美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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最新話が書き終わらなかったので、溜めておいた番外編を放出。
これで完全にストックが無くなった……。



番外編 一高入試前日の出会い

「なんで入試前日にまで仕事があるのかな水波ちゃん!」

 

「水波なら、もう帰ったが」

 

「水波ちゃーん!?」

 

 

何故自分はこの場にいるのだろうか、と深雪はもう何度思ったか分からないことを考えながらじーっと二人を見つめた。

美月が受験勉強を始めてからというものの、達也はただでさえ仕事が忙しいというのに、美月に付きっきりで、自分は蚊帳の外。

 

 

 

――私も受験生なのですが……

 

 

 

そう深雪は言いたかったが、達也が自分のことを心配ないと思っていることは分かっているし、認められていることは嬉しい。嬉しいのだが、構って欲しいお年頃、というか、少々兄妹愛が強過ぎる深雪としては素直に喜べない。なんだか美月に兄を取られたというか、兄に美月を取られたというか……とにかく複雑なのだ。

 

 

 

「終わったー!全く水波ちゃんは入試前日くらい仕事入れないで欲しいよ」

 

「その水波から伝言でな、合格したら、一日デートしてもいい、ということだ」

 

「水波ちゃーん!愛してるー!」

 

「というわけで、とりあえずこの問題を解いてくれ」

 

「何がというわけなの!?その問題の山はどこから出したの!?」

 

 

 

そんな複雑な心境の自分の目の前で、美月と独自の世界を作るのは止めて欲しい、と切実に深雪は思う。

兄と親友のイチャイチャ――だと深雪は思っている――を延々見せられては、堪ったものではない。

かといって、友人の桐生薫も、なんだかんだで彼氏となった佐藤とそういう状態なのだろうし、深雪の周りはどこもかしこもそんな桃色の雰囲気であった。

 

そんなものだから、深雪はすっかりゲームにハマってしまい、最近では、こっそり最新のPCを購入し、時間があれば自室でやり込むことが増えた。

深雪がやるのは、美月がそこそこの頻度で司波家に置いていくゲームで、美月の趣味嗜好が大いに反映されたものであるため、男性向け恋愛ゲームやら格闘ゲームやらであるのだが、その中でも深雪はノベルゲームが特に好みだった。

 

ゲームなどやったことのなかった深雪はコントローラーの使い方さえ分からない。

そんな中、このノベルゲームはボタン一つで楽しむことができるのだ。

元々、読書は嫌いではなかったが、自分の選んだ選択肢によって、様々な展開を見せるノベルゲームは、読書よりも臨場感があり……現実を忘れられる。

 

今の状況にうってつけではあるのだが、入試前日にゲームというのは、どうも憚られる。

かといって、勉強をしようにも、やる気にはなれないし、今から慌ててやる必要もないほどに、深雪は完璧に入試をこなせる自信があった。

 

 

「お兄様、少し散歩に行ってきます、折角の良いお天気ですから」

 

「そうか?気をつけてな」

 

 

天気が良い、というのは完全な口実ではあったが、実際、頗る良い天気だ。

晴れ渡る空に、真っ白な雲は、春の訪れを一足早く知らせに来たかのよう。

普段、散歩など滅多にしない――少しでも兄と一緒にいたいからだ――深雪が散歩と言い出したことに少し不思議そうな顔をした達也ではあったが、入試前日の気分転換には一人になることも良いことだろう、と深雪を送り出した。

 

 

「深雪がいなくなったらぼくのモチベーションが!?」

 

 

 

そんな美月の言葉を無視して、深雪は一人、晴れ渡る空の下に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

2094年8月17日は旧暦において、2094年7月7日の太陰暦――月の満ち欠けの周期を基にした暦――七夕の日。

 

吉田幹比古の実家では年一回の重要な魔法儀式が行われる日だ。

その日、兄である元比古に対抗心を燃やし、周囲の制止する声も無視して、無茶をしたあげく、無様にもサイオンの枯渇を起こして気絶。

 

起きたときには、自分の思い通りに魔法が使えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

あの悪夢のような夏が終わり、自分の力の衰えに絶望した秋が過ぎ、努力こそしているものの、全く向上が見られない自分に、失望した冬も終わろうとしている。

 

落ち込んでばかりもいられない、と分かってはいるが、今まで当たり前に出来ていたことが、急に出来なくなるというのは、随分と堪えるものだ。

まるで、体の一部を失ったかのような喪失感と、掌を返したかのような周囲の反応が、幹比古の劣等感を加速させていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

