美月転生。~お兄様からは逃げられない~   作:カボチャ自動販売機

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第六十七話 実力チェック③

起動式には手を加えない、という条件だったので、調整は、見物人にとっても、呆気なく感じるほどの手際で、すぐに終わった。

 

そうして作業が完了するとテストはすぐに行われた。

 

服部が少しの間目を瞑った後、CADを起動させる。

達也が調整したCADは、事故も事故未満の不都合も、何も起こすことなく、服部愛用のデバイスと全く同じように(・・・・・・・)作動した。

 

 

「服部、感触はどうだ」

 

「問題ありません。自分の物と比べても、全く違和感がないです」

 

 

克人の問い掛けに、服部は即答した。

それが正当な評価であることは、この場にいる者ならば、魔法の発動状態を見るだけで理解できた。

ただ、魔法をスムーズに発動できた、というある意味平凡な結果以上のことは、見ているだけでは分からない。

 

 

「……一応の技術はあるようですが、当校の代表とする程のレベルには見えません」

 

「仕上がり時間も、平凡なタイムだ。余り良い手際とは思えない」

 

「やり方が変則的ですね。それなりに意味があるのかもしれませんが……」

 

 

案の定、まず出て来たのは、地味な結果に対する否定的な評価だった。生徒会長直々の、しかも特例的な推薦ということで、無意識のうちに目を見張るようなハイレベルの技量を期待していた反動でもあった。実際は人員が足りずに、無理矢理捩じ込まれただけなのだが。

 

 

「わたしは司波君のチーム入りを強く支持します!

彼が今、わたしたちの目の前で見せてくれた技術は、高校生レベルでは考えられないほど高度なものです。オートアジャストを使わず全てマニュアルで調整するなんて、少なくともわたしには真似できません」

 

 

それに猛反発して見せたのはあずさだった。いつもの気弱な佇まいが嘘のように、熱く語るあずさの姿は中々に珍しい。

デバイスオタクを暴走させていない時に限るが。

 

 

「……それは確かに高度な技術かもしれないけど、出来上がりが平凡だったら余り意味は無いんじゃあ……?」

 

「見かけは平凡ですけど、中身は違います!あれだけ大きく安全マージンを取りながら、効率を低下させないのは凄いことなんです!」

 

「中条さん、落ち着いて……不必要に大きな安全マージンを取るより、その分を効率アップに向ける方が適切だと僕は思うけど? 」

 

「それは……きっと、いきなりだったから……」

 

だが元々弁が立つ方ではないのか、勢いが尻すぼみになってしまう。が、涙目のあーちゃん先輩可愛い!という美月の発言が摩利の拳骨によって、あずさの耳に届くことがなかったのは幸いだろう。

 

「服部のCADは競技用の物よりハイスペックな機種なんでしょう?スペックの違いにも拘らず、使用者に違いを感じさせなかったって言うなら、それで合格にして良いような気がしますが」

 

「私も彼の意見に賛成です。実際使ってみて、スペックの違いは全く感じませんでしたし、この技術は高く評価されるべきだと思います。ですので、私は司波のエンジニアチーム入りを支持します」

 

達也に好意的だった二年生の一人が感想を口にすると、実験台となった服部が援護する。

 

「はんぞーくん?」

 

 

それに意外感を示したのは真由美だけではなかっただろう。実際、この場にいる全員が、服部を意外そうに見つめた。

 

「九校戦は、当校の威信を掛けた大会です。肩書きに拘らず、能力的にベストのメンバーを選ぶべきでしょう。実際に体験して分かりましたが、全く違和感がない程の司波の調整はレベルの高いものと判断せざるを得ない。

候補者を挙げるのにも苦労するほどエンジニアが不足している現状では、一年生とか前例が無いとか、そんなことに拘っている場合ではありません」

 

所々に垣間見える棘が、服部の本音を雄弁に物語っていおり、それが逆に、服部が達也のチーム入り支持に転じたという事態を、この場の雰囲気を変えるのに十分なインパクトにしたのだろう。

 

「服部の指摘はもっともなものだと俺も思う。司波は、我が校の代表メンバーに相応しい技量を示した。俺も、司波のチーム入りを支持する」

 

