Fate/Caster and Whitehat 作:相馬エンジェル梅太郎
前回のお話、たくさんのお気に入りありがとうございます!
這って進む女は、酷く不格好だった。現代人とは思えない服に身を包み、全身を豪雨にさらしながら進む。
弱弱しい。そんな印象を受けた。だが、それ以上に不気味だった。
恰好や体制などを考慮しなくても、女は異常なほど不気味だった。
胸に訪れたのは、畏怖。
ただ只管なまでの恐怖。そして生存欲求。
何故か死ぬのではないかと。そんなことを思った。
足が固定されたかのように、動かない。視線は縫い付けられたかのように、真っ直ぐに女を見ている。
逃げたくて仕方がない。押しつぶされそうになる。そんな中で聞いた。
僅かに顔を上げ、細々とした声が、耳に、心に。
「助けて」
無意識の内に駈け出した。降り注ぐ雨など気にも留めず、駈け出した。
僅かな距離が、酷く煩わしかった。永遠に辿り付かないのではないかと、錯覚してしまう程遠い。
ようやく辿り付いた時には、女は地面に突っ伏していた。
「大丈夫ですか!?」
女を仰向けに抱きかかえ、雨から守るように抱きしめる。
女の人をこんなにしっかりと抱きしめたのは、初めてなのに心が浮つくことはない。
何をするべきなのか、それすらも理解出来ない。ただ只管女の安否を確かめるだけ。
「大丈夫ですか!?しっかり!」
そこで気が付いた。女の体が薄いことに。溶けている。そう感じた。人の形を保ちながら、徐々に消えてゆく。
そして禁忌を隠すように、深く被ったフードに手を掛けた。無意識だった。それでも何故か、顔を確認しようと思った。
そして表れたのは、絶世の美女。そう形容する以外に、言葉にする物が見当たらなかった。
どんな美しい人も、きっとこの人の前では霞んでしまう。
完璧。それとは、程遠い。人に縋らなければ生きることさえ、ままならない。そんな危うさ。
それでも尚、気高い。胸が震える程の美しさだった。矛盾した美を彼女は、備えていた。
その美しさはあり得ない物だった。こんな人世界のどこにもいない。学校のアイドルともてはやされている、遠坂さんなどこの人の前では、きっと霞んでしまう。
そんな美しい人が言った言葉だから、きっとその衝撃は何倍にも膨れ上がったのだろう。
「お願い」
「何をすればいいですか!?」
その声は細々と。降り注ぐ雨の音に負けてしまいそうな程、細々と。
「私を犯して」
「は?何を、言ってるんだ」
動揺で声が震えた。自分を犯せと、この人は言った。それは紛れもない禁忌である。そんな物を人に強要させようとしたのだ。それ以前に、この人が犯されるのを心待ちにしているかのような。女性にとっては最悪の犯罪だろうし、そんな無茶苦茶な性癖など持っていない。そもそも女性と肉体関係を持った事などない。
思考回路が可笑しくなり、考えが纏まらない。意識が散りばめられてしまったように感じた。思考がままならない。それでも伝えた。見っともなく震える喉から、精一杯の声を振り絞り伝えた。
「貴方を犯せば、貴方は助かるんですか?」
酷く可笑しな質問だ。こんな馬鹿げた事を尋ねるのは、世界で自分一人だろう。それでも聞かなければ、ならない。どんな方法であれ、目の前の人を助けられるのならば助けなければ。思考が停止した脳で考えることが出来たのは、ただそれだけ。
「ええ。勿論助かるわ」
その答えだけで、自分の成すべきことがハッキリした。
「分かりました。俺は今から貴方を犯します」
こんな馬鹿正直に犯すことを宣告する人などいない。けれど、ここだけはしっかりとしたかった。
「そんな真っ直ぐ言われると困るけど、お願いするわ」
そう口にする女性は、苦しそうで今にも死に絶えてしまいそうだった。助けなきゃ。助けなければ。そんな思いが、胸に広がる。けれど、それと同じくらい。こんな綺麗な女性を抱けるなんて。そう思うと場違いな、興奮が胸を焦がす。動悸が早まり、血流も早まる。このまま死んでしまうのではないかと、思ってしまった。