春休み、という学生が心待ちにしていたであろう長期休暇も、幹比古にとっては、全くありがたくないものだった。家に居場所がない幹比古にとっては、学校がないというのは、逃げ道を塞がれたようなものだった。

 

とはいえ、明日は一高の受験があるということで、もしもに備え、都内のホテルに泊まることになっている。

朝起きて、いつも通りの修練をして、すぐに家を出たものの、ホテルのチェックインまでの間、無気力気味の幹比古には特にやりたいこともなく、偶々見つけた誰もいない廃れた公園のベンチで一人ため息を吐いた。

これから春休みの間、家に帰っても毎日こうなのかと考えると、憂鬱になる。

 

 

「何やってるんだろ、僕」

 

 

神童と持て囃され、調子にのって、天狗になっていた、その鼻を折る代償としては、幹比古の失ったものは大きい。

何もやる気が起きなくなって、ついにはベンチに横になり、空を見上げる。

天気の良い、雲一つない空は青く美しかったが、今の幹比古には、何もないただ空虚なだけの空に思えた。

そんなものを何時までも見ていたくはない。

幹比古は、このどうしようもない現実から少しでも逃れようと、目を瞑った。

きっと今は何を見たって美しいとは思えない。

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 

――そう思っていたのに、幹比古は、この世でもっとも美しいのではないかと思えるものに、この日始めて出会った。

 

 

声をかけられているのが自分である、ということに、気がつくまで数秒。

幹比古は、ゆっくりと目を開けた。

 

 

こちらを心配そうに見つめる瞳は宝石のように、あるいは真珠のように美しく、いや、美しいのは瞳だけではなくて、流れるような黒髪も、白く陶器のような肌も、彼女の全てが美しく、美しいという言葉を擬人化したような、そんな少女。

それが目の前にいて、割とすぐそこまで顔が迫っていて……。

 

 

「うわぁああああ!?」

 

 

幹比古は無様にも声をあげて、ベンチから転がり落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「私、傷つきました。顔を見て悲鳴を上げられたのは初めてです」

 

「ご、ごめん」

 

 

不貞腐れたように頬を膨らませる様子は大変に可愛らしく、幹比古は魅入ってしまいそうになるが、ここは幹比古が謝罪をする場面であり、幹比古はなんとかそれを口にすることができた。

中学校の卒業を間近に控えた純情な少年にとっては、声を出せただけでも、中々の快挙である。

 

 

「冗談です」

 

「あははは……」

 

 

どこかのお嬢様だと言われても驚かない、むしろそれが当然だと思わせるような気品というかオーラのようなものがある彼女が、そんなことを言うのが意外で、幹比古は苦笑いのようなひきつった笑みを返すことしかできなかった。

 

 

「こんな人気のないベンチで横になっていましたから、体調を崩されているのかと心配していましたが、大丈夫そうですね」

 

 

どうやら自分は体調を崩しているのでは、と思われるような状態だったらしい。

暖かな日差しを浴びて、つい寝てしまった、とは思われなかったようだ。

 

 

「あ、えっと、ありがとう、大丈夫、別に体調が悪かったわけじゃないから」

 

 

謝罪か、感謝か、返す言葉を少し考えて、言葉に詰まったが、もうそれほど緊張はしない。

相変わらず、心臓の鼓動は些か以上に早いが、話せない程ではなくなっていた。

 

 

「入試で今日は都内のホテルに泊まることになってて、チェックインまで時間があったからここで寝ていただけなんだ」

 

「……観光をしよう、とは思わなかったのですか?」

 

「ちょっとね……そんな気分じゃなかったんだよ」

 

 

 

観光、という程遠くからこの地に来ているわけではない、というのもあるが、やはり入試のことを考えると何をする気力も無くなる。

昔の自分なら問題なく合格できたであろうが、今の自分ではどう転ぶか分からない。

知識は死ぬほど詰め込んだし、ペーパーテストなら間違いなく合格ライン、しかし、魔法科高校では実技の成績が重要視される。

その実技が、今の幹比古には難題だった。

 

 

「そういう君はどうしてこんな公園に?いつも来るの?」

 

 

彼女がいつもこの公園に来るのだとしたら、こんな寂れた何もない公園でも一つの観光名所に成り得るのではないだろうか、と幹比古は本気でそんなことを考えながら、疑問を口にした。

 

 

「いえ……そんな気分だっただけです」

 

「そっか」

 

 

幹比古は少女の返しが面白くて、微笑む。

心なしか、気持ちも楽になった。

 

 

