Fate/Caster and Whitehat 作:相馬エンジェル梅太郎
最初の罪は、逃避だった。
忘れもしない。あれは、10年前。故郷で起きた大災害。
――あの日、故郷が燃えた。
その日俺は、冬木にいなかった。
偶然だった。虫の知らせとか、第六感が働いたとか、そんな大層なもんじゃない。
旅行に行っていた。両親と3人で。
そして、俺は逃げた。
旅館のテレビで見た。圧倒的なまでに、燃える街を。
ただ最初の感想は、遠いだった。
知らない街で、大きな災害が起こっている。
多くの命が灰となり、二度と蘇ることなどない。分かっていた。
けれど、遠かった。
所詮は他人事だった。酷いとは、思った。同時にそれ以上の感慨は、無かった。
あの言葉が聞こえるまでは。
「え?」
最初の声は誰だっただろう。
父か、母か、それとも俺か。本当に突然だった。
流暢に話す記者の言葉が、頭で理解するのに随分な時間を要した。
意識が止まった。これ以上は、聞いては行けない。これ以上は、理解しては行けない。
これ以上、知ってはいけない。
でも、目だけは釘づけになっていた。
デジタルの文字で、悲壮感に満ちて書かれていた文字は。
冬木の大災害。そう書かれていた。
そこで俺は、意識を失った。もう遠い過去の話。そして、最初の罪の話。
体を起こす。薄暗い部屋は、爽やかな朝の訪れを感じさせた。
「ふぁ」
欠伸を1つ。それから体を起こし、大きく伸びをする。カーテンを開ければ、太陽が昇っていた。
「朝か」
口に出すと意識が急激に、しっかりとしてきた。もう一度寝てしまいたいという、誘惑は消え去った。
意識が浮上してくると、夢のことを思い出してきた。懐かしい夢だった。
いつもは忘れてしまう夢も、この夢を見た時だけは絶対に忘れない。それは俺がまだ囚われているから、かもしれない。
けれど、この夢を忘れることだけは、したくなかった。
そして、今日は何かが起こるかもしれない。そんな致命的な予感に胸を震わせ、俺は自室を後にした。
朝の支度を済ませ、外に出る。冷たい風と、明るい太陽。綺麗な冬の朝だった。俺と同じように、学校を目指す生徒が大勢いた。それなりに親しい友人とは、軽く挨拶を交し緩やかな坂道を上る。
坂を上った上に、いつもの学び舎はあった。穂群原学園。
いつも教室に、入り席に座る。
「よお。田崎」
「おはよう。慎二」
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、声を掛けてきたのは間桐慎二だった。
「最近調子はどうだい?僕は絶好調だよ。邪魔な誰かさんが消えてから、弓道部もいい感じだしね」
「そうか。それならよかった。弓道部を辞めて正解だったよ」
「ッ。まあ、僕が部長に就任したのが、やっぱり大きかったよ」
「そうか。よかったな。副部長」
俺の言葉に慎二は、あからさまに顔を顰めた。
「おい。田崎。僕の話聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。ほら、もう時間だ。藤村先生が来る。席に座った方がいいぞ」
「ッ!ああ。そうさせてもらうよ」
俺の前の席に、慎二は荒い音を出して座る。全く面倒な奴だ。いい部分もあるには、あったのだが今はただの面倒な奴に成り下がってしまった。
鐘が鳴り、教室の外から獣の足音が聞こえてきた。
「遅刻だ!遅刻!」
乱雑に開けられたドアから、入ってきたのは我らの担任。藤村大河だった。
「ギリギリセーフ!」
いつもより3秒ほど、早く教室についた藤村先生は事故を起こすことなく、朝のショートホームルームが始まった。
簡単な連絡事項だけのショートホームルームだが、藤村先生ではそうも行かない。
余談が7割、連絡事項が3割の比率で進むショートホームルームが手短に終わるはずがない。
いつものように、1時限目の始業の鐘が鳴り、同時にショートホームルームが終わる。それと入れ替わりで入ってくるのが、1時限目の教科担当の先生だ。休み時間など存在しないのである。
酷く退屈だが、寝るわけにも行かない。しっかりと授業受けないと、いい成績は貰えないし、そうなると進路の選択も厳しくなる。故に、退屈でも無理やり集中し、授業に取り組む。学生の本分は勉強なのだから。
授業終了の鐘が鳴り、午前中の授業が全て終わった。
「田崎」
「ん?」
それと同時に声を掛けてきたのは、柳洞 一成。この学園の生徒会長を務める男だ。
「どうした?」
「なに。これから昼食でもどうかと思ってな」
一成はそう言うと、左手を掲げ弁当を見せた。
「悪いな。一成。今日俺は弁当ないから、購買なんだ」
