四葉の騎士   作:相馬エンジェル梅太郎

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終幕

 「あ。っ。ぅぁ」

目覚めと共に、訪れたのは強烈な吐き気。だが、それも一瞬で消え去る。

見れば、真っ白な空間にいた。何もない。けれど、全てがある。

何も見えない。穢れのない純白は一種の恐怖に感じた。

心臓が大きく跳ねる。全く知らない場所なのに、酷く見覚えがあって。

ココニオレハダレカトイタ。オレジャナイオレガイタ。オレモイタ。

知らない知識が流れ込んでくる。こんな場所知らない。でも、知ってる。けど、分からない。理解が出来ない。

頭に流れる知識の全てが、知らない言語/言語の形態すら成していない/理解出来ない。

そんなもの理解出来るはずもない。それでも問答無用に、暴力的なまでに、流れ込んでくる。

強烈な頭痛/生命の維持すらも容易ではない。自我が崩壊する/魂の在りかが掴めない。

いや、そもそも魂の在りかなど知らない。いや、知っている。知っていた。

俺の本質は魂を××××こと/××××こと。

何も分からないのに、かつてない程頭が冴えている。自分が何であるかが、分かる。

全てが分かる/蜂の巣のように穴だらけの理解。

俺の名前は、××××。視界の先には、遠い姿。幻燈のような夢の形。体現者。

かつて自分が×××××/××した××××/×××××分身。

右手を伸ばす。伸ばせば届く。思えば届く。それがこの世の理。だが、消える。夢から覚めたかのように、呆気なく消える。

代わりに握った、焦げた××布。

そこに降ってきた1つの声。

「ちょっといいかなー?」

ソイツはこっちの悩みなど、まるっきり無視して飄々と話しかけてきた。輪郭すら朧げで、存在が異常なまでに希薄。死者に限りなく、近い生者。

「あれ聞こえてない?おーい」

ゆらゆらと鬱陶しい。こっちはお前に構っている暇などない。強く、限りない程強く睨み付ける。

「あれ?気づいてんじゃん!無視しないでよ!」

プンプンと、そんな場違いな擬音が聞こえて来そうな怒り方。

「あ、ああ。ごめん。混乱してたみたいだ」

「ううん。別にいいよー。今度はそっち(・・)が出て来たんだね。でも、もうあっち(・・)はいないのかな?さっきの別れちゃった方に、いたのかな?こっち(・・)にもいるみたいだけど」

何を言ってるのかさっぱりだ。でも、悪い奴じゃない気がする。本当にただの直感だけど。さっきまであんなに気が立っていたのが、馬鹿らしく思える。

「えー、と何を言ってるのかさっぱりなんだけど?」

「ああ。ごめんね。うん!やっぱり君しか来れないんだね!あっち(・・)はもう固まっちゃてるし。必要な部品だしね!うん!でも君はそっちの方がいいよ!怖い顔してる君は、あんまりいい印象を持てないよ」

「はあ」

「ああ。また話が逸れちゃったね!じゃあここからが本題です!幾つか質問させて貰うけどいいかな?」

「ああ。構わない」

「よし!それじゃあまず最初の質問!君名前は?」

名前。そんな単純な質問が来るとは思わなかった。正直意外だ。もっと際どい質問が来る思っていた。だが、油断はしない。奴はまだ何も語っていない。気を抜くわけにはいかない。最悪の想定を忘れるな。言葉の節々に、棘を隠せ。己の拒絶を汲み取らせろ。

「××××」

「ありゃ、そっち(・・)が出て来たの。割合的には、6:4くらいかな。でも弱ってるみたいだね。消えるのも時間の問題か。分かった。君の名前は、××××か。うん!いい名前だ!苗字は特殊だけど、名前の素朴な感じはあっち(・・)の子にぴったりだ!」

何を馬鹿なことを言ってる。こちらの理解を得る必要はないと、判断しているとしか思えない。質問など気安い物ではなく、これはある種の拷問だ。

「お前の名は?」

「僕かい?よくぞ聞いてくれた!僕は神だ!」

「神だと?ふざけるのもいい加減にしろ」

「ふざけてなんかいないよ」

自称神はふて腐れたように、しゅんとする。何か悪いことしたな。今はやけに短気だ。異常な程気が短い。

「ごめんな。ちょっと言い過ぎた」

「ううん。()なら許すよ。じゃあ次の質問!昨日のこと覚えているかな?何だっていいんだ。無理なら昨日じゃなくてもいい。君は今までの人生のことを少しでも、覚えているかな?」