そこに克人の支持が加われば、大勢は簡単に決した。

 

こうして達也のエンジニアチーム入りが決まったのである。

 

 

 

 

「はあ、だから達也の後は嫌だったんだよね。絶対空気悪くなるって分かってたもん」

 

完全に沈黙してしまった空気の中で、美月は滞りなく調整機の立ち上げを終えた。摩利が心底意外そうにそれを見ていたことを美月に悟られなかったのは幸いだっただろう。

 

「おいおい、そんな憂鬱そうな声を出すな、不安になるだろ」

 

機械を挟んで、その向かい側に座る桐原の顔は見れないが、こうして態々声に出すということは余程不安だったのだろう。流石に、未だ想い人に想いを告げられずにいるへタレはやることが違う様だ。

 

意外にも調整機の立ち上げ段階から、計測準備までの手順を流れるようにこなした美月は、桐原の声に、はいはい、と適当な返事をして、真由美に言う。

 

「条件って達也と同じで良いんですよね?」

 

「ええ、競技用CADに桐原君のCADの設定をコピーして、即時使用可能な状態に調整する、但し起動式そのものには手を加えない、の二つよ」

 

「了解です、ぼくは安全マージンとか最低限しか取らないですけどね」

 

「安全第一で!司波方式でお願いします!」

 

桐原の言葉を当然のように無視して、美月は作業を開始する。桐原から借りたCADを調整機に接続し、設定データを抜き出すと、達也と同じように設定データをそのまま競技用デバイスにコピーせず、調整機に作業領域を作って保存した。

 

「おいお前、まさか見よう見まねでやってないよな!?」

 

「そんなことするわけないじゃないですか!ぼくは達也から調整を教わったので、基本的に達也方式なんです!」

 

失礼しちゃうな、と言いつつ、美月は桐原本人のサイオン波特性の計測を開始する。

桐原は、渋々美月の指示に従い、ヘッドセットを着け、両手を計測用パネルに置く。

傍目に分からぬほど微かに、緊張に強張っていたのは『ご愛嬌』だろう。別にヘタレなわけではないのだ。

 

 

「終わりましたよ。外しても大丈夫です」

 

美月の調整技術は全て達也から教わったものであり、当然ながら美月の手順は達也と同じ。

つまり、この後に行われる行程も同じなのだろう、と誰もが固唾を飲んでディスプレイを覗き込み――

 

 

「えっ?」

 

今度も声を上げたのはあずさだった。

そこにあったのは、達也の時の比ではない莫大な情報。高速で流れていく文字はディスプレイ一杯をぎっしり埋めており、辛うじて数字が読み取れていた達也の時とは違い、全く読み取れない。

 

「よーし、やるぞー」

 

文字の行進が止まると、美月は競技用デバイスをセットして、達也同様キーボードを叩き始めた。

やはり、いくつものウインドウが、開かれては閉じていくが、その中に、達也の時にはなかったものが、何度か開かれていることに気がついた者が何人いるだろうか。

 

しばらく、誰もが何の声も発っせないまま、その様子を見守っていると。

 

「完成、どうぞ桐原先輩」

 

調整が終わり、CADが桐原に渡される。

殆ど達也と同じやり方であったが、中身が伴っているかは分からない。

 

桐原は、若干ビビりながらも、美月が調整したCADを作動した。

 

「……マジかよ」

 

「桐原、どうした?」

 

作動してすぐ、桐原が困惑した様子で呟く。危険な実験であることを勿論承知していた克人が、すぐに、桐原へ訊ねる。が、返ってきた答えは、克人の思っていた回答とはポジティブな方に違った。

 

「問題がないどころじゃない。明らかに自分の物よりも使いやすいです。まるで、CADが体の一部の様だ」

 

桐原のそれが、後に桐原ワンパン事件と称させることとなる、四月の新入生勧誘期間に起きた剣道部のデモンストレーションでの出来事を知っているものならば(むしろ知らない人間の方が圧倒的に少ないのだが)、それが個人的な友誼に基づく過大評価ではないのだ、と理解できるだろう。

 

「……柴田さん、司波君は測定結果とコピー元の設定を記述した原データ、この二つのデータから完全マニュアル調整をしていましたが、貴女は、他にもデータを参照していましたね?」

