美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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第六十四話 新競技と推薦

魔法大学付属高校にとって、夏の九校対抗戦は秋の論文コンペティションに並ぶ一大イベントだ。

イベントとしての華やかさでは論文コンペを大きく引き離すナンバーワンイベントと言える。

 

九校戦はスポーツタイプの魔法競技による対抗戦。

 

魔法競技として有名なものが多く採用されており、第一高校にも各競技のクラブが存在するが、学校同士の対抗戦という色彩が強い九校戦の出場選手はクラブの枠組みを超えて全校から有望な選手が選び出される。

実際、会長である真由美や摩利は競技の部活動には所属していないが、九校戦に一度出場すればどこからともなくファンが押し寄せる有名選手だ。

こうした性質上、学校全体として選手を募るため、九校戦の準備は部活連ではなく生徒会が主体となって行われるのであるが、その生徒会が活動している生徒会室は現在、お通夜のような静けさと重さで、いつもの活気はない。

 

「……だからといって、各クラブの選手(レギュラー)を無視するわけにもいかないし、選手を決めるだけで一苦労なのよね……」

 

「それに加え今年は競技の変更が著しいからな……どこの学校も今頃頭を悩ませているだろう」

 

昼休み。

活き活きとした笑顔が魅力の真由美も、今日はどこか、精彩を欠いていた。

弁当箱に箸を伸ばす手も、心なしか勢いが無い。他の役員と違い、各方面の面子を考えたりと、事務仕事だけではすまない生徒会長は、普段のお気楽そうな佇まいからは窺い知れない気苦労があるのだろう。

 

「ほとんどの選手は十文字くんが協力してくれたから、何とか決まったんだけど……」

 

「問題は新競技(・・・)、か」

 

「そ、新人戦だけに試験的に導入された新競技。と、言っても片方は(・・・)考えたところでどうにもならないのよね」

 

「そうだな、なんせそっちの(・・・・)新競技は――当日までその競技が明かされないのだから」

 

 

今日の昼食会は、真由美による、延々と続く愚痴の独演会の様相を呈していた。そうして愚痴を漏らすことで真由美もいくらかいつもの調子を取り戻していたが、しかし、決して問題が解決したわけではなく、ネガティブな話題は尽きない。何せ、それを聞かされるのも真由美と同じく苦労を強いられている生徒会の面々が殆どであるため、明るい話題などあるわけもなく、空気は重くなる一方だった。

 

「はあ、もう新競技については天に任せるしかないとして、選手以上に問題なのはエンジニアよ……」

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

摩利の問い掛けに、真由美は力無く頷いた。

 

「ウチは魔法師の志望者が多いから、どうしても実技方面に優秀な人材が偏っちゃってて……今年の三年生は、特に、そう。魔法工学関係の人材不足は危機的状況よ。二年生はあーちゃんとか五十里くんとか、それなりに人材がいるんだけど、まだまだ頭数が足りないわ……」

 

「五十里か……あいつも専門は幾何の方で、どちらかと言えば純理論畑だ。調整はあまり得意じゃなかったよな」

 

「現状は、そんなこと言ってられないって感じなの」

 

深刻さの度合いを測るにしては、些細なことかもしれないが、どちからというと率先して明るい雰囲気を作り出している真由美と摩利が二人揃ってため息をついているという珍しい光景が、事態の深刻さを如実に物語っていた。

 

「私と十文字くんがカバーするっていっても限度があるしなぁ……」

 

「お前たちは主力選手じゃないか。他人のCADの面倒を見ていて、自分の試合が疎かになるようでは笑えんぞ」

 

真由美の言葉に摩利が真剣な口調で言うと、真由美からじとっとした目を向けられる。しくじったと摩利が気がついた時にはもう遅い。

 

「……せめて摩利が、自分のCADくらい自分で調整できるようになってくれれば楽なんだけど」

 

「……いや、本当に深刻な事態だな」

 

疲労の故かそれ以外の要因もあるのか、いい感じに据わった真由美のじとっとした眼差しから、摩利は空々しく顔を背けた。口笛でも吹きそうな程に明後日の方を見ている摩利の姿は、あまり格好いいものではない。

 

この昼食会には、美月も参加することが多いのだが、今日は愛梨やエイミィと食べる日であり、この場にいなかったのが悪かった。

美月の良くも悪くも周囲の人間を巻き込むタイプの空気ブレイカーが、これほど必要な状況も珍しいだろう。

生徒会室は、本格的に、精神衛生上好ましくない雰囲気になってきてしまったのだ。

 

それを敏感に察知した人間が一人。

 

いつものごとく、男女比の著しく偏った生徒会室で息を殺してガールズトークに相槌を打っていた達也は、不穏な雰囲気に、ここから逃げ出すべく深雪に目配せして意思の疎通とタイミングを計った。

 

「ねえ、りんちゃん。やっぱり、エンジニアやってくれない?」

 

九校戦前の修羅場で、昼休みも生徒会室に釘付けの鈴音に、真由美から何度目かのアプローチが飛んだ。猫なで声でのお願いは美月ならば飛び付いただろうが、美月がクールビューティーと称する鈴は表情一つ変えること無く首を横に振った。

 

「無理です。私の技能では、中条さんたちの足を引っ張るだけかと」

 

何度目かの、すげない謝絶に真由美は沈没する。クールな受け答えは事務的でそこに、すっかり意気消沈してしまっている真由美への情は一切感じられない。

その対応に真由美が拗ねモードに入ろうとしているのを感じ取った達也は、絡まれる前にさっさと退室しようと、深雪とアイコンタクトをとって、腰を浮かせ――かけたが、それをするには少し遅かった。

既に事態は致命的に達也の望まぬ方へと進んでいたのだから。

 