「僕は吉田幹比古、君は?」

 

「私は司波深雪と申します」

 

 

深雪の洗礼されたお辞儀に、幹比古は思わず背筋を伸ばした。

それに、くすり、と笑いを漏らしたのは深雪だ。

 

 

「そんなに緊張されているんですか?明日の入試」

 

 

深雪は幹比古が何に緊張しているのか、分かった上でそう訊ねた。

初々しい幹比古の反応が、なんだか新鮮だった。

 

 

「うっ……にゅ、入試は緊張していないさ!緊張はしていない……」

 

 

緊張はしていなかったが、不安ではあった。

ここで落ちてしまえば、もう魔法師としての道は絶たれてしまうのかもしれないのだから。

魔法師としての生き方しか知らない幹比古にとって、それは死刑宣告に等しい。

まるで、裁判の判決を待つような気分だった。

 

 

「私も、明日入試なんです」

 

「え、それじゃ?」

 

 

明日、入試があるのは、この辺では一つだけだった。

つまり、国立魔法大学付属第一高校だ。

 

 

「ええ、私も一高を受験するんです」

 

 

一高を受験する、ということは魔法師として、それなり以上のエリートだ。

この容姿に、それだけの才能、神に愛されている、むしろ女神なのかと、幹比古は段々と変な方向に思考をシフトしていく。

 

 

「明日入試なのに、こんな公園にいていいの?」

 

 

それは単純な疑問であったが、深雪はそれに呆れ顔だった。美少女はどんな表情をしても美少女なのだ、という真理を、幹比古は学んだ。

 

 

「それは貴方もではないですか?」

 

「あ、そうだった」

 

 

自分のことを棚にあげて、他人の心配をしているのだから、それは呆れられるだろう。

 

 

「そんな覇気のないことでどうしますか、それでは受かるものも受かりませんよ!」

 

 

彼女から叱責されると、不思議と今こうしていることが悪いことのように思えた。

ここで何もせずにいるくらいなら、少しでも練習をするべきなのではないかと、そんな気が。

 

 

「そうは言うけど、君だってこんなところで暇しているじゃないか」

 

「ひ、暇ではありません、お散歩です」

 

「それ、世間一般では暇って言うんじゃない?」

 

「う」

 

 

言葉を詰まらせた深雪に、何故か勝ったような気になる幹比古。

得意気な顔をしていたのか、深雪がじとっと幹比古を睨む。

 

 

「家に居づらかったのですから、仕方がありません」

 

「んー、その気持ちは分かるかな。ぼくがわざわざ入試のためにホテルに泊まるのも、家に居づらいからだし」

 

 

家にいては、小言を言われるか、無駄なプレッシャーを押し付けられるだけ。

入試前日くらい、リラックスしたい、とホテルに泊まることにしたのだ。

深雪の気持ちは痛いほどよく分かる。

 

 

「そうです、私だって、明日入試なんですよ!なのにお兄様は――」

 

 

どうやら深雪の、禁断の箱を開けてしまったらしい幹比古は、そこから、名も知らぬ、深雪の『お兄様』と彼女の生活について愚痴を聞くことになる。

 

曰く、たまの休日は二人でずっと勉強、私も混ざりたい

 

曰く、彼女がお兄様の膝枕で眠る、私もやりたい

 

曰く、彼女の手料理をお兄様が美味しそうに食べる、私も作りたい

 

 

「えーっと、つまりもっと構って欲しいってこと?」

 

「なっ!貴方は一体何を聞いていたのですか!」

 

 

話を聞いていると、深雪はかな……少々ブラコンのようで、しかし、その兄の彼女のことも嫌いではないらしい。

どの話でも、悪口という悪口もなく、結局は、『私も~』という感じで終わるのだ。

ああ、もっと構って欲しいのね、というのが幹比古の感想だったのだが、深雪はお気に召さなかったらしく、頬を膨らませた。

 

 

「もう知りません!」

 

 

顔を真っ赤にして、プイッと顔をそらす深雪は大変可愛らしいのだが、このまま、というわけにもいかないだろう。

 

「ごめん、ごめん」

 

 

幹比古が形だけの謝罪をすれば、本当に反省していますか、とばかりの不満気な顔をしつつも、顔を向けてくれた。謝罪は受け入れてくれるようだ。

 

 

「私のことばかりですから、今度は貴方のことを聞かせてください」

 

 

これ以上ボロが出る?のを防ごうというのか、単に話題を変えるためなのか、そう深雪に提案され、幹比古は自分のことを語った。

 

