麒麟児の仰ぎ見る旗   作:地獄大陸

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01話 『天の御遣い』、少女に出会う

 雨音が聞こえてくる……。

 

(……えっ?)

 

 ――おかしいと思った。

 先程まで、晴れた学園の校内にいたはずだという思いが、彼の目を一気に開かせた。

 

(どうして、なぜ、俺は目は閉じて――意識を失っていたんだ?!)

 

 慌ててまだ覚醒し切っていない(まなこ)で見ると、そこには見しらぬ天井が見えていた。

 天井板はなく屋根裏の骨組がそのまま見えている。良く言えば吹き抜けの状態。

 年代ものというか、凄く古びたボロさを感じる。そして、周囲にはカビた匂いも感じ取れた。

 

(あばら家かな……いや小屋というべき?)

 

 とりあえず彼は、起き上がる。

 狭い板の間へ、本当に薄い布団のようなものが敷かれて寝かされていたようだ。

 掛けられていた『布』が胸元からずり落ちると、白い制服のままなのに気付く。

 室内は夜ではないが薄暗く、自分以外は誰も居なかった――いや、その時家の入口が開いた。

 立てつけが悪い引き戸なのか、ガタガタ鳴りながら無理やり横にずらされていく。

 力任せのように。

 そしてそこに現れたのは、まだ全体の雰囲気が子供に見える少女。

 だが、表情だけは大人びて見えた。

 彼女は扉を閉めると、床は土間なのか一刀の横まで土足のまま近づいて来る。

 眉とまつ毛は細く長く、目は涼しい切れ目で鼻も通っており、間違いなく美少女と言える。

 灰色の髪は長く腰元でただ括られており、服装は……お世辞にも綺麗とは言えない。ボロい布を纏って腰を粗末な帯で締めているだけ。足元は一応靴を履いているがそれも泥だらけだ。

 この法治国家日本では、殆ど見かけない酷い格好だ。

 

(親は一体何をしているんだろう)

 

 彼はそう思いつつもまず己について名乗る。

 

「俺は北郷一刀っていうんだけど……。なぜ、俺がここで寝ているのか、知ってる?」

「私は……ハク。貴方は、林で倒れていたの。多分……空から落ちて来て」

 

 一刀は意味が分からなかった。目をパチパチとしてしまう。

 普通、空から落ちて来たら死ぬだろう?

 

「周りの木々がなぎ倒されていたから」

「……」

 

 状況としては、UFOのミステリーサークルを発見して中央で宇宙人が寝ていた――そんな感じに思えた。

 しかし当然受け入れ切れず、一刀は改めて少女へ聞いてみる。

 

「……冗談とか……ではなく?」

「はい」

 

 少女の顔は真剣だ。

 そして今度は彼女から一刀に尋ねて来た。

 

「あの……貴方は『天の御遣い』様ですよね?」

 

 あらゆる事象の混乱が酷い。

 

「えーっと、今日は平成2●年5月4日だよね?」

「……中平五年三月十六日ですけど」

「……(…………チュ、チュウヘイ? っていつだよ)平成とか知らない?」

「知りませんが……」

(…………ここ、どこだよ!)

 

 そんな混乱している状況だったが、事態はさらに急変する。

 遠くから地響きが聞こえて来たからだ。

 

「……なんだ、地震か?」

「違います、あれは……」

 

 それを聞いて、少女の顔は殺気を帯びる。そして、一刀の寝ていた板の間の横に立て掛けてあった大人用の剣らしきものを手に取った。

 

「北郷様、立って走れますか? 逃げますよ」

「えっ?」

「この半年ほど異民族がこの地に攻めて来ているのです。急いでここを逃げましょう! 皆殺しにされる前に」

「いみんぞく? 皆殺し? え、ええっ!?」

 

 ハクという少女は、ガタついていた小屋の扉を蹴り破ると一刀の手を掴み、引きずるように表へ出た。

 何やら遠くから地響きと『うおおおおお』という人の唸るような音が聞こえてきている。

 少女は、小屋の少し離れた所の木に繋いでいた馬へと飛び乗る。

 

(えっ、地面から飛び乗ったぞ!? この子、どんな運動神経してるんだよ)

「北郷様、さあ乗って下さい!」

 

 馬になんて乗った事のない一刀だったが、彼女から差し出された手を取りつつ馬へジャンプししがみ付くようにする。驚いたのは彼女の『力』だ。

 一刀の175センチ、64キロ以上ある体重を完全に上へと引き上げていた。

 

「しっかり、捕まってください。駆けますので」

 

 一刀は仕方なく少女のお腹の前へ手を出し、指同士をしっかり組んでしがみ付いた。

 ハクは手綱を捌いて馬を走らせ始める。

 しばらく走ると、焼け落ちた集落を通過する。でもそれだけじゃない。

 

 

 そこには――人間の死体が転がっていた。

 

 

 そこら中に。いたるところに。そして百や二百ではなかった。無残な姿で。

 一刀は周囲の匂いにヤられる。どんどん吐きそうになっていく。

 しかし、それどころでは無くなった。

 まだ小柄なハクの頭の上から一刀は前方を見ることが出来ているのだが、十人程の兵が槍や刀を振りかざしてこちらへと道を向ってきたのだ。

 

「迂回している余裕はないようです。正面を突っ切ります」

「ええ゛っ?」

 

 気が付けば、後ろからも前方よりずっと多い数が追って来ていた。

 冗談では無い。

 

(なんだこれは! 映画か、夢か!?)