「あの、だったら司波君がいいんじゃないでしょうか」

 

「ほぇ?」

 

あずさが、なんでもないことの様に言った言葉に、テーブルに突っ伏していた真由美が、顔だけを上げて何語か分からない奇妙な応答を返した。

 

「深雪さんのCADは、司波君が調整しているそうです。一度見せてもらいましたが、一流メーカーのクラフトマンに勝るとも劣らない仕上がりでした」

 

真由美が勢い良く身体を起こした。

最初の気の抜けた返事が嘘のように、真由美の顔に生気が戻った。

それは達也にとっては明らかに良くないものだった。

 

「盲点だったわ……!」

 

獲物を見つけた鷹のような視線が、真由美から達也へ向けられた。それは以前風紀委員に勧誘された時と同様のもので、達也はそれだけで、半場、諦めの境地に至った。

 

「そうか……あたしとしたことが、うっかりしていた。そういえば委員会備品のCADも、コイツが調整していたんだったな……使ってるのが本人だけだから、思い至らなかったが」

 

そこに摩利まで加わっては、最早逃れようも無いだろう。水を得た魚のように復活したこの二人を前にして戦う術を達也は持ち合わせていない。そもそもこの二人とまともに戦い、逆に陥れられるのは、達也の知る限り美月だけである。

が、一方的にやられるわけにもいかないため、一応無駄な抵抗は試みることにした。

 

「CADエンジニアの重要性は先日委員長からお聞きしましたが、一年生がチームに加わるのは過去に例が無いのでは?」

 

「何でも最初は初めてよ」

 

「前例は覆す為にあるんだ」

 

 間髪を入れず、何やら過激な反論が返って来た。二人の目が据わってる。この二人はどこか単純なところがあり、一度思い込むとそこに突き進むタイプだと言うことは分かってはいたが、この即答には流石の達也も呆れるしかなかった。

この調子ではやはり回避は難しいだろうと確信したが、言えるだけのことは言っておこう、と達也は発言を続ける。

 

「……進歩的な(・・・・)お二人はそうお考えかもしれませんが、他の選手は嫌がるんじゃないんですか?

CADの調整は、ユーザーとの信頼関係が重要です。CADが実際にどの程度の性能を発揮するかは、ユーザーのメンタルに左右されますからね。

一年生の、それも二科生、しかも俺は不本意ながら、色々と悪目立ちしてますし、選手の反発を買うような人選はどうかと……」

 

今度は真由美と摩利が呆れる番だった。

ペラペラといかにもな口調で話すそれは、一見もっともらしい達也の意見だが、口で何と言おうと、厄介事はお断りだ、という達也の本音は見え透いていた。

それに――

 

「わたしは九校戦でも、お兄様にCADを調整して頂きたいのですが……ダメでしょうか?」

 

――ユーザーとの信頼関係というのなら、胸焼けするくらい熱いものがあることを、二人は知っていた。

この展開になれば、援護射撃、それも達也にとって決定打となる絶対の一撃がくるであろうことは、簡単に予想できる。

二人は顔を見合わせてニヤリっと笑うと、嬉々として追い討ちを掛けた。

 

「そうよね!やっぱり、いつも調整を任せている、信頼できるエンジニアがいると、選手として心強いわよね、深雪さん!」

 

「はい。兄がエンジニアチームに加われば、わたしだけでなく、光井さんや北山さんも安心して試合に臨むことが出来ると思います」

 

「だそうだが、達也君。まさか君ともあろう人間(シスコン)が大事な妹からこうまで言われて断るなんてことはないよな?」

 

チェックメイトだった。

もはや逃げ道は完全に塞がれていて、目の前には、ようこそとばかりに手を広げている悪い先輩方の姿と嬉しそうにする妹の姿。

 

達也にはもう頷くしかなかった。

 

「ありがとう達也くん!一応、部活連本部で今日の放課後、九校戦準備会合をやるからそこで正式に決定ということになると思うわ。大丈夫、あーちゃんのお墨付きがあるのだから胸を張って行きましょう」

 

その九校戦準備会合とやらで、どうしたって厄介事に巻き込まれる、というか当事者になってしまう未来しか見えない達也だったが、次の真由美の一言で面白いことを思い付く。

 

「はぁ、これでやっと一人確保。でもまだ後、一人か二人は欲しいのよね。なるべく、一人で何人も担当するようなことは避けたいし、かといって技術のない人に任せるわけにはいかないし」

 

「――会長、一年生で良ければ、あてがありますよ」

 

「え!?本当に!?」

 

「ええ、それも調整に関して言えば俺より高い技術を持っていると思います」

 

「嘘!?もうっ、そんな人がいるならもっと早く言ってくれればいいのに!それで、どなたなのかしら?」

 

ワクワク、と達也を見つめる真由美に達也はニヤッと笑いながらその名前を口にした。

 

「1-Bの柴田美月ですよ」




――そのころの美月さん――


( ゚д゚)ガタッ 美月「今なんか絶対悪いことが起きてる!」

(゜-゜)ナニナニ 愛梨「急に立ち上がってどうしたの?何もないわよ」

(ーдー)ハァ エイミィ「愛梨、美月の行動にいちいち反応してたら疲れちゃうよ?」

(・ω・)タシカニ 愛梨「それもそうね、美月ですものね」

(( ;゚Д゚))ェエエ 美月「二人とも何普通に食べ始めてるの!?ぼく流さないよ!?その言い方だとぼく、変人みたいじゃん!」

(。・ω・。)? 愛梨・エイミィ「「えっ、そうだよ?」」

(つ﹏<)・゚。ブワッ 美月「否定して欲しかったな!」




明日も0時に投稿します。


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