事故で魔法が思い通りに使えなくなったこと。

そのせいで家に居づらくなったこと。

努力しても、昔のようには戻れないこと。

 

 

誰にも話したことはなかった。

話せるような友人もいなかったし、話すことを幹比古のプライドが許さなかったからだ。

それが、どういうわけか、するすると口から溢れた。

 

 

「魔法は、才能が必要な技術かもしれません。生まれた時点で、使える者と使えない者がいるわけですから」

 

 

幹比古が生まれたのは、神道系の古式魔法を伝承する古い家系である精霊魔法の名門、吉田家。

神童と持て囃される程度には、才能があった。

 

 

「それでも、才能が全てではないのです。他のスポーツや勉強と同じように努力は裏切りません」

 

 

努力しても、昔のようには戻れなかった。

本当に?今の自分は昔に劣っているのか?努力した意味はなかったのか?

 

 

「貴方は……少なくとも魔法の才能を持っているのですから、今は少し立ち止まっていても、きっとまた進めますよ」

 

 

また進める。

そうだ、過去の自分を追いかけるのでは向上しないのは当たり前だった。

後ろを振り返ってばかりで、進めていなかった。

 

 

 

「ありがとう……凄いな君は……本当に」

 

 

何も見えていなかった。

失ったものにばかり目を向けていて、先に何があるかなんて、考えもしなかった。

今ある自分が許せなくて、どうしようもない自分が嫌で、でもそれは変わることを恐れていただけだったのかもしれない。

神童と呼ばれていた自分を取り戻せなくなることを。

 

 

 

「いえ、私は知っていただけです。魔法の才能がなくとも、努力して、他の技術や知識で補い、常に進んでいく……そんな尊敬すべき人を」

 

 

そう語った、深雪の瞳は、叶わぬ何かを願うように、掴めぬ憧れを羨望の眼差しで眺めるように、どこか遠くを見つめていた。

 

 

「……そろそろ私、帰りますね。散歩にしては随分と時間が経ってしまいましたから」

 

 

言われてみれば、もう二時間近くも話していたようだった。確かに、散歩、というには長い時間だろう。

 

 

「また今度、話を聞いてもらっても良いかな」

 

「ええ、私でよければ」

 

「ありがとう、あ、そしたら連絡先を交換しようか。僕、実家が少し遠いから、またこの公園で、ってわけにもいかないしさ」

 

 

深雪のような美少女と話をするためならば、海外からでも飛んで来る、という男はいくらでもいそうなものだが、この便利な時代にはどれだけ遠くの人間とでもお話をすることができる、文明の利器があるのだ。

勇気を振り絞って連絡先を訊いた幹比古は心の中で自分に拍手を送る。

 

 

 

 

「いえ、止めておきましょう」

 

 

 

しかし、にっこり笑みで断られ幹比古は一瞬、視界が真っ暗になった。

 

女子から断られ、かなり傷ついたが、よくよく考えたら、如何にもお嬢様な深雪が、今日会ったばかりの男子に連絡先を教えたりはしないだろう。

 

 

「だって、貴方が合格したらまた会えるじゃないですか」

 

 

幹比古はそう言って去っていく深雪を、しばらく見送って、またベンチに寝転がった。

 

 

「自分が落ちることは考えていないんだな……」

 

 

視界に広がるのは同じ青空のはずだ。

なのに今は、澄み渡る青が美しく、暖かな日差しが心地良い。

 

 

 

 

 

 

「一高、合格したいな……」

 

 

この短くて、大きな出会いが、幹比古の何かを、大きく変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、入試の時にばったり会ってしまい、恥ずかしかったことはお互いに無かったことにした。




(*`Λ´*)美月「む、なんだか無性に誰かを殺さなくてはならないような気がしたんだけど……気のせい?」

( ̄ω ̄;)達也「何を訳の分からないことを。そんな暇があったら一問でも多くの問題を解け」



(*´ω`*)美月「達也さん、達也さん、ぼくもう休みたい」

“〆(^∇゜*)達也「そんな美月に朗報だ。それを全て解き終わらない限り、お前に休息の二文字はない」

(つд;*)美月「……知ってた」




(´・ω・`)達也「そして、一問ミスする毎に仕事を一件増やしていくから」

Σ(;´□`;)エッ 美月「それは知らなかった!?えっ、達也さんぼく死んじゃう!」

(°∀° )ニヤニヤ達也「さて、何問ミスするか楽しみだ」

Σ(゜Д゜)タツヤサーン!?美月「達也さーん!?」




結局、三問間違えた美月さんであった。


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