美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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原作、12巻までしか読んでいなかったのを、最近ついに17巻まで読破……した結果、もう一つの方の連載作品が瀕死状態に……。
知らなかったんだもの、仕方ないじゃない……。
そう思いつつ、最終章を書き直す作者であった……という愚痴です。

では、また後書きで。


第四十話 ドロップキック

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけ?」

 

 

突然出てきた一年生に、いぶかしげな視線を向けて、問い返すのは、摩利が今の騒動を『悪ふざけ』だとはとても思えないからに他ならない。

 

 

「はい。森崎一門の『クイックドロウ』は有名ですから、後学の為に見せてもらうだけのつもりだったんですが、あんまり真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」

 

 

達也の言葉に、レオにCADを突きつけた男子生徒が、目を丸くして驚き、摩利は、エリカが手にする警棒と、地面に転がった拳銃形態のCADを一瞥し、冷笑を浮かべた。

 

 

「きみの友人は、魔法によって攻撃されそうになっていた訳だが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?あちらの女子が起動していたのは攻性魔法だからな」

 

「驚いたんでしょう。条件反射で魔法を起動できるとは、流石は一科生です。それに攻撃といっても、彼女が編成しようとしていたのは失明したり視力障害を起こしたりする心配もない程度の、目くらましの軽い閃光魔法ですから」

 

 

 真面目くさった表情だったからか、何処となく、白々しい印象の抜けきらない達也の言葉に、摩利の冷笑が、感嘆に変わる。

 

 

「ほう?……どうやら君は、起動式が読めるらしいな」

 

 

起動式は、魔法式を構築するための膨大なデータの塊だ。

魔法師は、魔法式がどのような効果を持つものであるかについては、直感的に理解することが出来る。

ただ、単なるデータの塊に過ぎない起動式は、その情報量の膨大さ故に、それを展開している魔法師自身にも、無意識領域内で半自動的に処理することが出来るのみで

『起動式を読む』、ということは、画像データを記述する文字の羅列から、その画像を頭の中で再現するようなものだ。

 

意識して理解することなど、()()は出来ない。

達也がやったのは非常識極まりない、とんでも技能なのだ。

 

 

「実技は苦手ですが、()()は得意です」

 

 

当然、事も無げに、その非常識な技能を、『分析』の一言で片付けようとする達也だが上手くいくはずもなく。

 

 

「……誤魔化すのも得意なようだ」

 

 

 値踏みするような、睨みつけるような、その中間の眼差しで、摩利から視線が注がれた。

達也の表情がそれによって変わることはなかったが、既に次の言い訳をいくつか頭に思い浮かべていた。

 

 

 

「兄の申したとおり、本当に、ちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

ただ一人、兄が矢面に立っていることを許容できる深雪ではない。達也を庇う様に深雪は進み出ると、微塵の小細工もなく、真正面から深々と頭を下げた。

 

 

「ああー、そのだな……」

 

 

そんな深雪の行動に、毒気を抜かれた表情で摩利は目を逸らし、ばつが悪そうにしている。

 

 

「摩利、もういいじゃないですか。達也くん、本当にただの見学だったんですね?」

 

 

差し向けられた真由美の助け舟は、この場合、達也と摩利、二人にとってそうだった。

 

達也は表情を変えることなく、相変わらずの真面目くさった表情で頷く。

すると真由美は、まるで「貸し一つ」とでも言いたげな笑顔を浮かべた。

嫌な貸しを作ってしまったかもしれない、と達也が思ったことは、真由美にとっては大変不本意ではあっただろうが。

 

 

「一年生の一学期の内に授業で教わる内容ですが、魔法の行使には、起動するだけでも細かな制限があります。

生徒同士で教え合うことが禁止されている訳ではありませんが、このようなことは控えてくださいね」

 

「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」

 

 

硬直していた、達也と深雪以外のメンバーが、慌てて姿勢を正し、一斉に頭を下げる。

摩利はそんな一同に見向きもせずに踵を返したが、一歩踏み出したところで足を止め、背中を向けたまま問いかけを発した。

 

 

「君の名前は?」

 

 

有無を言わせぬ摩利の問いに、達也は大人しく答えた。

 

 

 

「1-E、司波達也です」

 

「覚えておこう」

 

 

 

 反射的に「結構です」と答えそうになった口をつぐんで、達也はため息を呑み込んだ。

今日だけで、何度のため息を呑み込んだか分かったものではなかった。

 

 

 

 

 

「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ……今回のこと、借りだなんて思わないからな」

 

 

真由美と摩利の姿が校舎に消えたのを見届けて、最初に手を出した、つまり達也に庇われた形になった男子生徒、森崎駿が、棘のある口調と視線で、達也へ向けてそう言った。

 

 

「単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで、

見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃない。それに、貸してるなんて思っちゃいないから安心しろよ」

 

 