散りばめられた思考でも、今ここで行為に及ぶのは不味いと思った。雨降る道端で、女性を犯すなんて見つかったら犯罪だし、何より外でするのは気が引けた。
「ごめんなさい。少し遠いですけど俺の家に向かいます。大丈夫ですか?」
「貴方のお宅は、ここから近いの?」
「10分もかかりません」
「なら大丈夫。悪いけど、お邪魔してもいいかしら?」
「はい。直ぐに向かいます」
そう言って女性をおんぶする。そこで気づいた。女性は、余りにも軽すぎた。人間が持つべき体重すら、感じることが出来ない。そんな気がした。
全力で駆ける。雨を切り裂くように、早く。背中に感じる温度が消えてしまう前に。
10分も掛からずに、家に着くことが出来た。慎重に鍵を開け、家に入る。音の響くことのない家。静寂に包まれている。相変わらずだ。だが、今はその方がいい。
女性は息を荒くし、何かに耐えるようにしている。自分の部屋のベッドに優しく寝かせる。胸が大きく上下し、麗しい顔が苦痛に歪む。それでも尚、絶世の輝きを放つ女性。
「それじゃあ、お願いできるかしら?」
「はい」
ゆっくり女性に覆いかぶさる。胸に訪れるこの感情は、一体なんと呼べばいいのだろうか?
今にも消えそうな女性を心配する気持ちか。それとも、自身の身に余る女性を抱くことが出来る興奮だろうか。
女性を抱くのは、初めてだ。それを彼女に告げるべきか悩んだが、告げることはしなかった。
頭が霧がかったように、思考がぼやける。それでも自分のやるべきことは、分かっている。この人は、自分を犯してくれと言った。それでも俺には、女性を犯す趣味もなければやり方も知らない。
だから、初めはキスから始めた。それが当たり前だと思ったから。
部屋に響く秒針の音に目を覚ます。何だか酷く体が重い。風を引いたかと思ったが、隣に目を向けるとその理由が分かった。女性だ。今までの生きてきた中で、最も美しい女性。彼女を抱いたのだ。
二人を隔てる物は、無く。互いに衣類すらも纏う事無く、生まれたままの姿で寝ていた。彼女の吐息は安らかで、おぼろげだった体も今はしっかりとしている。耳が特徴的で、それが何だか可愛らしかった。
ずっと彼女を見ていたからだろうか。深く眠りについていたはずの彼女の瞼が、ゆっくりと開かれた。
「ごめんなさい。寝てしまっていたわ」
「いえ。全然大丈夫です。それよりお体は?」
「ええ。もう平気よ。ありがとう」
彼女は裸体を見られるのを恥ずかしがるように、掛け布団を自分の体に押し付けるようにした。情事の後の残り香が、残る部屋で時が進む。彼女に意を決して問うことにした。はぐらかされたら、深追いはしない。そう心に決めて。
「貴方のお名前は?」
「私の?貴方そんなことが、聞きたいの?もっと聞きたいことが、あるでしょうに」
困ったように笑う彼女。その問いにゆっくりと頷き、再び問う。
「その前に貴方の名前が知りたいんです」
真っ直ぐな視線。こちらの全てを飲み込むような瞳。
「キャスター。私のことは、そう呼んで」
「キャスターさんですか」
偽名だと思った。もしくはあだ名。キャスター。魔術師という意味。そんな可笑しな名前の人はいない。だが、それを問い詰めることはしない。
「それじゃあ、キャスターさん。貴方に聞きたい」
「ちょっと待って」
こちらの問いを遮るようにして、キャスターさんが口を開く。
「私の名前は教えてあげたのに、貴方の名前は教えてくれないの?」
「あ、すいません。俺は田崎士郎です」
「田崎士郎。うん良い名ね」
そう言って微笑んでくれた。その笑みが眩しくて、自分の名前を褒めてくれたのが嬉しかった。だからこれが、最後の問い。決別を迎えるかもしれないが、聞きたい問い。
決定的な質問が、喉を振るわせた。
「キャスターさん。貴方は一体何ですか?」
俺の問いをかみ締めるように、彼女はゆっくりと笑った。