「そうか。珍しいこともあるのだな。まあ仕方なし。次の巡り会わせに期待しよう」
そう言うと、一成は別の生徒の所へ向かった。一成は冬木にある、柳洞寺の跡取り息子である。この学園を卒業したら、躊躇いもなく頭を丸めるそうだ。潔いものである。
教室を後にし、学食へ向かった。大勢の人がいたが、何とかパンと飲み物を購入し、屋上へ向かった。
1人で食事する時は、大体ここに来る。涼しい時期は賑わうが、この時期はあまり人がいない。絶好のポイントだ。
ドアを開ければ、冷たい風が肌を突き刺す。それでも我慢出来ない程ではない。ここで昼食で食べよう。そう思った時、意外な人物に出会った。
「あ、お邪魔だったかな?」
「いえ。そんなことないですよ」
優しく微笑む彼女。ここ、穂群原学園のアイドル遠坂凛。随分珍しい場所で食事するんだなと思ったが、気にすることもないと考え、彼女から幾分か離れた所に腰を下ろす。
言葉もなく、時間だけが進む。別に話すことも無いし、最も話したことも無い。そんな人間に話かけられたら、遠坂さんも迷惑だろう。
特に美味しい訳でもないパンを食べながら、外を眺める。
10年。今日は懐かしい夢を見たからだろうか。何だか、この景色を見てると感慨深い物を感じる。
「どうしたんですか?」
「え?」
遠坂さんが俺の方をマジマジと見つめながら、声を掛けてくる。凛。その名の通り、凛とした表情は男を虜にする程の魅力があった。だが、ずっと見ている訳にもいかない。視線を外し、答えた。
「何となくなんだけどさ。いい景色だなって」
「いい景色?」
俺の言葉を疑問に思ったのか、俺から視線を外し街を眺める。その横顔を見るが、やはり美しい人だと思った。
「そんなにいい景色かしら?毎日見てるでしょ?」
「まあね」
初めて視線を交しながら、会話になった。気恥ずかしいが、悪い気はしない。
「でも、何となく。本当に何となくだけど、そう思ったんだ」
言葉を区切り、パンを食べる。もう余り時間もない。
「それじゃあ遠坂さん。俺は食べ終わったし、もう行くね」
「あ、うん。じゃあね田崎君」
俺のことを知っていたのか、優しく微笑むながら言う。顔が少し赤くなりそうだったので、背を向け屋上を後にする。
「あ、そうだ。田崎君」
「ん?」
背後から再び声を掛けられて、振り向く。
「田崎君はよくここで食べるの?」
「うん。たまにね」
「そっか」
遠坂さんは納得したような表情で。
「それじゃあ、またね。私もたまにここに来るから」
そんなことを言ってくれた。
午後の授業も何とか乗り切り、学園での1日は終わった。鞄を手に、昇降口へと向かう。
「あ。先輩」
「ん?」
声に振り向けば、1人の少女がいた。間桐桜。慎二の妹だが、あれとは比べものにならない程素晴らしい人間だ。おまけに美少女。人気も高いらしい。
「今日、この後は?」
「ああ、今日は帰るよ。バイトも無いし」
「そうですか」
桜は少しだけ、表情の変化が乏しい。それでも出会った頃に比べれば、随分豊かになった。
その表情は、嬉しさが表れていた。
「それじゃあ、少し弓道場に寄って行きませんか?」
桜は、慎二と同じく弓道部に所属していた。元弓道部の俺を必死に再入部させようとしてくれている。
だが、もう1度弓道をやろうとは思わない。進路選択もあるし、バイトだってある。
「ごめん。今日は遠慮しとくよ」
「そうですか」
「ごめんな」
「そんな!先輩は全然悪くないです」
桜は申し訳なさそうな顔をした。髪を耳に掛ける。その時、手に僅かだが痣のような物が見えた。慎二にやられたのだろうか。だが、結局俺がその痣を指摘することは無かった。
満点の星が輝いている。随分帰りが遅くなってしまった。
今日はバイトは無い予定だったが、家に着いたら電話で出動要請があったのだ。それからバイトに向かい、終わったらこんな時間。
もう1度空を見上げる。すると、頬に水滴が落ちた。
1度落ちた水滴は数を増し、大降りとなった。
「なんでさ」
朝の予報では、雨は降らないはずだったのに。走り、家を目指す。
こんなことなら自転車で行くべきだった。今更悔やんでも仕方ないが、後悔はする。
「はあ。はあ。はあ」
部活を辞めてから、少し体力が落ちたようだ。もう息が上がり始めている。
そして唐突に、心臓がドクンと跳ねた。
「え?」
思わず足を止める。何か起こる予感。朝夢から目覚めた時に感じた、致命的な予感。
分からない。何だか分からないが、何かが起きる。
雨はもう豪雨と言っても、差支えない程降ってきた。身に降り注ぐ、雨の一滴一滴が徐々に体温を奪う。
その中で人の気配を感じた。背後に。
ゆっくりと背を向ける。視界を遮る程の雨。その中に。
芋虫ののように這って進む、女の姿を見た。