美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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第四十三話 女の戦い~愛梨の勝機~

このキャビネットから、一刻も早く降りたい、達也はそう願わずにはいられなかった。

誰一人として、口を開こうとはしない、無言の空間。いつも一人、ハイテンションの美月でさえ、深雪から本気の無視をされて相当こたえているのか、無言を貫いている。誰でも良い、何か話してくれ、という達也の念が通じたのかどうかは定かではないが、ついに、無言だった美月が口を開いた。

 

 

「……愛梨、今日の夕食の予定は決まってる?」

 

「いえ、まだ決めてないけど……」

 

 

突然、何の脈略もなく、夕食の話など持ち出されても、別のことで頭がいっぱいの愛梨にはその意味を考える余裕もない。

ただ、聞かれるがままに答えたのだが、美月の表情は明るくなった。

 

 

「じゃあ家で食べていきなよ、ぼく頑張っちゃうから!」

 

 

えっ、美月料理できるの、という言葉は、ギリギリのところで飲み込んだ。

そんなことを口にしていたら、美月は拗ねて、面倒くさい構ってくださいモードに移行し、愛梨はしばらく美月に付きっきりになっていたことだろう。

 

 

「良いの?ご迷惑にならないかしら」

 

 

愛梨は一人暮らしを始めたばかりだ。

正直なことを言うと、愛梨がまともに料理を始めたのは一人暮らしを決めてからで、具体的な期間で言えば、半年間にも満たない。

それでも、ロボットが一般家庭にも普及している今の時代、半年間という浅い料理経験しかなくとも、一人暮らしには困らないし、不便はない……ないのだが、自分の作った料理がロボット以下なのが明らかで、それは愛梨のプライドが許さなかった。

だから今も毎日出きる限り自分で料理をするようにして、日々精進しているわけだが、自分と同年代の女子がどれくらい料理を出来るのか、というのは常々気になっていたことだった。

ロボットの普及により、母の手伝いをする娘、という光景が台所から消えつつある現代では、料理が出来る女子高校生は、意外と少ない。特に、愛梨のような名家のお嬢様は。

実際、愛梨の親友である二人は、

 

――料理?計算と分析でどうとでもなるわ、やったことないけど

 

――鍋に入れてかき混ぜれば大体のものは出来るじゃろ、火が通っていれば食べられないものはそうはあるまい

 

と、料理の出来ない大多数に分類されていた。

 

だから、美月の料理は気になるし、今日の夕食の予定は決まっていなかったのだから、美月の招待を受けることは吝かではないのだが、愛梨はご両親に迷惑ではないのか、と考え、一度美月に聞いてみたのだ。

まだ出会って二日目の私が家にお邪魔して良いのか、ということなのだが、この疑問は愛梨の家柄の良さゆえだった。

愛梨の家では実家に上げる友人は、しっかりと『調査』した上で安全と確認された者だけだったし、実際家に上げたことがあるのは親友の二人だけだ。

愛梨には普通の家柄の友人がいなかったがために、この辺の事情が良く分かっていなかった。

 

 

「全然!どうせ作るのはぼくだし、一人二人増えたところで手間は変わらないよ。それに、母さんは仕事があるから部屋で食べるし、父さん今日帰ってくるの夜中だから」

 

 

「本当に?じゃあ御相伴に預かろうかしら」

 

「やった!」

 

 

イライラ、イライラ。

兄の前でなければこの胸に燻っている何かをきっと吐き出してしまったかもしれない。

しかしそれは、ほとんど揺れもしないはずのキャビネットが震えているのではないか、と錯覚するほどの見えない圧力となって、深雪から放出されていた。

 

 

「どうかした?深雪」

 

「……なんでもないわよ」

 

 

美月に心配されたことが、どうしてか無性にイラついた。素っ気ない、というより、棘のある返事になってしまったのは無意識のことだった。

 

 

「愛梨ー、深雪が冷たいよ」

 

 