「そんなの当たり前じゃないか。昨日はな、………え」

昨日。たった昨日。それが全く思い出せない。時間と呼ばれるものが、消失し全てが余りにも遠い。昨日だけじゃない。

これまでの人生の全てが分からない。俺が。

「あれ?」

「うん?どうしたの?」

自称神は心配そうにこちらをのぞき込む。ここに来てからのことは全て覚えている。吐き気が酷くて、知らない物が流れてきて、遠い何かを見て、神に出会って、名前を教えた。

「名前が思い出せない」

そう確かに名前を教えた。神がより心配そうな表情をする。俺のせいだ。ふざけるな。思い出せない。自分の名だ。誰よりも俺が知っている。何たって俺の名だ。神は心配という表情の仮面を被っている。

「お前、俺に何をした」

「………」

「何をしたと聞いている!」

()の人生は持って行かれちゃった。向うに。初めてだよ。あんな化け物。僕だってあそこまでのは、手に負えない。僕は皆が、そして君が知ってるような神じゃないからね。君が知ってる神ならこんなことには、ならないかもだけどね」

「どういうことだ」

「僕はただの概念さ。だから、()なんて上等なものは持ってない。概念の枠に収まった僕が、たまたまこの力(・・・)を手にしただけであって僕には何の力もない。でも、確かに僕という概念は力を持ってる。その力を言葉で言い表すなら神っていう表現が正しいと僕は思ってる。だから厳密に言えば、僕は神であって神じゃない。だから君の全てを奪って行った奴らに何か勝ってこない。ここには人間(・・)しか来れない。でもあれは、人間じゃない。最早昇華されている。まあ恐らく××を見つけることが出来なかった××××だね。戻る力に弾かれたか、他のに取られたか。まあそんなとこさ」

「こちらにも分かるように説明しろ」

「それは出来ない。()がいる限り、()が全てを知れば全部元通りだからだ。僕はもうあんな化け物(可哀想な子)見たくなんてないからね」

「おい、それじゃあ何も説明してくれないのかよ」

「うん。ごめんね。()ならいいけど、いや。()の方が不味いのか。うん。ごめん。君の人生に関しては何も教えられない」

「そんな」

胸が苦しくなる。自分が誰かも分からない。何をしていたのかも。それがこんなに苦しいだなんて。

「でも君にはチャンスがある。これからとてもショックなことを君に言う。でも我慢して欲しい。さっきの子(・・・・・)以外は全員が辿った道だ」

思わず息を飲む。これ以上過酷なことを強いられるなんて。気が可笑しくなりそうだ。落ち着け。焦るな。打開策を見つけろ。必ずある。この世に完璧など、存在しない。綻びを見つけろ。破綻を見つけろ。一筋の光が見えれば、この身は必ず打倒出来る(・・・・・・・・・・・)

「君は死んだんだ」

「は?」

死んだ?ふざけるな。記憶はないが、俺は確かに生きていた。何かあった。成さねばならない何かが。

「ふざけるな」

「………」

「ふざけるなと言っているだろ―――ッ!?」

神は答えない。ふざけるな。認める訳にはいかん。何故だか分からないが、全身が叫んでいる。まだ死ぬわけにはいかないと。ならば生きなければ。そうか。死んだのか。記憶がないからか、呆気ない程簡単に自分の死を理解出来た。思えば、記憶がないのにまた明日から生きろと言われた方が、酷だったかもしれない。だからこの場においては、死は安らぎだった。

「じゃあ俺は天国にいくのか。いや地獄だな。何かそんな感じがする」

今まで自分がどんな行いを働いてきたのかは分からないが、自分は地獄に行くのが当然なような気がする。それを当たり前のように受け入れていた自分がいた気がする。

「そんなことはさせない―――ッ!!!」

「え?」

それは今までのどんな物よりも悲痛な叫びだった。ゆらゆらと形はない。何だか、何かに触れた気がした。

()を死なせるなんてそんなこと絶対に認めない―――ッ!!!何があっても守ってみせる!絶対にだ!」

何だか/とても/胸が/締め付けられる光景だった。俺はこんなことを言って貰える程上等な人間だっただろうか。記憶はない。それでも俺のことを助けると言っている。馬鹿馬鹿しい。

でも。その気持ちに心震わせたのは――――――どっち(・・・)だっただろう?

見れば概念と言っていた自称神が涙を流しているようだった。

「おいで」

「え?」

俺もまだまだ未熟なようだ。あんな一言に心撃たれてしまうのだから。自称神はおっかなびっくりといった表現が適切なほど、戸惑いながらも手を差し伸べようとする。出してはひっこめ。出してはひっこめ。それを何度も繰り返す。