達也は本当に、『貸した』とは思っていない。

決め手となったのは自分の舌先ではなく、深雪の誠意である、と思っているからだ。

 

 

「お兄様ときたら、言い負かすのは得意でも、説得するのは苦手なんですから」

 

「違いない」

 

 

深雪のわざとらしい非難の眼差しに、苦笑で返す。

兄妹の、見ようによってはほのぼのとしたやり取りに、空気が緩む。

 

 

「あっ、そういえばあたしもその映像資料、見たことあるかも」

 

「で、テメエは今の今まで思い出しもしなかった、と。やっぱ、達也とは出来が違うな」

 

「何を偉そうに。起動中のホウキを素手で掴もうなんてするバカに、頭の出来を云々されたかないわよ」

 

 

他の魔法師用に調整された起動式は、固有情報体の拒否反応を起こしかねないため、レオの行動は危険であり、『バカ』というエリカの意見はそう間違ったものでもないのだが、言い方が悪い。

 

 

「あぁ!? バカとはなんだバカとは」

 

 

そして、もはや定番となった二人の口喧嘩が始まり、未亜は傍観に徹している……というよりもどうしたら良いのか分からずに硬直しているようだ。

 

 

そんな背後の状況など、知ったことではないとばかりに、目線を合わせたまま、動かない達也と森崎。

 

 

「僕はお前を認めないぞ、司波達也。司波さんは、僕たちと共にあるべきなんだ」

 

 

森崎は吐き捨てるようにそう言って、返事を待たずに背を向ける。

 

 

「いきなりフルネームで呼び捨てか」

 

 

返事を必要としないからこその捨て台詞なのだろうが、達也は独り言のように、但ししっかり聞こえる音量で呟く。

その隣では、森崎の思い込みに辟易しているのか、深雪が肩をすくめた。

 

 

「帰るか」

 

「はい」

 

 

精神的な疲労を共有していた二人は、どちらともなく頷きあって、行く手を遮るように、立っている女子生徒を、達也が深雪に目配せして、そのまま通り過ぎようとした。

目配せ一つで兄の意を汲んで、また明日、と挨拶をしようとした深雪だったが、それより先に相手が深々と頭を下げた。

 

「光井ほのかです。さっきは失礼なことを言ってすみませんでした!そんな私を庇ってくれて……森崎君はああ言いましたけど、お兄さんのおかげで助かったんだってことくらい私にも分かります」

 

 

先程までは控え目に言ってもエリート意識を隠しきれていなかった少女の、この豹変振りに達也は面食らっていた。

 

 

「……どういたしまして。でも、お兄さんは止めてくれ。これでも同じ一年生だ」

 

 

だから、ほのかの『お兄さん』という呼び方に最初に反応してしまったのだろう。

庇ったつもりはないとか、大事にしたくなかっただけだとか、他にも色々言いたいことはあったというのに。

 

 

 

「分かりました。では、何とお呼びすれば……」

 

 

思い込みが激しそうだ、と達也は思ったが、これから三年間付き合っていくことになるだろう同級生だ。

不機嫌な口調にならないよう注意しながらできるだけフレンドリーに達也は答える。

 

 

「達也、でいいから」

 

 

達也のその言葉に頷いたほのかは、少し躊躇った後、達也を窺い見るようにして言う。

 

 

 

「……駅までご一緒してもいいですか?」

 

 

拒む理由はなかったし、拒める道理もなかった。

どうせ、一高から駅までの帰り道は一本道で一緒になる。

 

 

――帰り道は、微妙な空気になるだろうが

 

 

そう予想した達也だったが、それは覆された。

 

 

 

「たーつーやーくーん!!」

 

 

 

――微塵の手加減も感じられない、背後からのドロップキックによって。

 

 

「お、お兄様!?」

 

「な、何!?奇襲!?さっきの奴が早速仕掛けてきたわけ!?」

 

 

背後からの気配には気がついていたが、深雪が正面にいたため、達也はかわすことが出来ず、そのまま甘んじてドロップキックを食らうことになったのである。

自己修復術式が必要なくらいには強烈なドロップキックを、だ。

 

 

【自己修復術式、オートスタート】

 

【コア・エイドス・データ、バックアップよりリード】

 

【魔法式ロード――完了。自己修復――完了】

 

 

人体からしてはいけないような音を出しながら()()()の下敷きになった達也は、数秒の後、()()()をポイッと放り投げるようにしてどけて立ち上がる。

 

 

「ちょっと達也くん!?立って大丈夫なの!?」

 

 

エリカが武道を経験しているからか、ただの直感なのか、達也が相当まずい状況に陥っていた、ということに気がついたのだろう。

かなり焦った様子で駆け寄ってきた。

 

 

「見た目ほどダメージはないよ」

 

 

嘘だった。普通に痛かったし、普通に重症だった。帰ったら、この()()()をどうしてくれようか、と仕返しのメニューを頭で考えるくらいには。

 

 

 