 

それに気がついていたのは、あずさだけだった。一番近くで見ていたから、というわけではなく、初めからその可能性を考慮していたからこそ分かったことである。達也と同じ方法でより完璧な調整となると、もはや、参照するデータを増やし、よりストイックに調整することしかない、と考えていたのだ。

 

「はい、CADから設定データを抜き出した時に、一緒にCADの過去ログ(・・・・・・・・)も抜いておきました。それを二つのデータと組み合わせて調整しました」

 

「過去ログ、ですか?確かにCADにはログが残っているかもしれませんが、それは明確なデータとしては保存されていないはずでは?結果的に残ってしまったデータ、謂わば、OSに残ってしまったゴミの様なもののはずです」

 

「はい、なのでそのゴミの中から必要な情報を抜き出して、ワン……桐原先輩がどういうCADの使い方をしているのか、その癖をチェックしました」

 

意味が分からなかった。CADの過去ログ、なんてものは誰も気にしない、むしろ積極的に消去するデータだ。そこからどうやってたら癖をチェックできるというのか。

未だ、意味の分かっていないあずさに、これ以上何を話せば良いのか分からない美月は、周りをキョロキョロ見て、自分待ちの状況であることを知ると、涙目で言った。

 

「達也!」

 

「はぁ、美月は感覚的にやっていることなので、俺の方から説明します」

 

ぼくにはもう無理だよぉ、とちょっと泣きそうになっている美月にため息を吐くと達也は話し始めた。

 

「CADのOSに残されたゴミの中にある使用履歴、所謂過去ログから、その人間がどのように魔法を使うのか、つまりは好み、癖、というのを把握するというのは、普通無理ですが、美月の特技があれば、可能でしょう」

 

「特技、ですか?」

 

「美月はその人間を見ることで、体調や癖、身体能力などを見極めることができます。その特技と過去ログを合わせれば、CADをより、そのユーザーに合わせた固有の調整ができる、というわけです」

 

絶句、としか言いようがない。

もしそれが本当に可能なのだとすれば、測定結果の全てを、デバイスのキャパが許す限り、調整に反映させることが出来るだけでなく、その人間に今、最も適した、本当の意味でのオーダーメイド調整が可能となるのだ。

 

「中条、桐原の結果からもメンバー入りは問題ないと思うが」

 

「あ、はい!私も賛成です」

 

あずさを含めたエンジニアチームは、美月の滅茶苦茶な理論の元に展開される調整に絶句していたが、克人の一言によって、はっと現実に戻ってきた。

そして、あずさが賛成をすると同時に、次々と賛成の意見が出たことで、美月のメンバー入りが決まったのだった。

 

「お前、こんなの出来たならもっと早く言えよ」「ただのアホの娘じゃなかったんだな」「人間、やれば出来るって本当だな」「能ある鷹は爪を隠す、か。隠すにしても、もっと隠し方があっただろうに」

 

次々と風紀委員の先輩達が美月に一言ずつ言って去っていく。その、最後。

 

「ちょっと待って!?摩利さん混ざってるじゃないですか!最後!一番酷いし!」

 

「バレたか」

 

「なんでバレないと!?えっ、摩利さんぼくの頭が空っぽだと思ってるんですか!?」

 

「バレたか」

 

「摩利さん!?」

 

「冗談だ」

 

「酷い!でもドヤ顔、可愛いから許しちゃう!」

 

「抱きつくな!というかドヤ顔なんてしてないからな!」

 

この会議の後、美月と摩利が付き合っているという噂が広がったのは些細なことである。




―その後の摩利さん――


(゜ロ゜ノ)ノエェー 摩利「なんでこんなことになったんだ!」

(≧э≦)ラブ 美月「愛してますよ、摩利さんっ」

Σ(゜Д゜)エッ 摩利「美月!?」

(・ε・` )ウッソー 美月「冗談です」

( ; ゜Д゜)摩利「ふ・ざ・け・る・な」

(*´Д`*)ハァハァ 美月「あぅ!ごめんなさい!でも叩かれても好き!」

(# ゜Д゜)メッ 摩利「止めろ、もっと変な噂になるだろ!」


もっと変な噂になった。

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