「おいで。怖がる必要はない」

「あ、貴方はどっち(・・)なの?」

「フッ。どっちでもある(・・・・・・・)。それよりさっきまでは君って呼んでいたのに、今度は貴方か」

「いや!それは違う!」

慌てふためきながら、逃げようとする神の手を強く握り抱き寄せた。神はビクッと体を震わせていた。

「いや、何となくだけど貴方って呼ばれるの良かったよ」

気恥ずかしくて、片手だけ離し頬を掻こうとする。

「あっ」

たったそれだけで。寂しそうな顔をする。それが嬉しくて/気恥ずかしくて/愛おしくて/ただただ彼女(・・)を抱きしめていた。

「温かい」

「ああ。俺も温かい」

「嘘よ。だって私は()がないんだもん」

「そんなこと関係ない。ああ。関係などない。君がここにいる。それだけで温かい」

俺の言葉に反応し、胸板に顔を埋める。優しく撫でてあげる。その度に確かに触れている。何かに触れている。それだけが彼女(・・)の存在を示していた/たったそれだけが/それで十分だった。

「お前は女だったんだな?」

「え?」

俺の言葉に反応した彼女(・・)は再び身を震わせた。

「え?違うのか?てっきり君は女の子だと思ったんだけど」

「それは、うん。そうだけど」

彼女(・・)は渋々頷く。それが何だか可愛らしい。

「でもどうして分かったの?」

「ああ。勘さ。それに女性らしさが感じられる。こんなことを生きていた時にしたかも覚えてないけど」

「あっ」

もう何かが吹っ切れた俺にとっては軽いジョークだったが、彼女(・・)はそうでは無かったようだ。ただでさえ小さい()がさらに小さくなったように感じる。最も見ることは出来ないから、分からないが。それでも触角が伝える彼女(・・)は確かに小さくなっていた。己の未熟さに舌打ちしそうになる。

「ごめん。私のせいで」

「いいや。君は何も悪いことなんてしていない。お前は先程のように、馬鹿のように明るい方がいい」

「うん。ご、ごめん」

「謝らなくていいよ」

その後も泣く彼女(・・)をずっと抱きしめていた。

 

 

 どれ程の時間が経ったのかは分からないが、短くない時間彼女(・・)は泣き続けた。

それに終止符を打つように、彼女(・・)は呟いた。

「ねえ。貴方は怖くないの?」

「何が?」

視線を僅かに下げ、彼女の顔を見て聞く(・・・・・・・・・)

「死ぬのが」

「ああ。そう聞かれたらもう死んでるから分からない。でも、不思議と今は怖くない。何か目覚めた時からこういう結果を受け入れてる自分がいた気がする」

俺の独白に彼女(・・)は、納得出来なかったようだ。

「ここに来る人は皆怖がってる。さっき逃げた人(可哀想な子)は別だけど。でも皆怖がる。私の存在なんか無視して、気づいても暴言を吐くだけ」

感傷に浸るような声だった。自身の罪を見つめるような、遠い声。知らずに彼女(・・)を抱く腕を強める。

「貴方だけだった。私のことを気にしてくれるのは。最も最初は険悪だったけど」

「すまない」

「ううん。いいの。そういうのは慣れっこだし」

そう言って微笑んでいるであろう彼女(・・)が余りにも痛々しく感じた。言葉に出来ない程強く胸が抉られる。

「そんなことに慣れないでくれ」

「でもしょうがないよ」

自嘲するような笑み。見えないが、笑っている。それが苦しい。

「何でそんな苦しそうな顔をするの?」

「君が馬鹿なことをするからだ。そんなことに慣れてしまう程なんてよっぽどだ。だから苦しい」

「ありがと。でももう大丈夫」

「え?」

彼女(・・)は俺の腕の中からするりと出る。

「私はもう大丈夫。だって貴方が私の代わりに苦しんでくれたから」

それでも。彼女(・・)の傷の少しも癒してなどいない。目を背けたい現実に、直視させただけでもある。

「ねえ。貴方はどうして私を抱きしめてくれたの?」

それは真意を問いただす物でもあり、懇願でもあった。彼女(・・)が求める答えを言って欲しいという懇願。

「分からない。分からないけど、そうするべきだと思ったんだ」

彼女(・・)は口を開かない。それでも僅かに悲しんだような、落胆したような雰囲気が感じられた。

「やっぱり貴方は変わらないのね。記憶が無くなっても変わらない」

その声はまるで、俺のために泣いているようだった。

「私は認められない。そんなこと。何があっても救ってみせる!」

「おい。何だよいきなり」

変わる空気。皮膚を刺激するような程鋭い。

「これでお別れ。貴方は変わらなければならない」

「お、おい!一体何の話だよ!?」

「もうここに戻ってきては行けない」

「ちゃんと説明してくれ!そんな一生の別れみたいなのやめてくれよ!」

「この選択はもしかしたら、貴方には酷かもしれない。辛いかもしれない。苦しいかもしれない。でも忘れないで」

視界が暗転し、純白が遠のく。浮遊とも感じる程の落下。頭上には涙を流す彼女(・・)

「私だけは貴方の味方だから―――――ッ!!!」

「××××××××××―――――ッ!!!」

知らず誰かの名前を叫びながら、意識が途絶えた。

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