達也は聞き逃さなかった。

 

 

「仕方ないさ、新しく出来た友人と交流を深めることは大切なことだ」

 

「そうですね、美月はきっと()よりも、その、新しくできた友人の()の方が良いようですから」

 

 

これは何を言っても無駄である、と達也が確信するまでそう長い時間はかからなかった。

深雪がこのように拗ねてしまっては、達也でさえ数日はご機嫌取りに終始することになる。

鈍感を煮詰めたような美月では、深雪の機嫌が治るまでどれだけかかるか分かったものではない。

 

 

「エリカ、待つ必要は無くなったみたい」

 

「そ、そう?」

 

 

明らかに機嫌の悪くなった深雪に、戸惑い気味のエリカだったが、なんとか返事を返すくらいの余裕はあった。

そのエリカの返事に合わせるようにして、チリン、と鳴り響いた電子音。

達也の携帯端末にメールの届いた音だった。

 

送られてきたメールの文面を見て、達也はこのメールを見なかったことにするか割と本気で悩んだ。

 

 

「お兄様、()()はなんと?」

 

 

しかし、メールの差出人すら妹に看破されている今、この文面を隠すことは不可能に近かった。

妹の、この笑みの圧力に耐える術を達也は持ち合わせていない。

 

 

「……昼食も友人と食べてくるからいらない、らしい」

 

 

「そうですか」

 

 

にっこりと、それはそれは美しい笑みを浮かべながら、深雪は頷いた。

なのに、どういうわけか、その笑顔に達也が覚えたのは恐怖だった。――笑顔の起源は威嚇である――そんな言葉が達也の頭を過った。

 

 

「行きましょうか?」

 

 

深雪のその一言に、達也とエリカはコクコクと機械的に首を縦に振った。




─その後の真由美さん─


キョロo(・ω・ = ・ω・)oキョロ 真由美「……いないわね」


(´・ω・`)服部「誰かお探しですか?」


( ̄ヘ ̄)真由美「可愛い可愛い私の友人が新入生にいるのだけど、見つからないのよ」


( ̄ー ̄?)服部「連絡をすればいいのでは?相手も携帯端末の一つくらい持っているのでしょう」


┐(´д`)┌ヤレヤレ 真由美「はんぞーくん、貴方何も分かっていないわね」


( ̄ω ̄;)服部「はあ、これが最も効率的だと思ったのですが」


(≧O≦)ノ 真由美「連絡しちゃったら、格好良く登場できないでしょ!最近、摩利ばっかり格好いいって言われててずるいんですもの」

(;´∀`)服部「は、はあ……」



結果、美月とは出会えず、格好いい登場も摩利に奪われた真由美さんであった。

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