()()……貴女、勿論覚悟があってこんなことをしたのよね……?」

 

「ひぃ!?」

 

 

その襲撃犯、つまり美月はといえば、未曾有の危機に瀕していた。

 

 

「お兄様に手を出したんですもの、どうなるかは貴女なら良く分かっていたはずなのだけどね」

 

 

この場にいる誰もが、あっこいつもう駄目だ、と美月の生存を諦める程度には、深雪はブチギレていた。

()()()()()()()()()ものも、怒りに上乗せされている今の深雪は、誰が見ても止まりそうになかった。

 

 

「深雪、皆の前だよ」

 

「はい、お兄様」

 

 

しかし、それは達也の魔法の言葉によって表面上は収まった。内心、この暴力娘をどうしてくれようかと怒りが沸々と煮えたぎっていたが。

 

 

「美月、馬鹿なことは止めろ」

 

「達也なら大丈夫って信じてたのさ」

 

達也の割と本気の注意に、美月はハートマークが付きそうな声色で、答えた。ウインクのおまけ付きである。

 

 

「……俺からの電話一本でお前の仕事の調整は自由自在なんだが」

 

「ごめんなさぁあああい!!達也君!達也さん!達也様!どうかお許しを!もう二度としないから!ちょっとノリとテンションでやっちゃっただけなんだよ!」

 

 

しかしそんな余裕綽々とした態度は長くは続かなかった。達也が携帯端末を取り出して、ボソッと一言言えば、美月は達也の足元にすがるしかなかった。

この達也の最終兵器は、中学三年の冬休み頃から、()()()()()により、水波と仕事の調整の権限を共有することとなったために生み出された美月にとっては最悪の手札。

 

実は以前、美月はこの達也の権限によって地獄を見ている。九重八雲の元での修練を何日もバックレた時、罰としての意味合いが強かったのもあるが、達也によって『死なない程度』に調整された莫大な仕事量は、月柴 美、複数人説が有力な噂として出回るようになる程度には地獄だったという。

 

 

「えーっと、達也くん、もしかしなくても、この娘知り合い?」

 

「ああ、中学校が一緒なんだ」

 

 

ここで、達也が美月を婚約者、と紹介しなかったことに首を傾げた深雪だったが、この状況で美月を婚約者と紹介するのはあらぬ誤解――主に達也の心証に関わるような――を招きかねない。

ただでさえエリカは、美月にかなり引いている様子で、婚約者と紹介しても、あまり良い印象は与えられないだろう。

 

 

「い、今時の高校生の挨拶というのはドロップキックだったんですね……私にできるでしょうか……」

 

「出来なくて良いわよ!そんな挨拶あるわけないでしょ!一世紀前のプロレスラーでもそんな挨拶しないわよ!?」

 

 

未亜の的外れな発言にエリカが素早く突っ込む。

この少女ならドロップキックでの挨拶も似合いそうだ、と未亜に思われる程度にはキレッキレのツッコミだった。

 

 

「はあ、全く無鉄砲というか後先考えない奴だ」

 

 

すがりつく美月に、達也はため息を吐いた。美月のこういう刹那主義なところは今に始まったことではない。思い付いたら即実行、に近い美月の思考は達也も良く理解していた。

 

 

「達也には言われたくないな……」

 

 

美月の拗ねたように言った一言に深雪は思わず、確かに、と口にしてしまいそうになり、なんとかそれを堪えた。

自省的な性格の癖に、敵を作るのを躊躇わない自己破滅型の無鉄砲さは、兄の大きな欠点だと彼女は以前から気に病んでいたからだ。

とはいえ、それは後先を考えていないわけではなく、美月とは全く意味合いの違うものなのだが。

 

 

「とりあえず、ここに何時までもいては邪魔なだけだ……行こうか」

 

 

達也のその提案には誰からも異議はなく、皆が達也と共に帰ろうとして――

 

 

「ちょっと美月!?いきなり何をしているのよ!?」

 

「そうだよ!急に飛び出したと思ったらドロップキックって、アクロバット過ぎるよ!?」

 

 

――背後から走ってきた、金色と赤色に、再びその歩みは止まることになった。

 

 

それを見た深雪の少しムッとしたような表情が、達也には印象的だった。




(`・ω・´)美月「出番ないから無理矢理乱入してやったぜ」

Σ\( ̄ー ̄;)達也「乱入の仕方がかなり問題だけどな、恐らく背骨がやられていたぞ」

(´・ω・`)美月「良いじゃん、治るんだし」

(;・ω・)達也「全く良くないが」

(゚∩゚*)美月「ま、ぼく以外の人が達也を傷つけたら許さないけど」



(*´ω`*)達也「……」



ちょっと嬉しかった達也さんであった。





森崎をドロップキックさせるか、達也をドロップキックさせるかで迷った結果、達也に。
いくら美月でも初対面の相手にドロップキックはしないだろうという判断。
……しないよね?

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