 

 だが、慣れない馬上に尻は痛い。それにこの周囲の匂いは――ウソではないだろう。

 

「行っけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 一刀は吐き気を忘れ、叫んでいた。

 

「はいっ!」

 

 少女は自身の体に対し長めの剣を抜くと、さらに馬を加速する。

 そして矢が正面から数本、カウンターになって加速する形で飛んで来るも、全て正確に撃ち落としてみせた。

 一刀は、鹿児島に住む祖父から教えられ、長年剣道を嗜んでいるためその技術に驚かされた。

 そして少女は数名の兵士に勇敢に切り込んで行く。

 すれ違いの凄い速さの中でハクは、剣を受け躱し更に一人を一刃にて致命傷を与え倒していた。

 後ろに抜けた兵達は誰一人、反転して追って来る者はいなかった。

 少女と一刀の乗る馬は、その後もしばらく走り続け、山へと逃げ込んだ。

 少し進むと沢が有り、ずぶ濡れから雨宿りも出来そうな場所もあり、わずかに息を付けそうであった。

 

「もう大丈夫です。この辺りの地形は全て把握していますので。そう簡単にはここを見つけられないでしょう」

「……はぁぁ、っ――――」

 

 気が抜けそうになった一刀だが、ここで疲れたとは言えなかった。

 自分は彼女にしがみ付いていただけで何もしていないと。疲れたと言っていいのは、死線を越えた彼女だけだろう。

 それに自分には先に言わなければならない言葉があった。

 

「―――ありがとう、助けてくれて。君がいなければ、訳も分からないまま殺されていたよ。しかし……君はすごい腕だね」

「いえ。剣や槍は得意なので」

 

 一刀は『子供なのに』という言葉は使わなかった。才能や強さに年齢は関係ない。

 

「(はくと言ってたけど、名字だよなぁ……波久……? 何て漢字を書くんだろう。字ズラを思いつかない……)そう言えば、なぜ『はく』は、周辺に誰もいないあの小屋にいたんだ?」

 

 一刀が少女を見ると、彼女は目線を落とす。

 そして、しばらくの沈黙の後、話し出した。

 

「……両親を始め、村人らはすべてヤツラに殺されました。なので――一人でも多く道連れにカタキ討ちをと……」

 

 一刀は、すごく才能のあるまだまだ若い彼女が『死ぬ』つもりだったことを知る。

 悲しくなった。

 これが夢じゃない事に怒りを覚えた。ここはなんてひどい場所なんだ、と。

 

「俺に何か出来る事はあるか? ……正直、右も左も分からないヤツだけど」

「貴方は『天の御遣い』様ですよね?」

 

 『はく』はまたそれを聞いて来た。そうあって欲しいという気持ちの表情で。

 

「そうだと君は嬉しいか?」

 

 彼女は大きく頷く。

 一刀は、目を閉じて考え――そして決めた。『命』を助けて貰ったのに、返せるものが他になかったから。

 

「わかった。そうだ、俺が『天の御遣い』だ」

 

 すると彼女は――願い出る。

 

「では、どうか私を、『天の御遣い』様の軍師にしてください! 侵略を繰り返す異民族らをこの国から叩き出してやりたいのです! しかし、年端もいかぬもはや身寄りのない子供の私では誰も相手にしてくれません。ですから、お願いいたします、私を軍師に!」

 

 軍師と言われても、一刀に何が出来るか分からない。だが、ここは乗り掛かった舟。

 それに、軍師なれば案を出してくれるはずだと考えた彼は少女に伝える。

 

「許すよ『はく』、俺の軍師になることを」

「ありがとうございます!」

 

 少女は膝をついて臣下の礼を取った。

 そこで彼女は謝り始めた。

 

「申し訳ありません、北郷様。私は名前を正確にお伝えしておりませんでした」

「そうなのか、じゃあ?」

「私の名前は名を姜維、字を伯約(ハクヤク)と申します。母は『天水の四姓』と言われる豪族でございました」

 

 

 一刀は、その有名な名を聞いて――――「えぇっ?」と固まっていた。

 

 

 

つづく




※姜維を出す為に歴史ズレアリアリです。

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