シクシクと泣き真似をしながら抱きつく美月を、仕方ないなとばかりに、撫でる愛梨。

深雪は何故か思った。

見せつけられている、と。

 

 

「深雪は何を怒っているのさ、ぼく何かしたっけ」

 

愛梨に抱きついたまま、本当に分からないとばかりの顔で美月が訊ねる。

実際、美月には心当たりがなかったし、ドロップキックのことだとしても、いつもの怒り方ではないような気がする。

以前、達也の『再成』について初めて達也から聞かされた時、とりあえず達也を全力で蹴り飛ばしてみたのだが、当然深雪から烈火の如く怒られた。

怒られたのだが、今回の感じとは違う気がした。

 

 

「別に怒っていないわよ」

 

「目も合わせてくれないのに?」

 

またも素っ気ない態度の深雪に、いよいよ涙目になった美月。

流石にばつが悪くなったようで、深雪は少し押し黙った後、小さな声で呟く。

 

 

「……目があったら妊娠してしまうもの」

 

「しないよ!?ぼくをなんだと思ってるの!?」

 

 

涙目のまま、美月は深雪を問い詰めるが、返事はない。深雪は美月から目をそらすように、横を向いたままだ。

 

 

 

「えっ何、深雪は本当に今までぼくをそんな風に思ってたの!?」

 

「そんなことはございませんよ、美月さん」

 

「美月さん!?出会った当初より他人行儀なんですけど!?」

 

 

愛梨は何となく、深雪が美月に怒っている理由が分かった。先程からチラチラと感じる深雪の視線は、愛梨が達也の隣に座る深雪に対して同じようにチラチラと送ってしまっていた視線と同じもの――つまりは嫉妬。

何もかもが自分を勝っていて、今でも虚勢を張っていなくては気持ちが沈んでしまうような、そんな深雪が自分に嫉妬している。その嫉妬が美月への怒りへと変わっているのだ。

深雪に対して一方的に敗北感を感じていた愛梨は、少しくらい仕返ししたってバチは当たらないわよね、と自分を正当化してから、美月を抱き寄せ胸に抱いた。

 

 

「良いじゃない、美月には私がいるでしょ」

 

「愛梨~!」

 

 

感動した、とばかりに愛梨の抱擁を噛み締めている様子は深雪には鼻の下を伸ばしているようにしか見えなかった。

そして、勝ち誇ったような愛梨の顔。

今度は深雪の勘違いではなく、完全に見せつけている。

 

 

「今日は愛梨の好きなの作ってあげるね!何が良い?」

 

 

そんな深雪の気持ちを知ってか知らずか、美月は、はしゃいだようにそう愛梨に訊いた。

 

 

 

「……笑わない?」

 

「うん」

 

 

何故か躊躇う愛梨に、美月は首を傾げつつも頷いた。

 

 

「……ハンバーグが良い」

 

「あはは、可愛い!うん、ハンバーグにしようか!」

 

 

恥ずかしそうに、小さな声で言った愛梨のリクエストを、美月はついさっき約束したことを反故にして、笑いながら了承した。

 

 

「わ、笑わないって言ったのに!」

 

「良いじゃん、可愛いよ、ハンバーグ」

 

「もう!」

 

約束を反故にされることは想定内だったのか、愛梨の言葉は、やっぱり、というニュアンスが強かったが、顔を赤くしており、可愛らしい。

美月はその可愛らしさを引き出すように、意外と子供っぽかった好物、――愛梨もそれを自覚していたから言いたくなかった――ハンバーグ、と言いながら愛梨がプイッと顔を背けるまで、頬をつついた。

 

 

「…………」

 

 

イライラ、イライラ。

兄の手前、表情は取り繕っているが、全身から不機嫌なオーラを出している深雪。

それを見て、愛梨は思う。――勝った、と。

何の勝負なのかは不明だが、とりあえず愛梨は深雪に勝った。その事実が愛梨をより高みへ、もっとフランクな言い方をするならば――調子に乗らせていた。

 

 

「愛梨、帰りに買い物いこうね」

 

「いいわよ、()()で行きましょう」

 

 

勝ち誇った顔のまま、仲睦まじい様子で美月の頭を撫でている愛梨のそれは、完全に挑発であった。

何を競っているのか変わらず不明だが、二人の世界では確かに愛梨が優勢のようで、深雪は悔しそうな顔をしている。

その悔しそうな顔が愛梨を満たし、深雪を益々イラつかせる。

美月に怒っている、というスタンスを一度取ってしまった以上、ここでそれを覆すことはできない。深雪はただひたすらに耐えるしかないのだ。

 

 

――まだ着かないのかっ!?

 

 

そしてここにもまた、耐える者が一人。

愛梨が達也のことを忘れているように、達也もまた、愛梨への対処なぞ忘れて、ただひたすらに、キャビネットの到着を待った。

隣の深雪はいつ爆発してもおかしくはない。

何故、美月はこの変化に気がつかないのか、と達也は一人、戦々恐々としていた。

美月を争って?起きているらしい、深雪と愛梨の争いは、深雪の防戦一方であり、ただでさえ溜まっていたフラストレーションが、破竹の勢いで増加していく様は、いつ爆発してもおかしくない爆弾を隣にしながら、何も出来ずに眺めているに等しい。

 

そして、こういう状況で、平然と火に油を注ぐのが美月なのである。

 

 

「そういえば、達也、いきなり二人も女子の友達作っちゃって、高校入学早々やるね!ほのかちゃんも、達也のことかっこいいって言ってたよ?」

 

 

なんてことを!と叫ぶことも、表情に出すこともなく、なんとか堪えた達也は、一見平然としつつも、冷や汗を流さずにはいられなかった。

隣から、轟々と荒ぶる吹雪を感じたからだ。季節は春、しかし達也はもう何度かこの感覚を味わっていた。

そして、この後にくる言葉は決まって――

 

 

「お兄様?」

 

 

――この天使のような、されど悪魔も逃げ出すような、笑みと共に告げられる死刑宣告(お兄様)

 

 

深雪の溜まっていたフラストレーションが良い捌け口見つけたのと同時に、静かにキャビネットの扉が開いた。

それはつまり、目的の駅に着いた、ということなのだが……達也はあんなに願った到着が、忌々しく思えて仕方がなかった。

 

 

「じゃあ二人共、また明日!」

 

「では失礼します」

 

「……ああ」

 

 

去っていく二人に、力無く返事をした達也の手を握って、深雪は言った。

 

 

 

「お兄様、私たちも帰りましょうか」

 

 

――お話は帰ってからゆっくりと

 

 

そんな声が聞こえたのは、きっと達也の幻聴ではなかった。




―別のキャビネットにて―

( ̄▽ ̄;)エリカ「美月ってとんでもない奴ね、ドロップキックよ、ドロップキック!達也くん死んだんじゃないかと思ったわ」

(;・ω・)エイミィ「あははは……確かに驚いちゃった。いきなり飛び出したと思ったら凄い速さで飛んでっちゃうんだもん」

(☆ω☆*)未亜「ドロップキックって、練習すれば私でも出来るでしょうか!」

Σ(゚Д゚;ナンデヨ!? エリカ「ちょっと未亜、何目を輝かせんてのよ!?」

ヽ(*゚∀゚)ノ未亜「美月さん格好良かったですよね!私も堂々とドロップキックが出来るような人間になりたいです」

ヾ(*`Д´*)ノ"エリカ「この娘他人に影響されやすいわね!?堂々とドロップキックなんてしちゃダメだからね!?達也くんじゃなかったら、結構ヤバかったわよ!?」

“〆(^∇゜*)♪未亜「じゃあ司波くんにやれば良いんですね!」

Σヽ(`д´;)ノエリカ「そういうことじゃないわよ!」



(;´∀`)エイミィ「……エリカも大変だね」






(つд;*)レオ「(この空間に一人はきちーよ……)」



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